第35話 「怒りを最強の拳と為す」
文字数 3,563文字
西の森同様、あちこちから獣の声が聞えて来る。
がさがさと、草を鳴らす音もする。
俺が全くびびらず、平気で歩いているのが不思議らしい。
『おいおい……人間の癖によぉ、ケンはよくこんな真夜中に平気で森の中を歩けるな。こ、怖くねぇのかよ』
いや、俺には勇気と暗視のスキルがあるから平気なんだよ。
スキルがなきゃ本当は怖いし、歩きたくないよ、こんな夜の森。
だけど、あの時のリゼットの顔が! そしてレベッカの顔が!
絶望に満ちた彼女達の顔が浮かべば、こんな事お安い御用さ。
もう絶対、あの子達には、怖い思いをさせちゃあならないと、ね。
俺はこんな事を考えながら、ジャンへ「にやっ」と笑ってみせた。
しかしケルベロスは、ジャンが俺を呼び捨てにしたのが気に入らないらしい。
『オイ、ダネコ。ズウズウシク、アルジヲヨビステニスルナ。コンド、サマヲツケネバコロス!』
『分かったよ、糞犬め』
『コロサレタイヨウダナ、キサマ』
またまた、喧嘩が始まりそうになってる。
猫と犬の……
『おいおい、やめろって、言ったろう』
俺がそう言うと、ジャンとケルベロスは「ふん」と鼻を鳴らし、お互いにそっぽを向いた。
そんなふたりを見ながら、妖馬ベイヤールは「我関せず」というマイペースで動じない。
そんなこんなで、俺達は森の奥へ進んで行く。
森の動物達は、普段凶暴な狼や熊も含めて俺達が進むと逃げて行く。
一見すれば、まるで俺達が、静かな森の平和を乱す悪のクランのようだ。
おっと!
言い忘れたが、今夜の俺は
手には、魔法発動を円滑にする、ミスリル製の魔法杖を携えている。
どこから見ても、15歳の少年ケンではない。
暫く進むと……やはり居た。
俺の索敵に反応している。
クッカも、同様にキャッチしたらしい。
これはオーガの群れだ。
『ケン様。やはり居ましたね、群れ』
『ああ……』
『まあ、オーガもゴブも1匹見れば、最低30匹は居ると言いますからね』
はぁ?
1匹見れば、最低30匹?
奴等……ゴキブリかよ?
俺は思わず苦笑した。
しかし、クッカの表情は真剣だ。
ジャン達に聞えないように、そっと囁いてくる。
『ケン様、最初が肝心です』
『最初?』
『はい、従士達に対してです。召喚された彼等は貴方の魔力を感じて従う意味を理解はしています、……貴方を
『成る程……』
『しかし更に力を示せば、彼等は貴方を畏怖するでしょう』
『畏怖……』
『はい、敬意と恐怖心……彼等と上手くやっていく為にはその両方が必要なのです』
『クッカ……どんな方法が良い? 教えてくれ』
『ケン様が最初にオーガを素手で倒した技……天界拳が宜しいでしょう』
天界拳ねぇ……
あの時、俺の内なる声が技の名前を教えてくれた。
確かに凄い技だ。
それは認める。
究極拳撃……豪拳貫通って……
『ケン様が使ったのは、管理神様がくださったスキルのひとつです。現在天界の神様の間ですっごく
『そ、総合格闘技って……でもさ……技の名前が何か微妙……』
『あ~あ~! それ以上言ってはいけません。天界拳の名誉総帥は創世神様なのですから』
名誉総帥!?
な、成る程!
だからか!
