第63話 無力
文字数 4,288文字
「こちらです」
部下達に導かれながら、謎の建物前まで訪れたキョウ
傾いた眼鏡を淡々とかけ直すも
表情は未だ獲物に飢える狼のように険しかった
「…ここに、彼らが侵入したと?」
「はい、聞こえてきた声を辿ってみたところ、この先で僅かな足音と光を確認しました。何の為に入ったのかは…全く分かりませんですが…」
部下の一人が不安げにそう呟くと
他の者達はそれを察して、沈黙した
その一方でキョウは呆れたようにため息を吐き
片手で口を軽く覆いながら、しばし考えていると
「よし…ではまずそこのお前達二人、中がどういう状況か偵察してこい」
「キョウ様…そ、それは…」
「ん?何を躊躇う?私はただ
偵察
と言っておるのだ。早く行け」「り、了解…しました」
口調は変わらず淡々としてるも瞳はギラギラと睨みを利かせ命令するキョウ。それに逆らえない二人の部下は戦々恐々とした顔色で階段を降りた
そう、部下達は理解していたが故に恐れていた…
この奥に潜む
魔の存在を…
ーーー
ー 謎の建物 大広間 ー
微かな灯火によって照らされたその先には
人間と思しき者たちの、屍
斬り刻まれた皮膚から飛び出た臓物や骨
顔は完全に面影を無くすほどの爛れ具合
その中には、小さな子を身を呈して守るように覆い被さる
母親のような人の姿が…
地獄、と言うにはあまりにも生ぬるくて
理解し難いほど残酷な光景であった
「なんだ、よ…これ…」
「…うっ…うぅ…ぁ…あぁっ…」
「リンク…!」
惨たらしい現実を前にリンクはショックのあまり
目眩を起こし、その場でバタンと崩れた
「リンク、大丈夫かっ…リンク!」
「シ、シン…さん、あたし、あた…し…」
ガアアアアアッ!!!!
「…っ!」
背後から再び容赦なく襲ってくるモンスター
間一髪で防御し、そのまま押し返すが
状況はさらに悪くなる一方だった
(クソッ…こいつら、いったいどこから湧いてきてるんだ…そもそも、こんな場所にどうやって潜んで……っ!)
ふと、横目に見えたのは
魔法陣に似た、巨大な円形の模様が
地面に描かれていた
「あれは、魔法陣?…いや違う、あれはいったい…っ」
モンスターは考える余地を与えることなく次々と迫った
「…っ…こ、のっ…!!」
シンは剣に風の魔力を纏わせ
モンスター達を斬り伏せた
体に着いた返り血に様々な推測と
信じ難い予感を脳裏に過ぎらせながら
(ちくしょっ…また、ファクティスの仕業なのか…!?またみんなを、モンスターに変えるようなマネをしたのか…?!どこまで、どこまで性根が腐りきってんだよアイツらは…!!ちくしょっ…ちくしょう!…チクショウ…!!!!)
一匹、また一匹とモンスターを斬っていくシン
足元に遺された屍達への罪悪感と
起こってしまった冷酷な現実への怒りが心を蝕んでいく
一方、背後に聞こえる剣幕でようやく我に返ったリンクは
姿の見えないシンを探すように恐る恐る後ろを振り向くと
両手を血塗れにしながら、身を粉にして戦うシンがそこにいた
彼はリンクを守る形で一歩も離れずに、接近するモンスターを
次々を斬り伏せた。
(シン、さん…こんな、あたしの為にっ…)
シンは傷付きながらも、必死に戦っている
情けない気持ちでいっぱいになりながらも
彼の力になりたいと願うリンクは
「そ、そうだメビウス…!この力で…なんとか…!」
光る首飾りを両手で包むように握り締め
いつものように心の中で呼ぶが…
「え?あ、あれ……どう、して?メビウス…?メビウス…?」
メビウスが、発動されない
原因が分からないせいで次第に焦るリンクは
声を大にして呼び続けるが首飾りは
何の反応もなく、ただただ虚しく光が点滅するだけだった
「メビウスっ…お願いメビウスっ!あたしの声に応えて…!!」
思いもよらなぬ事態にリンクは
追い討ちを掛けられたように再びショックを受けた
「どうして…どうして何も応えてくれないの?メビウス、お願いっ!今、あなたの力が必要なの!お願いだからあたしの声に応えて!!応えてぇ!!…………っ!?」
オカアサン?ドコ?ドコニイルノ?…ヒトリニ、シナイデッ
イヤダ…シニタクナイ…シニタクナイヨォ…ッ
タスケテッ…ダレカ…ココカラ…ココカラダシテェ!!
