第60話 仕組まれた戦い
文字数 5,239文字
ブロンズ宮殿門前で大声を上げる民達と
それを少し離れた場所から見て
頭を抱えるロックとデイジーの姿を見つけた
「ロック、デイジー」
二人の名を呼んで近づくナッドに
ロックは驚いた表情を見せた
「ナッド!お前、なんでここに…しかも嬢ちゃんと二人で…」
「これだけ大勢の民が押し寄せて来てるんだ。いくら王でも、手が足りてねぇんじゃないかと、思って来たんだ」
相変わらずぶっきらぼうな口振りだが…二人にとっては
「ふっ…やっぱお前さんには敵わねぇな、ナッド」
「その口の聞き方を除けばの話しね」
「はいはい、それは失礼した」
話が済んだところで
未だに声を張り上げる民達の様子を見て
ナッドは冷静に考えた。民達が何故ここまで訴えるのか?
リンクの事をどこで聞きつけ、どうして罪人と呼ぶのか?
その理由だけでもいいから知りたい
そう思ったナッドは先頭に立つ民から聞きに行くも
返ってきた言葉は
「罪人を庇うのか?」
「裏切り者め」
「裏切り者め」
「裏切り者め…!」
全く聞く耳を持たず、自分達の主張を通し続けた
「おじさま、これ…どうする?」
「様子を見て、親玉が現れないようだったら…これを使う」
「それって…確かサイゾウくんが持ってた…」
ナッドが出した物は、眠気作用を引き起こす煙玉
サイゾウから事前に貰い、いつ何が起きても使えるように
用意していたのだ
「それを使って、みんなを大人しくさせるって感じ?」
「強引な方法だが…これ以上、ここでのさばらせておく訳にもいかないからな」
「なるほどねぇ…って、あれ?」
群れの一番後ろで妙な動きをする民の姿を発見したアン
その数分後に起きる、地獄の予感に気づくことなく
ーーー
…その頃、ソラと遭遇して膠着状態となったシン達は
「戦いたくない…って、何の、ことですか?俺はただ、皆さんを、安全な場所に…連れていきたいと…思っただけで…」
「優しいな…ソラ。キョウ=アルヴァリオのために動くお前が…俺達相手に拳を鈍らせるなんて」
「…っ」
シンは冷静な口調で、ソラに揺さぶりを掛けていた
先ほど言い放った【戦いたくない】という言葉は
もちろん本音ではあるが、その一方でソラの言動を確かめる術としてもあった…その結果、純粋で嘘がつけないソラはキョウ=アルヴァリオの名前を持ち出して自分達を説得しようとしたことで、シンの心は固く決まった。ただ唯一、腑に落ちないのは…
「お前は…キョウ=アルヴァリオの本性を分かっててこうしてるのか?」
「え…!」
「理由はどうであれ、アイツは…刺客を使ってリンクを
殺そうとした
…アクアの、女王様のいる前で…!!」「どういう、ことですか…キョウさんが、リンクさんを、殺そうとした?な、なんでそんな…」
(やっぱり、何も知らないんだな…ソラ)
肩を震わせるほど動揺するソラを見て
シンはさらに確信を得た
ソラは、ただ言われるがままに利用されていた
何も知らないのをいいことに、純粋な少年を
悪の道に引きずり込もうした
そうなってしまった理由はただ一つ…
「…ソラ、どうしたの?」
「!…か、母さん?!」
不意にソラの背後から現れたのは
動けない身体を必死に起こし
今にも消えそうな弱々しい声で息子の名を
愛おしく呼ぶ、ソラの母だった
「ソラ…あなた、何を…」
「母さん!どうしてまた外に…無理に身体を起こしたら…」
「どうしてって…あなた、さっき急に外へ飛び出したもんだから…つい、気になって…」
「母さん…」
息子のために、躊躇なく立ち上がった母
その事を家族として当然のように振る舞い
安堵の笑みを浮かべる母の姿に
ソラの胸は強く締め付けられた
「母さん…お…俺はっ…」
「……どうしたの、ソラ…そんな泣きそうになって…」
「…」
どう答えていいのか分からないソラは
堪えるように口篭った
いつもだったら自然に答えてくれるはずの息子に
内心戸惑うほど違和感を覚える母だが…
「…母さん、ソラが笑ってくれてたら…それだけで幸せよ」
「!…母、さん」
「何があったのか知らないけど…私は、何があっても…あなたの味方よ…ソラ」
「…っ…どうして、聞かないの?」
「聞かなくても、わかるわ」
「え…」
「だってあなたは…私と、お父さんの子…なんだからっ」
「…!!」
母のその一言に、ソラの目に涙がじわりと出た
「ソラ?」
「ソラ…」
「かあ、さん…シンさん…俺は……俺は………っ?!」
ソラの言葉を遮るように
背後からダガーナイフを持って勢い良く迫ってきたのは
顔も全て覆い隠すこげ茶色のマントを着た二人の刺客であった
「あ…!!」
ガンッ!!!
