第66話 大切な
文字数 3,384文字
裏路地は既に荒れ果て、これ以上の被害を抑えるべく
疲労困憊の体を引きずるように屋上へと上がったケイ
だがその頭上には、予想外の光景が広がっていた
「はぁ…はぁ……っ!…エ、エメラルっ…」
ケイが空を仰いだ頃には、動きを止め、苦悶する
「…!?…シンっ!……どうして、あの子がエメラルの背中に?!……本当に、何が起こってるの?」
一方、都市を離れたサイゾウ達も空中で繰り広げられる激闘を終始固唾を呑んで見守っていた
「また何か、異変が起きてるようでござるな」
「お前もそう思うか?」
「そうでなくば、シン殿が背に乗ってからあのような変化はござらぬ」
「……どうやら、お前にも少しは
父親譲り
なところがあるみたいだな」「…!」
ナッドの意味深な言葉にピクンと眉間に皺を寄せるサイゾウ。それがどういう意味なのかと、すぐにでも問いたいところだが、今それを聞いたところでどうこう出来るタイミングではないと、そう言い聞かせ口を噤んだ
そしてそれを近くで耳にしていたディーネは
なぜか、物憂げな目で二人のやりとりを見つめていた
(ウ”ゥゥ…ウ”ァア”ァ”ァァ…ッ!!!)
「エメラルさん?!急にどうしたんだよ!しっかりしてくれ!!」
動揺しつつもシンは必死に声を掛けるが
リュクシオンは全く耳を傾けることが出来ず呻き声を上げ大きな身体を震わせている。まだ一度たりとも攻撃してないシンはどうする事も出来ず頭を抱えていると
(コ…ゾウ…)
「エメラルさん!」
(イ、イマスグ、ワタシカラハナレロ…サモナイ、ト…ワタシハ…ホントウニ…お前ヲ…ウゥッ…!!)
「エメラル、さん?…どうしてそんなことを………っ!」
リュクシオンの体から放たれた激しい電流が
シンの手を伝って攻撃した
「ゔあああああああっ!!!!」
(シンさん!!!)
その痛烈な雷はシンだけでなく、エメラルの身体をも攻撃した…リンクは二人の危機に動き出そうとするが
(シンさん!シンさん!)
「おいバカ!まともに突っ込むつもりか!!死ぬぞ!」
(構いません!!)
「リンク!!!!」
(構いません!!あたしはっ!何があっても守りたいんです!!あの人は…あの人は……あたしの………
…………
大切な人
だからっ!!!)「…!」
穏やかな彼女が見せた切実な叫びに
ジョーは、何も答えることが出来ず固まった
その言葉の裏に隠された、
真実
に気付いてしまったばかりに…「リ、リンクさま!どうか落ち着いてください!こんな時こそ浄化の力を使うのです!その方が突撃するよりもずっと…!」
(!…はい!)
二人のやりとりを割って入るようにミールが冷静に答えると
リンクも我に返り、気を取り直して詠唱を開始した
エメラルを…シンを、助けたい…ただ、その一心で
「エメラル、シン…っ」
雷に身体を蝕まれるその光景にケイは激しく動揺していた
けれども彼女もまた自分にはどうする事もできないこの状況に歯痒さを感じていると
「……いつまでっ、よそ見してるつもりだぁ!!」
ザシュッ!!!
「あぁっ!!」
背後から同じく疲弊していたはずのオルティナが
ケイの隙を突くようにナイフで襲いかかった
不覚を取ったケイは右腕を掠った程度だが
じわじわと溢れる血と痛みを、必死に抑える
「くっ…お、お前…っ」
「ふふ…私に背中を見せるとは、なんと浅はかな女ね……さぁ氷の魔女…今度こそ大人しく首を寄越しな…!」
「つくづく空気を読まないアサシンね、あなた」
「ぬかせぇ!!!」
「ぐっ…!」
ガシッ!!
迫るオルティナの刃を寸前で受け止めるが
ズキズキと痛む傷のせいで右腕が思うように力が入らない
そんなケイを軽々といたぶるように
無防備な腹を膝で何度も突き上げた
「う”っ…がはっ…ぐっ!」
「ほぉら!どうしたのぉ?気を抜くと!これが!刺さっちゃうわ、よ!」
「がっ!!…っ…ぐっ…こ、の…ゔっ!」
ケイはオルティナの攻撃に耐える事しか出来ないでいた
(こんな、ことで、負けてなんて…いられない!あの子を…助けるためにも…エメラル、エメラルッ!!)
(ネエ……サマ?)
