第77話 贖罪①
文字数 2,718文字
『嘘…いや…いやよっ…目を…目を開けてぇ!!しっかりしてぇ!ソレアぁっ!!!』
『早く!手当ての準備を!!』
『はっはい!!』
『おにいちゃんっ……お、おにいちゃ…』
パシッ!!!
『触らないでよ!!元はといえば、全部、アンタのせいで……アンタのせいでソレアは…!!!』
『リンクに当たるのはやめなさいミナ!!今院長が治療するから…っ…だから……』
『ソレア…ソレア…っ』
『…』
『院長…あの子は、どうなったのですか?』
『…』
『ま、まさか…』
『…ごめんなさい…出来る限り手を尽くしたのだけれど…』
『う、嘘、嘘よっ、そんなの嘘よ!!…ソレアはっ!そんな簡単に死ぬはずない!!』
『ミナ…』
『ねぇ院長…まだ、まだ希望はあるでしょ?院長なら、ソレアを…ソレアを…!!』
『ミナ』
『…な…なんで……なんでよっ……ソレアが……死ななきゃ、いけないのっ…なん、で……!!』
『ごめんなさい…本当に、ごめんなさい』
『うっ……うぅぅぅ…っ…あ゙あぁっ…』
『おにいちゃんが……しん、じゃった…あたしの…せい……』
この日、幼い少女の心に
見えない十字架が
深く深く刻まれた
ーーー
ー 雑貨屋メモリー 私室 ー
つい先ほど起きた騒動がまるでなかったかのように流れる静寂な空気が
店長の私室の中で流れる。その部屋には
黙々と負傷したシンの掌を治療し、包帯を巻くリンクと
彼女に対してありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいなシンの二人きりであった
お互い目を合わせることは無く
じっと掌だけを見つめる彼女の青い瞳は
今にも泣きそうなほど潤み
眉は悲哀混じりにひそませていた
それが一層シンの心に罪悪感が押し寄せる
「……はい、出来ましたよ」
「あ、あぁ…ありがとう…リンク…それから…………ごめんっ…」
治療が済んだと同時にシンは深々と頭を下げ謝罪した
当然リンクはあまりの唐突さに驚き、目を丸くした
「ど、どうしたのですか?急に…そんな…」
「…俺、ずっと君に迷惑ばかりかけてきた…この間のこともそうだし…君は、本当なら自分の事で精一杯悩んで、苦しんで、それでも頑張ってるってのに…俺のせいで余計なことばかり考えさせてしまって………本当に、ごめん」
「…っ」
胸の奥に溜め込んだ想いをぶつけるように
シンは懸命に彼女に謝罪し続けた
そんな嘘偽りのない彼の想いを前にリンクは
「顔を上げてくださいシンさん。本当に謝るべきなのは……あたしの方です」
「え…」
思わぬ答えが返ってきた後に
恐る恐る顔を上げると
リンクはシンの全てを優しく包み込むかのように微笑んでいた
「リンク、君は…」
「あなたは、いつもそうやって、あたしや皆さんの心に寄り添ってくれる優しい人…自分がどんなに傷だらけになっても、どんな困難な事があっても、あなたはいつも…誰よりも真っ先に敵に立ち向かおうとする…皆を守ろうと、必死になって戦う…あたしは、そんなあなたを見習おうと努力していたまでです…だから、本当に謝るべきなのは、感謝すべきなのは……全部、あたしの方なんです」
「リンク……」
「いつも…ありがとうございますシンさん。そして、ごめんなさい…あたし…あなたに、伝えなければならないことが…」
「!」
リンクの思いがけない告白を前に
シンは息を詰まらせる
ーーー
ー ルエン邸 客室 ー
コンコン…
『失礼します』
「入れ」
ガチャ…
「キョウさん」
「少しは身体を休めたか?」
「え、えぇ、まぁ…ところで、話というのは…?」
「ルエンが、リンク=アソワールの居所を見つけたようだ…この、マリアの地でな」
「えっ!?も、もう見つかったのですか?!キョウさん…やっぱり、オレは…」
「母の身が心配ではないのか?」
「…っ!?」
冷たく響くキョウの言葉に、ソラの背筋が凍る
「ソラ、これは単なる商売ではない。欲しいものを手に入れるための…戦争だ」
「キョウさん」
「同時に奴らも、自分達の大事なものを守るため、この戦争に足を踏み入れた。同じ土俵に立つ以上、死ぬまで奪い合う…それだけのことだ」
「あなたは…どうしてそこまで…」
「どうして、か………さて、どうであろうな?」
結局、彼の口から真意を聞くことは叶わなかった
そしてソラ自身も、結局は彼の意のままに操られる以外の選択肢がなかった
(…所詮は子ども、か。だがソラよ、今のお前は誰が相手であろうと、私のために死に物狂いで戦ってもらわねばならぬ……お前の母と、お前の母を救ったこの私を、守る為にな)
ーーー
「あたしが…物心がついて間もない頃は、なかなか孤児院の皆と馴染めなくてずっと一人ぼっちだったところを…以前お話したおばあちゃんより先にある人が手を、差し伸べてくれたのです」
「ある、人?」
「あたしより五つ年上の…【ソレア】という名の男の子です」
ドクン…
湧き出る胸騒ぎを必死に抑えながら
シンは彼女の言葉に頷く
「あたしは彼を兄のように慕っていました…誰とでも仲良く出来て、正直者で、弱い者いじめを嫌う………そう、まるでシンさんと瓜二つというくらい真っ直ぐな人だったんです」
「え、お、俺っ?」
「はい」
リンクの言葉ひとつひとつに驚くばかりのシン
平静を装ってるつもりだが、それも無意味なほど
顔が熱くなるのを感じた
「お、俺に似てるかどうかはよく、分からないが…そのソレアという子は、きっと君の事を心配して、手を差し伸べてくれたんだろうな」
「えぇ…本当に、優しい人でした…そんな優しい人が………あたしの…せいで」
息を詰まらせるように語るリンクの表情が暗くなった途端、雲行きが一気に怪しくなる
「リンク、大丈夫か?言いづらいことなら…無理に」
「いえ、大丈夫です」
リンクは一度深呼吸したあと、話を続ける
「ある日…みんなでピクニックに、出掛けたんです…近くある…広い草原で」
それは院長であるおばあちゃんの提案で始まったピクニック
草原の中でみんなで追いかけっこしたり、歌を歌ったり
みんなで用意したお昼ご飯を食べたりと
いつもと違った楽しい一時をみんなで過ごす…はずだった
ポロッ…
「リンク…!」
「あ…」
目から無意識にこぼれた、大粒の涙
それに気づいたリンクは隠すように涙を拭う
「ご、ごめんなさい…話の途中で……こんな」
「もういい…君にとって辛い話なら…これ以上は」
「いいんです…これは、今も昔もあたしにとって大切な事だから……それに…あたしはもう、あなたに隠し事なんて、したくありません……ですから」
「リンク」
潤んだ目に宿る真っ直ぐな思い
彼女の心を知る度、シンは己に宿る
目を背けたくなるほどの
歪な感情
を自覚した(ごめん、リンク…俺は…君の言うソレアという子のように…誰にでも優しいわけでも、真っ直ぐな人間でもない…俺が今こうしていられるのは……
今の俺
が戦う理由は……)【終】