第54話 恐怖と支配
文字数 4,652文字
(…どこもかしこも、気味の悪い場所ね)
ガイアの至る所にある陽の当たらない裏道を
ゆっくりと慎重な足取りでケイは
ソラの実家がある裏街道と何ら変わらない道ばかり
無論、人の姿も全くなくシーンと静まり返っていた
(…っ…嫌味ったらしいほどに暑いな、ここは…)
気温も既に汗が額から大量に垂れ落ちるほど暑かった
建物で日差しが遮断されてる場所とはいえ
涼しい風が吹いてるわけでもないため、余計にしんどい
思い切り叫びたくなるほどケイのストレスが爆発寸前となった
そのとき…
(…!……足音が…近づいてくるっ)
背後から聞こえてくる無数の足音に気づくと
ケイは狭い脇道を直ぐに見つけ咄嗟に身を隠した
そこから足音の正体を確認すると…
(なんだあれは、輿?…どうして輿がこんなところに…?)
謎の複数の輿を担いで歩く男達の行列であった
静まり返る裏街道を黙々と淡々と進む男達の姿を
不審に思ったケイは行き先を知るため
建物の屋上を伝いながら彼らを尾行し、観察した
(変ね、この一帯は特別変わったものがなかったはず…いったいどこへ………っ!)
男達の行き着いた先は特に何の変哲もない普通の建物
ただ扉が他の建物より大きいのが特徴で、それを二人ががりで押し開けると、なんと男達はその輿を下ろすことなく担いだまま建物の中へ入った…
あまりにも異様なその光景に
ケイは恐れにも似た違和感を覚えた
(なんなの…あの建物の中に…いったい何が…)
ーーー
一方、アンと商人達の間で起きた
揉め事に呆気なく巻き込まれたシン達は
「あわわ…この状況…ど、どうすれば…」
「サイゾウさんっ…」
「…」
静かにため息をつくサイゾウだが
ここは敢えて黙って彼らの行動を見守る事にした
そしてシンは、口論する彼らの板挟みになりながら
静かに話を聞くが
「チッ…面倒だな、とっとと壺の弁償すりゃいいものを…」
「だーかーらっ!私は壺なんて割ってないっての!!」
「なんだとコラァッ!!」
…説明以前に、割り込む隙すら与えまいとする
当人達の凄まじい剣幕にシンはとうとう痺れ気を切らし
大きな声で二人を制止した
「あぁもうっ!ストップストーーップ!!…おじさんもアンさんも…いつまで頭ごなしに怒ってるつもりなんですか?ちゃんとどういう状況なのか、説明してもらわないと困ります!」
「んだとこのガキ!この俺に指図すんのか!」
「指図とか、そういう話ではなく単純にどうしてこうなったのか…その理由を聞きたいんです…事と次第によってはちゃんと……弁償しますから」
「ほほう?」
シンの言葉に商人は眉をひそめ
アンは驚いた表情でシンの服をつまんで引っ張った
「ち、ちょっとちょっとシンくん?いきなり何言って…」
「アンさんは…自分の言い分に…自信がないとでも?」
「!」
振り向きざまに悪戯っぽく笑って告げるシンの姿に
アンは…すぐさま察した
「…ふふ、んなわけ無いっしょ?」
「だろ?」
シンは彼女に対して心からの信頼を寄せていた
旅の間ずっとサイゾウと手を組んだりして
自分をからかってきたが、それは今となっては
慣れ…というより、信頼してるからこそ許していた
アンだけでなく、サイゾウも、リンクも
「よし、では話してもらいましょうか…」
…数分後、双方の話を全て聞き終えた
まず、商人達の話によるとアンが持っていた杖をブンブンと人に当たりそうな勢いで振り回しながら店を見物してた時に、運悪く彼らの商品である壺がその杖に当たって落ちたと言うが、アンは全然違うと主張した
「杖を持って歩いてたのは間違いないけど、ブンブン振り回しながらなんて、さすがの私もやんないわよ!」
「じゃあなんで店の壺が割れたんだ?風に吹かれて落ちたのか?デタラメをほざいてんじゃねぇ!」
「デタラメを言ってんのはアンタ達の方でしょ!!」
またしても喧嘩が勃発しそうな勢いをシンが再び制止した
