第28話 迫られる選択
文字数 3,962文字
一人の少女に生じた
小さな疑惑
リンクがサクス城にいたという事実は
サクスと友好関係の立場にある
ファクティスが彼女と接触してる可能性も
少なからず含まれていた
そもそも、なぜ彼女は城にいたのか?
いくら治療する為とはいえ、彼らに何の得があるのか?
彼女がそれほどまでに大事な存在なら
なぜ今
ここに
いるのだろうか?当の本人ですらその理由も分からずにシン達と共にいるが
それがもし全て、嘘だとしたら?
サイゾウの深まる疑念と推察に対しシンは
「リンクさんはそんな奴じゃないっ!…彼女が敵なら、俺達全員生きてるなんてことはっ」
「そうかもしれぬな…だが、ファクティスは…身内であろうが何だろうが全て利用する…ゆえに彼女が
ただ巻き込まれた
だけという確証もどこにもござらぬ…ドラゴンという存在も…そもそもどうやって覚醒させたのか?もな」「っ!」
限りのない疑惑の数々…けれど
これまで、幾度となく彼女に助けられたことは
シンにとって紛れもない事実だった
巻き込まれて、大怪我をしたのにも関わらず
みんなを助け、支えながら
共に辛く厳しい道のりを乗り越えようと必死になる彼女の姿に
嘘偽りなんて何一つ感じなかった
だから…
(リンクさんは絶対、そんな人じゃない…!)
言葉を詰まらせながらも
拳をそれに反抗するように強く握り締めるシンにサイゾウは…
「…そなたは、それほどまでに信じてるのだな?彼女の事を」
「…っ」
素直で一途にも程がある青年の心に
課せられた…新たな【選択肢】
【第28話】
「おーーーーい!シーーンくーーーん!!!!」
「あの声は…」
後方から大きな声を上げるアン
隣にいるリンクも彼女と共にシン達の元へ駆け寄る。
「おっはよー♪朝から男同士何盛り上がってるのー?」
「大したことではござらぬ…それよりもそなたらこそ朝からここへ何しに?」
「お姫さんが私達を朝食に招待したいってさ!で、呼ぼうとしたら君達全員、部屋にいないもんだから私とリンちゃんで探し回ってたのよ?」
「そうだったのか…ってメイリンさんが?」
「それと、今夜行われる晩餐会の説明もあるとのことです」
その言葉を聞いたサイゾウは無言で首を傾げながら
「何の話だ?」と言いたげな視線をシンに送ると
察したシンは頭を掻きつつ説明する
「…なるほど、そういうことであれば致し方ないな」
「とにかく!みんな早くお姫さんのとこへ行こっ!私お腹空いちゃったー」
陽気に口笛吹きながらアンが先頭切って歩き出した
サイゾウ達も彼女に続く中、シンはふと…立ち止まった
そしてそれに気づいたのは
「シンさん?」
心配そうにシンを見つめ近寄るリンクだった
「どうしたのですか?どこか具合でも…」
「あ、いや、そんなことないよ…ただ、朝から運動してちょっと疲れただけだ…はは…」
今、明らかに不自然な笑みを浮かべていることに
自分で気づいたシンは内心情けなくなった、だが…
「!…ちょっと待ってくださいね」
突然、ズボンのポケットから
小さなハンカチを取り出したリンクは
グイッ…
「え、リ、リンクさ」
「ダメ。じっとしててくださいね」
「…!」
リンクがやや強引にシンの顔を引き寄せると
小さなハンカチで頬に付いた土埃を優しく拭き取った
その間、彼女の慈悲深さを滲ませる真剣な眼差しに
顔は火のように熱くなり、心は掻き乱されたように
鼓動が早く脈打った
ドクン、ドクン、ドクン…
(ま、また…ドキドキしてる…俺、いったいどうなってるんだ…)
「はい、拭き取れましたよ」
「あ、ありがとう…」
「シンさん」
「ん?」
「こんなことしか出来ませんが、怪我した時は、いつでも頼ってくださいね」
「え…」
「もちろん、無茶をするのもダメですよ?いいですね?」
「!」
リンクが見せたふわっとした笑顔に
シンは動揺を隠し切れなかった
彼女が敵だなんて信じたくない、考えたくもない
こんなにも純粋な笑顔を見せてくれる彼女に
刃を向けるなんて、自分にはきっと、出来ない
なのに…
彼女が
ただ巻き込まれた
だけという確証もどこにもござらぬ心に植え付けられた疑念が、それら全て邪魔をする
「ありがとう、リンクさん」
そう告げたシンの顔は、言葉と相反したように少しだけ俯いていた
「さ、メイリンさんの元へ行きましょうか」
「あぁ…そうだな……っ!!」
ビュオオオオッ!!!!
突如、目も開けられない程の
冷たい突風が吹き出し
身動きが出来なくなる二人
「か、風がっ」
しかし風は徐々に止み、周囲を確認しようと
シンが先にゆっくりと顔を上げると…
「!」
少し遠い場所にて、藍色の短い髪と氷のように冷たく鋭い青い目
耳には少し大きめの宝石みたいな形をした紫色のイヤリングが
キラキラと輝かせる、長身の見目麗しい女性が一人立っていた
シンとリンクが彼女に気づいた瞬間、釘付けになっていると
「…」
女は一度も口を開くことなく
二人の元を去っていった
そして、シン達は呆然としたまま
女の背中が見えなくなる時まで見つめていた
「あの人、誰だったのでしょうか?」
「俺にも…誰なのかよくわからない…」
(ただ…あの人、すごく冷たい目をしていた…)
彼女はいったい何者なのか?
