第49話 誓い
文字数 4,578文字
『サファイア様、女王就任…心よりお祝い申し上げます』
『ありがとう…シルフ…あなたのおかげでここまで来れたわ』
『いえ、これは全て貴女様の努力の賜物ゆえ…私など』
『相変わらず真面目な人ね』
『…サファイア様』
『なに』
『私シルフ、これからもサファイア様をお守りしとうございます』
『な、なによ急に…』
『私は…幼い頃からずっと剣一本で生きてきました…そんな私を貴女様は優しく手を差し伸べ導いてくださいました。本当に感謝しております』
『シルフ…』
『あー!!シルフ様!!また抜け駆けしようとなさいましたね!?』
『ネリア?』
『いいですか?サファイア様を誰よりも尊敬してるのはこの私ネリアです!剣では劣っても王女様をお慕いする気持ちはシルフ様…あなたには負けませんし、一歩たりとも譲る気はありませんっ!』
『ち、ちょっとネリア…!』
『…はは…そうか…そう言われてしまっては私も黙ってはいられないな』
『シルフまでっ…もう…』
『王女様……いえ、女王陛下!』
『我らはこれからも、陛下と共に参ります』
『…ありがとう。シルフ…ネリア…これからも、よろしく頼むわよ』
あの日、私は改めて彼らと共に誓った。持って生まれた力に苦しむ人々が差別を受けることなく暮らせる平和な世界を築こうと
最初はもちろん、怖かった…苦しかった
人々を欺き、掟に背きながら、王になろうとする私自身を
でも…遅かれ早かれ…誰かが変えなくてはならないのだ
掟によって理不尽に散った罪なき民の命の為に
狂った歯車を…誰かが正さなくてはならないのだ
…だから…立ち上がることを決意した
けれど、私は
あの日
まで知る由もなかった私の進む道が
あの子にとってどれだけ理解し難いことか
私達の背中が
あの子にとってどれだけの苦痛をもたらしたことか
けれど私では…一生理解出来ないだろう
あの子の苦痛を、嫉妬を、寂しさを
愛する者すら手に入れられず…絶望したことを
その理由は全て…私が…全部、奪ったからだ
あの子が手にするはずだったモノを
私が全て、奪ってしまったからだ
私さえ、私さえいなければ…
あの子は…二人は…
ーーー
ー サンドル街道 宿屋 ー
「ふぁ~……はぁ…もう朝か」
目を覚ますと外はもうすっかり明るく空に雲ひとつない快晴っぷりだった。まだ気だるい身体を起こし陽の光に晒して背伸びしていると窓越しに見る街の中は人々はもう既に溢れており、ゆっくり歩いて見物する者もいれば、忙しなく働いてる者と様々であった
(そういえばまたしばらく見てないな…夢に出てくる…あの…)
夢にのみ姿を現し、シンに何かを伝えようとしてくる
謎の存在…白頭巾の者。未だに正体が分からず問いかけようものならいつも耳を塞ぐように意識が途切れて夢から覚めてしまう。アクアで見て以来、一度も夢に現れないことを思い出した時、シンはあることに気づいた
(あの夢…いつも何かが起きる前に見てるよな…たしか、最初に夢を見たサクスでは、サイゾウさん達に追われ…フルクトゥスの船では他の海賊に襲われ…アクアでは…あのオルティナという人とルーファ達が…リンクを……狙ってきた…いったいなんなんだ…この夢は)
白頭巾の者が自分に何を伝えようとしてるのか?
またあの夢を見て…その後なにかが起きたとき
真の答えが見えてくるのだろうか?
どちらにせよ、今のシンに出来ることはただひとつ
バチンッ!!
(…っ…気を引き締めろ俺っ…今は…前に進むのみ…!)
シンは自分に喝を入れるように両手で頬をビンタすると
宿の裏庭にある井戸水で顔を洗い、再び部屋に戻って着替えていると…
コンコン!