創世神、すなわちトップが拳法に、はまっているからそれで神様全員、天界が格闘ブームって事ね。
『コ、コホン。では話を戻しますね、今のケン様ならレベル99の力を使い、創世神様の約1%の力を出す事が出来ます』
『へ? は? た、たった1%? それって凄いの?』
『あのですね……創世神様はこの宇宙そのものです。無限の宇宙全体の広さを考えてくださいね』
『わ、分かった! でもさ、天界拳ってもっと普通の技ってないの? あの豪拳貫通って、破壊力が凄すぎて、また返り血でドロドロになっちゃうし……例えば俺がテレビで見ていた拳法とか、ボクシングとかプロレスとか』
『使えますよ』
『あっさり言うね』
『はい! 天界拳は一度見た技は、すぐに自分のモノに出来るのです』
……あのね。
ありがたいけど、その設定はあの世紀末拳法と一緒なんですが。
でも、このスキルがあれば、前世ですげぇアクションスターになれたかも。
『うふふ、この際なんで耐久性スキルも極めましょう』
『耐久性スキル?』
『どんなに殴られても平気なスキルですよ。にこにこ笑ってはい、カモンって感じかな』
『ええと……それってどうやって習得するの?』
『たった1回だけ相手に思いっきり殴られるのです。そうなるとケン様の場合即、神レベル確定です。まあ最初だけですよ、痛いのは。ちくっとする注射と一緒です』
『…………あのね……それ、まるで無抵抗主義みたいじゃない?』
『いいえ~。やられたら当然、やり返しますよぉ。うふふふふ、出来れば100倍くらいにして! ばっこ~んて、思い切りぼこる! それってサイコーじゃないですかぁ』
『り、了解!』
クッカの性格が段々分かって来た。
まあ……嫌いじゃないし、とりあえずOKだ。
こうして俺とクッカは「作戦」を決めたのである。
――15分後
結果、俺はひとりでオーガの群れと対峙している。
群れの規模は結構大きくて、約20匹も居やがった。
少し後方にクッカと3人の従士達は待機している状態だ。
『うっふふふ。さあ、思いっきり行っちゃって下さい。びった~んと!』
思いっきり、びった~んって……
最初は俺が一方的に殴られるって、分かっているからかなぁ。
クッカの奴、ひとごとだと思って楽しそうに言っている。
従士達でさえ、ワクワクしているのが伝わって来やがった。
ごはああああっ!
頃合と見たのか、俺を睨んでいたオーガの一匹が咆哮し、でっかい拳を振るって来た。
どぐわしゃっ!!!
オーガの豪拳が俺の腹に炸裂する。
「ぎゃ~つ!!!」
俺は、絶叫をあげてしまった。
痛い! 痛い! 痛い!
全身がバラバラになったようだ。
びった~んなんて、可愛いもんじゃねぇ!
口から血がシャワーのように吐き散らされる。
内臓がぐちゃぐちゃになり、身体の骨があちこち砕けているのが分かる。
オーガって、こんなに強いのか!?
派手に吹っ飛んだ俺は何度もバウンドして、ぼろきれのようになって地に伏した。
『わああっ! いいぞ、いいぞっ』
『何でぇ、ケンの奴、弱いじゃん』
『アア、アルジヨ。オーガゴトキニシンデシマウトハ、ナサケナイ』
「ぶひひ~ん」
クッカの声を皮切りに、様々な声が交錯する。
く、糞っ!
あいつらぁ……
畜生、オーガめ!
反撃してやるう。
『ケン様! か・い・ふ・く・ま・ほ・う!』
と、その時。
倒れた俺の魂に、クッカの声が響く。
ああ、そうだった。
まずは回復魔法『奇跡』だ。
言霊を詠唱した瞬間、俺の身体を白光が包み込む。
まばゆい光を受け、追いかけて来て俺を喰おうとしたオーガが一瞬、
ゆらり……
回復魔法で復活した俺は、その隙に立ち上がった。
分かる。
もう俺は、耐久性スキルを完全に習得した。
こいつらのパンチなんか喰らっても、全然平気だ。
ごはああああっ!
俺が無力だと思ったのか、またオーガが襲い掛かって来る。
拳を振り上げて、今度こそ止めを刺そうと襲って来る。
ばぐっ!
襲って来たオーガの頬に、俺の拳が潜り込む。
軽い手応えだが、オーガの顔がひしゃげている。
だん! だん! だんっ!
今度はオーガの方が、派手に吹っ飛んでバウンドした。
ごろごろ転がったオーガは……
が、がはっ!
大量の血を吐くと、あっさりと動かなくなってしまったのだ。
俺は
オーガを一発で倒した俺の迫力に気圧されてか、オーガ共もクッカ達も黙ってしまっている。
沈黙が、その場を支配した。
その瞬間に俺はまた、レベル99に相応しく、凄まじい力を身につけていたのであった。