それすら何一つ分からないまま
二人は静かに屋敷に戻った
ーーー
ー ファオロン邸 出入り口前 ー
十数時間後__
夕方、晩餐会に招待された人々が続々と屋敷に入場していた
招待された人の大半は政府幹部や貴族
それ以外は近隣の村長や商人の長など
日頃から親交のある者達が代表者として訪れていた
そんな人混みを遠くから傍観するのは…
「うーんいいねぇ~これは最っ高に盛り上がること
間違いなしだよ……ふふふっ…♪」
ーーー
ー ファオロン邸 晩餐会会場 ー
「わぁ!すごい人集りですねー!」
黒のタキシードに身を包んで
会場に到着したシンとサイゾウ…とミール
屋敷という範疇を超えて、ほぼ城の中と
言っても過言ではないくらい豪華な装飾や料理が
全員が食事出来る細長いテーブルに綺麗に並べられていた
あまりにも眩い光景にシン達は
今朝、メイドに指定された場所に移動して早々に着席した
「シンさま…わ、わたし、今とってもドキドキしておりますっ」
「あぁ、俺もだ。こんな大勢の人と一緒に食事をするのか…」
大勢の人だけでなく
複数の大きな窓から夜光が差し込まれた
神秘的な会場内にシンとミールは息を呑んでいると
「シン殿、姫君が申したでござろう【あまり気負う必要はない】とな。」
「…あ、はい…そうですよね」
とは言いつつ、内心では
初めて以前に人生でこんな機会が訪れるか分からないような
豪華な晩餐会を前にして緊張しないはずがない!と突っ込んだシン
緊張のし過ぎで声が裏返ったりしないよう
こっそり深呼吸し続けるのであった
「リンクさま達は、まだでしょうかねぇ」
「女の子は化粧とか色々あるだろうからな…」
「そうでしたね!ところでシンさま…さきほどからずっと浮かない顔をして、どうかなさいましたか?」
「…」
「え?…あぁいやっなんでもない!まだ緊張してるみたいだな俺…は、はは…」
心配そうに見つめるミールと
無言のままため息をするサイゾウ
何事にも正直なシンの渇いた笑いは
誰の目にも明白だった
するとそこへ…
「おっまたせー♪」
「ごめんなさい…遅くなりました」
声をかけられた一同がそちらに目を向けると
「っ!?」
リンクは、淡い桃色基調のワンピース風のドレス
アンはスリットが入ってるかつ胸元を全開にした
灰色のドレスをそれぞれに身にまとって現れた
「お綺麗です!リンクさま、アンさま!」
「あ、ありがとう…ミールさん」
「後はその口調をどうにかするでござるな」
「もーサイゾウくんってほんっと素直に褒めないわねー」
またいつもの和気あいあいとした空気が流れる中…
「シンさん?」
隣に座るリンクが無言で自分を見つめるシンに声をかけた
「へっ?」
「どうしましたか?あたしの服、どこか変ですか?」
「いや違うっ…そんなことないよ!む、むしろ……すごく、綺麗だったから…み、見とれて」
「!…ありがとうございます…シンさんのタキシード姿も…とても素敵です」
「あ…ありがとう」
リンクとの照れ臭いやり取りの傍らで
サイゾウとの会話が再び脳裏に過ぎった
彼女が敵…やっぱりそんなこと…信じたくない
なのに何故こんなにもざわつくのか…
願わくばこの小さな疑惑を全て掻き消して
今まで通り彼女と話をしていたい
心穏やかに、笑い合い、励まし合っていきたい
そんな淡く儚い願いを心に秘めながら…
晩餐会が始まる
…数十分後
王様やメイリンからの挨拶の後
メイリンの
友人
として呼ばれたある人物から直々に挨拶が贈られる事になった
それは
「あ、あの方はっ」
ざわつく会場内
最上階から降りてきたのは
メイリンに手引きされる
青く美しい長い髪を豪華に飾った女性
「あの人は…」
今朝方に見たあの人と同じ青色だが極端に短いショートヘアの女性を思い出すが
「綺麗な人ですけど、別人みたいですね」
「たしかに…」
シンとリンクは不思議な気持ちで彼女を見つめた
「へぇ~あの人がお姫さんのお友達?いやはや王族の人ってどんだけ知り合いや友達が居んのよ~」
「世界は広いようで狭い、ということなのでしょうか?」
「…そうかもしれぬな」
「
陛下
…お言葉を」「えぇ、トルマリンさん」
青く煌びやかなドレスを身にまとう女性は深呼吸したのち
会場全体に透き通るほど大きな声で挨拶を始める
「勇敢なるグレイの皆々様…!
我が親愛なる友、メイリン=ファオロンが
将来、新たな王であり、我が心の同志となることを
この
…心からお慶び申し上げます!」
「えっ!?!!」
「ア、ア、アクアの…女王様!?」
「…」
海よりも広い慈悲に満ち
空よりも遥かに高い威厳を放つ
美しき容姿と透き通った声に
誰もが魅了され、声を失う
そして…
このアクアの女王との出会いもまた
後に更なる過酷な戦いと
苦渋の選択肢の数々が
シン達に迫ろうとしていた
【終】