第65話 本当の…
文字数 4,797文字
静かに見つめ合う光景が人々にとって不気味に映り
当の本人達は彼らに聞こえない波長で言葉を交わした
(フン…スコシハマシニナッタカ?コムスメヨ)
(エメラルさん…)
見下すように問いかける黒きドラゴン・リュクシオン
又の名はケイの妹・エメラル
以前と変わらず剥き出しの殺意で向き合う彼女に
リンクはもう一度説得しようと勇気を振り絞る
(エメラルさん…あたしはやっぱり…あなたと戦いたくはありません)
(ナニ?)
(あなたは…悪い人達に利用されてるんです!…あなたを惑せ、心を踏みにじった…あんな人達の言葉に耳を傾けてはいけません!もうこれ以上、利用されては…!)
(シッテイル)
(…!!)
(オマエニイワレナクテモ、ソノクライ…ワカッテタワ…ワタシハファクティスニリヨウサレタ、ワタシノココロニアル…イカリ、カナシミ、ヨクボウヲ…スベテミスカシテナ)
予想もしなかった言葉にリンクは戸惑った
(なら…どう、して…どうしてこんなことを…)
(グモンダナ。ワタシハ、ドンナニリヨウサレヨウト、ドンナニミスカサレテモ、コノココロニアルオモイハ、ジジツダカラ…コワス!アイツモ、オマエモ……ナニモカモスベテナ…!)
(……あなたは、本当に、それでいいのですか?)
(…イイモナニモ…コレハ、ワタシガエランダミチ。オマエニハカンケイノナイコトダ…ソレニ…)
(…?)
(ドウセ、ワタシノイノチハ……オソカレハヤカレ…コノセカイカラ、キエルウンメイナノダカラ)
(え、そ、それはどういう…っ)
(オシャベリハココマデダ、コムスメ…サァ、ワタシヲタノシマセロ!)
(や、やめてっ!!!)
儚げに語る口調から一転、エメラルは
狂気と殺意を帯びた翼でリンク達に迫る
「き、来ますよぉ!!!」
高速で突進してくるエメラルを柔軟に躱すリンク
背に乗るシン達は風に煽られながらも
落ちないように必死にしがみつく
「うっ…ぐぅ…!どこまでも容赦がないな…!」
『ごめんなさい、シンさん…』
「この声は…!」
突如メビウスの力で発生したテレパシーが
シンの脳裏に伝わる
『あたしが力不足なせいで、エメラルさんを説得出来ませんでした…』
「説得?いったい、何が起きたんだ?」
目の前で起きた出来事とその直前まで語った彼女とのやりとりを
事細かに明かしてくれた
「エメラルさんは、全部知っててこんなことを…」
『はい。どんなに利用されても、あの人の心にある憎しみがある限り、壊し続けると…』
「…心にある、憎しみ」
その一言にシンは心に微かな軋みを感じていると
『伏せて!!』
迫る魔弾をメビウスは紙一重で避けた
だが相手の動きは遥かに俊敏だった
魔弾に帯びた高熱が僅かながらメビウスの羽を掠り
辛うじて防いだ攻撃の後は凄まじい圧力でよろけてしまい
完全に押されていた
「リンクっ!大丈夫か!?」
『だ、大丈夫です…少し、掠っただけです…シンさん達は、大丈夫ですか?』
「あ…あぁ、平気だ…」
(くそっ…ただでさえ精一杯なはずなのに、これ以上無理をさせたら、リンクの身が持たない…何か、方法はないのか…!)
相手は巨大なドラゴン、生身の人間が太刀打ち出来るわけないと
誰もが思う。仮に飛び道具や魔法で交戦しても、避けられることはおろか…当たってもかすり傷にすらならないのが目に見える
(…太刀打ち出来ないのなら、懐に入るしかない…!)
何かを思いついたシンは、急いでリンクに話しかける
「リンク!体当たりするフリをしてエメラルさんを横切るように飛んでくれ…!」
『え…?!シンさん、いったい何を…』
「俺が、直接エメラルさんの背に乗って攻撃する!」
『っ!?』
シンの口から飛び出したのは、無謀とも言える命懸けの特攻
しかも相手はドラゴン、何が起きるか分からない危険なことを
シンは敢えて挑もうとしている
『そ、そんな…ダメですっ!危険過ぎます!』
「シンさま!いくらなんでも…それは無茶にもほどが…」
「無茶でも、危険でも…やるしかないんだ…!」
「ですが!」
リンクとミールは当然反対した
それぞれが彼の身を案じているからこそ
シンの無謀過ぎる行動を黙って見ていられなかった
するとそこへ…
「なにここでごちゃごちゃ言ってんだテメェら!」
「ジ、ジョーさま…!」
「ガキはガキでも、男が腹括って決めた事だ。テメェらがうだうだ言って止めんじゃねぇ」
「ジョー…さん」
ジョーの意外な言葉に全員が驚くあまり沈黙してると
「おいお前!…シンって言ったな?」
「は、はい」
バッ!!
