第68話 秘密
文字数 5,252文字
シン達がガイアを離れてから十数時間
人々が寝静まる夜更けのころにて
ロックは今回の騒動を影から引き起こした首謀者と見られる
キョウ=アルヴァリオを逮捕するべく捜索隊を出したが
彼の姿は既に無く、部下と思しき遺体を放置したまま逃亡した模様
彼に関わった者らに尋問を行うも、誰一人行く先を知らないという返事のみが返ってくるばかり。しばらくの間は都市内で指名手配犯として貼り紙を各所に配置するが、それ以上の追跡は管轄外と見なされるため不可能…故に、ロックとデイジーは悔しさで深いため息を漏らした
「全く、逃げ足の早い奴らだね…」
「そう易々と捕まえられるような連中とは思っちゃいなかったが、まさか手前の部下をも見捨てるとはな…ナッドが長年手を焼いてる理由がよく分かるぜ………だが」
ロックが憂えるもう一つの問題、それは…シン達が偶然入った建物の中で起きた惨劇についてだった。あそこは数年前、誰かが多くの人間を拉致し、自分達の実験道具として利用していた…そして利用された者達は皆、死に至り…遺体はゴミのように捨てられ放置したことで、腐敗臭が蔓延した結果、異変に気づいた近隣住民から怪しまれ噂がたちまち出回ったことでその場の実験は不可能となり建物ごと放棄した。
腐敗した遺体、血塗られた魔法陣
誰がこんなマネをしたのかは言うまでもない
(…ヤツらの、
本当の狙い
はなんなんだ?あのリンクとかいう嬢ちゃんを捕まえる為に騒動を起こし、あいつらの分断を図った…シン達を誘き寄せる為の場所だとしても、随分とお粗末だ………まるで、何もかもが捨て駒
のようだ…クソッ…!)理解しながらも、ロックには憤ることしか出来なかった
……王とは、いったい何のために存在するのだろうか?
ーーー
ー フルクトゥス船内 大部屋 ー
二日後、全員がようやく体を動かせるまでに回復した
今回の一件やフルクトゥスがなぜシン達を助けたのかを
キャビラの口から改めて説明された
「私達はあるお方に頼まれて、あなた方を救出し、助太刀せよと仰せつかりました」
「ある方?」
キャビラは懐からそっと出した一枚の手紙をシンに差し出す
「これは…」
「メイリン殿下のことは、ご存知ですよね?」
「え、まさか…」
「メイリンさまからなのですか…!?」
思いもよらぬ手紙の差出人に
湧き上がる驚きと喜びに胸を踊らせながら
手紙を広げると
我が親愛なる友らへ
皆、元気にしているか?
私は変わらず元気だ、あの一件で破壊された我が領地も
この手紙が届いた時にはきっとあらかた片付いておろう
アクアール陛下から話は聞かせてもらった
グレイを離れた後、またしてもファクティスは
そち達に牙を向くとは…どこまでも卑劣な奴らだ
私も出来る限りそちたちに協力出来たら良いのだが
すまない。今の私は、近い将来女王の座に就く者
単独で都市を離れることはもう、許されない
故に…今回は私の命の恩人であるフルクトゥスの者らを
私の使いとしてそちたちの援護をしてもらう事と相成った
知っての通りかもしれぬが、彼らはそちらに似て
曲者揃いだが、とても心強い者達でもあるから
大いに胸を借りよ!良いな?
…勇敢なる友よ
今は遠くから見守る事しか出来ぬ、未熟な私を許してくれ
だが、いつか必ず、そちたちの大きな支えであり力となろう
だから、健闘を祈るぞ…!
