第36話 悲劇
文字数 5,207文字
『王位を譲っただけで、私の心が晴れると思ってるの?』
『エ、エメラル…』
『お前がいなくなれば、彼を手に入れることが出来るの?』
『王女様…』
『嘘つき』
『えっ』
『お前らみんな、
嘘つき
だ』『エメラルッ…!』
『黙れっ!!嘘つき…嘘つき!嘘つき!嘘つき嘘つきうそつきウソツキ!!!!!みんなぁ!!!ウソツキ!!!!嫌いよ!!!!アンタ達みんなぁ、大っ嫌いっ!!!』
妹の体から見たことのない赤黒い光が現れた
美しく輝く水の魔力とは全く別物の…光が
『やめて、エメラル…やめて!!』
『君は逃げるんだ!…逃げて…必ず生き抜くんだ!』
『シルフッ…!!!!』
『陛下!早くこちらへ…!』
『ふふ…あは…ははは…あははははっ…みんな………死んじゃえ…死んじゃえっ、死んじゃえ死んじゃえっ!!!…みんなみんなっ…くたばっちまえばいいんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』
わたしの、せいだ…ぜんぶ…わたしのせいで…あのこは、かれは
『それでも…生きてください…陛下』
『…!』
『あなた様が生きていてくだされば…あの方と、このアクアを救うことが出来ます…ですからどうか、どうか諦めないでください』
『ネリア…あなた何を……っ!』
『…陛下にお仕えすることが出来て、私は、とても幸せでした』
『いや…だめ…』
『さようなら…どうかお元気で…
姫様
』『い、や……いやっ…行かないでっ…ネリアぁ!ダメ!いやぁ!私を一人にしないで!!いやだっ…いぃやぁあああああああああああああああ!!!!!』
「…はっ!?」
その夢はもう…何度見たことだろうか
あの日見た、悲しみ…愛しい者達の苦しみ、痛みが…
夢となって私の心を握り潰してくる
夢から醒めても涙が勝手に溢れてくる
無理もない、本当に起きたことだから、全て事実だったから
涙が溢れて止まらない…止まらない…
こんな夢
いっそこのまま、全部本当に、夢であってほしかった
痛みなんて、苦しみなんて、悲しみなんて、もうたくさんだ
誰かが泣くなんて、悲しむなんて、もうたくさんだ、たくさんだっ
だから…もうこれ以上、必要ない
痛みも、苦しみも、悲しみも、全部、全部…
私一人で…十分だ…!!
ーーー
ー アクアール宮殿 寝室 ー
三年前の春に起きた悲劇
あの日彼女が見た記憶を思い浮かべながら
アクアールは語る
「戴冠式の前日…ある方達が式場で言い争いをしていたことがきっかけだと聞きました」
「言い争い?いったい誰が…」
「この家の長女サファイアと次女エメラル…
予想してなかった言葉にシンは目を丸くした
「姉?アクアール様に…お姉さんがいたのですか?しかも二人」
「はい。私達姉妹は三姉妹で、私は一番下の三女となります…順番的には長女であるサファイアお姉様が王となりましたが、訳あって彼女は王位から退き…次女のエメラルお姉様も、行方不明となったため、残された私が…王位に就いたのです」
シンだけでなく、アン達も困惑のあまり目を丸くすると
「それで…いったい、何が起きたというのですか?」
あの日、彼女の眼前に広がっていたのは
式場の天井が、陽射しが全体に差し込むほどに壊れた瞬間
黒いドラゴンが場内から飛び出し、空へと羽ばたく姿だった
「黒いドラゴンだって?!」
「どうしてそこでアイツが…」
「話を続けますね」
ドラゴンが飛び出した拍子に
壁が崩れて瓦礫となり場内になだれ込み埋め尽くした
大惨事に見舞われながらも、生き残ったのは
長女・サファイアと彼女の傍に仕える侍女ネリアの二人
次女・エメラルは
何故か
その場から跡形もなく消え去り死者は…サファイアの幼なじみで近い将来、二人は結婚するかもしれないと噂された護衛の青年のシルフ、ただ一人であった
「そ、そんな…」
「ドラゴンが…その人を殺したのですか?」
「おそらく」
「まさか、王女さま達を守る為に…」
「きっとそのはず」
「それで、その次女殿の行方を、陛下はご存知で?」
「…」
アクアールは目を逸らして俯く
そんな彼女の不安と悲しみが滲む瞳の色を見て
ベッドに寝込んでいたリンクが起き上がる
「女王様」
ふわりと優しく包むようなあたたかな声でアクアールの名を呼んだ
「リンクさん」
「大丈夫です」
「え?」
「何があっても、あたしは…女王様を信じています…ですから女王様も、あたしと、シンさん…皆のことを信じて…話してください」
「リンク…さん」
「みんなで助け合えば…きっと何か答えが見つかるはずです…!」