「シンさーんおはようございますー!」
「起きておられますかー?シンさまー?」
「早く起きないと朝飯たべちゃうぞー♪」
隣の部屋に泊まっていたリンク達が
シンを起こしに扉をノックした
「…おはよう!今行く!」
明るく高らかに声をかけると
シンは馴染みの鉢巻きを額に巻いて
部屋を後にし、彼女達と共に食堂へと向かうのだった
ーーー
二時間後…ガイア方面となる門前で
待っていたサイゾウ達と合流した
「準備の怠りはねぇだろうな?」
「この通り」
シン達は砂漠対策として着ているマントの中身を見せた
「よし。じゃあ行くぞ」
「あっ!おじさま待って~!!」
ぞろぞろと歩み始める面々の中
シンはふと、ケイの視線に気づいて振り向くが
目が合うとすぐに視線を逸らした彼女は
何も言わず歩み出していった
(ケイさん?)
ーー
歩いてから数時間…険しい道のりが続く森の中
アンは楽しげな声を上げ、サイゾウとケイは慣れた動きで先頭を歩き、ナッドは最後尾で警戒しながら慎重に進んだ。その間に歩くリンクは…危なっかしく歩く彼女を放っておけなくなったシンが彼女の腕を引いて歩くのだが…
「リンク…大丈夫か…ちょっとペースが早かったかい?」
「い、いえっ!大丈夫です!」
あからさまに息が荒くなってるのにも関わらず
シン達に迷惑を掛けたくない一心のリンクは
精一杯の笑顔で平常心を装い歩み出した
少しして、流れる大きな川が目の前に立ちはだかった
しかも勢いよく水が流れ、先に進むためには頑丈な大岩や、今にも崩れそうな細い岩など…大きさの異なる危険性を孕んだ岩の道を渡らなくてはならないのが、その危険すら何のそのと言わんばかりに川を渡る先頭のアン達、次にリンクが渡る時が訪れると不安の色を隠せないままリンクは慎重に岩を渡る…が
「…あっ!」
「リンク!!」
地面まであと一歩のところで足を滑らせたリンク
このまま川に落ちようとしたそのとき
ガッ!!
「…!」
「手、掴んだからっ…早く立ちなさい…!」
「ケイ…さんっ」
ケイがリンクの手を掴むと、リンクは足を前へと進むように力を入れて立ち上がるとすかさず加勢したアンが「せーのっ!!」と叫んでリンクを一気に引っ張り上げたのだが
「う、うわぁっ!!」
勢い余ってアンとケイの懐にリンクが飛び込むような形でバタバタっと倒れ込んでしまった
「リンク!アンさん!ケイさん!」
「はぁ…ったく」
三人の無事を確かめるべくシンは颯爽と川を渡った
「みんな!大丈夫か!?」
「えへへこんなのへっちゃらへっちゃら~…にしても疲れた~」
「アンタ…引っ張っただけじゃないの」
「協力したんだからいいっしょ?姐さん!」
「またアンタは…こんの…」
「あ、あのっ」
また喧嘩腰になりかけてるところを
リンクがバッと起き上がって割って入った
「助けてくれて、ありがとうございます…ケイさん、アンちゃん」
「別にどうってことないよ♪リンちゃんが無事ならさっ」
「アンちゃん…うんっ」
「…」
『王女様!』
ケイは二人の微笑む姿にかつての自分と
自分を慕っていた侍女を重ねた
「ところでさぁ…そろそろお腹空かない?ずっと歩きっぱなしなせいで私疲れちゃったぁ~」
「言われてみれば確かに…」
「あと少し先に行けば、開けた場所があったはず…それまでもうひと踏ん張りだ」
「えぇ~」
「文句を言うな」
疲れ果てたように動かないアンをナッドが
半ば無理矢理引っ張る形で連れていく
「二人共、立てるか」
「はい」
「…問題ないわ」
相変わらず素っ気ない態度で
一人立ち上がって先を行くケイにリンクは
「ケイさん…怒ってますよね…あたしが足を引っ張ったせいで」
「そんなことない。ケイさんはただ心配してるんだ、君のことを」
「シンさん…」
「まだ会ってから間も無いかもしれないけど、君も理解してるんだろ?ケイさんが本当はどんな人か…」
「!……そう、ですねっ」
