第44話 宣戦布告
文字数 5,861文字
アクア全体を呑み込み破壊されるのだと
誰もが覚悟を決めようとしたそのとき
ドゴォ!!!バチバチバチッ!!!!
(ナッ…!?)
魔弾と同等の大きさを誇る虹色の守護壁が魔弾を食い止めた
思いもよらぬ事態に動揺するリュクシオンだったが
それだけで決して力を緩めることはしなかった
(こんな、コンナモノで…私を止メラレルと思うなァァァァァ!!!ヌゥゥゥゥ!!!!!!!)
「ぐっ…!!うぅ…っ」
今まで経験したことのない魔力の重圧
抑えるだけで手一杯の防御
このような強大な力…当然シン一人ならあっという間に潰されてるはず、けれども
「シンさん!」
「!!」
盾のように翳したシンの手に
リンクの小さくも優しくて温かい手が支えるように重なった
「リンクッ!」
「必ず、守ってみせますっ…みんなを…あなたを!」
リンクの力強い励ましの言葉と手から伝わる
熱い想いにシンの心が迸る
「…よし……みんなっ!!このまま打ち消すぞぉっ!!!」
「おう!!!」
シンの合図のもと
全員が力を合わせて守護壁に力を込めると
リュクシオンの体はジリジリと後退し
追い詰められていく危機感を覚えた
(こ、このワタシが…こんな、ヤツらにィ!!)
「エメラルッ…お願いっ…戻ってきて!!お願い!!」
(私は…ワタシは…!!!)
「エメラルさんっ!!戻ってきてください!!!!」
(ゔぅ…ぅゥうぅ!!)
「エメラルさん!!!」
(…っ…ヴァあぁああああァァァァっ!!!!!!)
揺らぐ心を隠すようにリュクシオンは
持てる力の限りに魔力を解き放った
(くたばれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!)
彼女達のために、アクアのために
ここで負けるわけにはいかない
「はぁぁぁあああぁああっ!!!!!!!!!」
シン達は心をひとつにする
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
……___
…_____
_____…___…
ぶつかり合う力と力がアクア全体を
眩しい光で包み込んだ
目も開けられなかった状況が、やがて元に戻ると
「へ、陛下っ…あれ…!」
「これはっ…」
アクアール達が窓越しで見たものとは
ーー
「…っはぁ!!」
リュクシオンの魔弾を完全に打ち消すことが出来たシン達
だが、その力を使った反動は予想以上に凄まじいものだった
「これほどまで、とはなっ…」
「やっばぁ…流石の私も…へとへとだよ…はぁ、はぁ」
「ふぇ…も、もう…立ち上がれませぇん…」
一方、魔弾を打ち消されたという紛れもない事実が
リュクシオンを震撼させる
(ウ、嘘ダ…ッ…こんなコト……嘘だ、ウソだ嘘ダうそだッッッッ!!!!!ありえないッ!!コんナの…!絶対に!ありえない!!!私ノ力は…誰ニも負けないはずなんダ!!誰も!私に敵うはずがないんだ…!なのに!どうしてっ!!!こんな、こんなっ…!)
「エメラル…さん」
唯一声が聞こえているリンクにとって
彼女が吐き出す怒りの言葉が全てが
泣きたくなるほど虚しく響いた
今の彼女にとって姉妹への憎しみと怒りが
心の拠り所であったからこそ…エメラルは
この現実を受け入れることが出来なかった
そんな彼女の心に誰よりも寄り添いたいと願う姉は
「エメラル…もう、やめるんだ」
ケイはフラフラとした足取りで語りかけると
リュクシオンは憎しみと動揺を孕んだ目で威嚇した
(キ、貴様ッ…)
「私のこと…殺したいほど憎んでも、構わない…だけど…だけどこれ以上…他の奴らにまた、危害を加えるようなら…この先も私は…死ぬ気でお前を止めてみせる…!ルヴィも…お前も…私にとって大切な妹、なのだから」
(…っ!)
