第6話 「サヨナラは嫌!」
文字数 2,608文字
襲って来た大群のゴブリンは、俺の炎攻撃により半分以上が炭化して、残りは慌てて逃げて行った。
念の為クッカに聞いたら、この世界でゴブリンの身体はメチャクチャ安いが売れるらしい。
だが、これだけ真っ黒に炭化しては話にならないので、結局放置した。
一応、戦った『証拠』だけいくつか持って。
本当にギリギリの所で、自分の命が助かったと知って……
逃げて来た少女は、俺に抱きついて「わんわん」泣いた。
そりゃ、100匹を超えるゴブリンの大群に追われれば、こうなるのは分かる。
もう少しで、頭からボリボリ喰われるところだったのだから。
「助けて頂いて本当に本当にありがとうございます! 私はリゼット、ボヌール村、村長の娘です」
ふうん。
リゼットちゃんって言うのか。
やっぱり村の娘さん、それも村長の娘さんなんだ!
そしてボヌール村って言うんだ、これから俺が行く村って。
でも、リゼット可愛い!
俺はリゼットと、もっと仲良くなりたかったのは勿論、ボヌール村の事が知りたくなって、根掘り葉掘り聞いた。
すると!
『コホン! 盛り上がっているところをお邪魔して悪いのですが、そういうのってもっと私に聞いて下さいよぉ』
あ! 忘れてた!
クッカの事。
何か、ちょっと拗ねてる?
もしかしてジェラシー?
俺は、すかさず呼びかける。
ここは、ちゃんと謝っておこう。
『御免、御免』
俺が素直に詫びたので、クッカは機嫌を直してくれた。
ノリノリで返して来る。
『なんてね! 嘘でっす。とりあえずケン様とその子が無事で良かったです。まあゴブリンはレベル換算で1か2。突然変異の上位種でもせいぜいレベル5ですからレベル99のケン様が負けるわけがありません」
『じゃあ、もし負けたら?』
『基本的には絶対にありえませんが……そうなったらケン様は恥です。世界の汚点です、抹殺対象です』
『あ、ああ……そう……』
クッカの容赦ない『口撃』に思わずドン引きした俺だったが、とりあえず気を取り直す。
リゼットが、おずおずと手を差し出して来たからである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は今、そのリゼットと手を繋いで街道を歩いている。
彼女は、綺麗な鳶色の瞳で熱く俺を見つめているし、白い歯を見せて良く喋る。
「そうですか! ケン様と仰るのですね」
俺の名前を知ったリゼットは、更に嬉しそうにしている。
危機一髪で命が助かった安堵感もあるのだろうし、俺が恩人という事で完全に心を許してくれたらしい。
色々と、村の事も話してくれる。
しかし、ここで俺はしっかり『例の件』をお願いしておかなくてはならない。
「あのさ……頼みがあるのだけれど」
「はいっ! 何でしょうか? 何でも仰って下さい」
はきはきと、元気が良い。
さらさら栗毛の可憐なリゼットは、爽やか系健康美少女である。
「俺が倒したゴブリンなんだけど……ほんの2、3匹って事にしてくれない。総勢5匹くらいで襲って来たのを撃退して、リゼットを何とか助けたって事にしてさ」
案の定リゼットは、驚いて目を丸くした。
「え? どうしてですか? たったおひとりで、あんなに大群のゴブを魔法で圧倒して、残りを蹴散らす! 凄い事だと思いますが……」
ここで俺は、自分の意図を伝える。
「いや……あまり目立ちたくないんだ、俺。出来れば……ボヌール村でこれから静かにのんびり暮らしたいんだよ」
「え? ボヌール村は、静かでのんびりしていますよ」
駄目だ。
さすがに話が込み入っているから、リゼットに俺の意図はすぐ理解して貰えない。
「だ~か~ら~村は静かでも……そんな事言ったら大騒ぎになるだろう?」
「ええ、私の恩人として、父は村をあげてもてなしますし、領主のオベール様からも絶対にお呼びがかかると思います」
「そうなると、どうなる?」
「ええと……オベール様から、王都の国王様へ報告が行くでしょうね。ゆくゆくは王都に招かれるかと……あ!?」
リゼットも、ようやく、俺の考えに気付いたようだ。
勇者の『青田買いシステム』は分からなくても、俺が王都へ呼ばれるのが確実だという事が。
「だろう? 俺は王都へなんか行きたくない、のんびり暮らしたいんだ。……リゼットみたいな可愛い子とね」
ここで俺は、変化球を投げた。
実は半分以上、本音だ。
リゼット……すっごく可愛いもの。
本当にまじ天使!
今の俺には、超が付く素敵な『彼女』候補だ。
リゼットは驚いて、顔を赤くしてしまう。
「えええええっ!? わわわ、私みたいな可愛い子?」
「ああ、リゼットはとっても可愛いぞ。君みたいな可愛い子と一緒に、ボヌール村で暮らしたいんだ。農作業したり狩りをして、いろいろと村の人を手伝ってね」
そう、それこそが、俺が思い描いていた未来への理想。
一緒に暮らせる、可愛い彼女のあてだけはなかったけど……
もう本当の故郷で暮らすのは、果たせぬ夢だもの……
そんな思いでリゼットを見ると、彼女は目を真ん丸にしている。
「わわわ、私と一緒に暮らす? もしかしてふたりで、ですか?」
「そう出来ればふたりきりで!」
「ええっ!? ふたりきりでって、よよ、夜はどうなるのかしら? って……ああなって、こうなって、ケン様が私を? いやっ、そんなところ触っちゃダメ! でもケン様なら良いかな? えええっ、は、恥ずかしいっ!」
顔をトマトのように真っ赤にしたリゼットは、完全にひとつのシーンに囚われているようだ。
彼女は、想像力がと~っても豊かな少女なのだろう。
ここで俺は、問題のクロージングに入る。
「ああ、でもさ。もし正直に報告するのなら、俺はリゼットを送った後、一晩だけ泊まって翌朝、そのまま村を出る。さよならだ」
「さ、さ、さよなら!? ケン様と?」
いきなりの別離を告げられて驚き、縋るような眼差しのリゼット。
鳶色の瞳が、じんわり潤んでいる。
「ああ、そうなる」
「…………い、嫌!!! ケン様、行っちゃ駄目!」
リゼットはそう叫ぶと、俺に取り縋って、またも泣き出してしまったのであった。