第40話 おとぎ話
文字数 3,510文字
未だ消えない轟音と火の海の中
ルーファは楽しそうに口笛を吹かながら
宮殿の前に到着する
「ん~この宮殿も相変わらず壮観だねぇ…」
呑気な態度で宮殿を見据えると
手のひらから魔符を出現させ
戦闘態勢になった直後、後ろから
急速に近付いてくる足音が聞こえた
「おや?」
足音に耳をすませ、そっと振り向くと
「ルーファ!!」
「やぁおにいさん!元気そうだね♪」
宮殿に入られる前になんとか追いつく事が出来たシンと
相変わらずおちゃらけな態度を見せるルーファ
「また…リンクを狙いに来たのか?」
「おやおや、あのおねえさんにすっかり夢中のようだね♪」
「…質問に答えろっ」
静かだが、怒りで滲んだ低い声で問いかけるとルーファは
「おー怖っ…でもそんな焦ることないよおにいさん。おねえさんを狙う者は、何も
僕達だけ
とは限らないんだよ」「なっ、それは…どういう……!!」
空を見上げると不穏な雷音を響かせる
赤黒い雲が大きく広がっていた
「あの雲は…まさか」
「そう。もうすぐやってくる…とっておきの
そう呟いた彼の顔は
背筋が凍るほど妖艶な笑みだった
ーーー
ー ウェイブタウン ー
ガキンッ!!!!!!
「っ!!」
鉤爪を両手に装備して二人に襲いかかるルーリア
見た目以上に力強く、鍔迫り合うもアンが
やや押され気味となっていた
「はは…お姉さんがまさかここまで馬鹿力だなんてねぇ…」
「ふんっこんなもので済むと思…っ」
ヒュン!!
後方からサイゾウが矢を放つと
気配を察知したルーリアが
無理矢理その場を離れた
「…この…猪口才な…っ」
離れた隙にサイゾウが息を整えるアンの隣に着く
「アン殿」
「はぁ…助かったよサイゾウくん…にしてもあんまりダラダラしてられそうにないね。いつの間にか雲行きも…なーんか怪しくなってきたし」
「然り」
禍々しく渦巻くこの展開に
彼らはどう動くのだろうか?
ーー
ー アクアール宮殿 大広間前 ー
「皆さん、もうすぐ着きます!こちらへ!」
あれから口論が落ち着き、再び避難場所へ足を運ぶリンク達
「リンクさま、もうすぐですよ!」
「は、はい」
焦る気持ちを抑えつつ、駆け足で避難場所が
目前となった、そのとき
バッ!!!!
「!?…あ、あなたは」
「陛下、今すぐ彼女をこちらに渡して下さい。さすれば無用な争いは避けられます」
「ヴォルトス、先生?な、なぜあなたがっ!」
なんと、彼女達の前に現れたのはヴォルトスであった
しかも普段身に着けてる白衣ではなく見慣れない和装を着ており、大きな手には身の丈と同じ長さの棍棒、そして額には先日まで無かったはずのある印が施されていた
「もう一度言います。リンクさんをこちらに渡して下さい」
「…ファクティス。あなた、彼らの一員だったのね…」
「…仰る通りです、陛下」
「まず質問を。あなたが
「全てお答えすることは出来兼ねますが、少なくとも…あなた方を利用しようとした事は間違いありません」
「!…貴様っ!!!」
真っ先に怒りが頂点に達したアイオラが
手持ちの武器であるハルバードでヴォルトスに
突撃するが、彼は棍棒を片手で持ったまま攻撃を受け止めた
「!?」
「これが最後の警告です。大人しくリンクさんをお渡し下さい、でなければ…」
「お逃げなさいリンクさん!!」
アクアールがそう叫ぶと同時に
トルマリンが抜刀して、ヴォルトスに突撃した
「女王様!」
「いいからお行きなさい!あなたを彼らに奪われるくらいなら、私達は…最後まで抗います!いいですわね、アイオラさん!トルマリンさん!」
「「御意…!!」」
アクアール達の反抗を目の前にして
混乱するリンクと歯を食いしばる思いで
ミールは獣人化し、リンクの手を引っ張った
「行きますよリンクさま!」
「で、でもっ!」
「皆さまの想いを無駄にしてはなりません!さぁ早く!」
アクアールがふたりの背中を見送ると
もう一度ヴォルトスを睨みつけ警戒すると
「…実に清らかで、美しい心の持ち主だ」
バッ!!!
