第61話 気に食わない【アン・ナッド視点】
文字数 4,283文字
確かさっきまでおじさま達と一緒にモンスター退治してて
それで、それで……おじさまが私を
庇ったせいで……ち、血が………
ひっ…いや……いやだ…おじさまを……守らなきゃ
守らなきゃ……シンくんも、リンちゃんも
みんな…みんな…私が………守らなきゃ
私の……たい、せつな……
守るんだ……私がっ…守るんだっっ!!!!!!!
少女の心の奥底に秘められた力が、今、覚醒する
ーーー
「…!なんだ!?」
真っ赤なオーラを身にまとった突風が
突如、少女の周囲に発生した
あまりの勢いに目も開けられず、吹き飛ばされないよう
身体を丸くしている間に、少女は___
「ア、ハハハハハハ…!!!!!!」
いつも自分や仲間にイタズラしてくる好奇心旺盛で無邪気な笑顔、ではなく…光を失い虚ろとなった赤い目で殺戮という名の快楽に浸る狂気の笑みでモンスター達を1匹残らず惨殺していった。その勢いは刹那の如く速く、しかしそれは肢体を一刀両断するのではなく、ジワジワと手足を一本ずつと器用に切り落とし、モンスター達の悲痛な叫びが命尽きる寸前まで耳を劈いた
「……ふ、フふっ…ふひ……はハは……はははははははっ!!」
「なに、いったい、どうしたっていうのよ?あの子はっ…」
「まるで、化けモンみてぇだ…」
アンの華奢な身体と、透き通るような美しい白髪がモンスターの鮮血を大量に浴び、瑞々しい青だった額の宝石は彼女の狂気を現すかのように赤々と輝いていた
そんな彼女を見て、ナッドは得体の知れない恐怖と震えが押し寄せながらも、迷いを振り払うように必死に呼び掛ける、が
案の定、返事はなく…彼女は延々とモンスター達を斬り続けていった
するとそこへ…
グルル、ル…ッ
遠くの位置まで斬り飛ばされ瀕死の重傷を負った一匹のモンスターが、足掻くように最後の力を振り絞り、起き上がろうとした
「アイツ…まだ立ち上がっ……っ!?」
ザシュッ…!!!
だが……ほんの、僅かな一瞬で
アンはモンスターに接近し、頭部に刀を突き刺した
命乞いをすることも、悲鳴を上げることすらも出来ず
モンスターは、即死した
「ひ、…ひひ…ははは…」
刺した勢いのまま共に転げ落ちると
アンは死んだモンスターから離れるどころか
馬乗りしたような状態になり、そして…
「アァ…あはっ…ハハっ…!あははっ!ハハはハ!はははは!」
モンスターの頭、顔、喉、胸部…あらゆる箇所を玩具のように執拗に…何度も、何度も…刺しては抜き、刺しては抜きと、繰り返し始めた。突き刺す度に噴き出る赤黒い血が身体に飛び散っても彼女は気に止めるなく、己の気の向くままに、弄んだ
「やめろ…やめろ!!やめろってのが聞こえねぇのか!!?!おい!!」
ナッドの声に全く耳を傾けぬまま
アンは夢中になってモンスターを切り裂いていくと
「…………もう、そのくらいにしたらどうです?アン殿」
冷静沈着な声で
彼女の背中に剣を突きつけたのは
「て、てめぇは…」
「お久しぶりですね…ナッド=モルダバイト殿」
「キャビラ…!」
「…よお、元気そうじゃねぇか………どいつもこいつも…」
「…ディーネ!…お、お前っ……!?」
ナッドを見て穏やか笑みを浮かべるフルクトゥス海賊団の副船長キャビラと遅れてやってきたのは気怠げな態度で剣を抱える、船長ディーネの二人だった
彼らの登場に驚いたのはナッドだけではなく
ロックとデイジーも目を見開くほどだった
だが、その再会の余韻に浸る間もなかった
「…!!」
急速に差し向けられた一撃をキャビラは平然とした表情で受け止めた。その展開にアンは喜びを感じるように下品な笑い声を上げた
「…くっ…ククッ…ぐひゃ…ひゃひゃヒャ、はひゃひゃひゃヒャ……!!!!」
アンは笑いながらキャビラを押し出すと
そのまま目にも止まらぬ斬撃で迫るも
キャビラはそれに負けず劣らず、攻撃を躱し
反撃に出ようと隙だらけとなった
彼女の背中に斬り掛かろうとした瞬間
パァァァ………ドゴオオッっ!!!!
