第71話 「涙脆い女神様」

文字数 2,567文字

「大丈夫! ミシェル姉、まずは村で自給出来る品揃えを増やそうよ。私とクラリスで色々考えたから」

 凛とした声が、大空屋に響く。

 おお、意外な展開だ。
 俺も少し吃驚する。
 自信たっぷりに提案したのは普段は大人しく控えめなリゼットだったから。
 リゼットの隣でクラリスも、同意見とばかりに大きく頷いている。

 俺と結婚の約束をしてから、リゼットは変わった。
 結婚する喜びが後押しするのだろう、第一夫人としての自覚が出て来た。
 将来への夢を果たそうと、努力する前向きさに溢れている。
 だんだん、しっかり母のフロランスさんに似て来たのかも。

「みんな、私は、これを村の名産として売りたいの」

 リゼットがテーブルの上に並べたのは……
 俺が以前西の森から取って彼女に渡した、ハーブ各種であった。
 
 ちなみに、俺が西の森から持って来たのは生のハーブ。
 そのままでは、しおれて駄目になってしまう。
 
 だから俺は、リゼットと相談した。
 いくつかは、収納の魔法で作った箱へ戻す。
 亜空間の中は時間の流れが止まっているので、ハーブは劣化せずそのまま保存OK。
 残りは、乾燥させたりしてリゼットが処理。
 こちらも、普通に保存がきくようにしたのである。

 室内に、ハーブの良い香りが漂う。
 大空屋が、癒し空間に早変わり~。
 皆、「ふんふん」と鼻を鳴らして嗅いでいる。

 これは良い。
 
 普段、ハーブに全く馴染みが無い俺でも満足する。
 あの森のハーブ園以来、改めて嗅いでも癒され、落ち着く香りだ。
 俺でさえそうなんだから、嫁ズの反応は推して知るべしである。

 暗い表情だった、ミシェルの顔が輝く。

「へぇ! ハーブを村の名物にするの? とても良いかもね」

「でしょ?」

「でもリゼット、仕入れはどうするの? 滅多に手に入らないでしょう、これ」

 大空屋で、ハーブを売る事には賛成のミシェルであったが、肝心の仕入れに関して難色を示した。
 まあ、当然だろう。

「旦那様、話して良いですよね?」

 リゼットが、俺へ同意を求めて来る。
 西の森にある、『秘密のハーブ園』の話だ。
 いつも落ち着いて気配りをするリゼットは、本当に聡明な少女である。

「ああ、良いと思う」

 リゼットさえ良ければ、身内である嫁ズに隠す必要も無い。
 なので、俺はOKを出した。
 俺が「了解した「」ので、リゼットは俺と出会った経緯(いきさつ)も含めて、西の森にあるハーブ園の事を話し始める。
 
 風邪で体調を崩した祖母の為に……
 両親に内緒で、西の森へ以前見つけた風邪に効果のあるハーブを取りに行った事。
 森の中でゴブの大群に見つかり、追われて喰われそうになった事。
 絶体絶命に陥ったリゼットを、俺が助けに入って火の魔法を使い、襲って来た100匹以上のゴブを簡単に蹴散らした事。
 村に来た日の晩、俺がリゼットの為に、夜ひとりでハーブを取りに行った事。
 そして、俺とリゼットが力を合わせて、いずれ村にハーブ園を作ろうと約束した事など……

「ミシェル姉、最初はほんの少しの販売だけ……大空屋で村民だけに……目立たないように売るの」

「目立たないように?」

「ええ、目立つと村にオベール様のチェックが必ず入る。万が一、旦那様にも目が向けられたらたら……まずいです」

「成る程! 確かにそうだよね」

「はい! まずは小規模で栽培すれば良いなって思うの」

「うん、村の農園で育てるのね?」

「はい、旦那様が仰ったように、私は村にハーブ園を作りたい」

「素敵ね」

「ありがとう! なので大空屋で地味に少量売るのと同時に、希少品扱いで宿のお客さんにもそっとお茶で出すのって……どうかしら」

 リゼットは、家族へ秘密厳守を強調する。
 ひょんな事から、俺の秘密への波及を怖れての事だ。
 両親を始めとした、肉親にも絶対内緒という念押しをしたのである。

「分かった、秘密だね。私は良いと思う! ハーブ大好きだから!」とレベッカ。

「私……畑の作物も含めて植物全部好き、当然ハーブも。だから賛成」とクラリス。

「じゃあ問題無いね。私もリゼットに同意。いずれハーブは村の目玉商品になると思うし、旦那様が目立たないよう地味に売ろう」

 嫁達の意見が一致したと見て、最後にミシェルが話をまとめようとした。
 でもこの展開なら、肝心の人、いや『お茶汲み女神』を忘れてはいけないだろう。
 
 俺が手を挙げると、嫁達が注目する。

「ちょっと、待ってくれ。クッカもハーブは大好きだから応援するってよ」

 俺の言葉を聞いて、クッカが息を呑んでいる。
 今迄、話は聞いていたのだが、自分は実体のない幻影の為に大空屋を手伝えない。
 疎外感を覚えているクッカへ、俺は同じ家族として話を向けてやりたいのだ。

