第26話 可能性
文字数 4,141文字
王の宣布から数時間
メイリンは一足早く風呂から上がり
自室の窓から冬の暮に滲む
ブレイネル山を見つめた
「兄上…」
亡き兄との再会と、二度目の別れ
過ぎ去ってみると…あの時、あの場にいた時間は
とても短くはあったがとても深く心に刻まれた時間であった。
そして兄から授かった…【守る勇気】…
そんな彼女の元へやってきたのは…
コンコン…
『王女様、おいでますでしょうか?』
「何事だ?………入れ」
ガチャ…
「どうした、何か用件でもあるのか?」
「はい、その…」
「お久しぶりです、メイリン王女様」
「え?!……へ、陛下!!!?」
突然、彼女の前に現れたのは…
【第26話】
「へ、陛下…あの…どうして」
「【メイリン】さん…二人きりの時は?」
「あ………そうであったな…【ルヴィ】」
「はい、ふふっ」
水の都市・アクアの女王【アクアール】
メイリンが幼い頃から交友を深める女性
彼女も若くして都市を治める女王となり
今に至るが、メイリンとは
出来る限り友人として接したいという願いから
今もこうして逢瀬のように訪れ、名を呼び合う。
そのメイリンも…次期女王ということが決まり、彼女は
「グレイの次期女王メイリン=ファオロン…おめでとう…こんなに早くあなたと対等にお会いする事が出来るなんて…」
「…ありがとう…だがそれは春になってからの話だ… 」
それは春の月にて、メイリンが
一つ歳を重ね十八となり
正式に王となるという意味だ
このセブンズシティにおける王位継承は
それぞれの都市でルールを設けられているが
根本的には王としての素質があれば誰もが選ばれることがある
ただし、それは、十八歳以上の者を対象としており
十七歳以下の者が王位に着くことだけはどの都市も固く禁じられている
理由は、親の職権乱用を防ぐため
子どもが意思表示出来ないうちに即位すると
親が代理を務めなくてはならない
善政を敷いてくれるならまだしも
かつて、権力を悪用して都市に混乱を招いた事例が
幾つもあった。その責任は親だけでなく、王となった子にも
容赦なく降り掛かって、処刑にまで至る事もあった
子供は、自分の意思でした事ではないのに
親の身勝手な選択一つで不幸のどん底に突き落とされる
そんな不憫な扱いを受ける子の心情を鑑みて
セブンズシティは、二度とそのような悲劇を起こさない為に
十七歳以下の子に王位を渡す事を禁じた
もちろん、都市によって理由は様々であるが
一番代表的なのがその理由…
メイリンが旅をしていたのは知識を増やすだけでなく
そういう理由も兼ねていたからなのだ。
しかし、思わぬ事態に遭遇した流れから
まだ十八にもならないうちから
故郷へ戻ってきてしまったメイリン
彼女には年齢以外の不安がもうひとつあった
「…ブレイネル山に向かう途中…【刺客】に襲われた」
「刺客!?…いったい誰が…」
「最初は戸惑って混乱していたが後々になって検討がついた…」
「え…」
「アルヴァリオ財団と……それに与する、大馬鹿者共だ」
ーーー
ー ファオロン邸 客間 ー
ドサッ…
「はぁ…」
「シンさま、大丈夫ですか?」
「ん?何がだ?」
「私、今までシンさまが記憶を失っていたなどと夢にも思いませんでしたから…その…何と申せば良いのか…」
「それはこっちのセリフだよ、ミール…あの時、お前を守れなかったばっかりに…お前やレイリンさんに辛い思いをさせた…だから、俺の方こそ…本当にごめんっ」
一度倒れ込んだ身体を起こしたシンは
ミールに改めて、深く謝罪すると
「そんなっ!シンさまは何も悪くありません!私達がこうなったのはそもそも…」
「そうだとしても、守れなかったという事実に変わりはない」
「シンさま…」
数分前…シャワー室でサイゾウと
繰り広げた会話を振り返る
「その手紙、いつ届いたのですか?」
「…そなたがサクスに訪れる、一年前」
一年前…それは以前、サイゾウや店主から聞いた
【地下水路にいたモンスターの出現】と
【王子が生まれた】年だ
「一年前に?」
「さよう。何の偶然か…あるいは察知していたかのように文が届いた…しかもそやつは拙者や主以上に【ファクティスに関心を示す者】で…【シン=ウェルディ】……そなたを、救おうとしていた…」
ファクティスの秘密を知る男
シン=ウェルディ
彼の行方を懸命に探し求める
名も身も全く知れぬ手紙の主
このふたりに結ばれたものとは何なのか?