そちたちの友、メイリンより
手紙を読み終えたとき
シン達の心にほっこりとした温もりが溢れる
「…メイリンさま」
「お姫さん、元気そうでよかったじゃないの」
「あぁ」
離れていても、彼女はいつも自分達を見守ってくれている
そして、自分の代わりに来てくれたディーネ達に対し
改めて礼を伝える
「ディーネさん、キャビラさん…助けてくれてありがとうございました」
「礼など無用です。私達は私達の仕事をしたまで」
「それでも、嬉しいですっ!感謝します!」
「フン…」
キラキラと純粋な目で伝えてくるシン達に
こそばゆい気持ちになりながらディーネはそっぽ向いた
「メイリンさんや女王様、皆さんの為にも頑張らないとですね」
「そうね。その為にはまず、私達はマリアに向かわないと」
「マリアでしたら、このまま行けば一週間ほどで着く予定です。お連れしますよ」
「ほんとですか!?」
「えぇ、ですので皆さんはこのままゆるりとお休み下さい。何かあれば、我々に申し付けて構いませんので」
「随分と至れり尽くせりね…それも報酬の内なのかしら?」
「あ、いえ、これは………なんでもありません」
なぜか言葉を濁したキャビラは
「それでは失礼しますね」と言って
ディーネと共にそそくさと立ち去った
不思議に思いつつも、シン達は話を続けた
「さて、マリアに着くまで一週間って言われたけど…どうする?」
「どうするも何も、皆さんボロボロですし、このまま休んでいれば…」
「でも、話し合うことくらいは出来るっしょ?例えば……アクアで発動させたあの、セブンズ…なんだっけ?姐さん♪」
アンはとぼけた顔で隣に座るケイに問いかけた
「…なんなの、その質問の仕方は」
「わかんないから質問してるだけだよ、姐さん。それに、前々から聞いてみたいと思ってたのは私だけじゃないからさ、ね♪」
「それってどういう意…っ!?」
ケイが正面に顔を向けると
視線が痛いほどに集中していた事に気付き
思わずぎょっとすると
「あ…あなた達…はぁ……わかったわ、その代わりあまり期待しないで頂戴。私にも分かってないことはたくさんあるんだから」
「今はどんな些細な情報も欲しいからな。それに、分かってないことなんざ、今後の旅のついでに探ればいいだけの事…」
「てか、いつもそうしてきたっしょ?姐さん♪」
「物は言いようね…ったく…」
ケイは観念したように、ゆっくりと口を開いた
「セブンズクライス…それは本来、ドラゴンを封印する為の魔法陣とされているの」
「ドラゴンを封印する為?」
ケイが知るセブンズクライスの情報は
王族のみが入る事を許された秘蔵書庫にて
シンが以前ハル老人から聞かされた例の御伽噺の本が
一部保管されており、ケイはそれを偶然読んで発見したのだという
「御伽噺によると、セブンズシティはかつて、長い間ドラゴン達によって蹂躙され続けた大地で…人間達はそれをどうにか解決しようと、ドラゴン対策という気の遠くなるような研究と戦いを何百年も続けた末に、魔力が生まれた。そしてその魔力を自在に操るうちにセブンズクライスという強大で夢のような魔法陣が生まれたのだそうよ…」
当時は頭の片隅に入れるだけの知識に過ぎないと思っていたが、まさかそれが現実となって現れるなど、ケイにとっては全く想像していなかった事態だった…
「そんな夢みたいな魔法を…結局私達はどうやって発動したの?」
「…」
「ケイ、さま?」
ケイはなぜか躊躇うような表情を浮かべるが
一度深呼吸した後、再びゆっくりと口を開くと
「……魔法陣を発動させる条件…まずは人数が七人いること、その七人が魔法を同時発動すること、そして、その全員がそれぞれ全く異なる魔力でなければ…発動は不可能であると書いてあったわ」
「全く異なる、魔力…?それって」
「えーと、今知る限りだと魔力の種類は…地、水、雷、風、炎、光、闇……姐さんの氷の魔力も大丈夫だったわけだから…八つ?あぁ!
みんな
ちょうど魔力がバラバラだから、あれを発動することが出来……っ?!」その場にいる全員が
あることに気づいた
「魔力…って、え…まさか…」
「リンク殿は…
もう既に魔力を得ている
という事になるでござるな」「…!!」
サイゾウの言葉にシン達は愕然とする
「な、なんと…!」
「で、でも…リンちゃんの持つ力はドラゴンの力で、魔力とは違うんじゃないの?」
「分からない。だけど、魔力で発動可能と書き記されていた以上…リンクのドラゴンの力は魔力…つまり、具現魔法の可能性が高いということよ」
「ですがケイさまっ…具現魔法はとても強力ではありますが、他の魔法とは比べ物にならないくらい消耗の激しい代物…!その理屈が通るのなら、リンクさまはあのドラゴンを具現化させるのに相当な魔力を使うことになります…!」
魔力の限界を知っているからこそ
扱うことは危険と見るミールが必死に言う中
