第43話 想いは一つの輪と成りて
文字数 4,949文字
怒り狂うリュクシオンの体当たりにメビウスは
魔法陣型の盾を発現させて防御するが
その勢いと力の差は歴然
(うぅ…くっ…)
(フン、所詮ハコノテイドカ、コムスメッ…ワタシを侮辱シタコトヲ、後悔サセテヤル!!!!!)
(や、やめてくださいエメラルさんっ…あなたは…!)
(黙レッ…ナニもシラナイコムスメが、私ノ邪魔ヲスルなァッ!!)
(うぅっ!!)
キィィ……ン…!!
(…!!)
突然、耳鳴りのような不思議な音が聞こえた瞬間
リンクの脳裏にある記憶の映像が流れ込んだ
(これ、は)
それは、まだ王になったばかりの頃の姉・サファイアらしき女性と騎士の格好をした青年に小柄なメイドの少女三人が城の中庭で楽しそうにお喋りしてる光景であった
(城のお庭に…昔のケイ…さん…なんだか、すごく幸せそう)
彼女達の姿を微笑ましいと思った直後、目の前の光景が
大きな爪で引き裂くように歪んで次の光景に変化すると
(えっ…!)
さきほど、サファイアの傍にいた青年騎士が
夜更けに部屋へ訪れた誰かに
激しく言い寄られていた、諦めずに何度も、何度も
「あなたが欲しい」
「私にはあなたが必要なの」
「私の傍にいて」
「愛してるの」
「お願い」
見るに堪えないほど溢れて止まない涙で顔を濡らし
喉が潰れるような痛々しくも切実な声で、彼を貪欲に求めた
夜更けにいつ誰に見られるかわからないこんな状況下で
彼女は…エメラルは、彼に強くしがみつき、求めた
(エメラルさん…そんなにも、騎士さんのことを…)
エメラルは青年に対し、恋心を抱いていた
いつからかは分からないが…彼女の様子を見る限り
心の底から彼のことが好き好きで堪らない様子だった
だが、青年は真っ直ぐな瞳で彼女の想いを拒んだ
「何度も申し上げたように…私には、生涯賭けてお守りしたい御方がいます。ですから、貴女様の想いに答えることは出来ません。申し訳ありません」
彼の言葉にどうしても納得出来ないエメラルは
腸が煮えくり返るような激しい怒りに身を任せて
姉の忌まわしき力について暴露するが
予想外なことに、青年は優しい声で
「存じています。何もかも」と答えた
その一言にエメラルはショックを隠せず絶句した
(エメラル、さん…)
彼女にとってそれは絶望以外のなにものでもなかった
一番愛しい人が、よりにもよって一番憎い人の全てを理解した上で慕っていたなんて…こんなむごい話がどこにあるのだろうか?ただ欲しかっただけなのに、青年の愛が、欲しかっただけなのに、こんな…こんな仕打ちを受けるだなんて
ひどい…ひどい…許せない…許セな…い…許セ、ナい…
ユ ル セ ナ イ
求めていたほんの僅かな希望を、願いを
全て打ち砕かれた
空っぽ
な彼女の心はその日を境に、壊レ始メタ___
(ヴアァァァァァァッ!!!!!)
(…ッ!!?)
流れ込む記憶が途切れた瞬間、リュクシオンが
暴れ狂うように連続で攻撃してきた
ガンッ!!ガンッ!!
(やめてっ!やめてくださいっ!!エメラルさん!あなたは…!!)
(ダマレ!この偽善シャめ!!!シネッ!シネェッ!!オマエナンカッ!シンデシマエッッ!!死んでシマえぇ!!!!)
エメラルの怒りと悲しみが痛みと共に伝わる
けれど同時に、今のリンクでは包み切れない深い絶望も
押し迫ってきた。
(…ぐうっ!!…な、なんとかしなくちゃっ…エメラルさんを…助けなきゃっ…助けなきゃ!!)