『エメラル、ルヴィ…はいこれ!』
『わぁきれいー!』
『サファイアねえさま…これなぁに?』
『これはね、イヤリングよ…私は紫、ルヴィは青、エメラルは赤!大人になったら三人でこれをつけるの!私達姉妹だけのお揃いのイヤリングよ!』
『わぁぁ…!ねえさま!ありがとう!』
『ありがとー!サファイアねえさまー!だいすきー!』
『うん…私も…二人の事がだいすきよ!』
(……ねえ…さま…)
ぽろぽろと溢れ出る小さな記憶
愛する姉と妹…仲睦まじかった三人の絆は
三人の運命の歯車はいったいいつから
狂いだしたのだろうか?
あんなにも大好きだった二人のことを
どうしてあんなにも憎むようになったのか?
わからない、今はまだ…わからない………ワカ ラ ナ イ
リュクシオンは戦意喪失したように無言のまま
黒雲の中へ入って消え去るのだった
「エメラル!」
「エメラルさん…!」
姿が見えなくなると黒雲は散り散りと消え
空は晴れやかになり、やがて太陽もくっきりと顔を出した
燃えていた街もいつの間にか鎮火され
傷跡を残しながらも戦いの終わりを告げていた
「エメラルさま…行ってしまわれましたね」
「きっとまた現れるさ…戦いはまだ、終わっちゃいないんだから」
「そうねぇ…にしても」
戦いはまだ、終わっていない
その言葉の意味が今のアクア全体で物語っていた
この先またリュクシオンと対峙したら
再び戦火が飛び散ることは必至
今回は運良く難を逃れだが、次に会ったときは
どうなるのか…今のシン達では想像もつかない、が
「…あたしは、諦めませんっ」
もうほとんど力が残っていないはずの
リンクが振り絞るように立ち上がった
「リンク、まだ体が…」
「傷付きながらも必死に戦う皆さんに比べれば、こんなのっ、大したことではありません…」
「リンちゃん」
まだ息が荒く立つのもやっとのはずのリンクは
微笑みながらケイと向かい合った
「…ケイさん」
「なに?」
「今のあたしに、何が出来るのか…わからないけれど、あたし…ケイさんや皆のために、力になりたいんです」
「え…」
「エメラルさんも…本当はケイさんと争うことなんて、求めてないはず…だって、そうじゃ…なきゃ…今頃…あたし達は…っ」
「…!…ちょっと、あなた」
「はぁ、だからあた、し…諦め、ませんっ…エメラルさんを、取り戻すまでは…だから…ケイ、さんも…一人で、抱え…込まないでくださ……ぁ…」
「リンクっ!」
話してる途中で気を失い倒れ込んでしまったリンク
すかさずシンが受け止め顔色を伺うと
激しい消耗による気絶だと分かりホッとする一同
ケイもそれに安堵した直後
半ば呆れたような表情でシンに話しかけてきた
「坊や」
「は、はい?」
「目が覚めたらこの子に忠告なさい…力になりたいのなら、まず自分の身を守る術から覚えなさいってね…」
「ケイさん」
「まぁ、この状況でそんなこと言っても説得力が欠けるかもね」
「それは…どういう意味で……っ!!」
会話の途中、冷たく刺すような気配を肌で感じた
訝しげな表情で見つめるケイの視線を追うと
「ふふ…どうやら、満身創痍といったとこだね…おにいさん方♪」
現れたのは
相変わらず何食わぬ顔で嘲笑うルーファと
負傷しながらも後を追いかけてきたルーリア……そして
「ヴォルトス、先生?なぜあなたが…ルーファ達と一緒に」
「ヴォルトスさまは…元々彼らの仲間でした…アクアに潜入し、シンさま達と離れてる隙を狙ったかのように、リンクさまを奪いに掛かってきたのですっ…」
「なんだって?!」
