第15話 「胸は見ないで尻を見た」
文字数 2,502文字
扉を叩く、リズミカルなノックの音。
うう、まだ寝かせてくれよぉ!
俺は、心の中で念じながら寝返りを打った。
ノックは、再び鳴り響く。
同時に明るい美声が。
「ケン様ぁ、もう6時ですよぉ~、起きて下さぁ~い。私待ちきれなくなって1時間早く起こしに来ちゃいましたぁ」
ん?
俺を起こそうとする、この爽やかな声は女の子?
誰だ?
でもさ、俺を起こしてくれる特別な『彼女』なんか居ない筈なんだ。
今迄に親しくなった女子とデートくらいはしたけれど……
残念ながら、付き合うまでは到らなかったからね。
それに俺は、都会を出て故郷の田舎へ引っ越した。
子供の頃に住んでいたきりで、こっちにはもう知り合いなんか居ない。
特に、若い女の知り合いなんて絶対に居ない……筈。
それに何?
朝の6時だって?
じょ、冗談じゃないよぉ……
まだまだ起きるのには、全然早い時間だろう?
俺はもう、学校を卒業したから授業はないもん。
それに今は、春休み真っ只中じゃないか!
こっちでの仕事はこれから役場が紹介してくれるって言うし、就職するまで唯一やすらぎのひとときだ。
まだまだ寝れる筈!
いや、寝かせておいてくれよぉ!
眠くて、全然目が開かない俺は、つらつらとそんな事を考える。
「村の人は皆もうとっくに起きていますよぉ! だ・か・らぁ、起きましょうよぉ! ケン様ぁ、はやくぅ」
誰だろう、この甘く可愛い声は?
……聞き覚えがあるぞ。
寝惚けていた俺は、やっと
あ、ああ、そうだ。
外で叫んでいる、あの子はリゼットだ。
そうだ……思い出した。
俺……死んで転生したんだ……
良くあるラノベみたいに。
この西洋風異世界へ。
昨日は……
考えてみれば、目まぐるしい1日だった。
いきなり理不尽に転生させられて、レベル99にされて、この世界へ連れてこられて、リゼット助けて、住んでいるボヌール村へ彼女を送って……
そして昨夜は西の森で、あの悪逆非道で変態チックな狼男ライカンとその一味を倒したんだっけ。
そう、俺はナルが相当入った鬼畜狼男と配下を倒した後に、西の森から直接転移魔法でさくっと戻って来た。
倒した後で「そういえば、奴らは魔王軍だったな」って気が付いた。
「こんな田舎へ来た目的とか尋問すれば良かった」とも思ったが後の祭り……
禍々しい漆黒の『魔王の手下仕様』を魔法の収納箱に仕舞い、変身を解いた俺は何事もなかったかのように寝入ったのだ。
どんどんどん!
突然、ノックの音が激しくなる。
「もう! 早く起きて開けてくれないと合鍵使っちゃいますよぉ!」
ちょっとだけ、「いらっ」としたリゼットの波動が俺に叩きつけられた。
合鍵!?
リゼット、そんなの持っているのか。
結構、強引な性格だなぁ……
仕方無い、起きるか。
俺は、思い切りのびをした。
起きようと徐々に目を開けて行く。
すると……
『く~く~』
はぁっ!?
何じゃぁ!!!
「わわっ!」
俺は、思わず叫んでしまう。
すぐ横で気持ち良さそうに寝ていたのは……
殆ど半裸のクッカであった。
昨日の服のままで寝ているクッカの、ああ、開いた胸元から!
もう少しで、おおお、おっぱいがこぼれそうだっ!!!
うおっ!
あ、足も、がばっと開いている……
寝乱れた、真っ白な太ももが眩しい!
あれ?
「ぺろん」と見えてる、あれってお尻?
お、お尻だよ!!!
ま、丸見え!?
うっわ!
ある筈のパンツがないよ!
この子!
パ、パンツ穿いてねぇし!
「お、おいっ!」
焦った俺は、思わず手を伸ばし、眠っているクッカを起こそうとした。
しかし、あっさりと俺の手は、クッカをすり抜けてしまう。
そうか!
これって、実体が存在しない
それも、俺にしか見えないんだっけ。
がちゃり……
と、その時。
開錠する音がした。
「開けますよぉ! もう起きて下さいっ! お寝坊さんなんだからっ」
ばん!
いきなり扉が開き、小柄な影が飛び込んで来る。
「ケン様ぁ! あ・さ・ですよぉ!」
「うわ! おおお、お早う!」
ベッドの傍らに、腕組みをして立ったリゼット。
「にこにこ」している。
クッカは相変わらず傍らで寝ているが、やはりリゼットには見えないようだ。
もし俺の脇で寝ている半裸の女が、もしリゼットに見えたら……
絶対に、ただでは済まないだろう。
だが俺にしか見えない幻影のクッカが見える筈もなく、とりあえずこの場は平和だ。
窓から眩しい朝陽が射し込んで、笑顔のリゼットを照らしている。
それがまた、爽やか健康系美少女にはとっても絵になるのだ。
ぼうっと見つめる俺を見て、リゼットは可愛く首を傾げる。
「どうしたのですか?」
おお! やっぱりリゼット可愛い!
たまらん!
「い、いや! リゼットって、いつもすっごく可愛いなって」
「え?」
俺の言葉を聞いた後、一瞬の間を置いて真っ赤になったリゼット。
そして、思いっきり俺に抱きついて来た。
「ケン様ぁ! 凄く嬉しいっ!」
俺は、「くんくん」とリゼットの匂いを嗅ぐ。
爽やか美少女の甘い匂い。
これは……夢じゃない。
現実なんだ。
「ははは……朝から幸せだなぁ」
呟く俺。
その言葉を聞いたリゼットは、現実に引き戻されたようである。
「あ! 早くしなきゃ! ケン様、すぐ支度して! お父さんが村の人に紹介しますって」
そりゃいけない、すぐに起きて支度しましょう。
俺はリゼットを抱いたまま、身体を起こした。
うん!
横で「ぐうぐう」眠りこけているクッカは、とりあえず……放置しよう。
起床した俺はリゼットと手を繋いで、共に『自宅』を出たのであった。