第56話 意地
文字数 3,956文字
「あなたが…この地の…」
「王、様…」
「おいおい、今更なに畏まった態度してんだよ。俺が王だからってそんな気を使う必要はないぞ?」
「そういうわけにはいきませんよ陛下…特にこういう連中の前では、ね」
ナッドの背後で呆然としているインチキ商人達を
釘を刺すように語尾を強調すると
直ぐに察したロックは豪快に笑い飛ばした
「ハッハッハっ!!確かに、お前さんの言う通りだな……おーい!そこのお前ら!今すぐこの商人共を牢に入れろ…!それと、関与した奴らも1人残らず事情調査しろ、いいな?」
「ははぁっ!」
付近にいた数人の兵士達が集まると
一斉に商人と手下達を牢に入れるため、城へ連行した
「お前らについてはこの俺が直々に話を聞こうじゃねぇか…ナッド…お前さんも、ついて来るだろ?」
「了解した、行くぞ」
シン達はロックとナッドに従うように後を追った…彼らの騒動を遠くから野次馬のように見守っていた人々は事が落ち着いてきたと同時に市場を離れ、最後に残ったのは…
「…あ、あのキョウさん、シンさん達…大丈夫なんでしょうか?よりにもよって王様に目をつけられるなんて…」
「その心配は無用だソラ…ロック陛下は、むしろ彼らの勇姿を心から讃えていた…詳しいことは分からぬが、彼らを粗末に扱う事はせぬであろう」
「そう、ですか…それならいいんですけど」
「…」
安心したようにそっと胸を撫で下ろすソラの傍ら
物静かなキョウの心中はさほど穏やかなものではなかった
(…シン……あの男がドラゴンの力を持つ娘、リンク=アソワールを守護する者か…腕っ節の程は確かだが、特別な力を持ってるといった兆しはまるでない、なのに…あの豪傑王の心を瞬く間に魅了した…そして…)
ジャリッ…
「…あれ?…キョウさん?どこへ行くんですか!待ってくださいよ!」
突然自身の店に向かって踵を返したキョウ
戸惑うソラの声すら耳に入らぬまま
(…彼奴め…いったい何を企んで奴らの傍に?まさか、
出来損ない
の分際で、私の邪魔をするつもりか?小癪な…)「…!……キョウ、さん?」
怒りとは裏腹に笑みが吹き出してしまうのを必死に堪えるように手で口を塞ぐキョウ、その横顔はあまりにも耽美で、あまりにも…不気味だった
(ふ、ふふふ…全くどいつもこいつも…実に興味深い)
内なる悪魔が、牙を剥く
ーー
ー ブロンズ宮殿 ー
「わぁ…」
ロックの案内の元、ブロンズ宮殿に到着したシン達
立派に
「ここの宮殿も、大きくて綺麗ですね」
「あぁ…俺も…見るたびすげぇなって思うよ」
正門をくぐると、また違う煌びやかさを纏う光景が広がっていた。中庭の先にある王の間の前に並ぶ二体の像が、まるでこの宮殿と王の威厳と象徴を現していた
「うわぁ…カッコイイです…!」
「ハッハッハッ!そうだろそうだろ?ガイアは血筋に囚われない代わりに、王としての威厳と強さを持った奴が豪傑王と呼ばれるんだ。俺はそいつに憧れて今に至るんだ」
「だったらその威厳ある王様として、もう少し大人しくしたらどうなんです?でないと…」
「えぇ全く…彼の言うとおりですわよ……旦那様」
ナッドの意見にドスの効いた声で同調してきたのは
「あの人は…」
「?!」
王の間から現れた美しい白銀に毛先がえんじ色に染まる褐色肌の女性が、笑顔とは裏腹に殺気立つオーラを放ちながらロックを凝視し、それを見たロックは先ほどまでの威勢が吹き流される砂のようにサラサラと散り、大きな身体を震わせ縮こまっていた
「デ、デイジー…」
「おかえりなさいませ旦那様……まーーーーたいきなり宮殿を空けるものですから、私…心配しましたわよ?」
「お、おい…デイジー」
「で?今日は、おひとりで?どこまで?視察に参ったのですか?ぜひお聞かせください…旦那様♪」
「…はい」
彼女の名はデイジー、彼のことを旦那様と親しげ?に呼ぶあたり、夫婦関係と見られるが…
「王様…すごく怯えていらっしゃいますね…」
「どちらかと言うと、尻に敷かれてるって感じじゃない?」
「自業自得、とも言うがな」
ーーー
王の間に入って数分
改めて王であるロックと彼の妻、もとい王妃であるデイジーの二人にさきほど自分達で起こした騒動について洗いざらい告白した
「なるほど、うちの人があの騒動に出くわしたところ…血気盛んな若い衆だけでなく、懐かしの
「あぁ、その通りだ」
ナッドは話の流れに乗じるようにシンの正体も明かした
ロックとデイジーにとっても
父マクシィと母イリーナは、大切な友人であった
父の死については十七年前のあの日から既に承知であるが
母については全く知らなかったとのこと…
しかも、彼らに息子がいることすら初耳なだけに
どう受け止めるべきか分からなかったが…
「…無事に生きていてくれて、ありがとうね…シン」