今、姉が自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした
怒りや憎しみではなく、心の底から心配する優しい声だった
(ドウシテカナ…イマ、モノスゴク痛くテ、クルシイときに、あの人ノ声ガ、聞コエルなんテ…………ネエサマ…姉…さま…わた、し…私………っ!?)
苦しみの中でもがいてると…偶然にも、地上でケイとオルティナが屋上で争う姿を目の当たりにした…しかも、自分の知るケイが自分以外の者に苦戦を強いられているなど、彼女にとって信じ難い現実だったが…
(姉…サマ…姉様っ…!…わ、わたしは……私は…………)
憎いという感情は確かにある…
むしろ、好都合な展開であると考えた…
先程までなら…そう、考えた
(姉様……ダメ、だめっ!)
私!姉様が!いつか女王様になっても!ずっと、ずぅーーっと!だーーい好きだからね!!!姉様ぁ!!
(ウゥ、う、ウアアアアアああアあアアアアアァ!!!!!!)
苦しみの末、ドラゴンは口から勢い良く魔弾を発射した
「ま、魔弾が!?」
放たれた先にあるのは
「!…あそこに…誰かが…」
(まさか………ケイさん?!)
ケイに定められた事にすぐ気づいたリンク達、だが
魔弾のスピードは想像以上に素早く
このままでは絶対に追いつけない
「ケイさまああぁああああああああぁぁぁ!!!」
「っ!?」
ケイとオルティナが気づいた時にはもう目と鼻の先だった
既に逃げる力を失っていたケイは、死を、覚悟する
(エメ…ラ…)
ドゴオオオオオオオオオン!!!!!!!!
魔弾はケイ達だけでなく
街を一直線に吹き飛ばした
直撃した爆風で誰もが目も開けられず
押し流されそうになりながら
必死に身を守っていると…
(……っ…!…あっ…)
「そ、そんな…ケイさま…」
一部の建物が瓦礫と化し、黒煙が上がる
信じ難い光景にリンク達の血の気がみるみると引いていく
(ケイさん…ケイさんっ)
「ケ、ケイさまっ…ダメですっ…死んではなりません…ケイさまっ!」
(ケイさん!どこに、いますか?!ケイさん!ケイさん!)
絶望的な状況の中で僅かな望みに賭けながらケイの姿を探した
「ケイさま…まさか、本当に…」
(いいえ!ケイさんは生きてます!絶対に!死んでなんかいません!)
「リンクさま…」
リンクはケイが生きてることを信じて探し続けた
焼け焦げた街が、残酷な黒煙が
今ある現実を突きつけてるのだとしても
(ケイさん…どこ…?いたら、返事を…返事をっ)
「……あ!おい見ろ!あそこに…!」
「えっ……………あ…あぁ…!」
ジョーの指差す方向の先には
半壊した建物の中でぐったりと横たわるケイの姿が
爆風で運良く建物の中に入り、直撃を免れたのだ
(ケ、ケイさん!良かった…良かった…!)
「ケイさま~!!」
リンクはケイの元へ急いだ
一方ケイは、少しずつ意識を取り戻す中で…ドクドクと速く脈打つ心臓音で生きてる心地を感じていた
「わたし、は……生きてる、のか?…」
掲げた手はまだ恐怖で震えている
だがそれでも、命を繋ぎ止めることが出来た
その事実に安堵し力を抜いて下ろした手の背後に見えるリュクシオンの姿に、ケイの心は戸惑うばかりだった
「エメラル…」
あの魔弾は、確かに自分を狙った
だけど直撃した訳じゃなかった
こうして五体満足な状況下である一方
あの場にはオルティナもいたはずだが
彼女の姿は、どこにもいない
本当に運が良かったのか?それとも
オルティナだけを狙うつもりだった?
だとしたら、何のために?
それは…
(私を…助けて、くれたのか?)
(…勘違イスルナ)
(!!)
ケイは初めてエメラルのテレパシーを感じた
(この声…エメラ、ル…エメラルなのね…)
(…お前を助けたわけジャナイ)
(え…)
(お前をコロスのは…あんな雑魚ジャナイ…この私だっ…)
(エメラル…)
(モウ二度と、私以外ノ雑魚に…隙を見せるな……イイな?)
彼女の心にある怒りと殺意は消えていない、けれど
ひとつひとつの言葉から
彼女の不器用過ぎる優しさが、ひしひしと伝わった
たとえ殺し合う運命だとしても
(…もちろんよ、エメラル。私はもう…二度と隙なんて見せないわ…相手が誰であっても、あなたであっても)
(…)
もし、それであなたの気が晴れるのなら
最後まで付き合ってあげるわ、エメラル
だってあなたは私の…
大切な…
【終】