第30話 救世主
文字数 2,786文字
ガサッ…ガサッ…ガサッ…
「ったく…懲りねぇみてぇだなあのクソガキ……チッ………ん?」
鬼のような形相でファオロン邸を見つめながら
淡々と戦闘準備に入る【謎の男】
その男の頭上を颯爽と駆け抜けていくのは
今朝方シン達が見た…【謎の女】
「アイツは…」
何者かまでは分からないが
女の進む道が偶然にも自分と同じであることに
気づいた男は、ざわつく心を沈めるように
深くため息を吐きながらボヤいた
「…どいつもこいつも…面倒事ばかり起こしやがって…」
そう言って男は
愛用の二丁拳銃を手に
戦場へ足を踏み入れる
ーーー
ー ファオロン邸 ベランダ ー
「ファクティスの…一員?」
「ちょっとそこのガキんちょ!リンちゃんに何すんのよ!!」
「何って、このおねえさんは僕らにとって必要な存在だから、捕まえただけなんだけど?」
「なんだと…!」
涼しい顔でそう言い切るルーファに対し、サイゾウが問う
「…では、このモンスターの襲撃もそなたがやったのか?」
「うん、そうだよ♪」
「ず、随分とあっさり白状するのですね…」
「あははっ!だって今日はメイリン王女様の正式な王位継承を祝うパーティなんでしょ?だったらもっと派手に盛り上げてやろうと思ってやったまでさ」
「それは、リンク殿を捕まえる為の【ただの口実】として解釈すれば良いのだな」
「口実?それはちょっと心外だなぁ…」
不服そうに頬を膨らませるルーファ
一方、拘束されたリンクは
「うぅ…み、みんなっ…」
「リンクさん…!」
「あたしの、ことは、いいです、から…はや、くっ…メイリンさんや、みんなをっ…」
「何言ってんのリンちゃん!このままじゃリンちゃんが…!」
「へぇ…こんな状況でも自分より他人を優先するのか…ふふっ、正に
救世主
と呼ぶに相応しいよ」「救世…主?どういう事だ?」
少年の不可解な言葉にシン達は頭を傾げる
「そのまんまの意味だよおにいさん方。おねえさんの存在は、力は、僕達ファクティスには必要不可欠なんだ」
「それは…ドラゴンの力…でござるか?」
「お!そこのおにいさん大正解!目の当たりしてきたとあって勘が鋭いね!」
非常に癪に障る勢いで
ケタケタと笑ってはしゃぐルーファ
そのいい加減な態度に怒りを露にするシン
「ん?どうしたのおにいさん?もしかして、このおねえさんに興味があるの?」
「ふざけるなっ…」
「おぉ怖い怖い♪まぁでもおにいさんの気持ち、なんとなく分かる気がするよ。自分の力について何一つ
知らない
無知で純粋なおねえさんを、放っておけるわけないよねぇ」「!…今、何て言った?リンクさんは、本当に、何も知らないのか?ドラゴンの力のことをっ…」
血の気が引くような感覚と
鼓動がドクドクと嫌なリズムを刻むのが響いてくる中で
シンは恐る恐るルーファに問いかけると
「あれ?おにいさん、おねえさんのことを敵として疑ってた上で興味があったの?へぇ、爽やかな顔してる割に結構なやり手みたいだね~」
「ち、違っ!そんなんじゃ…!!」
彼の挑発的な言葉に
シンは不覚にも動揺を隠しきれなかった
しかもそこから、さらに追い討ちを掛けるように
ルーファは言葉を放つ
「まぁ…僕的には…そう考えるのも無理ないと思うよ」
「なに?」
「おねえさんから多少なりとも事情を聞いてるだろ?自分は少しの間、サクス城に連れてこられて治療してくれたことを…」
「それは…」
「だけど、それ以上の事は何も聞いていない。なぜなら…何も知らないから、何も分からないから答えられないのさ」
「…っ!?」
(じ、じゃあ…今までずっと、リンクさんは…)
シンは心の底からショックを受けた
彼女のあの笑顔は、あの言葉は、あの不安は
何もかも、全て……本物だったのだと…
そして自分は「信じる」と言っておきながら
彼女を疑うなんて…
【…シンさんは本当に優しい人ですね】
透き通る程に美しくも真っ直ぐに響く少女の言葉が
罪悪感という棘になって心に突き刺さる
そんなシンの煮え切らない様子を見て
サイゾウが呆れながらも彼に代わって
疑問を投げかける
「一つだけ聞く…リンク殿の力、いつから知っていた?」
「はい?」
「当の本人が知らぬ事をそなたらが知っているということは、あの黒いドラゴンの二度に渡る襲撃、部外者の取り締まり、そして、邪魔者である拙者達を排除しようとしたこと…これは全て、そなたらの計画…と前提とした上で問う。そなたらは…いつから…」
「流石はサクスの元忍者。あの無能な頭領さんがあなたを恐れる理由がよーく分かった気がするよ」
「なに?」
不気味な笑みでそう告げた瞬間
ルーファの青い瞳が真っ赤に染まり始める
「あなた、今度は何を…!」
「何って…プレゼントさ。僕達を邪魔する君達に特別な
語尾に力を入れて言い放った瞬間
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
リンクを拘束する魔符から電撃のような痛みが
彼女の全身に襲いかかった
「リンクっ!!!!!!」
「貴様!!リンクさまに何を…!!!」
「言ったはずだよ、これはプレゼントだ。君達へのね」
「プレゼントですって?さっきと言ってることとやってることがめちゃくちゃだし、ふざけんのもいい加減にしてよね!!!」
「ふざけてなんかないよ。むしろ僕は、大切な救世主だからこそ…証明してるのさ。このおねえさんがどれだけ必要な存在かをね」
「それは、どういう意味ですの?」
「今、このおねえさんが傷付き、苦しむ姿を見て…どう思う?嫌悪?悲痛?それとも、無関心?」
「何を言っているんだ…!」
「僕はね、可哀想だと…思うんだ。こうまでしないと、おねえさんが救世主であることを世界は理解してくれないなんて…ほんと、カワイソウ」
「え…」
苦しみに喘ぐリンクを見つめるルーファの瞳は
何故か悲哀に満ちていた
「けどだからこそ、この世界はおねえさんの手で救われなきゃいけないんだ…醜い欲望と嘘で塗り固められた、この世界をね」
切実そうな声でそう答えるルーファに、シンは
(欲望?嘘?救世主?何を言ってるんだ?アイツは今、何を言ってるんだ?)
巡る言葉の激しい矛盾に目眩を起こした
嘘をついてるのは誰だ?
欲望のために動いてるのは誰だ?
救世主とは、いったいなんなのだ?
(俺は、いったい、どう思ってるんだ?彼女を、リンクのことを…)
だが時は、シンの答えを悠長に待ってはくれなかった
ガシャァァァァァン!!!
「なっ、なんだ!?」
またしても唐突なことに
屋敷の壁が何者かによって破壊され
さらには…
ギャァァァァァァア!!!!!
「あれって…」
「モンスターの、大群!?」
破壊された壁とは別方向から現れたのは
蜂や蛾のような虫の形を歪にして模した
大型モンスターの大群であった
これもまた、ルーファの計画通り
「ふふ…さぁ、おにいさん方、パーティはこれからだ
最期まで楽しもうじゃないか…は、はははっ…あははは…!!」
狂気を帯びて嗤う悪辣の少年、ルーファの
殺戮と恐怖は…まだ、始まったばかりだ
【終】