第64話 信じる心
文字数 3,836文字
「はぁぁ…やっと都市から出られたみたいねぇ」
二手に別れてから一時間以上過ぎた頃、サイゾウとリンドウは無事刺客に見つかることなく目標地点へ到着。緊張から解放された瞬間に訪れる疲労がリンドウの体に押し寄せる傍ら、サイゾウは平然とした態度で周囲を確認すると
「?……他の者らの姿が見当たらぬ」
「あら、おかしいわね…ここで船長達と合流するはずなんだけど…」
「リンドウ!」
遠くからキャビラの声が聞こえた
その声に視線を向けると彼らに導かれるように
着いてくるナッド達の姿もあった
「ナッド殿」
「サイゾウ、無事だったか…ん?シンはどうした」
「すまぬ、追っ手から逃げるため二手に別れた」
「では…今ここにいないのは」
「ジョーと坊やに妖精さん…そして例のお嬢さんよ」
「チッ…何してんだあのバカはっ」
肝心のシン達が戻っていないと知り
思わず舌打ちするディーネ
気掛かりに思う彼は再び捜索しようとするが
「船長…今都市に戻るのは危険です」
「なら、このまま黙って帰りを待つつもりか?」
「…今は、闇雲に行く時ではないという事です…何故なら」
途中で言葉を止めると、キャビラは訝しげな瞳で空を仰いだ
それを疑問に思いながらディーネ達も空を仰ぐと
そこには、あの赤黒い雲がじわじわと広がっていた
「なんだ、あの雲は…」
「し、しかも変な広がり方してるわ!気味が悪いわね…」
初めて見る光景に戸惑うばかりのディーネ達をよそに
サイゾウとナッドは…
「また厄介なことになりそうだな…」
「…」
ーー
ー 裏街道 ー
一方、互いの執念をもってぶつかり合う熾烈な戦いを
未だに繰り広げているケイとオルティナ
近辺の破壊された建物や抉れた地面も既に人が立ち入るような領域ではなくなるほどに大量の爪痕が残った
「はぁ…はぁ…」
トドメを刺すのはどちらか?
その一瞬の隙を伺っていると
ゴゴゴ……
「…!…この音は……っ!」
ケイがいち早く、上空の異変に気づいた
オルティナも彼女の行動を見て空を見上げると
流石の彼女も眉を顰めながら雲に目線を奪われる
「雲…なぜこんな時に…」
(……どうやら、あっちもこの展開は予想外、か………だけどエメラル…今あなたがここに来て何をするつもり?私に復讐する為に、わざわざこんなところまで来たというの…?)
エメラルの狙いを模索してる間も、雲は次第に色濃くなりその中心からは次第に大きな呻き声が響き渡り
全てを穿つ牙と全てを葬り去る翼が…顕著するのだった
ーーー
ー 謎の建物 大広間 ー
時を同じくして
魔法陣の反抗に必死に食らいつくシンと
それを見守る事しか出来ないリンク
メビウスを呼ぶことが出来ず、何の力にもなれない己の非力さが募る中でもリンクは必死に考えた…自分は今…どうするべきなのかを
(あたしも…ケイさんや、アンちゃんみたいに…剣を、魔法を使う事が出来れば…)
おもむろにポシェットから
サバイバルナイフを取り出すリンク
しかしそのナイフは
リンクが普段料理などで使う日用品としての代物なので
殺傷力はあっても戦闘向きとは言えない
(これで…あの人の力になれるなら…)
ただ純粋に彼を助けたい
そんな思いとは真逆に、ナイフを持つ小さな両手は酷く震え
誰かを傷つけることを心の片隅で恐れている
だけど、それでも…
(もう、迷ってなんていられないんだ……あたしも、自分の出来る限りでもやらなきゃだめなんだ…っ…だから…)
不安と恐怖を必死に押し殺そうとするリンク
少女の荒んでいく心が、戦いへと誘われようとしたそのとき
みんな無事に戻ったら、またあの絶品スープ作ってね!リンちゃん♪
「…!!」
私は、私達は…仲間として!あなたを守るためにっ…ここにいるの!…なのに、あなたが私達を信じないでどうするのよっ…
(アンちゃん、ケイさん…)
絶対戻ってくる、俺達は、仲間だからっ…必ず、必ずまた会える!だからリンクも…ケイさんの言うとおり、俺達を信じてくれ!
(シン、さん……みんなっ…)
リンクは思い出した
無邪気な声で囁いてきたアンの言葉
力強く背中を押すケイの言葉
そして、優しく勇気づけてくれたシンの言葉
仲間達の一つ一つの言葉が、優しさが
どれだけ自分を支えてくれたのかを
(…あたし、何を焦ってたんだろ…メビウスを呼ぶことが出来なくて、震えて、怯えて…そのせいで…誰も、自分のことすら信じられなくなってしまうなんて…)
自身の不甲斐なさを痛感しながらリンクは
勇気を振り絞るように立ち上がった
(あたしに何が出来るのか…それは、今も分からない…だけど、ここで何もしないワケにはいかない!信じてくれるみんなの為に…!あたしは!!!!)
……が、必ず守ってやるからな!
(!!……今の、声は…っ)
パァァァァ…!!!