「!…王妃、様」
「二人がいなくなったことは、すげぇ寂しいが…お前という宝物がこうして無事でいてくれて…嬉しいぞ」
「王様…」
二人はシンに感謝の言葉を告げた
正直、シンにとっては戸惑いでしかないが
二人にとって両親はそれほどまでに大切な存在で
何ものにも変え難いと思うからこそ
今感じた想いをありのままに発したのだろう
「ずいぶん親しかったのですね…父さんと、母さんと」
「あぁ、俺らが挫けそうになる度、あの二人はずっと手を差し伸べてくれた、何度も助けてくれたんだ…恩を返しても返しきれないほどに…」
「辛い時も悲しい時も、あの子達は笑顔を絶やさなかった…その姿が、私達に勇気を…希望を、与えてくれたの」
「…」
真剣な眼差しでそう語る二人の姿を見て
シンは内心驚いていた
両親が彼らにどれだけ大きな希望を与えたのか
どれだけ多くの人に慕われていたのか
知れば知るほど、自分の知る両親の姿と
他人が見てきた両親の姿に
埋まることの無い
溝
を感じざるを得なかった(母さんだけでなく、父さんも…本当にすごい人だったんだな)
複雑な気持ちを抑え込むようにシンはそっと瞳を閉じた
……そこへ、いきなり話を戻すかのようにロックが問いかける
「それにしてもお前ら、いったい何の目的でガイアに?まさかまたひと騒動起こすつもりなんじゃ…」
「否定はしない」
あっさりとした口調でナッドが答える
「お、おいナッド…」
「正直に言うと…ここへ来たのは、マリアに向かうために通りがかっただけだ。お前らに迷惑を掛けるつもりはない」
「なに水臭いこと言ってんのよあなた!そんなんだからいつまで経っても独り身なのよ!」
「……独り身なのは余計だ、デイジー」
「でもよナッド、どうしてまたマリアに…」
怒りを抑えつつ、ナッドは冷静に答えた
「マリアの王に、裁きを行ってもらうためだ」
「!…裁き…裁きって、まさか」
「……回避不能の、裁きを…行使させようっていうのか?」
「あぁ、そうだ」
その一言にロックは思わずカッとなってナッドの胸ぐらを掴んだ
「っの…馬鹿野郎っ!!お前、正気か!?あの裁きは…そう簡単に出来るもんじゃないことを…お前もよく知ってるだろ?!あいつらが裁きを下すのはお前達の為じゃない!ましてや、民の為でもない!あいつら自身が自分にとって必要か否かで決めてるんだよ!!」
大声を上げてそう語るロックの目には
彼らに対する焦燥と怒りが宿っていた
そしてそれを見たシン達は
その迫力のあまり黙って息を呑んだ
「ロック…王であるお前だからこそ、
その気持ち
が痛いほど分かるだろう…だが」「それを知りながら、お前はまた俺に、ここで黙って見てろと言うのか?やっとの思いで王になっても、一番大事なダチを助けることも出来ず、汚名を晴らすことすら出来ず…無力な十七年の日々を送ってきた、無力な俺に…お前達が死にに行くのを、また黙って見てろと言うのか…!!」
ボロボロと涙を零しながら切実に訴えるロック
彼はマクシィの死を目の当たりにしてから
何も出来なかった自分自身を責め続け、苦悩してきた
そして誰よりも、理解していた
王になっても、自分は……無力な存在なのだと
だが、それでもナッドは
「…それでも、お前には、ここで見守っていてほしいんだ」
「!」
胸ぐらを掴む手にそっと触れながらナッドは話を続ける
「ロック…お前の言う通り、いま俺達がしてることは…この世界にとって危険になりうるものかもしれない…罪を裁いてもらうどころか、こっちが裁かれるかもしれない…お前達を、また苦しめることになるかもしれない…けどな…もうこれ以上、逃げる訳にはいかないんだ…ファクティスが犯した罪を、あいつらのせいで犠牲になる奴らを、これ以上増やす訳にはいかない…どんなに馬鹿げたことでも…どんなにトチ狂ってたとしても……俺達は…やらなきゃいけねぇんだ…!」
「!」
初めて見たナッドの強い想いに、シンは目を見開いた
「ナッド…お前…」
「ま、残念なことに、ファクティスはもう既に俺達を標的にしてる…
「ファクティスが、この子を…?」
疑問に思うロックとデイジーに
リンクの力についても説明した
ファクティスが彼女の力を使って
この世界に救済をもたらそうという、野望
仮にそれが本当に世界の為になるのだとしても
彼らがそれまでに犯した罪が全て消えることはない
決して、許されることじゃない
そう考えるからこそ、ナッドはリンクを
奴らの手に渡らぬようにしつつ、裁きを使って
彼らを一斉に排除しようと画策したのだ
「まともに戦っても勝ち目が無いのなら…裁きだろうがなんだろうが、守るためならいくらでも利用してやるっ……それが、ナッド=モルダバイトとしての…意地だ」
「!!」
(ナッド、さん…)
男が背負うは、運命への反抗
【終】