第65話 「貴族令嬢の素顔」

文字数 2,371文字

 ぱん、ぱん、ぱああん!

 俺は、ステファニーの小さなお尻を10回は叩いたであろう。
 手加減は、当然した。
 レベル99的にはそよそよと触るか、触らないかというくらい。
 こう言うとトンデモなスケベ親爺のようだが、本当にそんな力加減なのだ。

『沈黙』の魔法で声も出せない、『束縛』の魔法で身動きも取れない……
 加えて俺にしっかりと抱えられ、どうする事も出来ないステファニー。
 痛みと屈辱に、ただ泣き崩れている。

 うん……もうそろそろ、許してやるか。

 俺は頃合と見て、尻を叩くのをやめた。
 あまり長居して、誰かに見られてもヤバイ。
 
 領主の娘に、尻たたきでお仕置きをする平民。
 もしも見つかったら、中央広場で公開死刑の斬首。
 絶対に、間違いない!
 
 空中に浮かんだ幻影のクッカも、小さく頷く。
 どうやら、俺と同じ考えのようだ。

『ステファニー』

『…………』

 俺の呼び掛けに、ステファニーは俯いて黙っている。
 さっきも言ったように尻を叩く際に充分、手加減した。
 直接的な痛みというより、プライドを完璧に破壊されたショックの方が大きいに違いない。

 黙っているステファニーに対して、俺は構わず告げて行く。

『今後は、父親の権力(ちから)を使って、領民を無理矢理下僕にするなんて絶対にやめてくれよ』

 俺の呼びかけに対して、ステファニーは相変わらず無言だ……

『…………』

 ステファニーは、生きている。
 屍ではないのに、返事がない。
 だが、ここはちゃんと返事を貰わなくてはならない。

 俺は、子供に対して促すように答えを求める。

『ステファニー、返事は?』

『…………』

『ほら、返事!』

『……はい』

 俺が再度促すと、ステファニーは、か細い声ながら何とか返事をしてくれた。
 反省しているようだし、相手は女子。
 もう、許してやろう。
 スペシャルサービス付きで。 

『ようし、それが聞きたかった』

 俺はステファニーを抱きかかえて正面に座らせると、回復魔法を発動した。
 治癒、回復、全快、慈悲、奇跡……全部で5段階ある回復魔法のうち、大サービスで『全快』の魔法をステファニーに掛けてやったのだ。
 
 全快の魔法を使ったのは俺の勘=内なる声が「そうしろ」と言ったせいもある。
 何となくだが、ステファニーの尊大で苛々した態度の一因が、彼女の体調不良にあるかもしれないと思ったのである。

 葬送魔法の眩い光ほどではないが、俺の手が淡く光るのを見て、ステファニーは目に驚きの色を浮かべた。
 もしかしたら、この町では魔法が珍しいのかもしれない。
 驚いたステファニーも、俺の発した光が自分の身体をに向けられて全身を満たすと、ぴくぴく身体を波打たせたのである。

『どうだ?』

『あ、あ、あれ? ……変! 何、これ!? どうして!?』

 先程から、驚きっ放しのステファニー。
 尻の痛みが無くなっただけでなく、身体が優しく癒された事に戸惑っているようだ。

『気分はどうだい? お尻……痛くなくなったか?』

『うん、うん、うんっ! お尻が痛くないっ、痛くないよ~っ、それどころか身体も気分もすっごく軽いのっ』

 俺はここで束縛の魔法を解除してやった。
 魂の波動で、もうステファニーが抵抗して暴れたりしないと分かったからだ。
 笑顔で応えてやる。

『はは、魔法が効いたみたいで、良かったな』

『ここ、これって魔法!? ケン……貴方って一体……』

 ステファニーは、驚きの目で俺を見ている。
 少なくとも、『ただの小僧』とは思わなくなったのだろう。

 しかし、俺は単なる『ボヌール村の小僧』で良い。
 だから、はっきりと言ってやる。

『俺はお前の領民でボヌール村の村民、ただそれだけさ。たまにこの町へ来るかもしれないが、俺はボヌール村で嫁達と暮らす。お前とはもうこうして話す事もないだろう』

『……でも私、貴方のせいでお嫁にいけない身体にされちゃった』

 お嫁に行けない?
 責任を取れってか?
 お仕置きで、お尻をぺんぺん叩いたくらいなのに?

