第104話 「小遣い稼ぎも大変だ③」
文字数 2,398文字
『あれは取引用の窓口です。彼等も結構排他的なのですよ。外部の者とは昼も夜も大抵あそこでやりとりします』
そうか……取引用窓口なんだ。
顔も見せずに取引なんて、失礼極まりないと思う。
だが、ボヌール村同様、簡単によそ者を入れたくないのであれば理解出来る。
『成る程……あ、そうだ』
俺はふと思った。
だから、クッカに尋ねてみた。
『ちょっと聞きたいんだけど……』
『何でしょう? 何でも聞いて下さい』
『今更だけど、ドワーフって……俺の言葉、通じるの?』
俺の質問を聞いたクッカが、手に口を当てた。
どうやら、笑いを堪えているらしい。
でも、とうとう我慢しきれず笑ってしまった。
『うふふ』
『な、何?』
クッカよ、いきなり笑うとは?
な、何故に?
俺の怪訝な眼差しに、クッカは笑顔で答えてくれる。
『え、えっと……あまり、あの時の事を言うと先輩達に殺されますから……言えませんけど』
『先輩達に殺される?』
先輩達って?
あのエルフの女神と戦いの女神、ふたりの女神って事?
分からん?
俺が首を傾げていると、クッカは慌てた様子で言う。
『い、いえ、今のは忘れて下さい。ところで旦那様が一番最初に覚えたスキルが言語スキルなんですよ。管理神様や私達と異界でお話ししたでしょう?』
『言語スキル? 言語スキルって……あ、そうか!』
管理神様やクッカ達と最初に話したのは日本語だと思っていたが、実はそうではなかったのだ。
つまり、話しているのはとんでもなく難解な神様の言葉を使った会話。
でも、俺の中では日本語に変換されているって事。
それは、今居る異世界も一緒。
リゼットやレベッカが使っているのは、日本語ではない。
当然、文字もそう。
聞いて見たものが、脳内変換されているって事だ。
しかし、クッカって何で笑ってたの?
って、あ……もしかして!
俺は、クッカの笑った理由が漸く分かった。
多分、俺がプライドの高い先輩女神達をからかったり、理屈を通したりしてやり込めたからだ。
クッカは、それで日頃の『うっ憤』を晴らしたんだ、多分。
確かあの時、俺はエルフの女神ケルトゥリ様を酷く怒らせた。
えっと……彼女の胸の件で……
……でも、それはとても失礼な話だし、ほんのちょっと心の中で思っただけ。
証拠に俺はレベッカの貧乳……いや微乳は大好きだもの。
凄いセクハラオヤジと化して、ケルトゥリ様を怒らせたのは管理神様。
堂々と『ちっぱい』とか、言って……
俺は、完全なとばっちり。
本当に酷い話。
でもエルフと話せるって事はドワーフとも会話OKって理屈か。
これは、納得だ。
加えて俺は、戦いの女神ヴァルヴァラ様の機嫌も悪くした。
思いっ切り持論をぶつけて、勇者をけなしたっけ。
ヴァルヴァラ様も侮辱だと言って頭から湯気を出して怒っていた。
そんなわけで、俺はクッカを選んだんだ。
天界神様連合後方支援課では一番後輩のクッカと、あの怖そうな先輩達の間には何かあったんだろうか?
想像するしかないけど……例えば……
いじめに近い、教育的指導?
初々しい若さへの、妬みから来る嫌がらせ?
陰口?
あ~、分からない!
まあ女性の世界の闇は……深いという。
あまり、俺は関わらない方が良さそうだ。
笑うのを、無理矢理抑えたクッカが、俺を促す。
『うぷ! さ、さあて、時間もあまり無いですし……行きましょう』
確かに、そうだ。
持って来たオーガの皮を金に換えて、さっさと失礼しよう。
いくら憧れのドワーフだって、こんな荒野にずっと居たくない。
用事が済んで、ドワーフ見物したら帰りたいっス。
ちなみに今夜の俺はいかにも、「戦ってオーガ狩った冒険者ですよ」って雰囲気を出している……つもり。
俺は正門前に行くと、物見やぐらに陣取っているドワーフの門番へ話し掛ける。
「すんませ~ん!」
「何だ、若造!」
若造ね……
ドワーフは、エルフほどじゃないけど長命。
200年から300年くらいは、生きるらしい。
彼等から見れば、人間など殆どが若造か、小娘だ。
「お手間を掛けます、そちらと取引したいんですけど」
「こんな夜に何だ?」
「俺が狩って来たオーガの皮を買って欲しいんですけど」
狩って、買って?
洒落?
俺は自分で言って可笑しくなった。
これはクッカのせいだ。
「オーガの皮?」
「え、ええ……うぷ」
「お前、何笑ってる? 俺の顔がそんなに可笑しいか?」
ヤバイ!
俺って、誤解されやすい?
貴方の顔が面白いなんて、そんな事ないっす。
自分で始めて、勝手に完結している笑いでっす。
俺は、慌てて取り繕う。
「いえ、俺、この村に来れて感激しているんで」
「感激? 変な奴だ……まあ良い、今下の扉を開けてやる。そこへ皮を押し込め」
クッカから聞いていた通り。
例の『猫の出入り口』が開いた。
ここに、商品を押し込むのは不安がある。
持っていかれて、知らんと言われたらそれっきり。
でも、俺は買って頂く立場。
文句は、一切言えない。
言われた通り、俺はとりあえず5枚の皮を押し込んだ。
いきなり15枚は変に思われるだろうし、下手をすれば俺の力がバレると思ったから。
それに一度に売ると、単価が下がるかもっていう心配もあった。
クッカによれば、ここで暫く待って、代金が引き換えに払われるそうだ。
さて……どうなるか?
俺は夜が更けて行く中、期待と不安を胸にして待っていたのであった。