第76話 交渉決裂
文字数 5,767文字
早朝にて、キャビラは部下と共に
昨日港町で購入した大量の荷物を船に運び込んでいた
忙しなくしているところをリンドウが慌てて出迎えにやってきた
「キャビラー!」
「おはようございますリンドウ」
「おはよう。今回はいつも以上に買い込んだわね」
「
必要経費
、ですからね」キャビラは懐から購入リストが記された手帳を出し
買い忘れがないか確認し始めていると
「…坊や達、今頃どうしてるかしらね。船に戻らないってことは無事宿にいる頃だと思うけど」
「港町で聞いた話では特に変わったことはありません…ですが」
「なに?」
「数日前、ルエンに何か動きがあったみたいなのです」
「ルエンって…もしかして、あの?!」
「…何やらまたきな臭い事になってるな」
二人の間に割って入ってきたのは
気だるげに船を降りてくるディーネであった
「船長、ただいま戻りました」
「あぁ。それで?ルエンの野郎に関する情報はどこまで集めた?」
「我々がここに来る前はいつもの様子で商売に精を出してましたが、なにやら数日前から彼の私兵もとい偵察の者らが夜な夜な街を出たと思いきや、昨日は白昼堂々と街をうろついたり…それから」
「それから?」
「これはまだ噂の域ですが……キョウ=アルヴァリオが…彼と、接触したらしいと…」
「えっ!!」
ルエンという男の評判ははっきり言って
ディーネ率いるフルクトゥス海賊団どころか
マリアに住む人々の間では正直あまり良いものでは無かった
商人としての腕は確かなのだが
彼の
本性
を知る者としては不審を抱かざるを得なかった
そんな男とさらに存在を危惧する男二人が
接触したという事が、もしただの噂ではなく事実だとしたら…
募る不安要素はひとつに絞られた
「シン殿達が…彼らと接触しなければ良いのですが」
「今そいつらが都市内をうろついてる上にあの子達の事を知ってる可能性があるって事でしょ?だったら早くあの子達にこの事を知らせに行かないと…!」
「馬鹿野郎。迂闊な真似すんじゃねぇ!…キャビラ。コイツの代わりに部下達を市民に装わせて都市に送れ。ナッドかサイゾウの小僧あたりにでも伝えれば話が早ぇはずだ、頼むぞ」
「…了解」
迅速に対応するため各々が動こうと背を向けた時
キャビラがふと、何かを思い出したように足を止めると
「船長」
「なんだ」
「…ジョーは…あれから一歩も外に出ていないのですか?」
「……人の心配をする暇があるなら、さっさと任務に当たれ…どうせ【あのバカ】は……すぐに立ち直る」
「!…ふっ…承知しました、船長」
安堵した表情を浮かべて
部下達の元へ行ったキャビラ
その一方で、ディーネは深いため息を空に向けて吐いた
「全くどいつもこいつも…」
「みんな、あなたに似たんじゃないかしら?船長」
「うるせぇよ」
和やかな空気とは裏腹に
港町に吹く潮風は彼らを
快く迎えてはくれなかった
ーーー
ー 商店街 ー
「リンク!ちょっと…待ちなさい、ってば!」
シンの後を追うため、必死の形相で走るリンクをようやく捕まえたケイとアンは
冷静さを欠く彼女を懸命に落ち着かせようとするが
「止めないでください!このままじゃシンさんが…」
「まだ何か起きたわけじゃないのよ!落ち着きなさい!」
「でもっ…」
「リンちゃん!」
アンも珍しく語気強めに名前を呼ぶと、リンクは思わず体を硬直させる
「あ…ごめん、リンちゃん…でもどうして急にこんな」
「……分からない」
「え?」
「分からないんです。あたしも…どうして、こんな気持ちになるのか…シンさんが、危険に飛び込む度、戦って、ボロボロになる度……不安で、怖くて、息が詰まりそうに、なるんですっ…だから」