「サイゾウさん!!ミール!!」
リンクを背負った状態で身動きが取れないシンを、咄嗟の判断で刺客の攻撃を受け止めたサイゾウとミール。
「こ、のぉ!!!」
力む声に合わせて刺客を押し返し
なんとか距離を置くことが出来たが、状況は最悪。
刺客はさらに二人現れ、あっという間に囲まれてしまい
逃げ場を失ってしまった。
そしてソラとソラの母は
あの一瞬で何が起きたのか理解出来ず
呆然とした表情で立ち尽くしていると
「…やれやれ…予定より少々違ってしまいましたが、結果的に罪人を追い詰めることが出来て何よりです」
「…っ!」
「お前は…キョウ……アルヴァリオ…!」
ーーー
一方、日差しがさらに強くなる中で
死闘を繰り広げるケイとオルティナ
互いの意地と執念が暑さをも凌ぐ勢いで
激しくぶつかり合った
「…っ!…ほんと、しつこいわねっ!!」
「当然だ!私はアサシンっ…主から与えられた任務を遂行するのが、私の務め…!そして、あの方の邪魔をする者は一人残らず殺すっ…確実にね!!」
盲信という言葉を体現したようなオルティナの信念
彼の為にその美しくか細い手を血で汚し続ける
「私の務め…か。潔い上に目的がハッキリしてて羨ましいわね」
「それは…褒め言葉として受け取っておくわ」
(本心よ、オルティナ…あなたといい、エメラルといい、あなた達はただ、愛する人のために全てを賭して戦っている。形はどうあれ、私に出来なかったことを…あなた達は実行した…そう思うとあなた達の事が……本当に、羨ましい限りよ)
心に渦巻く羨望の中でケイはもう一度剣を構えた
オルティナのまっすぐな想いを真っ向から立ち向かうように
ーーー
…そして、宮殿では
「急いで宮殿内に入るんだっ!!はやく!!!」
つい先程、アンが発見した妙な動きをする人間達が
突如モンスターと化し、その場にいる民達を
容赦なく攻撃し始めた。それを見た民達が悲鳴を上げて
大パニックとなる。ロックとデイジーは急いで民を宮殿に避難させ、ナッドとアンも負傷した人々の救助と共にモンスターを駆逐する
「なんてことだ…人間が、モンスターになるなんてよ…!」
「前にもあったよ…グレイの王子様を、バケモノに変えた…
誰かさん達
のせいで…ねっ!!!」アンは得意の抜刀術でモンスターを次々と一閃した
ナッドは彼女を後ろから援護射撃する形で応戦するも
じわじわと増えるモンスターの数に苦戦を強いられる
(…予想以上に、人間のモンスター化が増えてきてやがるっ…あいつら、いったいどこまであの石の力を高めるつもりだ………チィっ!)
バァン!!
ガンッ!!
ほぼ同時に響いた銃声と鈍い打撃音
互いの背後に迫るモンスターをナッドは狙い撃ち
アンは魔法で軽々と薙ぎ払った
「おー!ナイスアシストおじさま~♪」
「…たまたまこうなっただけだ」
意外にも、息の合った?彼女とのコンビネーションに
ナッドは少し戸惑いながらも安堵するが…
「まだ数が多い、油断するな」
「へーきへーき♪おじさまと私なら、こんな奴らちょちょいのちょいで倒し切れるわよ」
「そんな都合の良い展開になるなら…俺もこれ以上骨を折る必要は……!……おい!!」
言ったそばから油断するアンの背後を奇襲してきたモンスター
いち早く気づいたナッドは身を呈して彼女と倒れるように庇った、しかし
ザシュッ!!!
「…っ!」
「おじさ…!」
避けた際に、モンスターの鋭い爪がナッドの腕を掠った
グググッ…ギェアァァァァァァァァァ!!!!!!