「!」
突然名前を呼んだと思いきや
自身の愛刀である青龍刀を
シンに差し出した
「ジョーさん、これは…」
「テメェよ、まさか刀もなしに首突っ込むつもりか?」
「…!」
シンは思い出した。剣を通して魔法陣の力に対抗し
打ち勝つことが出来たが、その代償として
剣は修復不可能なまでに破損してしまったことを
「しまった…あのとき、俺…」
「最高にダッセェな、お前」
「…」
「だが、そんなダセェお前にこの俺がチャンスを与えてやってんだ…感謝しろ。もししくじるようなら、タダじゃおかねぇからな?」
「っ!」
つい先程まで子供扱いしてきたこの男が
初めて、シンを一人の男として認めた瞬間だった
「ジョーさん……ありがとう」
「フンッ!」
青龍刀を手にしたとき
より固い決意を抱くシン
ミールも彼らのやりとりを見て
それ以上何も言えなくなった
そして、リンクは…
「リンク…」
『…』
「俺なら、大丈夫だから」
『…!…っ…必ず、戻ってきてくださいね。シンさん』
「あぁ!」
リンクも彼を信じて、決意を固めた
飛び乗りのチャンスはギリギリの距離感ですれ違った瞬間
その後は、動きに応じて対処するのみ
緊張する鼓動を深呼吸で整えると
「…よし!行くぞリンク!」
『はい!!』
ぶわっと大きな翼を広げ、エメラルの元へと一気に飛び出した
(フフッ、ヨウヤクソノキニナッタカコムスメ…イイダロウ、サアコイ!!)
エメラルは意気揚々と迎撃態勢に入ると
二匹は激しくぶつかりあった
攻撃手段を持たないメビウスは、突進または防御でエメラルに食らいつくように何度も何度も接近する。それに対抗してエメラルは連続で魔弾を放つが、思うように当たらず、執拗に迫ってくる彼女に対して徐々に苛立ちを覚えた
(ジャクシャノクセニ、シツコイヤツメ…!)
(…っ!)
シンが着地出来る位置を模索していくと
『見えたっ!……今ですっ!シンさん!!』
「あぁ!!」
(ナッ…!!?)
凄まじいスピードで迫るメビウス
もう一度魔弾で迎撃するも全く当たらないエメラルは
このままではぶつかると思い、防御の態勢を取ると…
ビュオオオオオオッ!!!!
(ウゥッ!……………?…ナ、ナンダ…ナニガ、オキタ?)
そっと顔を上げると、目の前には誰もおらず
身体に痛みはひとつもない。
だが、そのうちじわじわと背中に這いつくばる
異物のようなものをエメラルは感じると
(マサカ、コレハ…!!)
「なんとか、着地、成功……ってな!」
(コゾウ、キサマ!!)
シンは無事、エメラルの背に着地成功した
(ドコマデモコザカシイヤツラメ、フリオトシテクレルッ!!)
「…!うわあぁっ!!!」
怒りに震えるエメラルは背に乗るシンを
容赦なく振り落とす勢いで乱暴に飛び回った
「あぁ!シンさま!」
「手を離したら一巻の終わりだぞ!シン!!」
(シンさん…!!)
激しい遠心力と重力の負荷
人間にとって非常に耐え難い苦しみが、痛みが
シンを追い詰めるも、しがみつく手は意地でも離さなかった
『…キサマ…!ナゼソコマデイジヲハル?!』
(この、声はっ…)
リンクと同様、テレパシーでシンに伝えてきたエメラル
その低い声は全てを威圧し、殺意を滾らせているかのようだ
『コタエロコゾウ、キサマハナゼ…ワタシノジャマヲスル…!』
(そん、なの、決まってる!…アンタを、止めて、こんな悲惨な戦いを全て、終わらせるためだ!!)
