第94話 「貴族令嬢を救出せよ③」
文字数 2,583文字
何もない空間から、いきなり術者が現れるという表現がピッタリである。
まずジャンが、そして続いて俺が現れた時に、ステファニーは目を丸くして驚いていた。
ステファニーが転移魔法を見るのは、以前にジャン単独で訪れて以来二度目だが、何度見ても吃驚するものらしい。
加えて、俺の風貌のせいもあった。
15歳の少年ケン・ユウキと全く違う、20代半ばに見える黒ずくめの男が現れたのだから。
まったく見覚えのない男を見たステファニーは怯えて、後ずさる。
「あ、貴方……誰?」
『俺さ』
念話で正体を告げた俺は微笑み、軽く手を挙げると即座に変身の魔法を解除した。
ステファニーにとって、見知った顔が現れる。
笑顔の俺を見て、安心したステファニーは、すぐに泣き笑いの表情になった。
そして思いっきり、俺の胸の中へ飛び込んで来たのだ。
「ううう……あああ」
俺の胸の中で、ステファニーは声を殺して泣いた。
嗚咽するステファニーを、俺も優しく抱いてやった。
不安と寂しさで、小さな胸が塗り潰されていたのだろう。
5分ほど泣くと、ステファニーは真っ赤に泣き腫らした目を俺へ向けたのだ。
『声が外に漏れるとまずいから、念話で話そう』
俺がそう伝えると、ステファニーは小さく頷く。
早速、俺は尋ねて来た用件を切り出す。
『今回のお前の結婚話を……噂で聞いたんだ』
『うん……その噂は本当……残念だけど……もうこの城に私の居場所はないわ』
ステファニーのこの言葉だけで、彼女が望んで嫁に行くのではない事がはっきりした。
だが、もう少し話を聞く必要がありそうだ。
『改めて聞きたい。王都に行って伯爵の息子と結婚するって本当なのか?』
『王都へは行く……でも私は結婚するんじゃない、正式な妻にはならないの』
え?
ステファニーは、正式な妻にならない?
な、なんなんだ?
『おいおい、正式な妻に……ならないって?』
『ええ、ならないわ』
『ど、どういう事なんだ?』
『話はこう……相手は王都に住む上級貴族である伯爵家の子息……私は同じ貴族とはいえ、辺境ともいえる地を治める騎士爵家の娘。身分の差を盾に相手はその条件を出して来たの……それに、もう正妻は居る人なのよ』
『じゃ、じゃあ……第二夫人とか、か……』
『第二夫人でもない……お妾さん、……愛人なの』
愛人!?
一夫多妻制を認めている、この異世界で愛人!
妻にさえ、して貰えない……
確かに世の中にはあらゆる価値観があるから、愛人がNOとは言わないし、言えない。
ステファニーは自分でも、『嫁ぎ先』の事を調べたようだ。
詳しい事は分からなかったが、伯爵家の三男というのは碌でもない男だそうだ。
『私みたいな女の子を、どんどん妾に迎えて……飽きたら、僅かな金を渡して実家に送り返すのですって』
おいおい!
それじゃあステファニーはそんな下司男のおもちゃになった挙句、捨てられるって事じゃないか。
伯爵の息子か、何か知らんが、そいつ……
許せんな!
俺だって、来年嫁は一杯貰うけど、全員を心の底から愛している。
当然、愛人ではなく、正式な妻にする。
結婚し、一緒に生活してみれば、いろいろな事が起こるかもしれない。
将来不幸にも仲違いして、結果別れるというのなら、仕方がないけれど。
最初から、女をおもちゃにして弄ぶような
最初から愛が無いのは勿論、そんなろくでもない男だと分かっているから、当然ステファニーは辛いのだろう。
表情を見ても間違いない。
はっきりした。
俺は……ステファニーを助けたい。
絶対に、助けたいんだ!
『ステファニー……』
『…………』
『こんな事聞かれて、嫌かもしれないが……悪いけど確認させてくれ』
『なあに……』
ステファニーの顔は、あどけない。
改めて見ると、まだ幼い面影がある。
『お前は王都へ行きたくない。だがお父さんの為に我慢して行く……そうなんだな?』
俺の問い掛けに対して、暫しの沈黙……の後に、
ステファニーは、僅かに頷いたのである。
やっぱりそうか!
貴族というしがらみで、ステファニーは王都へ行く道しかない……
ならば、他の道は俺が切り開いてやるぞ。
『ステファニー、お前に選択肢を出そう。貴族としての名前と身分を捨て、平民の別人となり村で暮らす。自分の事は自分でやり、農作業や雑務など辛い仕事をこなす生活だ』
『え? それって……』
ステファニーは驚き、黙り込んでしまった。
当然、どうするか考えているのだろう。
『だが自由な生活さ。好きな相手が出来たら結婚だって出来る。お前の望む相手と、な』
『え? け、結婚!? ね、ねぇ……ケンは? ケンはどうなの? 私の事どう思っているの? 嫌い?』
結婚の話を振った途端、ステファニーは怖ろしく真剣な表情で身を乗り出して来た。
俺に、掴みかからんばかりである。
済まなそうな顔で俺は、言葉を返す。
『お前の事を?』
『うん! 私の事!』
『残念ながら、俺はもう何人も妻の居る身だ。
『正妻には…………』
正妻にはなれないと聞き、ステファニーはショックを受けたようだ。
しかし、俺の話はまだ終わらない。
『……だが』
『だ、だが? ……だが、って!?』
まるで、藁をも掴もうとする、ステファニー……
その、手の先には……
『お前を、彼女達と同じ妻として迎え入れる事は出来る。俺はお前が好きだ、伯爵の馬鹿息子なんかに、渡したくないと思った気持ちが証拠さ』
『あ、ううううううっ!』
ステファニーは、俺の『告白』がよほど嬉しかったようだ。
俺に飛びついて来て、胸に頬ずりしている。
だけど顔を離して、俺を見つめる目がすぐ切なそうになった。
理由は、すぐ分かる。
俺はステファニーを抱き締めながら、背中をそっと優しく