第19話 「大は小を兼ねる」
文字数 3,500文字
「わあっ!」
俺は、思わず驚いて声をあげる。
ミミズを嫌がって、逃げたクッカの大声が、いきなり心に響いたからだ。
畑の、畝づくり作業が終わった俺は今、休耕地の周囲を巡回していた。
ヤギ、ブタ、ニワトリ……3種類の家畜がそれぞれ休耕地に放牧され、餌を食べたり
クッカめ、近くに居るな?
俺が「ふう」と溜息を吐くと、案の定クッカが「ほわん」と姿を現した。
周囲を見渡して天敵のミミズが居ないせいか、「ホッ」としたような表情をしている。
『クッカはミミズ、駄目なんだな?』
『はい! 最低最悪です、ちょい見するのすらNGです』
顔を、思いっ切りしかめたクッカ。
他にも、苦手なものが一杯ありそうだ。
苦笑した俺だが、何となく可愛いと思う。
女神なのに「ミミズが嫌!」だなんて、何故か人間の女の子っぽいんだもの。
『まあ仕方がない。それより今、俺がやっている仕事は家畜が逃げないように見張るのと、外敵の襲撃から守る為なんだけど……』
俺が少し口籠るのを見て、クッカはちょっと気になったようだ。
『どうしました?』
『外敵は人間や魔物だけじゃない。狐や狼、熊の肉食動物なんかから大事な家畜を守らないといけない。
『確かに!』
『でさ……何となく東に肉食動物の気配がするんだ』
『肉食動物?』
『ああ、でもまだ俺の今の能力じゃはっきりとは分からない。クッカの索敵だともう少し詳しく分かるかなぁ?』
レベル99で万能スキルを持つと言っても、俺は全知全能ではないみたいだ。
スキルによっては、クッカの方が優れているなって思う事が度々ある。
まあ比較対象が、天界の女神様なんて恐れ多いけれど……
『ええっと、はい! 確かに私も東の方角に気配を感じます。ここからまだ距離はありますね、ざっと3kmくらいは離れています。……多分、狼の群れでしょう』
『う~ん、狼の群れか……』
俺は少し考え込む。
答えはすぐ出た。
『ええっと、うまく迎撃出来ないかな? 遠距離射撃みたいな形で、ボヌール村の人には絶対にばれないようにさ』
俺の考えた事を、クッカもすぐ理解してくれたらしい。
『了解です! では特殊な風弾魔法にしましょう!』
『特殊な……風弾魔法?』
『は~い! 風弾とは
『うん! 理解した』
『宜しい! そして普通の風弾だと打ち出す際に凄まじい音が発生するので、ここで魔法を使ったと、すぐにばれてしまいます』
『いやぁ……俺がそんな魔法を使えるなんて、ばれるのはまずい。それも理解した。何か良い方法はある?』
『あります! 特殊な風弾魔法とは天空に近い遥かな高所で風を練り、遠くへ飛ばして攻撃する魔法です。そこまでの高所だと地上からは絶対に音が聞こえませんから』
『おおっ! そりゃ良いな』
『はい! 地上へ着弾した時の大きな振動は伝わりますが、ケン様とその振動を結びつける理由などありませんから』
『それ、やろうよ、ぜひ』
『了解でっす。ではでは魔法を発動するやり方ですが、まず私からイメージを送ります』
『イメージ?』
『ええ、それを見て発動の雰囲気を掴んで下さい……ちょっと……恥ずかしいんですけどケン様なら……』
『恥ずかしい?』
『……見れば分かります。では行きますよ』
顔を少し赤くしたクッカからは、すぐに魔法を発動するイメージとやらが伝わって来た。
それは何と!!!
一糸纏わぬ全裸のクッカが、熱心に祈りを捧げる映像であった。
『うおお!』
『もう変な声を出さないでください!』
クッカに叱られたが、俺はつい、吸い寄せられるように見てしまった。
思っていたよりも、クッカの胸は……すっごく大きい。
形も最高!
そして肌は、やっぱり真っ白だ。
『おいおいおい!』
『だだだだ、大丈夫です! ケン様なら! な、何も、は、は、恥ずかしくはありません! 将来の夫になる方になら、わ、私のこのような映像を見せても構いませんからっ!』
は!?
