第3話 刺客
文字数 4,638文字
そこには...見知らぬ白い花畑が広がっていた
(なんだここは...俺は...確か...街から逃げようとして、それから....)
ひとつひとつ思い出す中で
優しく包まれる花の香りは
ひどく心地良かった
シンはこの香りを
知っているような気がした
知らないはずの香りなのに...
知らないはずの場所なのに…
どこか、懐かしい...何故なのだろうか...
ひとまずシンは体を起こして周囲を見渡した
すると、遠くの方で花畑に紛れて立ち尽くす
全身白頭巾で包まれた人らしき者
を見つけたなんとか話をするべく慎重に進むが...
(うわっ!!!)
突然の風により花が舞い散ると視界を遮るとともに
意識もまた、徐々に遠のいてゆくのだった...。
【第3話】
「.....っ!!!!!!」
再び瞼を開くと
今度は木造の天井が目に飛び込んだ
もう一度周囲を見渡すと
今度は全く見覚えのない寝室であった。
(夢、だったのか?...だとしたら...ここは)
再び体をゆっくり起こした瞬間
急な目眩と頭痛が同時に起きた。
それと同時に甦るように浮かんだのは
ドラゴンによる惨劇と最後に見た少女たちの姿が
(そうだっ...俺は確か...彼女たちと逃げて...それから...)
その後の記憶は一切なく
思い出せない状態のまま、目眩と頭痛は止んだ
ガチャ...
「む?....おぉ起きたようじゃな!」
ノックもせずいきなり部屋に
入り込んできたのは
薄黒の羽織りと焦げ茶に近い色の着物で
身を包む白髪の老人であった
「あ、あの...」
「ん?おぉ突然ですまぬのぅ若造、ワシは【ハル】。この診療館で悠々と隠居させてもらってる釣りと世間話が趣味な道楽ジジイじゃ!はっはっはっ…!」
老人…にしては随分と活気溢れる笑顔で好き放題に喋り倒すこのハルという男を前にただただ圧倒され困惑するシンであった
「…さて次は…おぬし、名はなんと申すか?そして、どこからここまで来たのか、お主の言える範囲で聞かせてもらえぬかね?」
「え!…あ、あぁ…すみません...俺はシン、と言います...俺は、ここから西の海を渡った先の島からここまで来ました」
「なに?西の海からじゃと?これはこれは…さぞや長旅であったであろう、その上かような事件に巻き込まれるとは、災難であったのぅ...」
「いえそんな...こうして生き残れただけ十分幸い…....っ!!そうだ…!…あ、あの!!すみませんが、一緒にいたはずの女の子と子供たちを知りませんか...!?俺、あの時その人達と逃げてきて……!」
そう問いかけるとハル老人はこう答えた
一緒にいた子供達はほぼ無傷で済んでいた
今は別の場所で保護されている模様
そして、あの少女はなんと
隣の部屋で治療中であると告げられた
「ち、治療中っ…!」
それを聞いたシンは
いきなり部屋を飛び出し、少女の元へ...
ガチャンッ!!!
「!!」
視界に映ったのは少女の頭部には包帯
腕には輸血用の点滴が施されていた
そんな少女のあまりに悲惨な光景に
シンは愕然とするばかりであるが...
