第2話 心優しき少女
文字数 2,551文字
空を覆う赤黒い雲の存在によって
掻き消されかけていった。
民達は渦巻く雲に目を奪われ、得体の知れない恐怖を前に硬直していた。
やがて雲の中心から
剥き出しの鋭い牙
禍々しい黒に包まれた胴体と帯びた翼
全てを焼き払うかのような深紅の瞳
圧倒するその存在は
メモリアが創世して間もない頃から人々の間で読み継がれるお伽噺の中に記された
【ドラゴン】そのものであった。
【第2話】
「ドラゴン.......ドラゴンだぁっ!!!!!」
その叫びと共に民達は一目散に逃走
すると黒きドラゴンは
口から吐き出された魔弾を拡散した。
ドゴォオオオオン!!!!
都市全体に散らばった魔弾は
美しく彩られた
サクスの城を、街や村を、自然を
一瞬にして火の海と化し
喝采の音頭は悲痛の轟音へと変わった。
そして...
その最悪の事態から避難を試みようとシンは...
「このままここにいたら危ない...早く逃げ....っ!!」
促しの言葉を伝える矢先、少女が倒れかけていた神輿の近くで立ち尽くしていた二人の子供の元へ駆け寄っていった。
「大丈夫?怪我はない?」
「ぁ.....おねぇちゃん...うんっ」
「こ、こわいよぉ...おねえちゃ、ん」
「もう大丈夫よ...おねえちゃんと一緒に逃げよう」
何度も頷く姿に安堵した少女は子供達を連れて逃げようとしている、そんな優しい少女の姿に心を打たれたシンは迷うことなく少女達に駆け寄った。
「これ以上ここにいたら危険だ!!子供達を連れてここを離れよう!」
「!!......ありがとうございますっ...西の山道の先に診療館があります!そこへ...!」
「よしっ!」
なぜだか何の躊躇いもなく
少女達を助けようと一人の子供を背に乗せたシン
その行動は無意識か、あるいは...情か
おそらく今の彼にはまだわからないままであろう
ーーー
崩れ去った神輿を背に山道へ向かってひたすら
走り続けるシンと少女
だが、ドラゴンの容赦ない攻撃は城壁や付近の建物をことごとく破壊し二人の行く道を塞いでいく
「道が...」
この世の終わりを告げるかのように
何度も響き渡るドラゴンの荒ぶる咆哮
燃え盛る街、人々の苦しみに満ちた叫び
それはまさしく絶望…
シンと少女は頭が真っ白になるほどに呆然とし
子供達はその場でたまらず泣きじゃくった
「うっ…ぅうぇえぇん...ごわいよぉ...」
「おかぁ..さん...どこぉ...どこなのぉ」
「...お母、さん?」
「大丈夫...大丈夫だから...」
突然少女が小さな声で優しくそう囁いた
振り向くとそこには泣きじゃくる子供を強く抱き締めながら頭を優しく撫で、慈愛に満ちた蒼い瞳で子供を見つめる少女のその表情は
まるで…【母】のようであった。
まだ若くか細い身からは想像もつかないほどに
シンはそんな少女の姿にまたしても
心を奪われたような気がした、だがそんな彼女達に対し無慈悲にも...ドラゴンの攻撃がシン達のいる場所から近い場所へと落ち、落下した衝撃の爆風が彼らを襲った
「うわああああああああああ!!!!!!」
吹き飛ばされる最中も
シン達は子供達を必死に庇うように身を盾にしたが...
「......っ!...ぐっ.....だ、大丈夫か?」
「う、うん…だいじょぅ….え....ぁ.....おねぇちゃん...!」
ここに来てさらなる不運が訪れた
抱える子供を守ろうとしたばっかりに
まだらな石が転がる地面に頭部を強打し
そのまま少女は気絶してしまったのだ
「お、おねぇちゃん!おねぇちゃん!!」
「しっかりするんだ!!目を開けてくれ!目を....!!!」
少女の頭部から流れ出る血を前に...シンは愕然とした...
「ぁ......こん.....な...っ」
目の前で起きてしまった悲劇を前に
声などまともに出なかったシンであったが
その時………
ドクンッ…
心臓が激しく跳ね上がる音を感じた
その音と呼応するように
激しい頭痛、むせ返る嗚咽
その間に【全く身に覚えのない光景】が
シンの頭の中へ急速に流れ込んだ
(なんだ...なんだこの光景は..俺の…知らない…場所…ということは、まさか...これが俺の....本当の..記憶?)
……見えた景色が真っ白に変わった途端
何かが外れた
金属音
が聞こえると同時に子供達が自分を呼ぶ声が聞こえた
「...……..っ!!?...俺、今まで何を...」
「おにぃちゃん!......おねぇちゃんを、おねぇちゃんをたすけてぇ!!」
「お、お姉ちゃんって....っ!!」
横たわる少女を見た瞬間、我に返ったシン
多量の出血により少女の身体は徐々に冷え始めていた
なんとしても彼女を救いたい!そう心に言い聞かせたシンは、自分が被っていたマントの一部をナイフで切り裂き、その布で頭部をくるめながら止血するという機転を利かせた
「頼む......生きてくれっ...君は子供たちを助けるんだろ!?だったら...だったらこんなところで死んじゃだめだ...絶対にだめだ!!」
そう強く励ますように少女に声をかけていると
「お、おにぃちゃん!!!!後ろ!!!」
子供の声に応じ背後を確認すると
ドラゴンの凶弾が今度はシン達に直撃する形で迫り来る
シンは立ち尽くす子供達と少女を庇うように覆い被さった
「おにぃ、ちゃん?!」
(死んでたまるか....こんなところで....くたばってなんか、いられないっ...俺も、彼女も、子供達も…みんな…...絶対に...!!!)
死という恐怖に耐えながら
シンは生という希望を信じた
「絶対に...…絶対っ…に…!!!
...死んで、たまるかああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
その願いは...光に包まれた嵐となりてシン達を守護し
凶弾を嵐と共に天を貫いて弾け飛んだ
そんな光を目にした者達は何を思ったのか?
シン達の行く末は、果たしてどうなったのだろうか?
【終】