隙を逃さなかったモンスターは、息もつかせぬ速さで
もう一度ナッド達に攻撃しようとしたとき
「ナッドぉ!!!でぇりゃぁぁぁあぁ!!」
ロックが雄叫びと共に自身の武器である
大斧を豪快に投げると、モンスターの脳天に刺さると
血を吹き出しながら即死した
「ナッド!大丈夫か!?」
「お、じさま…」
「はぁ、はぁ…平気だ…ンなもん、掠った程度、だ…」
掠ったとはいえ血は止まらない一方だった
すぐに治療したいところだが、今はリンクはおろか
治療班は全て負傷した民の元へ急いでる頃、さらに
ザッザッザッ…
「!?…こ、こいつら…!いったいどこから!!」
ナッドという戦力が喪失した今
モンスターはさらに数を増し
自分達をいたぶるかのようにゆっくりと押し寄せてきた
「クソッ…全部、奴らの思惑通りということ、か…!」
「おじさまっ…ダ、ダメだよ!その傷で銃持ったら死んじゃうよ!」
「うるせぇ!怪我だろうがなんだろうが…やるしか方法がないんだ!!…もうこれ以上、アイツらの好きにはさせん…!」
「おじ…さま…」
ドクン
血を流してでも立ち上がろうとするナッド
その痛々しいほどに切ない彼の大きな背中を見たとき
アンの心に不穏な鼓動が唸り出す
ドクン
「…………さ、ない」
「?…おい、どうした」
「ゆる、さない…ゆるさな、い…ゆるさない…許せないっ…」
ドクン…ドクン…
「おじさまを…みんなを…傷つけるやつらは…ふ、ふふっ…みんな…みんな…ゆるさないっ…ゆるさない…!」
「…!…お、お前…」
「あは、はハは…ゆるさない…みんな、ア…ハハはっ…ころしてやる…殺してやるっ…!!…殺してやる!!!!!!」
ゆらゆらと身体を揺らしながら、右手には刀を強く握り締め
笑ってるのか怒ってるのか判断がつかない歪んだ表情
栗色の瞳と額に飾られた青い宝石は
真っ赤な血のように赤く紅く、染まり始めた…
「!…この気配は…」
「どうした、キャビラ」
「あ……えぇ、少々…気になる魔力を探知しまして」
「魔力?……確かに妙な気配が漂うが…」
「急ぎましょう…なんだか、とても嫌な予感がします」
「そうだな…
あの馬鹿ども
が、先に行っちまったことだしな」ーーー
各地で起きる戦いが激化する中
シン達もリンクを守るため、彼女を建物の隅に隠れさせ
刺客と交戦した、だがその隙を容赦なく突いてきたのは
キョウ=アルヴァリオが放つナイフの嵐だった
「ふんっ!」
「うぁっ!!」
「ミール!!」
キョウの投げたナイフがミールの太ももに刺さった
痛みのあまり、動けなくなるとシンがカバーする形で
刺客を薙ぎ払うも、戦況はどんどん悪くなる一方だった
すると、一つため息をついたキョウが突然攻撃を止め
話しかけてきた
「リンク=アソワールさん…そろそろお縄を頂戴したらどうです?このまま争えば彼らを失う結果となる…いくら罪人といえど、仲間を失うのは心苦しいのではありませんか…?」
「それ、は…っ」
「ふざけるなっ!!何が罪人だ…!リンクに濡れ衣を着せるだけじゃ飽き足らず、何の関係ないソラや街の人達を利用してこんなバカなマネをするアンタに……リンクを渡すわけないだろっ!!!」
彼らに対する怒りで声を上げるシン、だが…
「…はぁ……困りましたね…私はただ…街を混乱に貶めた罪人を捕まえるために動いてるだけなのですがねぇ…」
「な、なに…?」
キョウは何故か不思議そうな表情で答えた
「だってそうでしょう?先日、君達と彼女はあの市場で騒動を起こした…そしてその騒ぎを起こした元凶がリンク=アソワール…彼女なのだ…目撃した者ら全員がそう断言したのだから、捕まえるのが道理ですよね?」
「断言?断言だと?いったい誰が、いつ、そんなこと断言したんだよっ!ふざけるのもいい加減にしろっ…!!」
激昂するシンを見て
キョウは呆れた表情で呟いた
「…どうやら、話し合いでは解決しそうにありませんね…となれば、やはり大人しくお縄を頂戴しましょうか…罪人、リンク=アソワール」
キョウの言葉を合図に
建物の二階の窓からもう二人の刺客が飛び出し
リンクに向かって迫った
「あぁっ!!」
「!…リンクーーーー!!!!!!」
思いもよらぬ奇襲に身動きが取れないシン達
まさに絶体絶命と思われた
そのとき…
ザシュッ!!!!!
「なに…!?」
突如、迫る刺客の一人を水の魔力で出来た鎖鎌で
もう一人は禍々しい闇の魔力を帯びた大鎌で
彼らの首を同時に一刀両断した
バタッ…バタッ!
「…ひっ!?……あ…あぁ…っ」
頭上から落ちてきた刺客の首と死体からボタボタと溢れる血の雨に、リンクはショックのあまり目を逸らした
「あらあら、ごめんなさいね…いきなり怖いところ見せちゃって」
「え…」
「ふぁ~ぁ…なんだよ、大したことねぇヤツらだな…そんなんで俺のリンクに手を出そうなんざ…一千万年早ぇんだよっ…!!」
「あ、あなた方は…」
「リンドウ先生に……ジョー…さん!?」
思いもよらぬ形で再会した
自由を求めし海賊団・フルクトゥスのジョーとリンドウ
戦いは、まだ始まったばかりだ
【終】