落ち込む彼女の背中を押すように語りかけるシン
ケイの後を追うように二人は歩いた
ーー
日が沈み夜になったばかりの頃
狩った獲物を主にリンクが作った料理を美味しそうに口の中にかき込む一同。食事の後は和気藹々とした雰囲気で雑談を交えたり。サイゾウがかつて任務の際に覚えた笛の音を心地良く聴き入っているとケイが突然、その音色に合った不思議な歌を美しい声で響かせた
「ケイさま、歌えるのですか?」
「…趣味の範囲でね」
「それにしてもこの歌…なんて歌なのですか?」
「虹の
「へぇ…そんな歌があるんだ…」
「にしてもケイ殿、よくご存知で」
「あなたこそ…よく知ってたわね。こんな
古びた歌
を」ケイの言葉をどう受け止めたのか
サイゾウはフッと笑みを零し、演奏を続けた
その心地よい音色に
シン達はゆっくりと瞼を閉じ眠りにつくのだった
ーー
翌日、引き続き森を進むシン達
昨日に比べて平坦な道が続いてるおかげで体力の消費がいつもより緩やかに感じる中、ケイがシンの歩幅に合わせて隣に来て問いかける
「あなた…どうしてそんなにあの子を気にかけるの?」
「え?」
ケイが視線を送ったのは、目の前をひたむきに歩くリンクであった
「あの…ケイさん?」
「お人好しね、あなたもあの子も。お互い何の接点もないはずなのに…なぜ関わろうとするのか…なぜ、そんなにも命懸けで戦おうとするのか…」
「ケイさん」
「そのせいで…自分の命がなくなるかもしれないと言うのに…」
「…それは……俺にも…よく分かりません」
「え…」
不意にピタッと足を止め二人は話を続ける
「俺…子供の頃からずっと自分のことばかり考えてて、誰かの為に何かしようなんて考えたこと無かったんです…ミールのことも…あいつのためとかじゃなくて、俺自身があいつと家族になりたい…そう望んだからなんです」
「…」
「だけど、リンクと出会って…初めて知りました。誰かのために戦うということを」
「…っ」
真剣な眼差しでシンは語った
彼女は、己が剣を持って戦えないことを嘆きながらも
誰かの支えになりたいと望み、自分に出来ることを剣以外の方法で模索し続けている。自分のことをギリギリまで顧みないほど
その姿がシンにとってどれだけ衝撃だったことか
他人のために命を削り、戦おうとする彼女を
「俺のしてることが…彼女の支えになってるのかは分からないけど、とにかく俺は…守りたいんですっ…リンクを…」
『私シルフ、これからもサファイア様をお守りしとうございます』
(…シルフ…あなたは)
「シンさんーーーケイさんーーー!!何してるのですかーー?」
いつの間にか置いてけぼりとなってしまったシンとケイを
リンクが大声で呼びながら近付いてきた
「あ、しまった…俺が足を止めたから」
「別にあなたのせいじゃないわ」
「え?」
ケイはまたしても素っ気なくシンに背中を向けた直後
「昔…あなたにそっくりな人がいたのを思い出したわ」
「お、俺に?誰なんですか?」
「そうね、また気が向いた時にでも話してあげるわ。坊や」
振り向きざまに微笑むケイがそう伝えると
シンはわけも分からず首を傾げた
「気が向いた時って…いつになるんですか?ちょっと、ケイさん!」
ねぇ…シルフ、ネリア…
私、あなた達にそっくりな子を二人も見つけたの
何かと不器用で危なっかしいほど目が離せないけど
誰かの為に強くなり、誰かの為に一生懸命になれる
こんな力を持った私を…何の躊躇もなく受け入れてくれた
あなた達のように強くて優しい子達なの
こんなことになってしまったけれど
後悔してもしきれないほどに
時が過ぎ去ってしまったけれども
私、決めたわ
たとえ、どんなことがあろうと
たとえ、もう後戻り出来なくなったとしても
私は、私の持てる力で
今度こそ…救ってみせる…!
あの子達を…あなた達が生きたこの世界を
そして、あの子も…
【終】