「リンク…あなた…」
リンクの言葉から滲み出る“何か”を感じ取ったケイとアン
だが本人に“その自覚”があるのかは不明であるが…
「…いいリンク、あなたはシンにとっても、私達にとっても大事な存在。いざというときは真っ先にあなたを逃がすから、あなたも、私達の無事をもっと信じなさい。」
「…!」
ケイの一言に、リンクはハッとした表情を浮かべると
不意に出る涙をグッと堪えながら深く頷いた
「アン、気を抜くんじゃないわよ…」
「りょーかい…!」
二人はリンクを守る形でシン達の元へ急いだ
__そして、シン達は雑貨屋の前で野次馬根性でガヤガヤと騒ぐ人集りを見つけた。中の様子を見ようにも人の数がかなり多くシン達の背丈でも確認出来ないほどだった
「ミール、ひとまず上から様子を見てはくれないか?俺がこの人集りをぐぐっている間に」
「了解です!」
ミールがすかさず人集りの頭上へ飛んでみると
そこには店長と派手に着飾る大柄の男・ルエンが
二人の私兵を引き連れた形で互いに睨み合っていた
「こ、これは…!」
「はてさて、各地で商いを営む行商人さんが、こんな寂れた店に何の用だね?」
「寂れた物の価値を上げてこそ行商人たる腕の見せ所…私がここに来た理由はただ一つ、この土地を、店を、私に譲ってはもらえないかね?」
唐突すぎる申し出に聞き入る人々が一気にざわついた
上から聞いていたミールも当然驚くが…
「……なぜ今更、この店を欲しがるのかね?昔、どこぞの奴らが呪いの傘を置いていた店と囃し立てられた、この店に」
冷静な口振りから明らかに怒りが滲んでいた
しかしルエンはあっけらかんとした態度のまま
話を続ける
「噂などという戯言など、私は信じちゃおらぬ。だがいつまでも寂れた店を放置していては都市の発展や今後の商売の邪魔になる、それだけの事だ」
「…」
流石は商売人、自身の利益が最優先として
店主に立ち退くことを求めていた
そしてルエンはダメ押しの一言を告げた
「無論ただで立ち退いてもらうつもりはないぞ?土地を明け渡してくれた礼としてお主には新しい土地で暮らしてもらう上に、生活で必要な物資と安全を今以上に提供する。どうだね、これなら悪い話ではなかろう?」
土地を明け渡す代わりに
今後の生活を保障する
そんな都合のいい話がある訳ないと思った
店主であるが…
「土地を渡せば生活が保障されるのか、老い先短い爺さんには勿体ない話だぜ」
「でもあの爺さんがここを離れてくれたら、もうあの噂を気にせず済むのよね?」
「え、お前まさか、まだあの噂信じてたのか?」
「そういうアンタこそ昔は………」
ひそひそと身勝手過ぎる話し声が
嫌というほど聞こえた
けれど現実は残酷だった
庇ってくれた友人はもう誰一人おらず
今ここに住む者達は
みんな、みんな
自分を目の敵にしているのだから
(もう、意地を張っていても仕方ない、か)
店主も本当は全て理解していた
正直胸の内には絶望しかなかった
しかしもう諦める以外他に選択肢など無かった
ここで全てを終わりにしよう
鼻で深く呼吸すると
店主は意を決して
「明け渡そう」と伝えようとした
そのとき……
「待ってください!!」
人集りを掻き分けながらそう叫んできたのは
「誰だね、君は?」
「客の一人だよ、この店のな」
「なに?」
「坊主…!」
それはシンのいつものお節介だった
良くも悪くも危機を見過ごせないタチのシンは
実は先程から腸煮えくり返ってしまうほど
内心怒りが込み上げていた