「うぁっ!!」
「ぐっ!!」
ヴォルトスは吹っ切れたように
棍棒でトルマリンとアイオラを軽々と吹き飛ばした
「あっ…!」
素早い身のこなしで
直線にいるアクアールの喉元に棒の先端を突き付けた
「…王である私に剣を向けた事、後悔しますわよ」
「後悔など、とうの昔に捨てました…私も、あなた様も、もう後戻りは出来ない身の上…どうかその瞳が曇ることのないよう願っています」
「なんと、愚かなのでしょう…あなたという人は…」
”譲れないもの”のために、人は戦う
ーーー
ー アクアール宮殿前 ー
「うおおおぉっ!!!!!」
魔符で防御しつつ、隙を狙うルーファと
前に進めていないが彼の動きに注視しながら応戦するシン
傍から見ればルーファが優勢に見えるが
優れた動体視力と人並外れた体力で持ち堪えてるおかげで
じわじわとプレッシャーを与えていた
ルーファにとっては今までにない
長期戦の予感が頭をよぎった
「へぇ…ホントに大したもんだねぇ、おにいさんっ!」
長いロープ状の形をした三本の魔符がシンの死角を狙うが
咄嗟の判断でシンは双剣に魔力を纏わせると
振りかぶった拍子に放ったかまいたちのような衝撃波で
バラバラに斬り刻むことが出来た
「…!…ははっ、やるねぇ♪」
「ハァ…お前達…リンクを捕まえるだけじゃなく、この地にドラゴンをわざわざ呼び寄せて…いったい何する気なんだ!?」
「そんなの決まってる。おねえさんにはあのドラゴンを始末してもらい、この世界と僕達ファクティスの救世主となってもらうのさ」
「なに!?」
ルーファは不敵な笑みを浮かべて答えた
「おにいさん、もしかして知らないのかい?この世界に存在する
おとぎ話
のことをさ」「おとぎ、話…………っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、ハル老人が教えてくれた
人と、ドラゴンが…何百年も掛けて
邪悪なドラゴン達を倒し、世界を平和へと導いた物語のことを思い出す、が
「違う…あのドラゴンは…いや、あの人は、人間だっ!女王様の、お姉さんだ!ドラゴンなんかじゃない!!」
「おや?それも把握済みだったかい?でも残念…彼女は、れっきとしたドラゴンだ。かつてドラゴンが人の心から生み出されたように、彼女も、僕達には理解し得ない感情と心のままにドラゴンを覚醒させ、この現世に降り立った…原理は不明でも、そう考えれば少しはしっくりするんじゃないかい?」
「っ!」
確かに、ルーファの言う通り
アクアールから聞かされた彼女の事情とおとぎ話
そしてドラゴン。限られた判断材料の中でそう考えるのが
妥当なのかもしれない
だが、それがすべて本当に…本当にそうだとしたら…
「……リンクを」
「ん?」
「リンクを、お前らが救世主と呼んでるのは…」
「そう。おねえさんにはドラゴンを倒し、封印するための力と素質があった。そして予想した通りおねえさんはドラゴンの力を覚醒させた…あの人と違い、聡明で慈愛に溢れた…正しく救世主と呼ぶに相応しい者として、ね」
ドラゴンと人間は幾多の危機を越え彼らの封印を成功させると己もまた共に世界を去るように封印された
世界の平和のために、自ら封印されることを選んだ
人間達の唯一の良心である、慈悲深きドラゴンの結末
もし彼らのシナリオがおとぎ話に沿ってるとしたら
その役目を担うのは、間違いなく、リンクだ
「…いつから、いったいいつから、リンクの事を…!」
「さぁ…いつからだろうね。ファクティスは、僕が物心つく前から既に動き出していた…十七年前、リーフとサクスで起きた争乱よりも前から、ずっとね」
「!?」
身の毛もよだつ狂気
腸が煮えくり返るような憎悪で
シンは改めて思い知らされた
ファクティスには、情や心なんてものはなかった
目的の為だけに弱者の心と体を弄び、支配するその姿は
善人の皮を被った、恐怖と傲慢の塊だった
そんな奴らにリンクを渡してはならない
奴らをこれ以上、野放しにしてはならない、絶対に
絶対に…!!
ゴゴゴゴゴ……ッ
「!!…この音は…」
「…ふふ、ついにお出ましのようだね…お姉さん…いや、憎悪の化身・リュクシオンさん…あは、あはははっ…」
ーー
「ついに来たのね…エメラルッ」
『ぐすっ…ねえさまぁ…』
『だいじょうぶ!…エメラルもルヴィも…みんな…私が守ってみせるから!』
『!!……うんっ!』
「…っ……今度こそ、お前を止めてみせる…!!」
妹を思う姉は赤黒い雲を追いかけるように走った
彼女の脳裏によぎるのは
無垢で幼い三姉妹が泣いて笑って
共に過ごしてきた、美しい記憶
あの日に戻ることは、出来ないかもしれない
自分はもう、許してもらえないかもしれない
それでも…姉は妹を救うと誓った
大切な妹だから、大好きなあなただから
この命を懸けて、あなたを必ず救ってみせる
【終】