「なんだっ!?」
咄嗟の判断…あるいは本能か、アンは地の魔力で大岩を呼び起こし盾にすると、避けた拍子によろけたキャビラに向かって盾となる岩を砕きながら攻めるというかなりの荒技で奇襲した
「キャビラ!!!」
ガンッ!!!!!
凄まじい衝突音…だがそれは決して悪いものではなかった
「…っ!!」
「可憐なお顔が…血で汚れるなんて勿体ないですよ…アン殿」
キャビラの冷静な声色に反して
眼帯が外れ、露になった左目がアンと同様赤く光り
左腕は人間としての面影を失うほどに醜悪で、指先には全てを無慈悲に切り裂くような巨大化した禍々しい爪を持った異形である
「け……けけっ……けへへっ…げへへはははハはっ…!!!」
予想だにしなかった展開に
怒りか?驚きか?それとも…喜んでるのか
アンは顔をぐしゃぐしゃにし
言葉にならない叫びを上げながら攻撃を仕掛けた
「ギィエエイアアオアァァあァア……!!!!」
キャビラは異形の腕と剣を交互に使い分けながら
アンの攻撃一つ一つを受け止めた
それに伴って、鼓膜が破れそうな衝撃が
街全体に突風となって何度も何度も吹き荒れた
やがて付近の地面や建物が、少しずつひび割れを起こし始めた
ナッド達は彼らの戦いに巻き込まれないよう避難しようとするも
歩く事はおろか、その場に立つことすら難しかった
もはやこの都市は、彼らに破壊されてしまいそうな勢いだった
「ぎゃはははははハははハハ!!!!」
衝動のままにキャビラに食らいつくアン
キャビラも彼女の息の根を止める以外の方法が見つからず
意を決するように彼女の攻撃の隙を伺い始めた
(アイツ…まさか…!)
キャビラの動きを見て、ナッドは違和感を覚えた
そしてその違和感の答えは、すぐに理解した
(やめ……)
理由なんて、分からない………ただ
(やめろ…)
ただ、そう思った
(やめろっ…!)
ナッドは、心の奥底から湧き上がる言葉を叫んだ
「やめろぉっ!!!!!!!」
「?!」
声に驚いたキャビラは思わず意識を向けた
その隙にアンがキャビラを強く蹴飛ばした
「がぁっ…!」
「キャビラ!!」
建物に衝突したキャビラを見て
焦りの表情を浮かべながら急いで向かうディーネ
ナッドも我に返った瞬間、自分の犯した失態に気付いた
けれどそれを嘆く余地もなく、アンは地面に着地し
刀を持った手をゆらゆらと揺らしながら
キャビラの元に接近する
(ダメだ…ダメだ…!)
彼女に対する、恐れが、悲しみが、憐れみが
ナッドの足を突き動かした
「やめろ!!それ以上はもう!誰も殺すなぁ!!!」
「ナッド!!」
「…」
アンは彼を無視して歩いた、すると…
やめて…!
「!?」
もう、やめて!!約束したでしょ!?もうこれ以上、怒りに任せて人を殺さないって…これ以上、自分の力に踊らされないようにって!自分の心に、そう誓ったでしょ!