 俺は苦笑しながら、話を続ける。

『馬鹿言え! お尻を叩いただけだろう? それにお前の従士達は俺の存在など忘れるような魔法を掛けてある。お前のお尻を叩いたのは、俺とお前ふたりだけの秘密さ』

『ふたりだけの……秘密?』

 秘密と聞き、ステファニーは、目を「うるっ」とさせた。
 ああ、リゼットの時もそうだが、この台詞(セリフ)はやばい。
 『悪魔の囁』きと言って良い、背徳の響きがある。

 ステファニーは、じっと俺を見つめていた。
 俺と会った時、放っていた波動が全く変わっている。
 生意気で我儘(わがまま)な波動から、何か、こう寂しげな、切なげな優しい波動に……
 
 さらさら金髪に、美しいブルーサファイアのような碧眼。
 健康女子の金髪碧眼のミシェルとは、趣きが違う。
 ミシェルが向日葵のような明るい美少女なら、ステファニーはちょっと派手だが、まるで可憐なフランス人形だ。
 そしてレベッカとはひと味違う、ツンデレ美少女の大変身。

 俺は少しだけ、ドキッとする。

『あ、ああ、本当はお前の記憶も消したいけど、忘却の魔法を掛けると俺とのやりとりで生じた今のお前の気持ちもリセットされてしまう』

『リセット……される?』

『おう! 俺の事だけじゃなく、反省した気持ちまで消えるんだ。そうなると、また会った時に「下僕になれ」って言われるだろう? それは嫌だからな』

 俺が言うと、ステファニーはいきなり俺に飛び付いた。
 そして両腕を回して「ぐっ」と強く抱きついたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)※転生前
本作の主人公。22歳。
殺伐とした都会に疲れ、学校卒業後は、子供の頃に離れたきりの故郷へ帰ろうとしていた。

だが、突然謎の死を遂げ、導かれた不思議な空間で、管理神と名乗る正体不明の存在から、異世界への転生を打診される。

☆ケン・ユウキ(俺)※転生後

15歳の少年として転生したケン。

管理神から、転生後の選択肢を示されたが……

ベテラン美女神のサポートによる、エルフの魔法剣士や王都の勇者になる選択肢を断り、新人女神のクッカと共に、西洋風異世界の田舎村ボヌールへ行く事を選ぶ。

併せて、分不相応な『レベル99』とオールスキル(仮)の力が与えられたケンは、ふるさと勇者として生きて行く事を決意する。

☆クッカ

管理神から、サポート役として、転生したケンを担当する事を命じられたD級女神。

天界神様連合、後方支援課所属。たおやかな美少女。

ど新人ながら、多彩な魔法と的確なアドバイスでケンを助ける。

初対面のケンに対し、何故か、特別な好意を持つ。

本体が天界に存在する為、現世に居る時は幻影状態である。

☆リゼット

転生したケンが草原で、ゴブリンの大群から救った、15歳の健康系さわやか美少女。

ケンの新たな故郷となる、異世界ヴァレンタイン王国ボヌール村、村長ジョエルの娘。

身体を張って、守ってくれたケンに対し、ひとめ惚れしてしまう。

☆クラリス

リゼットの親友で、垂れ目が特徴。
大人しく優しい性格の、15歳の癒し系美少女。
子供の頃、両親を魔物に殺されたが、孤独に耐え、懸命に生きて来た。

☆レベッカ
ボヌール村門番ガストンの娘で、整った顔立ちをした、18歳のモデル風スレンダー美少女。
弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。猟犬のトレーナーも兼ねている。
ツンデレ。面食いで、イケメン好き。ミシェルとは親友同士。

☆ミシェル
ボヌール村唯一の商店、万屋大空屋の店主イザベルの娘。
経済感覚に長けた、金髪碧眼の超グラマラス美少女で18歳。拳法の達人。
おおらかで明るい性格故、表には出さなかったが、父親を魔物の大群に殺された過去があり、生きる事に絶望していた。レベッカとは親友同士。

☆ステファニー

ボヌール村領主クロード・オベールのひとり娘。17歳。

オベール家の本拠地、エモシオンの町にあるオベール家城館に在住。

派手な容姿の美少女。わがままで高慢。

いつも従士の3人を引き連れ、エモシオンの町を闊歩している。

実母は既に故人。最近来たオベールの後妻と、母娘関係が上手く行っていない。


☆クーガー

この世界に突如降臨した女魔王。不思議な事にクッカそっくりの容姿をしている。

何故か、ケンに異常なほどの執着を持つ。

☆リリアン

夢魔。コケティッシュな美女。

魔王クーガー率いる魔王軍の幹部。

ある晩、突如ケンの前に現れ、クーガーがボヌール村を大軍で攻める事を告げる。

☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み