だがその後の双方はこんな感じの勢いで口喧嘩をし
挙句の果てには彼女を引っ捕らえる体勢に入ったとき
アンは危機を察してその場から逃走し、今に至る
誰が聞いても明らかに食い違う双方の主張に
シンはふと、疑問がひとつ浮かんだ
「…ところで、他の人はその場にいなかったのか?」
「市場のど真ん中で騒いでたもの、みんな見てたはずよ」
「なら…その人達に聞いてみるしかありませんね…こうして意見が食い違ってるのだから…構いませんよね?」
「…フッ…いいだろう…弁償してもらえるってんならとことん付き合ってやるよ」
(なんだ?この余裕は…)
商人はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら
シンの提案をあっさりと受け入れた
サイゾウも彼の表情の変化を見逃すことなく
警戒しながら、再び市場へと戻った
ーーー
「……つ、壺を割ったのは…そちらのお嬢さんですぜ?」
「え?」
市場にいる人々から聞き込みした結果
予想外な答えが返ってきた
「ち、ちょっとー!どこをどう見てそうなるわけー?!」
「どう見ても、何も…俺たちは、本当に…君が…壺を割ってるのを見たん…だから…」
他の人もみんな、不自然な程に
口を揃えて「アンが壺を割った」と答えた
シン達も戸惑いを隠せず首を傾げるも、アン自身は
嘘をついてるような素振りはない
なぜなら、自分達の知るアンがここまで動揺し
必死になって自身の無実を訴えてるのだから
「アンちゃんは…嘘なんてついてません…!きっと何かの間違いです!」
「おいおい、そこのお嬢ちゃんも往生際が悪いな…お前らが聞きてぇって言うから聞いたまでだろ?いい加減認めろ」
「な…なんと横暴な…!」
彼らがここまで自信満々に言い切るのには
何か原因があるはずと見たシンは
周囲をよく観察してみると…
(…あれ、なんだあの人…どうしてあんなに震えて…それにあの人も、人混みに隠れて俯いてる…つもりなのか?)
聞き込みした人達の顔色が、異様なまでに青ざめていた
一人は震える手を必死に握り締め、もう一人は俯く視線は他人事のように素知らぬ顔をしても、唇は耐えるようにギュッと噛み潰しているなど…さまざまな嫌悪と恐怖が背筋に伝わる…いったい、どうしてこんなことになったのか?そんな疑問に頭を抱えるシンに、サイゾウが答えを出した
「…ここにいる者達はみな、おそらく奴らに
支配
されてるかもしれない」「なに?!」
サイゾウの言う支配とは、どういうことなのか?
その理由は火を見るより明らかなことだった
「まさかみんな、アイツらの言いなりになってるというのですか?」
「全員とは限らぬが、おおよその者がその可能性が高い。なぜならあの者達の顔…どう見てもあの商人と
対等な関係
であるとは正直言い難い…が、彼らがもし…あの男に何かしら弱みを握られているのなら、口裏を合わせるなど造作もないこと…そして、先程シン殿の意見に容易く賛同したのは、こういう事態になるのも全て見越した上での策であろう」「な、なんとっ…」
震える手を必死に隠してる仕草も
恐怖のあまり商人と目が合わないよう静かに俯く動作も
全てはあの男が仕組んだものだと思うと
シン達は俄然腹立たしくなった
「サイゾウさまの言うことが全て真実なら、彼らはなんと非道な…」
「これも、状況が状況であるが故に引き起こされたものに過ぎぬ」
「状況なんて…そんなのただの言い訳よ…人間なんて…所詮は、こんなもんなのよ…所詮は…」
「アンさん…?」
ふと横目で見たアンの表情は、いつもの明るい姿とは打って変わり、彼らに対してどこか諦めたように呟いて、とても険しかった。そんな彼女に対して、シンは返す言葉が見つけられずにいると
「もしそうだとしても、あたしはずっとアンちゃんの味方だよ」
「え…」
「リンク?」
優しくもはっきりとした声でそう言い切ったのは
彼女の全てを受け止めるように笑顔を浮かべるリンクであった