 俺がフォローしたのを聞いて、ミシェルには「ピン!」と来たらしい。
 すかさず、大きく頭を下げたのである。

「へぇ? クッカ様って、私達と同じくハーブがお好きなんですか? それは大いに助かりますよ、クッカ様、宜しくお願い致しますっ!」

 当たり前のように深くお辞儀をするミシェルに(なら)って、リゼット達他の3人も一斉に頭を下げた。
 
 俺は空中に居るクッカを見て、にっこり笑う。

『ははは、大空屋でハーブを売るのに、お茶汲みのクッカを外すなんて、絶対に無理だろう?』

『ううう……ありがとう、旦那様ぁ。うわぁ~んんん、皆さ~ん、仲間に入れて貰ってクッカは嬉しいですよ~』

 俺達から優しくされて、クッカは感極まったようだ。
 喜んで大泣きしている。
 当たり前じゃないか、お前も家族なんだもの。

 でも、俺は女子の涙には弱い。
 嬉し涙だと分かっていても弱い。
 だから、ちょっぴり照れ隠しもあった。

 涙ぐむクッカを少しだけからかう。

『何だよ、最近涙脆いんじゃあないか? いつもの強気なクッカらしくないぞ』

『もう! 私はすっごくデリケートなんですからぁ! 旦那様の意地悪っ!』

 泣き顔のたクッカは、ほんのちょっぴり拗ねながらも、嬉しそうに俺を見つめたのであった。
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登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)※転生前
本作の主人公。22歳。
殺伐とした都会に疲れ、学校卒業後は、子供の頃に離れたきりの故郷へ帰ろうとしていた。

だが、突然謎の死を遂げ、導かれた不思議な空間で、管理神と名乗る正体不明の存在から、異世界への転生を打診される。

☆ケン・ユウキ(俺)※転生後

15歳の少年として転生したケン。

管理神から、転生後の選択肢を示されたが……

ベテラン美女神のサポートによる、エルフの魔法剣士や王都の勇者になる選択肢を断り、新人女神のクッカと共に、西洋風異世界の田舎村ボヌールへ行く事を選ぶ。

併せて、分不相応な『レベル99』とオールスキル(仮)の力が与えられたケンは、ふるさと勇者として生きて行く事を決意する。

☆クッカ

管理神から、サポート役として、転生したケンを担当する事を命じられたD級女神。

天界神様連合、後方支援課所属。たおやかな美少女。

ど新人ながら、多彩な魔法と的確なアドバイスでケンを助ける。

初対面のケンに対し、何故か、特別な好意を持つ。

本体が天界に存在する為、現世に居る時は幻影状態である。

☆リゼット

転生したケンが草原で、ゴブリンの大群から救った、15歳の健康系さわやか美少女。

ケンの新たな故郷となる、異世界ヴァレンタイン王国ボヌール村、村長ジョエルの娘。

身体を張って、守ってくれたケンに対し、ひとめ惚れしてしまう。

☆クラリス

リゼットの親友で、垂れ目が特徴。
大人しく優しい性格の、15歳の癒し系美少女。
子供の頃、両親を魔物に殺されたが、孤独に耐え、懸命に生きて来た。

☆レベッカ
ボヌール村門番ガストンの娘で、整った顔立ちをした、18歳のモデル風スレンダー美少女。
弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。猟犬のトレーナーも兼ねている。
ツンデレ。面食いで、イケメン好き。ミシェルとは親友同士。

☆ミシェル
ボヌール村唯一の商店、万屋大空屋の店主イザベルの娘。
経済感覚に長けた、金髪碧眼の超グラマラス美少女で18歳。拳法の達人。
おおらかで明るい性格故、表には出さなかったが、父親を魔物の大群に殺された過去があり、生きる事に絶望していた。レベッカとは親友同士。

☆ステファニー

ボヌール村領主クロード・オベールのひとり娘。17歳。

オベール家の本拠地、エモシオンの町にあるオベール家城館に在住。

派手な容姿の美少女。わがままで高慢。

いつも従士の3人を引き連れ、エモシオンの町を闊歩している。

実母は既に故人。最近来たオベールの後妻と、母娘関係が上手く行っていない。


☆クーガー

この世界に突如降臨した女魔王。不思議な事にクッカそっくりの容姿をしている。

何故か、ケンに異常なほどの執着を持つ。

☆リリアン

夢魔。コケティッシュな美女。

魔王クーガー率いる魔王軍の幹部。

ある晩、突如ケンの前に現れ、クーガーがボヌール村を大軍で攻める事を告げる。

☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。


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