第70話 「大空屋大盛況」
文字数 2,277文字
『一見』と強調したのは、理由がある。
本当は、無事ではなかったからだ。
帰りも、俺達と一緒の大きな商隊を狙って、傭兵崩れらしき一団が待ち伏せしていたからである。
これほど物騒なのに、オベール様は王都へは偽りの報告をしている。
我が領地の、治安は最高ですよって?
貴族って、本当に大嘘つき。
それとも……こんなモノなの?
待ち伏せしている傭兵団を、そのまま放置すれば、襲撃される事はお約束だ。
索敵の魔法で事前に奴等を察知した俺は、またもや大規模転移魔法、
『作戦名 クッカ』を発動した。
奴等を魔物の「うじゃうじゃ」いる森へと送り込み、因果応報とばかりに全滅させていたのである。
こうして……
行きの時と同様、敵の襲撃は密かに闇へと葬られた。
知っているのは俺とクッカ、そして従士達だけ。
まあ、管理神様は当然知っているだろうけど。
俺は最近、過酷なこの異世界に、感覚が適応して来ているかもしれない。
敵に対して「可哀そう」とか、「やり過ぎだ」とか全く
魔物との戦いを何度か経験したせいで、弱い者は油断すればあっと言う間に殺される弱肉強食の非情な世界だと分かって来たからだ。
今回の敵は、魔物ではなく人間だが、関係ない。
待ち伏せしていた傭兵の心を読んだクッカが「奴等は非道な鬼畜」と激怒したので良心が痛むとか、
クッカによれば、この傭兵共は、今迄にこのような商隊を何度も襲っていたようだ。
証拠が残らないように男は全員惨殺、死体をどこかへ処分してしまう。
女はというと、さんざん慰み者にした上で子供と一緒に奴隷として遠方へ売リ飛ばしていたらしい。
何という、残酷な奴等だろう。
普段はおっとりしたクッカが、凄く怒ったのも無理はない。
俺は『ふるさと勇者』として、可愛い嫁ズとその家族、そしてボヌール村全体を守る責任と義務がある。
このような奴等をのさばらせておいて、もし被害があって後悔してからでは遅い。
災いの原因を断つ為にも、悪党へは絶対に容赦しない。
そんなこんなで……
夕方遅くにボヌール村へ帰還した俺達。
村の人達は、俺達の無事を大いに喜んで迎えてくれた。
リゼットとクラリスは俺に飛びついて喜び、その様子を見守るリゼットの両親、ジョエルさんとフロランスさんも、にこにこ笑っていた。
留守にしている間に、どうやら……「話は全て通った」ようだ。
俺とリゼットの、『結婚許可』が出たらしい。
レベッカの父ガストンさんと、ミシェルの母イザベルさんからは既に結婚OKが出ていたし、クラリスは両親が亡くなってひとり暮らし。
これで、村の女の子との結婚の根回しは万全である。
後は……クッカだけだ。
女神であるクッカの件は、天界の管理神様へ何とか頼み込むしかない。
結果がどうなるかはまるで分からないが、俺はクッカが大好きだし、彼女も俺を慕ってくれている。
人間と女神の許されない禁断の愛かもしれないが、ぜひ何とかしたい。
俺はそんな事を考えながら、帰った日の夜遅くまで、大空屋で翌日の開店準備をしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝6時……
大空屋開店! の時間。
だが開店前から予想外の長蛇の列。
村民の皆様が殺到したのだ。
数えてみたら、何と72人……
村の住人の3/4近い数である。
顔を見たら皆、期待感に目をうるうるさせていた。
凄く、嫌な予感。
案の定、店を開けたと同時に彼等彼女はどっと押し寄せて来た。
押し合いへし合いの村民達を見て、俺は改めて感じた。
どの時代、どの世界でも、やはり人間は『買い物』という行為が大好きなのだ、と。
俺、ミシェル、イザベルさん。
この3人では到底接客出来る筈もなかったが、俺は機転を利かせた。
隣接の宿屋の1階も、仮店舗として使い、その上で『入場制限』を行ったのである。
しかし、日本のラーメン屋に並ぶような行列と、待つ事にも慣れていない村民達は不満な表情を見せた。
そこで、ここは俺の低姿勢でのお願い。
更にエモシオンの市でも見せた最強のディベートが炸裂。
終いにはSOSを聞いて、急遽手伝いに来たレベッカ、リゼット、クラリスの爽やかな笑顔で何とか収まってくれた。
――約2時間後
大空屋の商品は、新規で仕入れた物は当然ながら、常備していた物まで綺麗に完売してしまっていた。
売る物が全く無い店は、営業など不可能。
当然ながら、ひとまず閉店という事となる。
困った!
本当に困った!
村で手配出来る商品以外を、またエモシオンの町まで再び仕入れに行かないとならない。
売れ筋は当然、村で手に入らない商品だから。
俺と嫁ズは、大空屋の宿屋の食堂で緊急会議を行う。
イザベルさんが所用で出かけたので、『ぶっちゃけ話』が出来るのは幸いだ。
予想外の展開に、ミシェルは悩んでいる。
茶化すと怒られるから絶対に言わないが、悩める乙女も魅力的。
「久々の入荷というのは確かにあるけど……ここまで売れちゃうなんて予想外……どうしよう……」
しかし!
悩めるミシェルに対し、ここで素晴らしい提案が為されたのであった。