リンクの透き通るほど真っ直ぐで純粋な気持ちが
アクアールの強ばる心を和らげていく
そして、もう一度シン達の方に顔を向けると
シンが優しく頷いた
「…皆さん、ありがとうございます」
安堵したアクアールは改めて口を開くと
まず本題に入る前に、次女のエメラルについて語り出した
彼女は幼い頃から母に似て非常に勝気で負けず嫌いな性格だった。誰に対しても、姉と妹に対しても敵意を表すほど、自分が一番でなければ気に入らず、思い通りにならないとすぐ駄々を捏ねる子供のような執念と嫉妬で凝り固まったような女性だった
けれどそれは彼女の虚勢であることをアクアールとサファイアは理解してた上でずっと押し黙っていた
だって、本当の彼女は強くて優しい子だから
言葉使いは少々キツく感じるけれども
誰よりも優しくて他人を思いやれる子だと、信じてたから…
そんな彼女が、姉のサファイアが即位してから数日
夜な夜な宮殿を抜け出しては、堂々と朝に帰ってくるという王族としてあるまじきことが起きた。潰れて吐くほど、泥酔状態の時もあった。傍にいた侍女達が酒に呑まれた彼女から八つ当たり同然の暴力を受け、とうとう…逃げる者も現れ、これを見た臣下達が怒り嘆くと…王になったばかりのサファイアにエメラルの身を拘束し「軟禁せよ」と進言してきたのだ
「思いっきしやらかしてくれたわね、次女のお姫さん」
「あの時怒り狂った臣下達の顔…今も覚えています…そして、彼らの怒りを鎮めるために、エメラルお姉様を軟禁せざるを得なかった、サファイアお姉様のお労しい姿も」
サファイアは彼らの進言通り
エメラルを宮殿から離れた屋敷に軟禁した
時折彼女の身を案じて手紙を送るが
返事はひとつも返ってくることなく
迎えることになってしまった
あの、戴冠式前日に起きた悲劇を
「でも、変ですね…いくら軟禁されたからといって、サファイア様と言い争うだけでなく…その黒いドラゴンというのが現れるなんて」
「たしかに…」
「サファイアお姉様には、誰にも知られてはいけない秘密があるのです」
アクアールのその一言で空気が一変した
「秘密、ですか?」
「はい」
「それはどんな…」
「氷の魔力…あなた方が先日メイリンさんの屋敷で見た…あの力のことです」
シン達がゆっくりと思い出してる間に
サイゾウが即座に答えた
「…陛下…それは…まことに口に出してよいものですか?」
「え?」
「…」
サイゾウは全ての状況を理解した上で
遠回しに彼女を警告するような口振りで伝えるが
アクアールの瞳は既に、命を掛けるに値するほどの覚悟で染まっていた
「お察しがついたようですね…そう、あの方は生まれた時から氷の魔力というアクアで最も忌み嫌われた力を持って生まれた…そしてあの日を境に、お姉様の力が何者かの密告によって公にされた時、臣下達はこれを容赦なく弾劾し、王座を追われるだけでなく、秘密にしていた罪として処刑された…私の…大切な姉の一人であるサファイアお姉様なのです」
あの時見た氷の魔力を持つ彼女が、アクアールの実の姉?
理解する前に頭は混乱してしまった
本当に彼女がサファイアだというのか?
だが真実は残酷なことにこれだけでは終わらなかった
「そして、あなた方がサクスで見たという黒いドラゴン…あれはおそらく、私のもう一人の姉…エメラルお姉様が作り出したモノかもしれません」
「…っ!!?」
あの黒きドラゴンを…エメラル王女が?
到底信じ難い話にシン達が疑問を呈すると
アクアールはゆっくりと理由を告げていく
「たしかに確たる証拠はありませんが、根拠はあります…今のエメラルお姉様にとって…サファイアお姉様は…殺したいほど憎い相手なのですから」
「殺したいほどだなんて…そんな、同じ血を持つ姉妹がどうしてそのような…!」
「王位に就いたことが、火種となったのでござろう」
サイゾウが冷静に推察する
「王位に就いたこと?」
「先程陛下が申したであろう。サファイア王女はアクアで最も忌み嫌われる氷の魔力を持っていることを秘密にしたまま王位に就いた…それをあのエメラル王女が知ったら、どう思う?」
「え、それってまさか…」
「正当性に欠けた王位継承に対する怒り…王女がサファイア王女に対する感情次第で事が変わるが…陛下の話が全て真実であるなら…王女はおそらく…」
「えぇ、エメラルお姉様は…きっと私よりも早く気づいてた上で怒り狂っていたことでしょう…サファイアお姉様の、即位を」
「…」
エメラル王女はどこまで彼女について知り
あんな大惨事を引き起こしたのか?