君は盛大に噛みながら、また何か凄い事言わなかった?
『えっと……私、何か言いました?』
また言ったよ!
凄い事!
『はぁい! 愚図愚図していると狼、近付いて来ちゃいますよ。さあ発動です!』
あっさりと、華麗にスルーされた。
まあ……良い。
とりあえず対処しよう。
狼、確かに近付いているし。
先程のクッカのイメージで、俺は天空に居る
俺の『魂の声』を受けた精霊は願いに応えて巨大な風の塊を生成してくれた。
『よいっと!』
俺は気合を込めて風弾を飛ばす。
果たして!
硬い風の塊はとんでもない音をたてて飛ぶが、村からは一切分からない。
俺はホッと胸を撫で下ろし、クッカは「どうだ!」とばかりに胸を張った。
一方、ボヌール村へ向かう20頭ほどの狼の群れ。
彼等の目当ては、家畜及び人間を餌として襲うことである。
そこへ!!!
どっこ~ん!!!
巨大な隕石が落ちたような、凄まじい音と振動が、彼等の行く手で起こった。
地面には大きな穴が開き、土煙が「もうもう」と立ち上がる。
驚いた狼達はパニックに陥り、村を襲う事などすっかり忘れて、ばらばらな方向へと逃げ出してしまった。
狼が逃げた気配を、俺とクッカは感じ取る。
『狼……逃げたな』
『はい! バッチリですっ』
クッカは幻影だから、実際には出来ないがハイタッチしたいような気分である。
そして俺は、さっきから感じていたことがあった。
『俺さ、クッカ』
『はい、何でしょうか?』
『管理神様から頂いたレベル99の力ってさ』
『レベル99の力が?』
『ああ、凄いというか……あまりにも、人間の手には余る力じゃないか?』
『確かにそうですね……下手な神様より強力ですよ』
『うん、だからさ……こんな田舎の村で、ひっそり暮らすには、全然必要ないと思っていたけど……今の魔法で思った、そんな事はないって』
『そうなんですか?』
『ああ、俺自身でこの力を使って何か、たとえば……世界征服をしようなんて絶対に思わないけど……』
『ケン様、世界征服なんて、絶対に駄目ですよ』
『ああ、分かってるさ。でも、クッカ』
『はい』
『これから先、何があるか分からないし、この前の狼男みたいにとんでもない敵を倒したり、今みたいにこっそり村を助けられれば嬉しいんだ』
『ケン様……』
『例えればレベル99の力が必要って……う~ん……上手く言えないな』
『ケン様、大は小を兼ねるとかってどうでしょう?』
『おお、大は小を兼ねる……か! 良いかもしれない!』
クッカが言った言葉。
大は、小を兼ねるって……
今の俺の気持ちに響く、まさにぴったりな言葉だ。
小さな力があれば、この村では充分に暮らして行ける。
しかし信じられないほど、凄まじい災厄が襲った時に俺は絶対に無力だ。
そんな時、レベル99の大きな力があれば、リゼットやクラリスを助けられるかもしれない。
いや、彼女達だけじゃない。
この村の人達を、少しでも多く救えるだろう!
どうして、俺がそんな気持ちになったのか?
答えは簡単だ。
多分俺は……このボヌール村が、どんどん好きになっているから。
故郷に帰れず、運命の悪戯でこの異世界へ来た『ふるさと勇者』かもしれないけど……
巡り合った愛すべき家族みたいな村民達を、絶対に絶対に守りたいと、強く思っているんだ。
そして俺の気持ちを、上手く
相変わらず、優しく笑っている。
クッカって……
金髪碧眼の外人さん顔なのに、どこかで見た事があるような……
それも凄く親しく感じる……何故だろう?
『そんなわけないよな?』
俺は、つい疑問を念話で呟いてしまった。
いきなり、意味不明とも思える呟きを、聞いたクッカが首を傾げる。
『どうしました?』
『いや、何でもない』
俺は軽く首を横に振ると、「きょとん」としているクッカに再び笑顔を向けたのであった。