「お、お前さん…どうしてここに」
「話は今聞きました。店長さん、アンタは何も悪くない!アンタがここを立ち去る事も諦める必要も、何一つないんですよ…!」
「…!」
シンの心強い言葉に店長は思わず胸を打たれた
「やれやれ、まーーたシンくんの悪い癖が出てやんの」
「ですが…それがシンさまの良いところでもあるんです」
「あぁ…確かに、そうだな」
「シンさん…」
人集りの中から話し声が聞こえたリンク達は
半ば呆れつつも彼らしいな、と思わず笑みがこぼれた
「…小僧。商売の邪魔をするってんならそれなりの覚悟は出来てるんだろうな?」
「覚悟?そんな今更な話を持ち込んでおいて何が覚悟だ…店長さんの気持ちも知らずに土地を奪って出ていってもらおうなんて、図々しいにも程があるんだよ」
「ハッハッハ…奪うとは、人聞きの悪い小僧だ。私はただ、都市の発展の為に土地を明け渡して欲しいと言った、そしてそれ以上に私が彼の今後の生活を保障してやろうと……」
「それが図々しいって、言ってんだよ…!!!」
「んだとこのガキが!!」
私兵が剣を抜く素振りを見せつつシンを威嚇した
もちろんシンはそんな挑発には一切動じず
ルエンが「ほぅ、随分と見上げた根性を持っているようだな。小僧」と
つい本音が出るほど、異様な緊張感が漂っている
「いいか小僧、私は一介の商人とはいえマリアの他にさまざまな都市に貢献する者の一人だ。都市に貢献し、己の財を満たす。その繰り返しで世界は潤い、私を含めここにいる者達全員が幸福となるのだ!それを!こんな寂れた店ひとつに潰されても良いというのか?!」
ルエンの気迫は相当なものだった
だがシンはこんな時ほど冷静でいられた
「…そうだな…アンタの言い分も冷静に考えれば間違っちゃいない…でもそれがもし…
噂を流した張本人
…とかだとしたら、説得力に欠けてるよな?」「なっ…!?」
憶測でモノを言うのは良くないことだと重々承知しているが
こちらは店主と親しい関係であることを認識されてると思った上で
シンの手元には
切り札
があるように見せかけた咄嗟の思いつきで口にしてしまったが、ルエンは…
「き、貴様…っ…誰に向かってそんな無礼な事を…!!」
思っていた以上にルエンは動揺し、言葉も若干震えていた
その反応に半分驚きつつもシンはそのまま落ち着いて対処した
「無礼?俺はただ…もしもの話をしたまでだ。アンタこそ、何をそんなに動揺してるんだ?」
「ぐっ!!」
ジャキッ!!!
激昂したルエンが私兵の剣を無理矢理抜き取り、その切っ先をシンの喉元へ差し向けた
その瞬間に悲鳴混じりの声を上げる人々の反応とほぼ同時に
殺気を感じたサイゾウとナッドがリンク達の一歩前に出て身構えた
「
「分からないけど、状況はあまり芳しくないことは確かね」
「シンさん…」
不穏な空気の中で
見守ることしかできないもどかしさに
リンクは心臓が張り裂けそうになっていた
「貴様、随分と好き勝手に言ってくれたな…命が惜しくないのか?ん?」
「別に惜しくない訳じゃない…ただ、アンタの言う小僧の戯言に振り回されて剣を向けるようなアンタに、尚更店を潰されるわけにはいかねぇんだよ」
「小僧、これが最後の警告だ。黙ってここから立ち去れ。さもなくば…これ以上お前の命の保証はな……っ!?」
ルエンの言葉を遮ると同時に
シンはなんと差し向けられたを剣の刃先を力強く握った
次第に握った手からポタポタと血が腕を伝いながら地面に落ちる
「小僧……き、貴様…何故そこまでしてこの店の肩を持とうとする?」
「さっきも言ったはずだ…俺は、この店の客だと」
「ふ、ふざけるな!!客ごときが…なぜっ…!」
