第32話 それぞれの意図
文字数 5,291文字
リンクを救い出した青髪の女は静かに、冷たい眼差しで
周囲をジッと見つめていた
冷えた風が凍りつくような緊張感を煽る中、モンスターは彼女に敵意を感じると一斉に突撃。女はそれを見て逃げることなく、開いた手のひらにフッと息を短く吐くと謎の青い光が発生し、パキパキと音を立てて氷の玉のようなものが発現した直後、女はそれをパシッと強く掴んで腕を振ると…
「なんだ、あれは…!」
女の手の中から伸びるように現れたのは
氷で形成された【長い剣】
それを手にした女はモンスターに向かって
豪快に横薙ぎするとブワァ!!と冷気の風が吹き荒れた
すると…
パキッ……パキパキパキッ…!!
「風に当たったモンスター達が…」
「こ、凍ってる!?」
モンスターが一匹残らず氷漬けになった
女は最後の締めとして、パチンと指を鳴らすと
氷の塊が一斉に爆発して粉々に砕け散った
満月の光に輝く雨となって___
ーー
「うっわぁ…キレイ…」
「この力は、いったい」
「氷の魔力」
しれっとした口調でサイゾウがそう答えると
アンとミールが「えっ!?」と間抜けな声を上げながら
サイゾウを見た
「氷の、魔力ですと!?」
「ちょっとちょっとサイゾウくん!それ何の冗談よ!【氷の魔力】ですって?それってもう、とうの昔に
消えた力
のハズじゃ…………!」「…」
途中、サイゾウがアクアールを睨むような
横目で見据えてる事に気づいたアンとミール
(女王…様?)
何故か、唇を震わせながら女の姿をじっと見つめている
アクアールを見て不思議そうに首を傾けていると
また横からクスッと癪に障る笑い声が聞こえた
「あーーぁ…こりゃ参ったー…はははっ…」
先程の攻撃で落下したかに思えたルーファだが
咄嗟の判断で足に魔符をロープ状にして巻き付け
宙吊り状態でありながらもルーファの体を容易く持ち上げていた
「アンタ…よくそんな体勢で喋れるわね」
「んーそう?僕にとっては別に大したことじゃないよ…おねえさんを奪われた件を、除けばね」
「奪われた」と口にする割には
随分と軽薄な口調に聞こえた。
敵とはいえ、彼女を手に入れるのが目的なら
奪われて悔しくないのか?怒りはないのか?
それとも…
「ルーファ」
「なぁに?」
「お前…いったい
何が
目的なんだ?」シンの問いにルーファは一瞬だけ目を見開かせるが
「……何が…って?」
「お前は、これだけ多くの人間を巻き込んでリンクを奪おうとした。俺達のことも、サクスの件で殺そうとも考えたハズ…なのに」
「誤解だよおにいさん。僕は本当に、おねえさんを捕まえにここへ来たし、おにいさん達のこともついでに殺そうとも考えた。他に理由なんてないよ」
一貫してブレないルーファの軽薄な言葉に対して
とうとう堪忍袋の緒が切れたのは…
「ついで、だってぇ?くぅぅぅもうあったまきたー!!!このガキんちょ!!一発ぶん殴ってやる!!!!」
「!…いけませんアンさま!!」
怒りで頭に血が昇ったアン
ルーファに接近するため
ベランダの欄干に足を乗せた直後
「アンさん!!」
眼前に一匹、更に後ろには二匹と
待ち構えていかのように現れたモンスターに
アンは身動きが取れず、万事休すかと思われた直後
最後尾にいるアクアールから更に後方にて放たれた
三発の弾丸がモンスターの頭部を寸分の狂いもなく貫いた
(…!!)
