第53話 「ドケチ親爺よ、さようなら」

文字数 2,455文字

 俺達と同行した商隊は、ボヌール村の北に位置するジェトレ村の人間である。
 
 ジェトレ村は、オベール様の領地ではない。
 別の領主が治めている。
 だから、エモシオンにおいては商売の内容や持ち込んだ商品、滞在期間を根掘り葉掘り門番に聞かれた上で、結構な金額の税金を取られていた。
 
 結構厳しい対応だが、ジェトレ村の出入り口でも、多分同じ事をやっている。
 例えば俺達がジェトレ村へ行ったら、しっかり税金を取られる。
 まあ、お互い様、というところだろう。

 税金を徴収されるのは毎度の事だろうが、『ド』が付くけちな商隊リーダーの親爺の顔が辛そうに歪んでいる。
 少しでも所持金が減るのは耐えられないという面持ちだ。
 それが、トンデモな展開への原因になるとは、俺は全く想像もしなかった。

「よし、お前達の護衛はここまでで良いぞ」

「ここまで?」

「ああ、そうだ。この町でジェトレまで行く護衛を改めて雇うから。ええっと、当然だが……前払いした金は半分返してくれよな」

「…………」

 いきなりの商隊のリーダー親爺の言葉に、俺はポカンと口を開けた。

 はぁ?
 いきなり、契約解除?
 勝手に何言ってんだ、コイツ。
 俺は呆れて親爺の顔を見る。
 こいつは商人の癖に、『契約』の意味も知らないのか?

「何をぽかんとしている? 警護役を2組雇ったら無駄になるだろう?」

「はぁ?」

「帰る時に、どうせお前達はジェトレ村まで行ってくれないし、半金を返すのは当然だよな」

 あまりにも身勝手な、ドケチ親爺の暴言。
 ホント、誠実さを売りとする商人とは思えないクズ野郎だ。
 え、大抵の商人ってこんなモノだって?
 俺が、すっげぇ甘ちゃんなんですか?

 ドケチ親爺の言葉を聞いて、口を開いたのがミシェルだ。
 直接、親爺と交渉して契約をまとめたのは彼女だから無理もない。

 ミシェルは、ドケチ親爺を真っ直ぐに見つめると「ぴしっ」と抗議した。

「何言ってるの? あのね、おじさん。話が違うでしょ?」

「話? 何の事だ?」

 (とぼ)ける、惚ける、このドケチめぇ!
 俺も、だんだんむかっ腹が立って来た。

 当然、ミシェルはぴしりと言う。

「私が、あんたと約束した契約って奴があるでしょ?」

「契約? 知らないなあ? 証拠は? お前達と正式に取り交わした契約書があるってのか?」

 商隊のリーダー、ドケチ親爺はホント狡猾だ。
 
 俺達の請け負った護衛の仕事は、契約書のない口頭でのやりとり、いわゆる口約束だ。
 それを盾にして、無理押しして来やがる。
 
 しかし、ミシェルもやはり只者ではなかった。
 こんな親爺の上を行く女傑である。
 しっかり、バッチリと『切り札』を用意していたのだ。

「ふ~ん。じゃあこの町に居る衛兵さん、ここへ呼んじゃお~かなぁ」

「な、何だと? 衛兵ヨ呼ぶ?」

「そうだよ。あんたがたと、さ。ボヌール村へ一緒に来て、散々不埒な行動をしたクラン大狼ってのを……」

「クラン大狼がどうした? あんな奴ら、私達にはもう関係ないだろう?」

「いいえ、そんな理屈は通らないよぉ。そんな奴等を雇い主の癖に放置して、村に迷惑掛けた商人達のリーダーはこいつですよぉって通報しちゃおうかなぁ」

「ななな、何!?」

「そうすると、この町の領主のオベール様って怒るんだよ。何せ王都には領地の治安の良さを売りにして報告しているからね。それにジェトレ村の領主様にも猛抗議すると思うよ」

 治安が良い?
 このオベール様の領地が?
 王様にそう報告してる?

 はぁっ? って言いたくなる。
 真っ赤な大嘘だ。

 ゴブの大群に、変態狼男、凶暴なオーガに、女性の敵オーク、挙句の果てには人間の山賊共まで出没する。
 
 俺が倒しただけでも……こんなに悪党が居た。
 少し前には、魔物の襲撃でボヌール村の村民が大勢亡くなっている。
 その上、狼や熊も出るし、こんな土地のどこが、どの面下げて治安が良いって言えるんだよ!