そもそもどうやってあの黒いドラゴンがあの場に現れたのか?
リンクがドラゴンの力を操るように、彼女もドラゴンを操ってるとしたら…ことさら危機感が増すばかりだ
「正直驚きました。リンクさんが…あのドラゴンと同じ力を持っていると聞いたときは」
「え…」
「でも、違った…あなたの力は人を傷付けるのではなく、人を助ける力だったということを…ドラゴンの力は、一つだけではなかったということを」
そう語るアクアールの表情はどこか悲しげに映った
真実に辿り着くどころか、更に謎が深まってしまったことに
内心落胆したのだろう。実際アクアールは全てを見たわけではないので、その先の真実は未だ謎に包まれてる状態だから
アクアールは焦っているのだろう。届きそうで届かない、答えに
「…ところで女王様。その氷の魔力を持ったお姉さんって、さっき処刑したとかどうとか言いませんでしたっけ?」
「えぇ」
「じゃあ、なんであの時あの場所に?まさか幽霊なんてことは…」
「はい、もちろん処刑しました。私が…この
アンの問いかけにアクアールは一転して毅然とした口調で答えると
「…話は一旦ここまでとしましょう…続きはまた後日に」
席を立ち、部屋を立ち去るアクアール
もしやアンの言葉が癪に触ったのでは?と疑問に思いつつ
シン達は黙って一礼し見送るのだった
ーーー
ー 執務室 ー
数十分後にて、自身の執務室の席に座って
アクアールはようやく一息ついたと思ったら
「陛下」
「なんですか、アイオラさん、トルマリンさん」
「…」
「心配はいりませんわお二人共、少し疲れただけですので」
「そうではありません陛下!いや、そういう意味ではなく!お疲れなのは重々承知ですが、一つだけお教えください!彼らはいったい何者なのですか?なぜあの話を赤の他人、しかも素性の分からぬ者達に喋ったのですか?なぜ男に護衛なんて任せ…」
「質問は一つではなかったのですか?アイオラさん」
いつものようにニコッと微笑むアクアールの言葉に
ハッと我に返るアイオラは「申し訳ございません」と言いつつ、顔はあからさまに納得してない様子で一歩下がった
「しかし陛下。私も少なからずアイオラと同意見です。リンクさんはドラゴンの力を持つ者として庇護対象にはなりますが、他の者はまだ…」
「完全に信用出来るとは限らないと、そう仰りたいのね」
図星を突かれたようにトルマリンも押し黙ると
「お二人が心配する気持ちもわかりますわ。ですが彼らは彼らなりのやり方で真実に対し真摯に向き合っている…私と対等に話してる時の彼らの目…特にシンさんには嘘や迷いの色が一切ありませんでした。よっぽど慕っているのね…あの子のことを…」
これまで献身的にリンクを看病してきた
シンの姿を思い出しながら何故か嬉しそうに語るアクアール
「あの、陛下…?」
「あ、あらあらっごめんなさいね…さて、トルマリンさん…明日は臣下の皆さんと報告を兼ねて会議を開きますので準備のほど、よろしくお願いします」
「承知しました」
「アイオラさんはリンクさん達のお世話をお願いします」
「え!わ、私がですか!?」
「もちろんただお世話をするだけではありませんよ、逃げないよう監視も兼ねて、ですわ」
「で、ですが陛下…」
「ん?」
「!……うぅ…っ…わっわかりました!わっかりましたよぉ!!」
「感謝しますわ、アイオラさん♪」
「うぅ~…!!」
(相変わらず陛下の笑顔に弱いわね…アイオラ)
姉妹の決裂、課せられた使命
過酷な運命が荒波となって来ようとも
彼女は女王として戦うと心に決めた
(もうこれ以上、お姉様達のような悲劇を起こさせるわけにはいかない…たとえこの身と心が、刃で切り裂かれ貫かれたとしても…私が守ってみせますっ…大切な二人を、この地を、民を…ですから、必ず、帰ってきてください…サファイアお姉様、エメラルお姉様)
仲間のため、人々の未来のため
離れ離れになった家族のために
【終】