あまりの速さで起きた出来事に言葉が出なかった一同
そして、命拾いしたアンも我に返るが
飛び出した足が立ち止まれず下へ落ちそうになると
「え、ち、ちょ…!う、うわぁ!!!」
「アンさまっ!!…ぐっ!!」
1番近くにいたミールがアンの腰を掴み
そのままベランダへ戻すように引っ張り上げることに成功した
「ミール!アンさん!大丈夫か!!?」
「はぁ、はぁ…う、うん…なん、とか……ありがと、ミール」
「い、いえ…」
ふたりの無事を見て安心するシンだが
まだ、肝心のルーファと突然現れた謎の二人の存在で
気が抜けない状況の中…
「ふ、ふふ……うん!やっぱおにいさん達…揃いも揃って面白いね♪」
突然ルーファが一人でなにかを納得していた
「それは、どういう意味だ?」
「ひ・み・つ♪」
「…」
「さて…お邪魔虫が二人も現れたことだし、本当にもうお開きとさせてもらうよ」
「なっ…!」
自身の戦況を見て察したのか、ルーファは
あっさりと身を引く宣言をすると魔符でどこかに繋がっている
「おい待て!逃げるのか!?」
「逃げる?ふふ……そうさ…逃げるのさ。次こそは必ず…君達を殺し、おねえさんを手に入れるために……ね」
「っ!!」
そう言い残した後、足に巻き付いた魔符を外して
落ちるように
生き残ったモンスターと、謎の力を持つ女は彼の後を追うかのように散り散りとなってどこかへ飛び去った。ついさっきまで軽い物言いで自分達を撹乱してきたルーファ…そんな彼の最後に聞いた語尾からは何故か、何かが足元を這いずるような「恐怖」と、背筋が凍るようなおぞましい「怒り」で満ちた「本気」を僅かながらに感じ取るのだった
____数分後
リンクを抱えて屋根からベランダに戻ったシン
ミール達が近寄って互いの安否を確認し合った
「シンさま、よくぞご無事で」
「お前もな…ミール。それに、アンさんもサイゾウさんも、アクアール様も…みんな、無事で良かった」
「リンちゃんは」
「あれだけの電撃をくらったのだ。暫くは動けぬでござろう」
「リンク…」
綺麗だった彼女の素肌は見るに堪えないほど傷だらけで
ドレスも、電撃によって
八つ裂きにされたような様になってしまった。
けれども、あのとき彼女が見せた「人を思いやる心」は
唯一汚されることはなかった…
最後の最後までリンクは、シン達の身を案じ続けた
そんな彼女に対し、自分達はどう向き合うべきか
それぞれが彼女の姿を見て葛藤する
と、そこへ……
「おい」
突然話し掛けてきたのは先程アン達を助けた
淡々とした態度で煙草を吹かす中年のような男だった
「あなたさまは…先程の…あの時は本当に」
「助けてくれてありがとー!お・じ・さ・ま!♡」
「お、おじさま?」
急にミールの言葉を遮ってきたかと思いきや
何やらいつもよりあざと…もとい、愛らしく振る舞う態度で
感謝を告げるアン。その豹変ぶりにシンだけでなくサイゾウですら絶句していると
「…娘を抱えるそこのお前」
「え?俺?」
「お前が、シンだな?」
「!!……え、えぇ…そうですが、何か?」
男はコツコツと足音を立てて歩み寄ってきた
始めは警戒するが、腰に掛けたホルスターから
銃を取り出す気配がないと判断した、シンは
「ミール。悪いがアンさんと一緒にリンクを医務室へ連れてってくれ」
「シンさま、大丈夫なのですか?」
「あぁ」
「…分かりました。では行きますよアンさま」
「え~私も~!?」
「私だけでは
色々
と対応出来兼ねますので、どうか」「……はぁ~分かったわよ。おじさま!また会おうね!」
プクっと頬を膨らませつつ、アンは
ミールと共にリンクを医務室まで運んで行った
姿が見えなくなるのを確認すると、男は改めて
シンに近付き
何かが包まれた袋
を渡した「これは、なんです?」
「今のお前が必要とする、
真実
の一部だ」「…!」
「どうするかは、お前自身で考え、決めろ。話はそれだけだ」
「あなた、いったい誰なんですか?」
「…」
シンの問いかけに男は何も答えることなく
背を向けてベランダから下に降りて立ち去った
「待ってくれ」という切実な言葉を発するよりも前に
ーーー
騒動から一日後の昼間__
ー 職務室 ー
「…なに、それは本当か?!」
「はい王女様!屋敷では多くの死傷者を出してしまいましたが、街の方は怪我人は多いですが死傷者は無く、ブレイネル山付近や辺境の村などには進行してこなかったという報告が上がりました!」
昨夜からメイリンは迅速な対応で
屋敷から街、村など…グレイ全体の被害状況を調べながら
復興作業に勤しんでいた。そして今、報告に来た調査兵士からある程度予想していた被害範囲を遥かに抑えられていたという話に驚いていたところであった
そこへ、シャオルがコンコン!と扉をノックして入ってきた
「失礼します。姫様、そろそろ休憩のお時間ですよ」
