第27話 「素直になるね……」

文字数 3,627文字

『治癒……回復……全快……慈悲……奇跡』
 
 俺は、クッカのナビで回復魔法を段階的に発動させて行く。
 通常効果の『治癒』から、高位の『奇跡』まで間を置かずに、だ。
 どうすれば上手く回復するか、俺には分からない。
 だが、俺は必死だった。
 単身オーガに立ち向かった、この小さな勇士を助けたかったのだ。
 俺の持てる、全能力を尽くして!

 ちなみに、全快で体調が完全回復し、その上の慈悲で大抵の怪我は直るらしい。
 奇跡に到っては、身体の欠損も完全に修復してしまう『禁呪』だそうだ。
 最上位の究極魔法に『復活』という死者蘇生の魔法があるそうだが、当然こちらも禁呪である。
 
 レベッカの愛犬ヴェガは、オーガに叩きつけられた衝撃で、全身の骨が折れていた。
 その上、内臓にも酷い損傷を受けていたから、普通であれば到底助からない重傷であった。

 だけど、自分で言うのも何だが、俺の回復魔法は凄かった。
 さすが、レベル99だ。
 ヴェガは俺の『奇跡』を受けると、ゆっくり目を開けて、小さく鳴いたのである。
 元々の生命力の強さもあったし、もう……大丈夫だ。

 ああ、よかったぁ!!!

 しかし俺もヴェガも全身、血だらけ。
 このままでは村へ帰れないし、どこかで身体を洗いたい。

『クッカ!』

『は、はいっ!』

『俺は返り血で汚れた身体を洗いたい。出来ればこの犬も洗ってやりたいんだ。どこかに川か、泉はないかな?』

 クッカは、すぐ『俺の意』を汲んでくれた。
 早速、辺りの地形を確認してくれる。

『は、はい! ええっと……あ、ありました。50m先に川があります』

 よかった!
 これでちょっとは、さっぱり出来る。

「レベッカ!」

 俺は、レベッカに向き直る。
 名前を呼ばれた瞬間、レベッカは「びくり」と身体を震わせた。
 あれだけ俺へ言っていた注意を自ら無視し、森において起こりうる危険を招いたのだ。
 暴走したせいで、ヴェガを死なせて、俺を巻き添えにしたと思っているに違いない。
 でも、ここは怒っちゃ駄目だ。
 それより、「早く教えて」安心させてやらないと。

「レベッカ、安心しろ! ヴェガの奴、助かったぞ」

「へ?」

 「ぽかん」とする、レベッカ。
 信じられない!? と顔に描いてある。
 そりゃ、そうだ。
 自分を守ろうとしたヴェガが、オーガによって木に叩きつけられ、「殺された」のを見ていたのだから。
 
 プロの狩人の、レベッカには……分かっていたに違いない。
 可哀そうだが、ヴェガはもう助からないと……
 
 だから、俺はもう1回言ってやる。

「お前の犬さ……何とか命が助かったんだ。……俺達全員、無事なんだよ……安心しろ」

 俺の言葉を聞いて、漸く命が助かった実感が湧いて来たのであろう。
 灰色の瞳が、潤んでいる。
 泥に汚れた細い指が、口を押さえている。

「う、わあああああああああん!!!」

 レベッカは、大声で泣いた。
 号泣した。
 今度は、悲しいからではない。
 安堵と嬉しさの感情が込み上げて、我慢しきれなくなったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 可哀そうに……
 オーガに襲われたショックで、レベッカは腰が抜けて歩けなくなってしまった。
 そのレベッカを、俺はおぶってやっている。
 傍らには、元気になったヴェガとリゲルの猟犬2匹が、尾を「ぶるんぶるん」振って、嬉しそうに歩いている。

 ちなみにヴェガを治した回復魔法を使えば、レベッカの腰などあっさり治せるが、敢えてそのままにした。
 理由は、ただひとつ。
 喧嘩別れしたようなレベッカと仲直りして、もっと距離を縮めたいからである。

「ごめんね……」

 レベッカが、「ぽつり」と言う。
 さすがに、元気が無い。
 まだ、色々と「引き摺っている」らしい。
 この謝罪には、いっぱい意味があるだろうが、とりあえずスルー。
 
