第1話 記憶喪失の青年
文字数 3,060文字
旅人である青年は一人
積もりに積もった雪を掻き分けながら
ある場所へと目指した。
【雷の都市―サクスー】
険しい山中は人を寄せ付けないが
越えた先には幾年も美しくも奇妙に咲き続ける【ヒガンザクラ】と王が住まう壮麗な城【サクス城】がこの都市の象徴なのである。
青年がサクスへと目指す理由...それは
失われた【己の記憶と真実の在りか】なのであった。
【第1話】
雪の下には枯れ葉から折れた大木などが非常に多い道中
非常に骨が折れる道を青年は黙々とそして軽々と越えていく。
青年の名は【シン】
語ることはこれひとつしかなくどちらかと言えば
【語ろうにも語れない】状況にあった。
ーその理由と始まりはおよそ三年前 ー
名も知れぬ地、川が流れる深い森の中一人意味もわからず傷だらけとなって倒れていたことに恐怖した彼は必死に森を降りていった
ー何故、自分はここにいた?ー
ー何故、自分は傷だらけなのか?ー
ー何故、自分は何も思い出せないのか?ー
ひたすらなだれ込む疑問は次第に彼の心から
【生への執着】を生み出した。
(わからない...でもっ死にたくないっ生きるんだ生きるんだ生きるんだ...っ!!)
やがて彼の執念は光へと導かれた。
こうして、憔悴しきった心と身体は道端で遭遇した村人の手引きによって一命を取り留めた。
その後手当てを施してくれた村人や他の村人達から自身の疑問について尋ねた。
...が、村人達から聞かされたのは自分を知る者はここにはいないという一辺倒の答えだけであった。
けれども、それ以外の事で聞かされたのは
この世界の中心核として崇められる神【メモリア】と
それを守護する七人の王が統治する地
【七つの都市ーセブンズシティー】の存在。
そして彼が今降り立つ場所はどの都市からもかけ離れた辺境の地
案の定、疑問しか浮かばなかった
自分を知る者がいないこの地でなぜ死にかけていたのか...
自分を知る者がここへ流し込んだのか?...それとも自分は...死のうとしていたのか?
顔も浮かばない誰かに、己の見知らぬ意思に
彼はそんな恐怖にただただ嗚咽した。
ーーー
それからしばらくして村人達への恩返しとして畑を耕したり伐採の手伝いなどもした。
...捨てられたのか、あるいは捨てようとしてたかもしれないこの命を尊重しろ、そして相手への敬意と感謝を忘れるな...狩りを生業とする村人からさまざまなことを学んだ。
さらに二年と半年が過ぎたころ...
燻り続けた疑問と見知らぬ地への好奇心を胸に短くも長いときを過ごした村を名残惜しくも出る事を決意した。
この地から最も近い都市がサクスなのだった...
彼はひたすら続く難所を半年の時を経てようやくたどり着いたのであった。
.......真っ白に染まる中でひらひらと舞い散るサクラはまるで今にも消えてしまいそうな景色かつ壮麗であった。
ようやくたどり着いたことに胸を撫で下ろしたシンはその場で大きく背伸びした。
ーーー
ー サクス 花街道 ー
山を降り近くに寄れば寄るほど人の賑わいが増す花街道にシンは慎重に避けながら宿屋へと目指した...城へと続く門を越えるとさらに人混みが増しより華やかに賑わい遠くから見たヒガンザクラは迫るほどに近く壮大に城下町を彩りシンを圧倒させた。
「これが...雷の都市...」
しかしながら、これほどまでに賑わうのは祭でもなければこうはならないはず...そう思ったシンは近くで露店を営む店主に尋ねた。
「あのすみません、俺ここに来たばかりなんですが...何のお祭りをやってるんですか?」
「おう兄ちゃん!あんたツいてるねぇちょうど昨日から去年ようやく生まれた王子様の【誕生を祝う祭】が始まってんだぜ!」
「誕生を祝う祭?」
店主から聞かされたのは
サクスでは十五年ぶりに生まれた王子の誕生は王族から民まで多くの者達が喜びに沸いていた。
「十五年...そんなに経つんですか?」
「そうだなぁ、なんせあの頃といえば内乱が頻繁だった頃で...おっと!客を待たせちまったな、わりぃが兄ちゃん祭が終わっても話の続きが気になるならまた聞きに来るがいいさ!......へいらっしゃい!!見てってくだせぇ!今日の特売は......」
店主を囲うように人々が溢れ蚊帳の外に放り出されたシンは、店主の意味深な言葉を脳裏によぎらせながらサクス城を見つめた。
数分後...
宿屋が目前にまで迫った矢先
ちょうど神輿を担いだ男達と共にどんちゃん騒ぎを起こしていた行列と遭遇してしまった。
(しまったな...)
行列と神輿は盛り上がりつつもゆっくりとしたペースで街中を徘徊しているため人混みとは違う意味で歩きづらくなっていた。
巻き込まれるのは御免とばかりにシンは片隅へもたれるように行列が去るのを待つことに...
すると...
「わぁーいみこしだー!!!」
「みこしみこしー!!」
「こらっ!そっちは人がいっぱいいるから入っちゃ.....きゃっ!!」
「あ....!」
シンは咄嗟の判断で少女の身体を支えた
「大丈夫ですか?」
「は、はい...ありがとうございます...」
二人の視線はほぼ同時に重なった
そこには
マントで隠れた、か細い容姿
あどけない顔立ち
肩まで伸びるも非常に整った橙色の髪
透き通るほどに蒼く美しい瞳
シンはそんな少女に対して初めて胸の高鳴りを感じた。
「...あ、あの」
「え?あっ...す、すみません!!俺何やって...」
「いえ、転びそうになったので助かりました...あの...」
「おねえちゃーんなにしてるのー?おいてくよー!」
遠くから聞こえてきたのは無邪気に歩き回っていた子供達の声
少女の心配を露知らずとばかりに子供たちの姿はどんどん遠のいてゆく
「あっ!ちょっと待って...そっちへ行ったら...っ!」
子供達を追うにも人混みで足止めを食らってしまった。「どうしよう」と呟きながら困惑する少女にシンは手助けしたい一心で辺りを見回すと、少々狭いが近道に使えそうな裏路地を見つけた。
「あの、ここから近道してみませんか?少しでも先回りすれば子どもたちに追い付くはず...」
「ありがとうございます、でも...あの子達はあんまり遠くまで走れないはずなんです......だって、あの子達は...」
「え?」
ァアア...グァアァァ.....、ゴアアアァ.ァ...
上空から突如、異様な音が鳴り響いた
それは豪雨や雷雨、とは程遠い
まるで地獄から這いずってきた者達の呻き声にも似た音
そんな奇妙な音を耳にした民達の間で次第に不安が広がっていった。
無論この二人の耳にも...
「なに...何の音なの?」
「雲行きも急に変わった?どうして....っ!..あれは...」
鳴り響く上空を見つめると
次第に音は耳が張り裂けてしまいそうなほどに大きく鳴り響き、雲は赤黒く染まりながら渦を巻き始めるとそこからさらに狂うほどに掠れた笑い声がサクス全体にこだまする。
【サァ...ニンゲンドモ...ワガゾウオヲモッテ....チリトカスガヨイ....フ、フフフフフ...ハハハハ....!!!!】
【終】