「えっ!?」
巡り巡る思考の中、突如リンクの手のひらから光が溢れた
その光はメビウスの時とは違い、雪のように真っ白でありながら、太陽のようにぽかぽかと温かなぬくもりを帯びていた
「なに、これ…あたたかい…」
不思議なぬくもりに戸惑うリンク
だが、その心に迷いはなかった
「ぐぅっ…く…くそ、このままじゃ………」
強靭過ぎる魔法陣の力を前に
ボロボロの身体は魔力が尽きかけいくのを感じた
(あと、もう少しなんだっ…頼む…!)
気力で耐えるシン、すると…
ギュッ…!!
「あぁっ!!う、うぅ…!」
「…っ!リンク!?」
抑えるシンの手の甲を重ねるように触れるリンク
当然彼女にも、魔法陣の攻撃が降り注がれる
「リ、リンク!何してるんだ!手を、手を離すんだ…!」
「嫌ですっ!!」
「リンク!!」
「分かって、いますっ…あたしに、出来ることなんて…っ…もう何も、ないかもって…ぐっ……でも、だからって、これ以上…あなたが傷付けられるのを…黙って見てるなんて、そんなの…もっと、いやですっ!!」
ドクンッ…!
必死に自分の気持ちを訴えるリンク
そんな彼女の手から感じる温かい光がシンの心を大きく揺らした
「この光は…リンク、君は…」
「あなたは…ずっとあたしを信じてくれた…守ってくれた…だから今度は…あたしが、あなたを信じ、守る番です…!」
「…!」
いつか、あんたを信じてくれる大事な人が出来たとき、その人のこと、ちゃんと最後まで守ってあげなよ…人は、誰かの為に、強くなれる存在なんだから
痛みを堪えながら、笑顔を見せるリンク
シンはこれまで彼女と過ごした時間と記憶を思い出した
リンクは、どんなときも笑顔を絶やさず
自分を、仲間を元気付け、支えてくれた
彼女の優しさが、強さが
自分が幼い頃、母が何気なく呟いた
言葉の意味を、教えてくれた
(俺が…俺が今、守りたいのは…!)
シンはそっと片手を放した直後
リンクの小さな手を上から包み込むように重ね直した
「!…シンさんっ」
「リンク…俺も…君を守りたいっ……君に出会ってから、いろんな優しさを、知ることが出来た…君がいてくれたから、今の俺があるんだっ…!…この記憶は、この真実は…何があっても…絶対に変わらないっ!」
「シン、さん…」
「負けるもんか…っ…こんな…みんなを苦しめてきた、嘘で塗り固められた世界なんかに…俺は…俺達は…ぜったいに、負けてたまるかーーーーー!!!!」
シンは大広間全体に響くように吼えた
それと同時にシンの尽きかけた魔力は息を吹き返したように
魔法陣の攻撃を押し返し結界の威力を弱めた
そして、四度目となる、あの金属音が聞こえた
ゴオオオオオォォォ…!!!!!!
「うおっ…なんだ!?」
魔法陣の力が失われ
今度はシンが放つ風の魔力が竜巻のように吹き荒れ
やがてその風は天を仰ぐシンの両手に集束した
「あ、あれはまさか…?!」
「…シン、さん」
集束した風の魔力は巨大な槍となって具現化した
槍に込められた膨大な魔力とその威力を発揮するのはまさに今
「風の槍よ、俺に力を…!!いっ…けええええええぇぇ!!!!!!」
シンは渾身の力で風の槍を投げ飛ばした
結界は一度受け止めるも、威力が弱まったせいで壁に埋め込まれた宝石もろとも砕け散り、そのまま建物を破壊する勢いで貫通した
ーーー
ドゴオオオオオオオン!!!!
「きゃっ!?こ、今度はなに?!」
「あれは…」
大きな物音を耳にした面々はすぐさまそちらへ目線を向けると
「風…フッ…シン殿の魔法か…」
「やっぱりあいつは…あの馬鹿親父の息子だな」
微かに流れてくるそよ風に触れたサイゾウとナッドは確信した
シン達は、無事であることを…
その証拠に物音のする先から
急速に上空へと登る一筋の光が見えた
ーー
(ん…なん、だ?背中が、やけに暑い…)
「シンさま!シンさま!」
聞こえてくるミールの声でゆっくりと覚醒したシン
どうやら膨大な魔力を使った反動で気を失ったらしく、まだ体力が回復しきってない為、目眩が残る
「ミ、ミール…ここは…いったい」
「はい!わたし達、あの建物から無事に出られたのです!シンさまと…リンクさまのおかげで!」
彼らを誇らしそうに言い切るミール
一方でシンは頭では納得しつつも、今ある現状を理解出来ず
混乱していると…
「…!…リン……メビウス…」
リンク、もといメビウスの姿を見てようやく全てを理解したシン
あの危機的状況を打破したと同時にリンクはメビウスを召喚することに成功し、彼らを背に乗せ脱出する事が出来たのだ…
「リンク…っ」
【シンさん…ありがとう…あなたに勇気を貰わなければ、あたしは……】
ガアアアァァアァア!!!!
まだ、安心は出来なかった
二人の間を容赦なく遮るのは
黒きドラゴン・リュクシオン…又の名を…
「エメラル、さん…!」
ドラゴン同士の戦いが…再び、始まる…
【終】