「構わないさ、お前をおんぶするくらい何でもない。でも良いのか? 服、汚れちまうぞ」

「ううん……汚れるくらい、良いの」

 レベッカはそう言うと、寂しく笑う。
 仕方がないかもしれないが、俺はレベッカに早く元気を出して欲しかった。
 だから、逆手を使おう。

「そうか、でも意外だ」

「何が?」

「お前って細いのに、結構重いんだな」

「うわ! それ女に対してすっごく失礼! もう、ケンったら! 折角のスーパーヒーローが台無しじゃない」

 やっぱり女の子は、体重の事に関しては敏感だ。
 案の定、レベッカの口調も、だんだん『砕けたもの』になって来た。

「あはは、スーパーヒーロー台無しか。じゃあ俺、お前に振られるの決定だな」

「ううん……振らない! 少なくとも私からは」

「そうか! そりゃ、すっげぇラッキーだな」

「…………」

 俺の問い掛けに対し、レベッカは答えなかった。
 ただ黙って、俺に「きゅっ」としがみついたのである。

 5分後……

「お~、これが川か」

 クッカに教えて貰った川は、やはり森が途切れた草原のような場所に流れていた。
 川自体は小さな川で、そんなに深くはなさそうだ。
 覗き込むと流れている水は、綺麗で透明感抜群。
 浅い川底では、小魚が遊んでいるのがはっきり見える。
 
 唯一、水を飲みに来る危険な動物だけチェックしておけば問題無いし、元気になったヴェガ達も気をつけてくれるだろう。

『ええと、幅は5m、深さは平均で約30cm、1番深い場所でも50㎝ありません』

『了解! クッカ、ありがとう』

『ケン様! わ、わ、私……』

 礼を言った俺に戸惑っているようで、クッカは口篭っている。
 多分、謝りたいに違いない。
 こんな時は、俺から切り出してやるのに限る。

『いいさ、全員助かったし。でも俺ってやっぱりお前が居ないと半人前だって分かった。これからもずっと傍に居て助けてくれ、宜しく頼むぜ』 

『ごごご、御免なさいっ!』

『いいよ! 俺もきつく言い過ぎたから……こっちこそ御免な』

『うう、うわ~ん!!!』

 ははは、クッカったら泣くなよ。
 レベッカといい、クッカといい、俺ってさっきから女の子を泣かせてばかりだ。
 何か、罪悪感にさいなまれるじゃないか。

 さあ、とりあえず身体を洗おう。
 おっと!
 こういう時は、やっぱりレディーファーストだろうな。

「レベッカ! 先に身体を洗ってくれ。俺、あっち向いて見張っているから」

「お、お断りします!」

 ああ、このフレーズも『ツンデレ』そのものだ。
 レベッカ……やっと元気になって来たじゃないか!
 ん?
 でも……断わるって、どういう事?

「えっと……」

「私が……ケンの汚れた身体、洗ってあげる。綺麗に丁寧に洗ってあげる」

 えええっ!?
 俺を洗う?
 冗談でしょ!

「でもさ、俺は裸になるんだぜ」

「構いません! 私の為に汚れたんですから、ぜひ私に洗わせて下さい! お願いします」

 レベッカの覚悟は本物みたい。
 言葉遣いも、丁寧に変わってるし。
 ならば、ここで俺が断るのは愚の骨頂。

「……少し恥ずかしいかもな」

 俺が、「ぽつり」と呟いたひと言。
 これが原因でレベッカから、とんでもない『衝撃発言』が飛び出す。
 他愛もないやりとりだったのに、ふたりを『急接近させる』結果になってしまうから、運命なんて分からない。

「だだだ、大丈夫です。わわわ、私も脱ぎますから!」

 は!?
 今、何つった?