「…えぇ、確かにそうね。ドラゴンは人の心から生まれた存在…それが本当ならおそらく何も支障はない…けれど、私達と一緒にセブンズクライスを発動させた事実がある以上、他に見当がつかないだけよ」
ケイは、冷静に答えるが
まだ状況が何一つ飲み込めていないリンクは
戸惑いの表情を浮かべながら自身の首飾りをじっと見つめていると
「リンク」
「!…は、はい」
「……単刀直入に聞くわ。あなた…私達と会う前は、どこで何をしていたの?」
「ケイさん…!」
ケイは、ずっと胸に引っかかっていた疑問を
少し緊張した声でリンクに投げかけた
「答えられる範囲でいいの。あなたのこと…教えてもらえないかしら?」
「ケイ…さん」
リンクは躊躇うように黙って俯いた
自身を打ち明ける勇気がないのか
彼女の手が酷く震えているのを、シンは見逃さなかった
「リンク、言いにくいのなら無理しなくて…」
「いいえ…大丈夫です」
リンクは意を決したように顔を上げた
「心配してくれてありがとうございます、シンさん…あたしなら、大丈夫ですから」
「…リンク」
ドラゴンという強大な力に隠された秘密
それを知る手がかりが彼女の過去にあるのだろうか…
ーーー
ー???ー
同じ頃…ガタガタと足場の悪い道を進むのは
キョウ=アルヴァリオとソラを乗せた馬車であった
ただぼーっと外を眺めているように見えるキョウだが、心の中では置き去りにしてしまったオルティナや部下達の事、ではなく…リンクの持つドラゴンの力の事ばかり考えていたのだ
(リンク=アソワール…噂に違わぬ素晴らしい力を持つ娘)
建物に入った部下が戻ってくるのを外で待ち構えていたあの時、建物は一部壊され、そこから空へと飛び上がる白きドラゴンメビウスの美しき姿をキョウは見た…しかもメビウスは同じドラゴンである黒きリュクシオンと熾烈な戦いを間近で見たとき…彼の心は激しく昂った……本人曰く、とても良い意味で
最初は、自分の心をたかが小娘一人に…と癪に障っていたが今となってはそんなものどうでもいい…ただ、彼女の全てが欲しいと、どこか情欲じみた欲望を抱くとと同時に、彼の脳裏によぎったのは
(ファクティス、奴らに
復讐
するのに相応しい存在と思っていたが…想像以上だった。あの黒きドラゴンを退かせ、民達に大いなる希望を与えた。慈悲深き白のドラゴン…奴らが彼女を求める理由…実に不愉快だが今なら分かる気がする…)キョウは笑みが零れそうになる口を手でグッと抑えた
(やはり私自らの手で娘を捕まえるべきなようだ……憎き奴らが必死に求める娘を……この私の手で……ふ、ふふふふ…っ)
「…っ…」
抑え込むあまり余計にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべているキョウ…そんな彼の得体の知れない姿にソラは声も掛けられないまま、黙って見て見ぬふりをするように目を逸らす事しか出来なかった
キョウの野心は、もはや誰の手にも負えない領域に達していた
(………ふぅ、さて…そうと決まれば…まずは…)
今回の戦いを経てキョウは改めて
自分がリンクを得る為に排除すべき問題が
ファクティスを除き、ある事に気づいた
ひとつは…【シン】の存在
「リンクに気安く触るんじゃねぇ!!」
詳しいことは分からないが、彼は他の誰よりも彼女と親密な関係にあると見えた。彼女の傍を決して離れることなく守り続ける…一切の隙が見えない…まるで、彼女の騎士であるかのように…
もうひとつは…【サイゾウ】の存在
シンと同様、彼女を守るため傍にいるが、シンほど密接な関係とは思えない。だが彼は忍、常に傍にいなくとも、必ずどこかに潜んでる上にこちらの動きも監視してる可能性もあるため、油断大敵
まさに双璧と言っても過言ではない彼らを破らねば
リンクを手に入れる事はほぼ不可能と見た
(他の者もそれなりの強者と見たが、やはりあのシンという男を最初に崩さねば…奪うのは難しいだろう………あとは、あの出来損ないがどう動くかな…)
サイゾウに対して侮蔑の意味を込めたような言い方をするキョウ。邂逅した時もそうだったが、サイゾウを見た時の彼は他の者達とは違う嫌悪感でサイゾウを煩わしそうに見つめていたが、真相は果たして…
黙々と作戦を練ってる最中
馬車が突如急停止し、身体が前へと一気に傾いた
「うわっ!!…な、何ですか急に…っ」
「…っ!…馬鹿者!いったい何をしておるのだ!」
『も、申し訳ありません…いきなり目の前に…ひ、人が…現れまして…』
「…人、だと?」
人気の無いはずの道に、人が現れた?
不審に思ったキョウはソラと共に外へ出ると
「!…お前は確か…ファクティスの…」
「ふふふっ…お久しぶりですね。と言っても…面と向かって話をするのは、初めて…でしたよね?キョウ=アルヴァリオさん♪」
堂々とした佇まいで妖しく微笑む少年、ルーファ
彼がキョウ達の目の前に現れた理由とは……
【終】