イタイ、クルシイ、モウ…イヤダ…ヤダヨ…ダレカァ…
カエシテ…ワタシノアカチャン……カエシテッ…!!
数え切れないほどの慟哭がリンクの脳裏に響き出した
苦痛、恐怖、憎悪、絶望
様々な声が、救いを求めるように炎の如く燃え盛る
まるで…何も出来ない無力な自分を責め立てるかのように
「…そん、な…そんな…っ…」
畳み掛けてくる絶望にリンクは俯いた
その異変に気づいたシンは、モンスターと一旦距離を置くべく
前方に強烈な嵐を繰り出し、膝を軽く落とすと
「リンク!いったいどうしたんだ!」
「シンさん…メビウスが…メビウスがぁ…っ…何も応えて、くれません…ひっく……呼んでも、呼ん、でも…反応が、無いんですっ」
「!?」
声を掛けると、次第にぽろぽろと涙を流しながら
そう伝えるリンクに、シンも驚きを隠せなかった
「メビウスが……くっ……何か、他に方法は…っ」
それでも意地でも諦めないシンは周囲を見渡した
暗闇の大広間、魔法陣…そしてモンスター
打開策となるものが無いか、必死に目を凝らしていると
(……ん?なんだ、あの光は)
壁の一番高い位置に微かな光を見つけたシン
もう一度よく見ると、そこにはかなりくすんだ宝石が
目立たないように壁に埋め込まれていた
「あれは、もしかして…!」
単なる宝石が壁にポツンと埋め込まれているのは非常に不自然極まりなかった。故に予感したシンだが、その位置はあまりに高く
登るにしても道となる道が一切ない真っ平らな壁で登ることは不可能だった。魔法でも、中距離範囲までしか届かず論外。そうなれば…
「…そうだ!ジョーさん!!ちょっと手伝ってくれ!!」
「はぁ?!なんで俺がお前の手伝いを…」
「いいから早く!あの壁の真ん中にある光るやつを、アンタの魔法で砕いてくれっ!!」
「壁の、真ん中、光るやつだと?」
理解が追いつかぬままシンの言う壁の真ん中に目を向けると、すぐにそれを見つけ、ジョーは思わず苦笑いを浮かべつつ察した
「ハッ…あのガキ…どんな目ぇしてんだよ…まぁいい、ここから抜け出せるってんなら…こんくらい、やってやらんこともねぇ…よぉっ!!」
ジョーは青龍刀を地に突き刺し、水滴のような青い光の魔法陣が彼の足下で発現。そこからアンの魔法同様水の鎖鎌を複数召喚させると、凄まじい速さで壁の真ん中へと伸びた
「砕け散れっ!!」
狙いは完璧…だが
バチバチバチッ…!!!!
「なっ…なにぃ!!?」
「攻撃が、弾かれたっ?!」
ジョーの攻撃は寸分の狂いもなく届いた
けれどそれを阻止したのは
その宝石を護る、結界だった
「あのようなところに石がある上に、攻撃から防ぐ為の結界が張られているという事は、正にこの空間に満ちる狂気の元凶…ということになりますね」
「ハッ!こんな訳の分からねぇクソみたいな場所を守る奴は、相当イカれてるようだな…」
「えぇ…全くもって同意ですよ」
(だけど…これからどうする?ジョーさんの魔法が効かないとなればミールの魔法でも厳しいかもしれない…俺もまだ、サイゾウさんやアンさんみたいに、自由自在に魔法が扱えてる訳じゃない…なら、他に打つ手は……!)
