第96話 「貴族令嬢を救出せよ⑤」
文字数 2,992文字
ステファニーが、得意そうに言う。
対して、もうひとりのステファニーが吃驚して驚く。
『えええっ!? ゴ、ゴブ300匹をやっつけた!? もしかしてジャンひとりだけで? す、凄いわ!』
褒められた方のステファニーは、得意満面の表情だ。
『へへへ、ちょいっと、
俺の前に立つ、ふたりのステファニーは、まるで一卵性の双子のようにそっくりである。
種を明かせば、ひとりは
普段自慢するだけあってジャンの変身魔法は寸分たがわぬ正確さといって良いだろう。
ただ……可愛い服を着たステファニーが、実は妖精猫のジャンが喋っていると考えると、俺には非常に違和感がある。
ちなみに、寝巻き姿で話を聞いているのが本物のステファニー。
会話自体は微妙だが、全く同じ顔を持つふたりの美少女が見詰め合うのはすっごくシュールだ。
ジャンとステファニーはこれから作戦通り、入れ替わる。
今している会話は一応……作戦遂行の為の予行演習だ。
俺が見守る中、また会話が始まった
擬態したジャンがボロを出さない為に、練習は絶対に必要である。
そして、30分後……猛練習したせいで、もうジャンは風貌だけでなく、喋り方や仕草全てがステファニーそのものとなった。
肌着や身の回りのものも目立たない程度に、俺の収納魔法で持ち出す準備も出来た。
こうなれば、俺と本物のステファニーは脱出の頃合だろう。
『俺達はそろそろ行くけど……大丈夫か、ジャン』
俺が問い掛けると、ジャンは胸を張る。
『ははは、ケン様、大丈夫っす。俺、念話で連絡しますから、例の作戦は打ち合せ通りに宜しく頼みますよぉ』
『了解!』
俺とジャンのやりとりが終わると、ステファニーが心配そうに声を掛けた。
『ジャン、気をつけて!』
『はっは~、奥様のその言葉が俺に100万倍の勇気を与えてくれますよ』
『ジャン、俺は?』
『ケン様ねぇ……まあ10倍ちょっとくらいかな?』
『ステファニーと扱いが違い過ぎるだろう、このやろ!』
『わあっ、グーで殴らないで~』
『うふふふふ』
そんなこんなで……
俺達は脱出すべく、転移魔法を発動した。
俺とステファニーは、ジャンを見て吃驚する。
ステファニーに擬態したジャンの奴は、直立不動でびしっと敬礼していたのだ。
敬礼する凛々しい美少女……それはまるで撤退する軍隊の
カッコよすぎるな、お前は!
頼もしいぜ、俺にとって最高の従士だよ!
転移魔法の効果により消え行く俺は、傍らに居るステファニーの肩をしっかりと抱きながら、ジャンに向かって最敬礼したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして……
俺とステファニーはオベール様の城館を脱出した。
見つからないように索敵を行いながら来た行きと違って、帰りは転移魔法により俺の自宅に直接帰って来たので楽勝だった。
周囲の景色がお洒落な自分の部屋から一転して、粗末な俺の家に変わったのでステファニーはあんぐり口を開けたまま、キョロキョロしている。
時間はもう真夜中……家の周囲はしんとしていた。
明日からは新しい生活が始まるし、自宅を抜け出した可憐な姫君は少し眠った方がよさそうである。
「ステファニー、俺のベッド使えよ。お前のベッドと違って狭くてボロっちいけど」
「え? ケ、ケンは?」
「俺は床で寝るよ。ほら、俺の使う毛布だ」
俺は引寄せの魔法で、床に寝る為の毛布を1枚取り寄せた。
何気なく見ると、この毛布……凄い高そうじゃないか。
まさか引寄せの魔法って、どこかの店から勝手に商品引っ張っているんじゃないだろうな……
……まあ、良い。
今は深く考えないでおこう。
とりあえず、こんな時はレディファーストだ。
「ステファニー、お前、毛布はこっちを使えよ」
俺はベッドに、毛布を放り投げる。
しかしステファニーは、首を左右に振った。
「駄目!」
「駄目?」
「私はケンのお嫁さん、……奥さんだもの。夫の貴方が床に寝るなんて駄目よ……一緒に寝ましょう、さあっ、早く!」
ステファニーはそう言うと、さっさと俺のベッドへ潜り込んだ。
「うわぁっ! 男臭~い! ……でもケンの匂いなのよね、大好き!」
俺は、はしゃぐステファニーをそっと見守っている。
先行きが分からず、とても不安だろうに……だけど一生懸命頑張ろうとしてるんだ。
優しく……してやろう。
俺がそんな事を考えているとステファニーが手招きする。
「ねぇ……ケン、早くぅ……」
「よっし! 一緒に寝ようか」
「わ~いっ」
俺は、そろりとベッドに潜り込んだ。
すかさずステファニーが、身体をぴたっとくっつけて来る。
「おやすみなさ~い」
俺がほ~んの少し期待した事は……全く無かった。
おやすみの挨拶をしてから1分も経たないうちに、ステファニーは軽い寝息を立て始めた。
やはり、ここ数日ちゃんと眠れていなかったようだ。
クッカが空中に浮かんで親指を立てている。
救出作戦の第一段階は成功だ。
俺はふっと笑うと、寝息を立てるステファニーを軽く抱き締め、眠りに落ちていったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
普段はリゼットに起こされる俺が、先に起きて扉の前で待っていた。
いきなりステファニーと一緒に寝ている所を見られて誤解される事を避ける為だ。
とんとんとん!
いつもの時間にいつものノックが、リズミカルに鳴った。
「旦那様ぁ、朝ですよ」
やはり、ノックをしたのはリゼットだ。
「おう、今開ける」
「あれ……珍しいですね。もう起きているのですか?」
「ちょっと
「話……」
「ああ、昨夜女の子を助けたんだ」
「女の子? ……本当に
リゼットは頷くと、俺の家へ入って来た。
そして、ベッドで寝息を立てているステファニーを見て息を呑んだ。
「この人って……」
「ああ、大声を出さないでくれよ、ステファニー様だ」
俺が言った名前にリゼットはピンと来たようである。
「ステファニー様って!? もしかして、オ、オベール様のご令嬢?」
「そう……娘さんだ」
「旦那様、……もしや、こんなに可愛いからさらって来たのですか?」
「さらってね~よ、助けたって言っただろう……今から
「は~い。話は聞きますよ、でも小さい声で話しましょう。ステファニー様はお疲れのようですから、もう少し寝かせてあげたいもの」
リゼットは、にっこり笑う。
俺はリゼットの、さりげない優しさに嬉しくなって、思わず大きく頷いていたのであった。