「客だからこそ、守るんだよ。亡くなった奥さんのために今日まで店を開き続けた店長さんの頑張りを、その心を!土足で踏みにじる自分勝手なアンタらから、この店をな…!」
「坊主…」
真っ向からルエンに立ち向かうシン
状況からして、剣を抜いてしまったルエンの方が明らかに分が悪く
他にも、見ていた人々のうち、小声で店主を小馬鹿にしていた者たちが
申し訳無さそうに俯いたり、逃げるようにその場を離れていった
「チッ…いいだろう。今日のところはここまでにしておいてやる…だがな小僧…貴様もいずれ分かるさ、どちらが本当に自分勝手な事をしてるのかを、な?」
ルエンが差し向けた剣を収めると同時に
シンも握り締める手をそっと解いた
最後までバツが悪そうに睨みながら去っていくルエンを
シンは黙って見過ごした
張り詰めていた緊張から解放された人々も
散るように去っていくと
「シンさん!」
いの一番でシンに駆け寄ってきたリンク
血で染まるシンの手に彼女は言葉を失い顔面蒼白になった
「ぁ…シ、シンさん…っ…その傷は…」
「!…あ、へ、平気だよリンク!血は出ても傷は大したことじゃ___」
「そういう問題ではありません!!」
「!?」
リンクはシンに対して初めて声を荒らげると
目には今にも泣きそうな程に涙の粒で溢れていた
「リン、ク…」
ガシッ…!
「!!ちょっ…!」
いつもと違った凄まじい気迫で
シンの血だらけの手を躊躇なく掴んでは
自分のハンカチで血を拭き取り、傷口を止血するように覆った
「リンク…その、俺は…」
「やれやれ、リンクにここまで心配されちゃあんたもまだまだね、坊や」
「ケ、ケイさん」
「全くだ、まぁ、何はともあれまずはその手をさっさと治療されてこい…その後の事は………分かってるな?」
「………はい」
その場にいる全員が呆れた表情でシンを見つめる
シンも彼らがどれだけ心配していたのかを
つくづく痛感していると
「治療なら、ここでするといい…応急処置の物もある程度揃っておるし、水もある。ワシのせいで、こんな面倒な事に巻き込んだからの…」
「いやいやそんな!これは俺が勝手にやったことで…」
「全く、で…ござるなぁ?」
「う”っ……」
ニヤニヤとしながら語尾を強調するサイゾウの言葉に
チクリと胸を鋭く刺すような罪悪感が押し寄せた
ーーー
「……お前達、しかと確認出来たか?」
「はい、旦那様の仰るとおりクローバーの髪飾りを着けた娘を人混みの隅にて発見致しました」
「もう一人の護衛は?」
「黒の忍装束を纏った者はおりませんでしたが、髪が長いという特徴を持った男なら一人、娘の傍におりました」
「ほぉ、なんと小賢しいマネを…まぁいい、どの道娘を手に入れるついでにあの生意気な小僧やジジイ共をまとめて消し去ってくれるわ…!」
ーーー
ー 雑貨屋メモリー 店内 ー
今朝の騒動から数十分ほど経った頃…
ガチャ…
「あ!おじさまおかえりー!どこ行ってたの?入ってすぐまた外に行くだなんて…」
「情報が来てたんだ。フルクトゥスの部下共からな」
「ディーネさま達から?何かあったのですか?」
「あぁ…今、危険な状況にいるのは俺達の方かもしれない」
「どういうこと?」
「さっきシンと話してた男、ルエン…【ルエン=テミニズ】は表では一般的な商いをしているが…裏では【闇取引の支援者】という顔も持つ行商人の一人…そのルエンが…あのキョウ=アルヴァリオと接触した可能性があるらしい」
「ええぇ!?」
「……」
突如吹き荒れる向かい風
その先に待ち受ける危機を前に
シン達はどう立ち向かうのか…?
【終】