幸いにも心の声でも会話が通じる二人
だがエメラルの意思は頑なにシンを拒み続ける
『オマエモ、ソウイウクチカ!…コムスメトイイ、オマエトイイ、キレイゴトバカリイウヤツラメ…!ゲンジツヲシラナイムチナヤツラメェ!』
(そうかも、しれない…けど、現実を知らないのは…アンタだって、同じだ!)
『ナニッ!?』
(アンタは…ケイさんや、女王様が…どれだけアンタを心配してるか知ってるか?…ずっと血の滲む思いで、妹であるアンタを救おうとひとりで闘ってきたケイさんと…血の繋がったアンタを恨むんじゃなく、迎える為にっ…ひとりでアクアを守ってる女王様!そんなふたりの想いを、現実を…アンタは、全部知ってるのか?!答えろ!!)
『…!!』
シンはエメラルの心に訴えるように叫んだ
言葉はかなりシンプルではあるが
それが酷く重たく聞こえたエメラルには
動きが若干鈍くさせるほど動揺させた
『ダマ、レ…ダマレ、ダマレッ!オマエ二、オマエニワタシノナニガワカル!!』
(あんたの気持ち…全部は分からなくとも…恨んだ人への気持ちなら、俺にも、痛いほど分かるっ……会えない辛さ、寂しさ…それがいつしか、積もりに積もって怒りになり、恨みになった…どうして俺らのところに、一度も戻ってきてくれなかったのかって……許せない、許せないって…!)
『…っ』
(会いたくても、会えない…抱きしめてほしいのに、それすら叶わない…ほんの些細な願いすらも、届かないっ…理不尽だって…!何度も思った!!)
『…』
エメラルはまるで自分の心を見透かしたように
紡ぐシンの言葉に段々と耳を傾ける
(でも、分かったんだ…結局それは…俺一人の気持ちなんだって。ひとりで怒って、泣いて、悲しくなって、寂しくなった……父さんと…母さんの…
本当の想い
を、何一つ知らなかった…子供だった俺の…わがままであり願いだったんだ…っ…)(…ホントウノ…オモイ……)
ーー
「サファイア姉様…こんなところで何を…」
「あなたこそ、わざわざ私の部屋まで来て何しに来たのかしら?」
「ち、ちょっと散歩してただけよ!寂しくて眠れないとか、そんなんじゃないからねっ!」
「ふーんそう……ふふっ」
「む!笑ったわね!?」
「あははっ…ごめんね、エメラル」
「もうっ……で、で?姉様はな、なんでこんな時間に起きてらして?」
「眠れないの、あなたと同じで、ね」
「そ、そうなの……って!私は散歩って言ってるでしょ!」
「あぁごめんごめんったらエメラル、ホント、あんたって子は、ふ…ふふふっ…」
「もぉぉっ!!!」
あの日は、姉様が近い将来
次の女王になると民達に宣布した日の夜だった
戴冠式が訪れるその日まで、姉様はずっと
氷の魔力という大きな秘密を抱えながらも
王としてのあり方を模索し続けていた…
あの頃の私はそれを何一つ理解できないまま
あの人の放つ輝きに……勝手に嫉妬して、勝手に憎んだ
そしてついに、私はあの人の人生そのものを壊した
あの人だけじゃない…妹のルヴィも
心から愛したあの人も、アクアの皆の事も
私は、全てを、壊してしまった
時間が経つにつれ、理解した
その大きすぎる罪から、逃れられない運命から
私は今も尚……逃ゲ続ケテイル
姉様、ルヴィ……私……ほんとうは、ほん、とう…は………
ーー
グゥ…ググッ………
「!……な、なんだ?動きが変だぞ」
「いったい、なにが」
(シンさん、エメラルさん…!)
ングググッ…グァァァァ…ッ…!!
エメラルは飛ぶ勢いを徐々に緩めると同時に
苦悶するように呻きながら、身体を丸め震わせた
一方、負荷の影響でクラクラと目眩を起こしていたシン
それが徐々に落ち着くと、すぐさま状況の違和感に気づく
「うぅ……なんだ、どうなって…っ…エメラル、さん?」
『……ッ…ウゥ…ネエ、サマ、ワタシ……ワタ、シィ…ッ…』
「エメラルさん…!?」
禍々しい黒のオーラを放ち出すリュクシオン
憎悪の片隅から沸々と蘇る
身も心も抉られるかのような痛みが疼き
もがき苦しむのだった
【終】