一方、彼女達の戦いを息を呑むように見守っていたシン達は
「ねぇ、どうしてリンちゃん反撃しないの?このままじゃやられちゃうよ?!」
「反撃以前に、リンクには…攻撃の術が、無いんだ」
「それは、どういうことでござるか?」
シンは、先程ルーファから聞かされたことを
包み隠さず話した
「ドラゴンの力は、その人の心によって反映される?な、なによそれ」
「リンクは…戦う事が嫌いだから…戦う術を持たない、そしてそれが皮肉にも、ドラゴンの力に影響するんだ」
「では、あの黒いドラゴンは…戦いを望んでいるから攻撃が出来ると?」
シンが無言で頷くと、サイゾウ達は
半ば呆れたように項垂れる
「…完全に不利な状況だ」
「どうすんのよっ!このままじゃ…本当にリンちゃんっ殺されちゃうよ!?ねぇシンくん!」
シンは、何も出来ない今の状況を
腹立たしく思った、そのとき
「揃いも揃って…なにボサっとしてんのよ!!」
女の雄々しい声が背後から聞こえた
あまりにも迫力があったせいか内心驚きながらも
声の主に顔を向けると
「シンさま~!!みなさま~!!」
「あれ?ミール?!と、誰?」
「あの人は…!」
ミールと共に駆け寄ってきたのは
以前、メイリンの屋敷でリンクを助けてくれた
「サファイア…王女様!?」
「ケイよ!その名で呼ばないでちょうだい!!」
「へ!?」
「どうやら、そちらも無事のようでござったか…ケイ殿」
「え!!?」
「無事といっても、この有り様よ。ったく、どいつもこいつも…人の事情に首突っ込みたがるなんてね…」
「ね、ね、ねサイゾウくん、これ、どういうことなの?私達なぁぁぁんにも聞いてないんですけど??つか、ミール!アンタも今まで何やって…!!」
「そ、それはあの…………っ!?」
突然話を振られて慌てふためくミールが口を開こうとしたとき、シン達の目の前まで接近してた魔弾を、メビウスが寸前で防御した
「うわっ!いつの間に!!」
「リンク!」
魔弾の勢いに押され気味だったが、シン達と街に被害を出さないため、メビウスはこの地点から最も近くにある東の海の方へと跳ね返した…が、その隙を突いたリュクシオンが体を一回転させ、勢いが付いた長い尻尾でメビウスを軽々と吹き飛ばしたのであった
「リンクさまぁっ!!!!」
メビウスは受け身すら取れないまま
西側の街へ隕石のように落ちていった
「そんなっ…リンク…!!」
予想外な危機的状況に戦慄したシンは
真っ先にリンクの元へ急いだ
サイゾウ達も動揺しながらもシンの後を追うように
駆け足で着いて行った
そして、この戦いを遠くから静かに見守っていた…あの少年は
「あちゃ~…ここまで弱っちぃとはな…想定外にも程が…」
ガァアァァァァァ!!!!!
「…あっちは端から
壊すつもり
か…どうしたもんかねぇ…」ーー
「……っ!…リンク!リンクっ!!」
ことごとく崩壊した建物と抉られた道の真ん中で
少女は本来の姿に戻っていた
シンは何の躊躇もなく少女の元へ駆け寄ると
リュクシオンから受けたダメージは
ドラゴンの時とは比べ物にならない苦痛が全身に広がって
立ち上がることすら厳しい状況となっていた
「リンク!しっかりしてくれ!リンクっ!!」
「う…うぅ……シ、シン…さん…」
大怪我はしたが命に別状はないことが分かると
シンは深いため息と共に安堵したと同時に
優しくリンクを抱きしめた
「よかった…生きててくれて、本当にっ」
「シン…さん…」
後に続いてきたサイゾウ達もその状況を見て
ホッと息を吐いたのも束の間
怒り狂うリュクシオンは街全体を威嚇するように咆哮し続けた
「…もはや、これまでだ。シン」
「!」
「その娘を連れて街を離れるぞ。もう手だてはない」
「で、ですが…このままエメラルさまを放っておくわけには…あっ!」
シン達の姿を発見したリュクシオンが
瞬く間に接近し、耳を劈く勢いで吼えると
口元から禍々しいオーラが膨れ上がる
「こ、このドラゴン…まさかっ」
「拙者達を、一人残らず葬り去るつもりか…!」
「やめろエメラル!!殺すなら私だけを殺せぇっ!!!」
「ケイさま!?」
突然ケイがシン達を庇うように両手を広げて立ち塞がった
「お前が誰よりも恨んでるのは…この私だ!こいつらは、街の者達は誰一人関係ない!!」
「ケイさん!」
「私が、愚かだったわ…氷の魔力を持っていながら…私は…王になろうとした…そのせいで、あなたの人生を台無しにしてしまった…ごめんなさい」
(ホントウ、ニ…愚かナヤツよ、サファイア…オマエノセイ、デ…ワタシは…ワタシは…!!)