 だんだん、オベール様とやらの人柄が分かって来た。
 年貢の件といい、嘘つきで詐欺師ちっくな、とんでも領主に違いない。

 だが、今の俺達にとってその理屈は役に立つ。
 ドケチ親爺の奴は、完全にびびっているからだ。

「オベール様が猛抗議したら、あんた達の領主様は面子を潰されたと怒るだろうねぇ……もしかしたらジェトレ村の広場で、あんたを含めて商隊全員死刑になっちゃうとか?」

「し、死刑!? ひ、ひいいっ」

「よっし、呼ぼうかぁ! お~い、衛兵さ~ん、こっちで~す」

 調子に乗って衛兵を呼ぼうとしたミシェルを、親爺は慌てて止める。

「あ、おううう、待て! か、金はやる。頼むからその代わり契約解除してくれ、もう良い、お前等は!」

 ミシェルの作戦にはまったドケチ親爺は、とうとう金を支払う事を了解した。
 それどころか、帰りの護衛は不要だと言い捨て、逃げるように居なくなってしまった。

 ドケチ親爺が『逃げた』のを見たレベッカが心配そうに言う。

「ねぇ、やり過ぎじゃない? あのおっさん、もう二度とボヌール村へ来ないよ、多分」

 しかし、ミシェルは笑顔で首をゆっくりと横に振った。

「ノープロブレム。商隊なんて代わりがいくらでも村へ来るよ。もし来なかったら今度は私達だけで、この町へ来れば良いんだもの」

 ミシェルは、そう言うと頼もしそうに俺を見る。

「大丈夫! もう私達には強い旦那様が居るんだから」

「そうか! ダーリンは世界最強だよね~」

 昨夜の家族会議の後に……
 レベッカは「絶対に内緒」と念を押して、俺がゴブやオーガを簡単にやっつけた事を親友ミシェルへ伝えているのだろう。

 愛する嫁レベッカとミシェルのふたりは、顔を見合わせて頷くと、俺に向かってとびきり素敵な笑顔を送ってくれたのであった。
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登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)※転生前
本作の主人公。22歳。
殺伐とした都会に疲れ、学校卒業後は、子供の頃に離れたきりの故郷へ帰ろうとしていた。

だが、突然謎の死を遂げ、導かれた不思議な空間で、管理神と名乗る正体不明の存在から、異世界への転生を打診される。

☆ケン・ユウキ(俺)※転生後

15歳の少年として転生したケン。

管理神から、転生後の選択肢を示されたが……

ベテラン美女神のサポートによる、エルフの魔法剣士や王都の勇者になる選択肢を断り、新人女神のクッカと共に、西洋風異世界の田舎村ボヌールへ行く事を選ぶ。

併せて、分不相応な『レベル99』とオールスキル(仮)の力が与えられたケンは、ふるさと勇者として生きて行く事を決意する。

☆クッカ

管理神から、サポート役として、転生したケンを担当する事を命じられたD級女神。

天界神様連合、後方支援課所属。たおやかな美少女。

ど新人ながら、多彩な魔法と的確なアドバイスでケンを助ける。

初対面のケンに対し、何故か、特別な好意を持つ。

本体が天界に存在する為、現世に居る時は幻影状態である。

☆リゼット

転生したケンが草原で、ゴブリンの大群から救った、15歳の健康系さわやか美少女。

ケンの新たな故郷となる、異世界ヴァレンタイン王国ボヌール村、村長ジョエルの娘。

身体を張って、守ってくれたケンに対し、ひとめ惚れしてしまう。

☆クラリス

リゼットの親友で、垂れ目が特徴。
大人しく優しい性格の、15歳の癒し系美少女。
子供の頃、両親を魔物に殺されたが、孤独に耐え、懸命に生きて来た。

☆レベッカ
ボヌール村門番ガストンの娘で、整った顔立ちをした、18歳のモデル風スレンダー美少女。
弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。猟犬のトレーナーも兼ねている。
ツンデレ。面食いで、イケメン好き。ミシェルとは親友同士。

☆ミシェル
ボヌール村唯一の商店、万屋大空屋の店主イザベルの娘。
経済感覚に長けた、金髪碧眼の超グラマラス美少女で18歳。拳法の達人。
おおらかで明るい性格故、表には出さなかったが、父親を魔物の大群に殺された過去があり、生きる事に絶望していた。レベッカとは親友同士。

☆ステファニー

ボヌール村領主クロード・オベールのひとり娘。17歳。

オベール家の本拠地、エモシオンの町にあるオベール家城館に在住。

派手な容姿の美少女。わがままで高慢。

いつも従士の3人を引き連れ、エモシオンの町を闊歩している。

実母は既に故人。最近来たオベールの後妻と、母娘関係が上手く行っていない。


☆クーガー

この世界に突如降臨した女魔王。不思議な事にクッカそっくりの容姿をしている。

何故か、ケンに異常なほどの執着を持つ。

☆リリアン

夢魔。コケティッシュな美女。

魔王クーガー率いる魔王軍の幹部。

ある晩、突如ケンの前に現れ、クーガーがボヌール村を大軍で攻める事を告げる。

☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。


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