「リン、ちゃん…」
「あたしは、アンちゃんは嘘なんかついてないって、分かってるから…イタズラばかりしても…あなたは、誰かを傷付けるような真似はしないって、友達であるあたしが、誰よりも分かってるから…!」
「!!」
純真なリンクの言葉に、アンの心が一瞬だけ
ふわっと花開くような心地良さを感じた
「リンちゃん」
「はははっ…お友達と別れの挨拶か?…まぁそんなこと、俺にはどうでもいいことだ。さっさと腹を括って壺を弁償するんだな、お嬢ちゃん?」
「……………ちょっと、誰が、いつ、アンタらに弁償するなんて言ったの?」
「なにぃ?」
「ほんと、さっきからずっと人の話を、勝手に…捻じ曲げてんじゃないわよ!この…腐れ外道のお・じ・さ・ん♪」
ようやく、いつもの元気を取り戻したように
不敵な笑顔と高らかな声で威勢良く啖呵を切るアン
商人を含め周囲の人々は困惑と怒りの表情で一斉にどよめき
シン達は歓喜するように笑みを浮かべた
そしてこれが交渉決裂の合図であることを理解すると
商人は憤慨のあまり、隠し持っていた何かを取り出すように
勢いよく手を上げると
ガサガサガサッ…!!
「わわっ!な、なんですかこの人達は?!いったいどこから…」
「…これだけの伏兵を用意するとは…………そなたも随分と人気者のようでござるな…アン殿」
「えー!こんな悪趣味な奴らなんかにモテても全然嬉しくなーい!」
視認出来る範囲から見て、数はおよそ五十人弱
あるいはもっと多くの数が潜んでるかもしれないと
サイゾウは予測した
「へっ…俺達に逆らったことを、てめぇらの体にとくと刻み込んで、思い知らせてやる!!今さら命乞いをしても無駄だと思えるほどになぁ!!」
激昂する商人、ナイフなどを手に戦闘態勢へ入る手下達が
四方八方にいる中、シンが咄嗟の思いつきでミールに声をかけた
「ミール…俺が合図した瞬間に、ナッドさん達にこの事を知らせに行くんだ」
「そんな!シンさまは…」
「こっちはこっちで時間を稼ぐでござるよ」
「そうよミール、こんな囚われの姫である私を王子様であるおじさまが助けてくれれば、ハッピーエンド待ったナシよ♪」
「ア、アンちゃん…いまそんな事言ってる場合じゃ…」
「と、とにかく!お前は早いとこナッドさん達を見つけて来るんだ…頼む!」
「シンさま………はい!承知しました!」
ミールに全てを託し、シン達はこの危機を乗り越えるべく
それぞれの武器を構え戦闘態勢に入った
「いつまでブツブツ喋ってやがるんだこのクソガキども!!…ったく、しゃらくせェ!野郎共!!こいつら全員!皆殺しにしろぉ!!!!」
「うおおおおおおおおお!!!!!」
「今だミール!!」
「は、はいぃっ!!!」
手下達が突撃してくると、シンはミールに合図の一言を送り
ミールは一気に上空へと飛び去っていったのを確認した瞬間
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
突撃した手下達が巻き起こった旋風に呑まれ
周囲にある店を派手に壊していく勢いで押し返された
「…な、なんだ…今、何が…起きたんだ?」
刹那の出来事に理解が追いついてないのか、商人は
口を大きく開け、唖然とした
「…お、お前達は…いったい…」
「はーい!私達は、アンちゃんと愉快な仲間たちでーす♪」
「愉快なのはそなたの脳みそだけでござる」
「ア、アンタらなぁ…」
「えーと…あたし達はたっ…ただの旅人です!決して怪しい者ではありません…!」
「いやリンク…このタイミングで弁解する必要はないからな?……かわいいけど」
「こ、このクソガキども…舐め腐りやがって……絶対に、殺してやるっ!!」
商人の怒りは頂点に達した
このままナッド達が来るまでシン達は無事耐え切れるだろうか?
「……ん?なんだ、また揉め事か?仕方のねぇ奴らだ」
ハニエイル市場で、新たな波乱が巻き起こる
【終】