「シャオルか、分かった。そちもご苦労であった。もう下がるがよい」
「ハッ!失礼します!」
調査兵士はテキパキと二人に挨拶して部屋を出ると
シャオルは豪華な食事を乗せたアンティーク仕様の
キッチンワゴンを押し、慣れた手つきでメイリンの机に
料理を並べた
「どうぞ。お召し上がりください姫様」
「ありがとうシャオル。そちもまだ食事は済んでなかったであろう?ここらで少し休憩していってはどうなのだ?」
「お気持ちは嬉しいですが、姫様。私はまだお食事を届けていない方がいらっしゃいますので…」
「あ、そうであったか。だがしかし、ろくに食事を取らずに働き詰めとはいささかどうかと思うぞ、シャオル」
「それは…姫様が言えた義理ですかね?」
「へ?」
どこか可笑しかったのかクスッと笑うシャオルに
メイリンは目を丸めて首を傾げると
「姫様の方こそ、あれから働き詰めではありませんか。皆さんの為に、一生懸命になられて」
「そ、それは…王女として当然のことだ!民を第一に考え、
「ふふふ…」
「!」
照れ隠しからくる、少々見栄を張ったような口調
昔からそうだった…昔から彼女は
兄に王になることを約束して以来、ずっと…
隣で見守ってきたシャオルだからこそ
愛おしいほどに微笑ましかったのだ
「…と、ところで…リンクは、あれから眠ったままか?」
「はい。今朝お食事を用意して参りましたが…未だに」
「シンも、あれから付きっきりで看病を?」
「はい、姫様」
「そうか…」
シャオルの言葉に肩を落とすメイリン
先日、リンクがファクティスに属する
ルーファという少年に狙われたと聞き
只ごとではないとみた彼女は、父王から許可を貰い
特別にリンクを個室に寝かせ警備兵を入口前に配置した
最初は何故狙われているのか少々疑問であったが
彼女達も見た「ドラゴンの力」であると知って
ようやく納得するが…やはり疑問は尽きなかった
(ドラゴンの力とは、いったい何なのだろうか…リンクは、誰よりも心優しい人間だが…王族でもなんでもない、ただの一般人だ。そのような者が、よりにもよってファクティスという下劣な者達に狙われるほどの力を特ち、狙われるなど……なんたる話だっ!)
「姫様、どうかご冷静に」
「…分かってるっ。ここで頭を悩ましたところで何にもならぬ。今私達に出来ることはこの
フォークを持つ手に思わず力が入るメイリンを案じるシャオル。しかし、あまりにもこの不可解な事態に苛立ちを募せる他なかった。メイリンにとってリンクは恩人であり大切な友人でもあるからだ。
そんなとき、再び扉がコンコンとノックされると
「王女様。アクアール陛下がお越しになられました」
「…!……陛下だとっ…す、すまないがしばしお待ちを、と陛下にお伝えしろ!」
侍女に伝言を渡すと
シャオルとメイリンは急いで料理皿をワゴンに移動させ
布で隠し、目立たぬよう隅に置いた
「よし!お、お通ししろ!」
「承知しました」
ガチャ…
「メイリンさん」
「陛下…よくぞいらっしゃいました」
「…どうやら、お食事の途中みたいでしたわね。ごめんなさい」
「い、いえ!とんでもございません!は、はは…」
トルマリンを連れてやってきたアクアールは
隅にある布を被せた不審な台を見て、直ぐに察した
彼女から見て昔からメイリンは隠し事が下手であることを
理解した上で、どこか安心したように微笑んでいた
「と、ところで…今日はこちらに何の御用で?」
「はい。あれからリンクさんの容態について、ご存知ないかと思いまして…」
(陛下も…気にしておられるのだな、リンクのことを)
メイリンはありのままにリンクの状況をアクアールに伝えた
「そう、ですか…あれからまだ」
「リンクは、私を助けてくれた恩人であり友であるにも関わらず、助けることすら出来なかった…全ては私の責任です」
「いいえメイリンさん、これはあなただけの問題ではありません…傍にいながらリンクさんを守るどころか皆さんに守られてばかり…
「いいえ陛下…!決してそのようなことはっ」
無意味だと分かっても互いを慰める言葉が
これ以外見つからず俯いてしまうメイリンだが…
「…ひとつだけ、陛下にお尋ねしたいことがございます」
「はい、なんでしょう」
「リンクが持つドラゴンの力、陛下は…ご存知、なのですよね?」
「!…えぇ、少しばかりですが」
「では、ドラゴンの力とは、いったいどんな力なのですか?」
「メイリンさん…」
「お願いです陛下…リンクを助ける為に、どうか…!」
「…」
メイリンは勇気を振り絞って、アクアールに問い掛けた
そしてアクアール自身も、戸惑いながらも
彼女の強い意思に応えたい気持ちは同じだった
友人を、民を、大切なみんなを…助ける為に
緊張する心を鎮めるように
深呼吸したアクアールは、ゆっくりと
重い口を開くのだった___
【終】