「うっ……うヴぅぅうううううぅ…!!」
思い出して!!そうしなきゃ…あなたはまた…
昔の私
に戻っちゃうんだよっ!!師匠との約束
も、守れなくなっちゃうんだよ!!そんなの…そんなの絶対っ、だめなんだからぁっ!!脳裏に響く心の声が、アンを苦しめ、足を止めた
自分に課した誓い、忘れてはならない約束
様々な想いが涙となり
必死に狂気を抑え込もうとしていた
そしてナッドはその涙を決して見逃さなかった
天真爛漫だった彼女が流す涙が、歯を食いしばって
自身の力に抗っていることを…
「…っ!」
パンッ!!
「なっ…!」
不器用な彼は、アンの頬を軽く叩き
言葉に出来ない感情を吐き出すように叫んだ
「…っのバカっ!!いい加減にしろ!!テメェは、テメェの力は…そんなことの為に持ってるワケじゃねぇんだろ?!」
「…あ…あぁ…」
アンは呆気に取られたまま、自分に対して怒りではなく、悲しみと切なさが浮かぶ表情で叫ぶナッドをじっと見つめた
「デートでも何でも、付き合ってやるから…俺に全部話せっ…テメェが、何のために戦ってるのか…何のために、俺達と旅をしてるのか…俺達を、仲間だと思うのなら、これまで通りに騒いで、笑って…俺達のところに、戻ってこいっ!!」
ドクンッ!!
「うふふ~おじさまとデート~♪」
「おいお前…いったいどこまで引っ張り回すつもりだ?」
「そりゃもちろん街の隅々まで!」
「…付き合ってられんな」
「そんな態度しちゃって~ほんとは私のことが気になってるくせに~」
「…じゃあそれに付き合えば、お前はお前のこと、全部話すのか?」
「もちろん話すよー♪あっ!でもひとつだけ条件がある!」
「なんだ」
「…この話を…誰にも言わない。つまり【私とおじさまだけの秘密】にするのが条件だよ♪」
「…………………考えておく」
「今、すっごい間を入れたねおじさま……まいっか、ふふふ♪」
はじめは、冗談のつもりで口にしたことだった
お互いのことを何も知らず、信用し切れず、警戒するあまり
腹の探り合いをしていたはずの二人の張り詰めた関係は
この時を境に、音を立てて崩れた
「お、じ……さま……」
ナッドの言葉が心に届いたのか
アンの瞳、額の宝石が
浄化されたかのように本来の光を取り戻した
しかし、暴走したことで力を使い過ぎたのか
アンは意識を失い、ナッドの懐に落ちていった
「戻ったん、だな…」
彼女の顔色を伺ってひとまず安堵するナッド
その光景にディーネやロック達も驚きつつも次第に安堵し
ゆっくりと彼らに近付いた
「ナッド、大丈夫?傷もあるのに、あなた…」
「あぁ、問題ない」
「ナッド殿」
「…さっきは、邪魔して悪かったな、キャビラ」
「いえ。事が収まったのであればそれで充分です。それより…」
「あいつらは今、都市を抜け出してる最中の筈だ」
「そうですか。ではすぐに合流しましょう…もちろん、彼女を連れて」
「一度戦ったこいつと、同行出来るのか?」
「出来るも何も…此度のことは
致し方ないこと
でしたので…そうですよね?船長」「…ハァ……好きにしろ」
唐突に意見を振られたディーネはどこか不服そうな表情で深いため息を吐きながらも、了承した
キャビラも咄嗟の決断だったとはいえ
彼女を殺すことに、多少の躊躇いがあった
なぜなら彼女は、
自分に似ている
ような気がするからだから彼女に対して…強く責め立てることが出来なかった
そんなキャビラの想いを知る由もないナッドだが
「…恩に着る」
キャビラ達に深々と頭を下げ礼を言うと
ナッドは急いでアンをおぶさった
一人の少女が起こした惨劇は
ナッドだけでなく、その光景を目撃した人々の心に焼き付いた
背中で感じる少女のぬくもりは
こんなにも…小さくて、温かいというのに…
(…なんで、なんで俺は……クソっ…!)
自分には、少女が笑みを向けてくれる資格も
涙を拭う資格すらもないと
最初から、分かってたはずなのに…
【終】