「じゃ、じゃあ! さ、さ、先に脱ぎます。わわわ、私が脱いだら! ケ、ケンも脱いでっ!」

「おい! レベッカ!」

 しかし!
 レベッカは、俺が止めても構わずに、「するする」と革鎧と肌着を脱ぎ捨ててしまう。
 そして……彼女の裸身は……すっごく眩しかった。

 手足は日に焼けて真っ黒だが、服に隠されていた身体は真っ白な肌であり、眩く輝くようだ。
 貧乳を気にするだけあって『おっぱい』は小振りだが、愛らしい形をしている。
 最初から分かっていたが……レベッカは顔が小さくすらりとして足が長い。
 やはり、スタイルは抜群だ!

 だけど、俺の前で「すっぽんぽん」になって、さすがに恥ずかしいようだ。
 そりゃ、そうだろう!
 何たって、嫁入り前の若い娘だもの。

「ううう……」

 羞恥心で唸るレベッカに、俺はこうフォローするしかない。

「お前、すっごく綺麗だな!」

「ううう、嘘!」

「いや、凄く綺麗さ! 手足がすらりと長くて、肌も真っ白だ、素晴らしいよ」

「ううう、ケン! 良いから早く脱いで! お願いっ!」

 レベッカは大声で叫ぶと、「くるり」と背中を向けてしまったのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)※転生前
本作の主人公。22歳。
殺伐とした都会に疲れ、学校卒業後は、子供の頃に離れたきりの故郷へ帰ろうとしていた。

だが、突然謎の死を遂げ、導かれた不思議な空間で、管理神と名乗る正体不明の存在から、異世界への転生を打診される。

☆ケン・ユウキ(俺)※転生後

15歳の少年として転生したケン。

管理神から、転生後の選択肢を示されたが……

ベテラン美女神のサポートによる、エルフの魔法剣士や王都の勇者になる選択肢を断り、新人女神のクッカと共に、西洋風異世界の田舎村ボヌールへ行く事を選ぶ。

併せて、分不相応な『レベル99』とオールスキル(仮)の力が与えられたケンは、ふるさと勇者として生きて行く事を決意する。

☆クッカ

管理神から、サポート役として、転生したケンを担当する事を命じられたD級女神。

天界神様連合、後方支援課所属。たおやかな美少女。

ど新人ながら、多彩な魔法と的確なアドバイスでケンを助ける。

初対面のケンに対し、何故か、特別な好意を持つ。

本体が天界に存在する為、現世に居る時は幻影状態である。

☆リゼット

転生したケンが草原で、ゴブリンの大群から救った、15歳の健康系さわやか美少女。

ケンの新たな故郷となる、異世界ヴァレンタイン王国ボヌール村、村長ジョエルの娘。

身体を張って、守ってくれたケンに対し、ひとめ惚れしてしまう。

☆クラリス

リゼットの親友で、垂れ目が特徴。
大人しく優しい性格の、15歳の癒し系美少女。
子供の頃、両親を魔物に殺されたが、孤独に耐え、懸命に生きて来た。

☆レベッカ
ボヌール村門番ガストンの娘で、整った顔立ちをした、18歳のモデル風スレンダー美少女。
弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。猟犬のトレーナーも兼ねている。
ツンデレ。面食いで、イケメン好き。ミシェルとは親友同士。

☆ミシェル
ボヌール村唯一の商店、万屋大空屋の店主イザベルの娘。
経済感覚に長けた、金髪碧眼の超グラマラス美少女で18歳。拳法の達人。
おおらかで明るい性格故、表には出さなかったが、父親を魔物の大群に殺された過去があり、生きる事に絶望していた。レベッカとは親友同士。

☆ステファニー

ボヌール村領主クロード・オベールのひとり娘。17歳。

オベール家の本拠地、エモシオンの町にあるオベール家城館に在住。

派手な容姿の美少女。わがままで高慢。

いつも従士の3人を引き連れ、エモシオンの町を闊歩している。

実母は既に故人。最近来たオベールの後妻と、母娘関係が上手く行っていない。


☆クーガー

この世界に突如降臨した女魔王。不思議な事にクッカそっくりの容姿をしている。

何故か、ケンに異常なほどの執着を持つ。

☆リリアン

夢魔。コケティッシュな美女。

魔王クーガー率いる魔王軍の幹部。

ある晩、突如ケンの前に現れ、クーガーがボヌール村を大軍で攻める事を告げる。

☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み