第1話 「故郷へ帰れなかった俺……」
文字数 3,062文字
と、ある大きな街で暮らす、卒業間近な大学4年生。
住んでいるのは、この国で有数の大きな街だから、一応は『都会』と言って良いだろう。
卒業式を、間近に控えたある日の事……
俺は大学生として、最後の飲み会に臨んだ。
場所は駅前にある、雑居ビル地下のやっすい居酒屋である。
そんな店の酒は、何故かすぐまわる。
まあすぐ酔えるから飲み代が安くてすむけどね。
酔うと、会話が弾むのはいつもの事。
でも、今夜は尚更だ。
この3月で、学校を卒業すると皆、暫く会えないから。
社会人って仕事優先の生活で、学生である今ほど、自由がきかないと言われているもの。
酒が進むにつれて、酔っ払った仲間達と将来の話になった。
改めて聞けば全員が地方出身者なのに、俺以外はこの街、すなわち都会で就職が決まっているという。
実は……俺だけが、生まれた
このネタで散々……いじられた。
「ケン、お前何故、田舎に帰るんだよ? もうあっちには親や親戚も居ないんだろう」
「都会の方が、お洒落で全然良いじゃん!」
「田舎なんて、どうせ何もないよ。普段する事がなくて退屈だから面白くない!」
いじられた
俺だって、幼い頃に故郷を出て、都会暮らしが長い。
言われなくても、彼等の指摘はちゃんと認識している。
俺の故郷に比べれば、確かに都会は刺激的だ。
どんどん、新しいものが入って来る。
様々な店があり、物欲がそそられる。
食事だって今や、世界各国の料理が食べられる。
しかし一方的に言われるのは悔しいし、指摘全てに反論は出来る。
俺は人間関係に、自分から波風を立てたくないタイプだ。
だから本当はこう言いたかったのだ。
「身内なんか居なくても、別に寂しくない」
「都会? 人がやたら多いしごみごみして空気はすっげえ悪い」
「田舎が何もないだと? お前はどこ見てそう言っているんだ?」
だってさ、お前達は分かっていないぞ!
故郷には、故郷にしかない『良さ』ってモノがあるじゃないか。
一番違うのは……時間の流れだ。
都会って時間の流れが速くて殺伐としている。
その上、誰もが意味もなくそわそわして、ただでさえ短い人生をやけに生き急いでいる気がする。
俺は、こんな都会はもう嫌だ!
まっぴらだ。
のんびり生きたいのだ。
そんなわけで、ふるさとの役場に連絡して、
ユーターン申請とやらをしたら、先方は大喜びだった。
「子供の頃、そちらへ住んでいた」
と伝えたら、担当の方から残念そうに言われた。
「開発があり、昔とは、だいぶ景色が変わってしまった」と。
多分……
俺が子供の頃に見た風景は、現実には存在しない。
年を取るに従い、薄れ行く記憶の中にある。
懐かしい故郷は、今や心の中だけにある『幻』と化しているに違いない。
少し寂しかったが……
周囲は皆そうだ。
開発が進み、同じような建物が並ぶ没個性の街ばかりだ。
おそらく、効率第一にしか考えていないから、仕方がないとは思う。
さてさて!
今はどこでもそうらしいが……
行政は俺みたいな、若い奴の『移住』は特に大歓迎らしい。
移住にさしあたって、役場から好条件も提示された。
住居費は、何と無料!
リフォーム済みの、庭&車庫付きの2LDK空き家を無償で貸与してくれるそうだ。
嬉しい事に、生活費の補助もある程度付いて、仕事までも世話してくれるという。
とりあえず、ふるさとで、の~んびりしたい俺には、渡りに船の話だった。
だが異変が起こった!
店を出て、家へ帰る途中の筈なのに、気が付いたら俺は知らない場所に居た。
周囲は、何もない真っ白な空間だった。
俺自身は、何と……身体がなくなっている。
意識は、ちゃんとあるのに?
絶対に何か起こっている。
……俺の身に。
その時だった。
『お~い! ケン君! こんちは~』
いきなり、俺の心に声が響いたのである。
声からしたら、30歳くらいの男性?
このパターンは、もしかして、もしかして、大好きなラノベのテンプレパターンか?
だって、周囲には、相変わらず誰も居ないもの。
……嫌な予感がした。
架空の小説で、面白がるのは良いけれど、そんな事件が自分の身に直接起こるのは真っ平御免だから。
帰る予定の故郷の田舎で、平々凡々に生きるのが、俺の望みだった筈なのに……
何も無い空間へ向かって、俺は恐る恐る問い掛ける。
『ここって一体……どこですか? そして貴方はもしや……神様ですか?』
俺の質問に対して、「違うよ」という答えが欲しかったのに。
即座に来たのは、やはり、お約束な返事である。
『うん! 君と話しているのは魂と魂の会話で念話。そして僕は神様、これから君が行く世界の管理神だよ~ん』
だよ~ん?
何だそれ? 軽いよ!
いや訂正、すっごくフレンドリーな管理神様だ。
でも、これなら、緊張せずざっくばらんに聞ける。
『え、ええと……これって? もしかして転生って奴ですか?』
『そうだよ~ん、これはよくあるテンプレ的異世界転生って奴さ、今ね、君が居るのは異世界へ行く前に一旦来る異界のどっかかなぁ』
ここで、俺に疑問が湧く。
『で、でもですよ! 俺は、死んだ覚えがありません。死んでもいないのに、いきなり転生で異世界へ放り込むなんて酷くないですか?』
『い、いやぁ~、実はさ、ちょ、ちょっとわけありでね~。君は死んじゃったんだよ~ん』
少し慌てた管理神様は、妙に歯切れが悪い。
それに『わけありで』って酷い……まるでどこかのバーゲン品じゃないんだから!
凄く噛んでるし、ちゃんと理由を言わないのは超怪しい!
管理神様は、まるで俺の冷たいジト目を、見ているかのように歯切れが悪い。
『まぁ、人間は所詮いつかは死ぬんだけどねぇ。今回はケン君がさぁ、いきなり死んじゃって超焦ったよ~ん』
超焦った?
じゃあ、俺が死んだのは、完璧にイレギュラーって事じゃないか!
さっきのフレンドリー発言取り消し!
ノーカウント!
あんたさ、超いいかげんな神様だよ!
ここはしっかり抗議しよう。
『何ですか、それ! 神様の手違いなら、すぐ生き返らせてくれるんですか? そしてここはどこなんでしょう? 俺……折角、自分の故郷へ帰ろうとしていたのですよ?』
『君を生き返らせるのは無理だよ~ん! 覆水盆に返らずって言うじゃな~い』
一生懸命抗議しても、神様は全然臆したところがない。
仕方なく俺は、もう少しだけ突っ込む事にした。
『管理神様、貴方、何か自分のミスを隠して、俺を煙に巻こうって気配がぷんぷんですが……』
『まあしょうがないよ~ん、誰にだってミスはあるじゃな~い』
おお、見事に開き直った!
これじゃあ、駄目だ。
全然、動揺してしないし、言い切って平然としているよ。
そうか!
思い出した!
このような場合、神様は絶対に自分の非を認めないんだ。
直感ではあるが、何となく神様とこのまま話しても、ずっと平行線のような気がした。
考え直した俺は、これ以上抵抗せず『前向きな話』をしようと決めたのであった。