シンですら、未だ不明な点が多いというのに…
するとサイゾウから唐突な質問が
「ところで…そなたの記憶、どこまで思い出せたのだ?」
「!……ミールと…【離れ離れになる直前】までは…」
「その前は?」
「…その感じだとファクティスとの関わりがあるかどうかを聞いてるみたいですが…あいにく
今の俺
には、その直前まで、あいつらと会った面識なんてこれっぽっちもありません」「そうか…では【その後の記憶】が重要になるでござるな」
「その後の…記憶」
ミールと、離れ離れになった【後】の記憶…
その先を思い出そうとすると真っ暗闇の感覚になり
風景が浮かび上がることが無い。
ちなみにミールにもシンと似た質問をしてみるが…
「申し訳ありません。私も気がついた時には…レイリンさまとご一緒でしたので…それ以外のことは何も」
「…さようか」
なかなか思うように答えに辿り着かないためか
僅かに落胆したような声色で返事するサイゾウ
シンも自分の記憶であるはずなのに
全く思い出せないことに…深いため息をついた直後
ふと、ある事に気づいた。
「ん?…そう、いえば…サイゾウさん、どうして俺がシン=ウェルディってすぐに分かったのですか?」
「…………勘」
「か、勘っ!?」
「冗談だ」
だが、サイゾウの言葉はあながち間違いではなかった
シンと向き合ったあの時、彼に秘められた執念と意思の強さに
【可能性】を感じた。ただ生き残ろうとするのではなく
大切な何かを探し求める為に生きる、そんな強い意思と…執念を
「執念と…意思?」
「ファクティス自体はもう何年も前に現れた存在…その中に巻きこまれた者達がそう簡単に生きていられるとは思っておらぬ……ゆえに【例外】ばかり起こす【馬鹿正直】なそなたなれば…それも有り得えなくはない…そう思ったまででござるよ」
(これは、褒められてるのか?それとも貶されてるのか?)
彼の回りくどい言葉は
相変わらずシンを惑わせるが
おそらく本人に悪気はない…と思う
キュッ…キュッ…
「あれ、サイゾウさん?」
「ひとまず話はここまでにしよう…そろそろ他の者も来る頃合いにござろうからな」
「へっ?…………はっ…はわっ!!」
ミールが急いで周囲に目をやると
少し後方ではあるが
数人の兵士達が小脇に荷物を抱えながら、迫っていた
「お、お二人ともっ!兵士の方々が近くに……!」
「続きはまた、明日にでも話そう……拙者もこれから野暮用がござるしな」
「え、野暮用って何の………お、おいサイゾウさん?!」
シャッ…
サイゾウはカーテンを開け
着替えるまでの手順を
てきぱきと済ませ
兵士達とすれ違うように
脱衣場を後にした
呆然とするシンとミールを置き去りにして…
振り返ったのち
シンは自身の大きな手のひらをじっと見つめる
「…可能性、か」
(サイゾウさんが…俺を見て「シン=ウェルディ」である可能性を見出してくれたから…俺は…こうして今も、生きている…)
本当に謎の多い人…その印象はずっと変わらないし
腹の底で何を考えてるかなんて全く検討がつかないが
不思議な事に、彼からの信頼は…ずっとさりげなくであるが
確かに感じていたのは…紛れもない事実
(サイゾウさんだけじゃない…リンクさんもアンさんも…ミールも……みんな…)
手のひらを握りしめ深呼吸と共に目を閉じるシン
彼を見守るミールはふと、優しい声色で彼に問い掛ける
「シンさま…あの日私たちが
旅立った
こと、覚えてますか?」「!…あぁ、もちろんだ…十年前、俺とお前が…
父さんを探すために
旅立った、あの日のことを…」ーーー
一方、別の客間にて
浴場を後にしてからずっと
身軽な格好のまま髪を整えたり
ベッドの上でまったりとくつろぐ
リンクとアンは…
「いやぁ客間にしてはほんと広いよね~♪ベッドもふかふか~極楽極楽~♪」
「ふふ…本当ね…ってアンちゃん…そろそろ髪乾かさないと風邪引いちゃうよ?」
「えぇ~めんどくさ~い…あ!じゃあリンちゃん乾かしてよぉ~」
「あ、あたし?」
何故そうなるのか理解不能だが
根っからの世話焼きなリンクは苦笑いしつつも
「はいはい」と言ってタオルとブラシを手に
アンの長い髪を整えた
「アンちゃんの髪ってほんと綺麗ね…この混ざってる青い髪もすごく綺麗だし…スタイルも…抜群だし」
「ほんと?…えへへありがと♪…でも私手入れ自体面倒だからした事ないのよね」
「そうなの?それなら尚更すごいね…手入れもなしにこんなに綺麗だなんて…あたしなんて髪の毛しっかり整えないとくせっ毛だから…ほんと、羨ましいよ」
「えーそうかなー…私は私で、リンちゃんが羨ましいけどなぁ」
「あたし、が?」
「うん……シン君と同じくらい…【純粋】なところが……とっても」
コンコン…
『失礼します』
「あっ、はい!」
突然客間に訪れたのは
メイリン付きのメイドであった
「リンク様とアン様ですね」
「はい、そうですけど…何か…」
「今回、メイリン王女様が次期女王として任命なさるお祝いと共に…王女様に多大なる貢献をなさった皆様を【晩餐会】へ招待したいとのことです」
「晩餐会…ですか……それはいつ?」
「はい、明日にございます」
「あ、明日ですか!?」
「ご安心を。晩餐会に参加する衣装など全てこちらでご用意致しますので」
メイドの話を聞いて、戸惑うリンクをよそにアンは
「いいわ、参加するよ」
「アンちゃん…!」
「かしこまりました…では、他の方にもお知らせ致しますので、これで失礼します」
そう言ってメイドが淡々と部屋を後にすると、二人は
「晩餐会か…どんな料理が出るんだろうなぁ」
「そ、そんなことより…本当によかったの?シンさん達に何の相談もなく了承して…」
「心配ご無用♪どうせシン君達も参加するだろうし」
「え、分かるの?」
「そりゃまあ…状況が状況だから、ね」
「…それは……………そう、かもしれないけど…」
その後、シン達にも
彼女達と同じ報せが届けられると
アンの予想通り、シン達も
晩餐会に参加するのであった
【終】