「エメラルさん…!」
リンクにだけ聞こえてきた、エメラルの怒りの声
しかしケイは、彼女の声が聞こえずとも察しているのか
彼女の怒りを、悲しみを、全て受け入れるように呟いた
「許してだなんて言わない…ただ、あなたの怒りが私の命で鎮めることが出来るのなら…私は」
「ダメだ!ケイさん!」
「いいのよ、これで」
「ですがっ…!!」
「何もかも…私の浅はかな考えが招いたことよ。王になろうとしたことも、あなたの力を…利用しようとしたことも…全部…本当に、ごめんなさい」
「ケイさんっ…」
悲哀に満ちた微笑みを浮かべながらケイは
最期の言葉を述べるようにリンクに謝罪した
彼女は、ひどく後悔していた
リンクが赤の他人であるはずの自分達姉妹のために
非力と知りながらも命懸けで戦ってくれた彼女のことを
信用し切れず見下してしまった、ゆえに
ケイは全ての罪を償う覚悟で、膝を屈し、懇願した
「だから、だからもうこれ以上、ここにいる者達を傷つけないでっ…これ以上…罪を重ねないでっ…アイツらの陰謀に、呑まれないでっ!!お願いエメラルっ!!お願いっ!!」
だがそれでも、彼女の心は微動だにしなかった
(フ、フフフフフ…バカめ、お前ヲ殺シたとて、ワタシの気が晴レルと思っテルノカ?…ヌルい…ヌルいにもホドがアルわサファイアよ、私は、私ノ怒りは、そんなモノでは鎮めラレナイッ!鎮められるモノか!!私ヲ踏みニジるヤツは、皆殺シにシテやる!私を捨てたヤツはみんな、皆殺しにしてやる!!!この世界に恐怖を!!!
ワタシを愛さないこの腐り切った世界に!!絶望を!!!!とくと味わわせてやる!!!!!!!!)
「エメラル……エメラル!!」
リュクシオンのオーラが魔弾となって徐々に力を増幅してゆく。その大きさはこのアクア全体を呑み込みかねないほどに
「だ…だめ…そんなことしたら……だめっ」
リンクは自身の首飾りを強く握りしめながら
もがくように身体を起こし始めた
「だめだリンクっ…君のこの体じゃ、もう…」
「でも…行かなきゃ…行かなきゃっ…だめなんです!あの人は…助けなきゃいけないんです!絶望に打ちひしがれるあの人に、ケイさんや、みんなの想いを…伝えなきゃ、ダメなんですっ!!」
「リンク…どうして君は…そこまで」
ほんの僅かな時間の中で触れた、エメラルの心
姉妹達に対する嫉妬と怒り、想い人と結ばれなかった悲しみが、絶望というドス黒い色で染まっていた。それを知ったことでリンクは彼女を救いたいと心から思い…懸命に奮い立とうとしていた
「あの人は…誤解してるだけなんです」
「え」
「エメラルさんは…ちゃんと、愛されてたんです…ケイさんとアクアール様…二人が、愛するあの人の為に必死になって戦ってる!みんながあの人を憎み見捨てても…ケイさんは、あの人を見捨てなかったっ…アクアール様は、あの人が帰ってきてくれるのを信じてがんばってきた…!だからあたしは、伝えたいっ…エメラルさんにみんなの想いを…伝えたいっ!もう誰も悲しませたくない…もう二度と!誰も失いたくない!!だからっ!!!」
「!!」
”誰も失いたくない”
リンクの切なる願いが込められた叫びが
シン達の心を強く打った
(そうだ…俺達は…こんなところで死ぬわけにはいかないっ…もう二度と、誰も失うわけには……いかないっ!!!)
その想いは、一つの輪と成りて
パアァァ…!!!!!!
「!?」
突然シン達の足元から
虹色に輝く巨大な魔法陣が現れた
「これは…!」
「な、ななななんですかこれぇっ!!?」
「すごい、魔力が…どんどん湧き上がってくる!!」
「魔力だけではござらぬ…先程まで受けた傷も…」
「治ってる…だと?」
魔法陣によってもたらされた回復の力
ドラゴンの力とはまた違う現象に
戸惑う中、ケイが唯一冷静に呟いた
「まさか…これが…セブンズクライス…?」
「え?せ、セブンず…なに?何のこと?」
思わぬ展開であるが、フッと嘲笑って
動じない様子のリュクシオンは
(…今更ナニをシヨウガ無駄なことよ…私ノ恨み、憎しみ、怒り…コノ忌まわしきアクアと共に散り果てナガラ、思い知るがよい!!死ねぇエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!)
装填した巨大な魔弾をシン達に向けて発射した
「来るぞぉっ!!」
ナッドが叫んだとき、魔弾は既に目と鼻の先
完全に逃げ場を失ったシン達の運命は…?
【終】