ふと、床に描かれた魔法陣を見た時
シンはある推測を浮かべた
(この魔法陣…もしかして、まだ…)
思いもよらぬ答えに辿り着いたその理由には
魔法陣の中心に残された謎の血痕にあった
「シンさま、如何なさいましたか?」
「ミール…俺達にはまだ、望みがあるかもしれない」
「えっ?」
シンは意を決するように自身の考えをミール達に明かした
「この魔法陣を利用して、あの宝石と結界を壊す…!」
「なっ…!」
「シ、シンさま!それはなりません!このような正体不明の魔法陣に手を出すことはおろか、利用するなど…!」
「分かってる!でも、あの石の仕掛けから見て考えられるのはもう、この魔法陣以外有り得ないんだ…!」
「ですがっ…」
この魔法陣がどんな風に扱われたのかすら分からないまま
手出しするなど、危険という他ないのはシンも重々承知していた
だけど…何もしないよりはずっとマシだ
どの道、このままずっとモンスターと戦い続けてもこちらが先に全滅することは火を見るより明らか。だから、どれだけ危険なことだとしても、仲間を、大切な人を…守ることが出来るなら…
「頼むミール、俺を…信じてくれ」
「…っ…全く、あなたという人は…!」
ミールも腹を括るようにシンに背を向け
手に持つ大槍をモンスターに差し向けた
「ミール…!」
「モンスターは私が惹き付けておきます、ですからシンさまも、無事に終わらせてくださいよ…!」
「…あぁ!」
「チッ…なんだか勝手に盛り上がってきたなぁ…ま、ここを出られるなら、俺はなんでもいいけどよっ!」
「ジョーさん…」
ジョーはミールと肩を並べ剣を構えた
シンはそんな彼らの為に、より一層の覚悟を決める
その一方で…
「シ、シンさんっ…」
「大丈夫だよリンク…俺、意外と打たれ強いか、らっ!!」
「…!」
ガシャンッ!!!!
シンは意気揚々と双剣を魔法陣の中心に突き立て
力の限りに風の魔力を放出し始めたそのとき…!
バチッ!バチバチッ…!!
「ゔっ!!これ、は…!」
「シンさま!」
「っ…ぐぅっ、こ、のぉっ…ぅ…!」
血塗れの魔法陣は流れてくる風の魔力を拒むかのように
剣を伝ってシンの身体ごと電撃で反抗し始めた
「シ、シンさん…!!」
「来るなぁ!!俺は、大丈夫だ、から…っ…絶対に…!」
近寄ろうとするリンクを大きな声で制止させたシン
大丈夫なんて軽々しく言いのけるがその身は
激しい電撃によって徐々に傷だらけとなっていく
見るに堪えないその光景にリンクは
もう一度メビウスに語りかけた
(お願いメビウス…っ…どうかあたしに力を貸して…!このままじゃ、シンさんが…シンさんが死んでしまうっ!助けたいのっ!!あの人を…助けたいの!!だからお願いっ!!お願い!!)
切実な思いとは裏腹に光は、変わらず点滅している
重くのしかかり続ける無力感とシンの苦悶の声がリンクの心を無慈悲に押し潰していった
「ぐっ…うぅっ…!!…っ、うぁっ…がぁぁっ!!」
「ぁ…!…シンさんー!!メビウス…!メビウスっ!!」
悲痛な叫びも、切実な願いも、ただ虚しく反響するだけだった
(…ぁ…っ…やっぱりあたしは、メビウスがいなければ、何も出来ないの?…あたしは…シンさんの、みんなの足でまといでしかないの…?)
無力な少女は、思い知らされた
自分がどれだけちっぽけな存在で
自分がどれだけ、
【終】