ミールの口から明かされたヴォルトスの正体
リンクだけでなく、街や村の人々に寄り添う医師が
その肩書きから外れたマネをするなど
シンにとっては想定外なことだった
「諸君、今一度尋ねよう…リンク=アソワール殿を今すぐこちらに引き渡してもらえぬか?さすればこれ以上…」
「こちらに危害は加えぬ…などという戯言を申すつもりか?」
今にも再び戦いが始まってしまいそうなほど
緊張した空気がピリピリと張り詰めていく
「ハッ…今更交渉なんて時間の無駄ですわヴォルトスさま…こいつらは、ずっと私達の計画を邪魔をしてきた、ハイエナなのですから!」
「ハイエナなのはどっちの方よ!この怪力金髪女!!」
「まだ口が減らないみたいねっ…このクソ白髪女!!」
「あははっ♪まぁまぁ姉さん…落ち着いてよ」
ルーファが二人の言い合いに割って入った
「彼らは僕の予想を遥かに超えた戦いを見せてくれた。サクスとグレイに棲みついたモンスターだけでなく、あの黒きドラゴンをも街から退かせた…交渉は既に決裂したが、敬意を払うに相応しい」
「何をそんな呑気なこと言ってるのルーファっ…どんな理由であれ、アイツらは私達ファクティスにとって、邪魔者以外の何者でもない!!…それをっ……!」
微笑んでいたルーファの瞳が一瞬だけ険しくなった
それを見たルーリアは、彼に少しばかり戸惑いを見せるも
これ以上口答えする気が失せたのか
深いため息をつきながら、一歩後ろに下がって押し黙った
「おにいさん方」
「な、なんだ…」
「今回は君達の頑張りに免じて、見逃すとしよう」
「なに!?」
「その代わり、次はもう手加減しないよ?僕達ファクティスは…いつでもリンクおねえさんを狙っていることを…心に刻んでおいてね」
不気味な笑顔と明るくて冷たい声でシン達に
宣戦布告とも取れる言葉を言い放ったルーファは
一枚の魔符を向かい風に乗せて後ろに投げ捨てると
出現したゲートに入ってどこかへ消えたのであった
ーーー
ー アクアール宮殿 執務室 ー
死闘を繰り広げてから一夜明けて
ようやくトルマリンから状況報告が届いた
宮殿を含めアクアの街はドラゴンとファクティスによる攻撃で八割ほど損壊し、建て直すには相当な時間を要するほどであった。巻き込まれた人々も大怪我をし、最悪死者を出すまでに至ってしまった。
不甲斐ない結果として自分の弱さを改めて痛感するシン達
その中でふと、アンがあることについて思い出した。
それは…以前リュクシオンの手で壊されたサクスが
リンクの持つドラゴンの力で元に戻ったことであった。
あの力なら街を直ぐに直せるんじゃないかと…
そう考えると、当の本人であるリンクは率先して
自ら立候補するが…
「とてもありがたいお話ですが…それは遠慮致します。
「女王様…」
「それに、私はリンクさんとあなた方に…ひとつ謝らなければならない事があるのです…」
「え?」
アクアールと隣にいるトルマリンが
徐々に申し訳なさそうに俯きながら打ち明けた
それは、リンクの暗殺を企てた…赤髪の女アサシンが
牢に送っていた途中…何者かの手引きによって、脱走した
「脱走!?」
「…手引きした者の正体は、掴めたのですか?」
「えぇ…兵士達の証言によると、犯人は…ヴォルトスさん。彼が彼女を逃がし、リンクさんを拉致しようと企んでいたのです」
「ヴォルトスさまが…ですって?」
これには誰もが疑問を抱かざるを得なかった
なぜ、リンクを殺そうとした女アサシンを
生かして捕らえようとするヴォルトスが
脱走の手助けをしたのだろうか?
「手を組んでる、にしては目的も立場も違い過ぎじゃない?」
「ですが、あの方は本気でリンクさまを殺そうとしました。もしや、ファクティスを裏切るためにあんなマネを…?」
「裏切り者をわざわざ助けるなど、愚の骨頂である…が、もしそれが
何かに繋がる
のだとしたら、また違ってくるのかもしれぬかもな」「何かに、繋がる?」
「前にも言ったように、ファクティスは身内であろうが何だろうが、目的の為ならなんでも利用する…その理由はいつも、拙者達が理解に苦しむほどにな…」
その言葉を聞いてますます理解に苦しむシン達であるが
リンクを狙っているのはファクティスだけでないということだけは、唯一理解出来た。彼らが何のために動いてるのか…何のために彼女に近付くのか…霧のように、先の見えない不安が頭を悩ませる…特に、リンクは…落ち着いてるように見えてその実は、震える気持ちを抑えるよう両手を強く握り締めていることにシンが気が付くと
「大丈夫だリンク。何があっても俺達がついてるし、何が来ようとも俺が、君を守ってみせるから…!」
「シンさん…」
また彼女を励ますように笑顔で言葉を紡ぐと
リンクがハッとしたように目を見開かせてた
「…何を申すのかと思えば」
「え」
「ほーんとほーんとっ…シンくんだって、私達がいないといっつもピンチになってばっかりなのに、今さらカッコつけられてもねぇ~(笑)」
「かっ、カッコつけって…アンタら…こっちは真剣に…!」
「はいはいわかったわかった~」
「それなりに期待してるゆえ、せいぜい死なぬ程度に頑張るでござるよ、馬鹿正直で」
「面白いくらい一途な」
「「ナ・イ・ト・様(殿)♪」」
「あ、アンタら…言いたい放題言いやがって~!!!こんチクショオオオォオオ!!!!」
「あらあら…」
顔真っ赤にして怒るシンを
楽しげにからかうサイゾウとアン
三人のやりとりに半ば困ったように見える笑みを浮かべる
アクアールとトルマリンの姿を見て、リンクは…
クスッ…
「リンクさま?」
「は、はい」
「今…少しだけ笑いませんでしたか?」
「…はい…少しだけ」
「安心…していただけましたか?」
ミールが優しい問いかけると
「はいっ…とても…安心しました」
不思議なほどに頼もしくて温かい空気が
リンクの強ばる心に安らぎという希望を与えるのだった
(シンさん…みんな…ありがとう…)
ーーー
ー アクア 東の森 ー
二時間後…
アクアールとの話が済んだシンは、リンク、サイゾウ、アン、ミールと共に真実を知るため、次なる目的のため、ある者達と街から少し離れた東の森で再び相見えることとなった
「良かった。ちゃんと…待っててくれたんですね…ケイさん、ナッドさん」
森に入って数分、木陰で静かに佇むケイと
「待っていたぞ」と呟いて近付くナッドの姿が見えた
各々が改めて一人ずつ自己紹介していくと
「ケイ=オルネス…それが今の私の名よ」
「よろしく、ケイさん」
「ふん…」
相変わらずぶっきらぼうにそっぽ向くケイだが
シン達は彼女の事情を理解してるがゆえ
それ以上踏み入ることはしなかった
そして…
「ナッドさん」
「真実を知る覚悟は出来てるか…シン」
「はい」
真っ直ぐなほど迷いのない二つ返事に
シンの秘められた覚悟と思いを理解したナッドは
安心したように、重い口を開いた
「改めて自己紹介しよう…俺の名は…ナッド=モルダバイト…これでも昔はエージェントとして活躍していた…お前の母であり、俺の妹もであるイリーナ=モルダバイト、そして、友人であるマクシィ=ウェルディ…お前の父親と共にな」
「!?」
ナッドの口からようやく知ることとなった
シンと両親の間にまつわる、数々の真実
だがそれはシンにとって、希望になるのか?
それとも、絶望となるのだろうか?
【終】