「心配せんでもよい、頭部から大量の血が出ておったが、今は輸血用の血を送っておるゆえしばらくすれば回復するぞ。」
ハル老人の言葉にひどく胸を撫で下ろした
「ハルさん...助けてくれて、本当にありがとうございます...!」
「ふふふ...なにを言う、子供たちと【リンク】ちゃんを一番に助けたのはおぬしであろうに」
「で、でも俺はあのまま....っ!.....リン、ク?」
「むっ?なーんじゃおぬし、名前さえも聞いておらんかったのかね?」
ぷっ...と笑いを堪えながら肩を震わせるハル老人
自分のあまりの無知と情けなさから違う意味で肩を震わせたシンであった。
ーーー
一息ついた後、ハル老人から改めて話を聞いた
まず最初に、少女の名は【リンク】
実は彼女…シンとは別方向であるが遥か遠くから来たとある孤児院の出の人間であるが、自身の夢である【医師】となるべく各地を渡り歩いているのだという。一緒にいた子供たちはこの地に住む孤児で、他にも患者や怪我人の者達を手厚く世話をしているそうだ
そんな彼女の生い立ちにシンは感心するばかりであった
つぎに…あれからシン達は
近くに逃げ出していた民達によって山中にひっそりと佇むこの診療館へと運良く運ばれたとのこと
現在のサクス領内では王室と政府がドラゴンへの襲撃によって破壊された街を一丸となって再興してる最中であった
ちなみにこの診療館にも未だ
多くの負傷者が運び込まれている。
そして最後に…
あの時、禍々しい雲の隙間から現れた黒いドラゴン
あれがなぜこの地に舞い降りたのかは不明であるが
正体についてはほぼ検討がついていたハル老人は
あるお伽噺を元に静かに語り始めた。
物語は人々が平穏に暮らしている世界の中で
突如現れたドラゴンがその地を荒らし
それを人間達が何百年も懸けて対抗していくという
言わば一種の成長物語のような話である
しかし、物語の途中でドラゴンは
【人の心】から生まれた存在という
衝撃の真実が明かされた
「人の、心から?」
「そうじゃ」
「すみません、全く意味が分かりません、人の心からどうやってドラゴンが…」
「残念ながらその辺りの正確な答えは不明のままじゃ…だが、そうなってしまったのは人間の持つ心に抱いた感情が引き金となったという一説がある
たとえば、相手の事を心の底から
憎む者、哀れむ者、嘲笑う者…といった者達が
ドラゴンと化して集まり
世界を崩壊直前まで追い込んだそうだ」
話を聞く度、シンは息を呑んだ
「…お伽噺…にしては、妙に生々しいですね」
「確かにな、じゃがこの話では全てのドラゴンが悪意に満ちてるとは限らなかったのじゃ」
「それは、どういう意味ですか?」
「それは…相手を憎むのでなく
【相手を慈しむ】ドラゴンが
たった一匹、存在したそうじゃ…」
ハル老人は話を続けた。そのドラゴンは唯一人間達と心通わせる良心で同族であるはずのドラゴンたちに怯むことなく人々と共に立ち向かっていったという
こうしてドラゴンと人間は幾多の危機を越え彼らの封印を成功させると己もまた共に世界を去るように封印された。
人間達の平和を祈りながら...
そして人間達もまたドラゴンと
散って逝った多くの仲間達の思いを胸に
再び平穏な世界を築いて、物語はそこで幕を閉じた
聞き終わってすぐシンはドラゴンについて推測した
ドラゴン…このお伽噺でしかなかったはずの存在が
【現実】となって現れた...もし、その話の通りの存在であるならば...あのドラゴンが本当に…【人の心】から生まれたのだとしたら...
(!...いや待て、そんなはずは…人が…ドラゴンを生んで、この街を……襲う?…そんな馬鹿な事、あるわけない…いや、そんなこと、あっちゃいけない!!…くそっ…)
シンは脳裏に浮かぶ予感を必死に振り払った。
その仕草に察しがついたハル老人は
「.....お主の考えてることはお伽噺を知るものなら誰もが考えつく事であろうから分かっておる...だが、もし王室や政府にそんな御伽話の世迷い言を信じる者が居たとしたら.....ぬ?」
窓際の向こうから聞こえる怒号
恐る恐る見てみると
そこには...医師たちと言い争う
【サクスの兵士達】の姿であった。
不思議に思った二人は
玄関扉からわずかな距離まで近づいて
彼らの会話に耳を立てると
「ここは仮にも診療館です。先日の騒動で溢れた怪我人や患者、そしてそれに携わる我々医師のみしかおりません。ですから...」
「だから!この建物にはあの騒動でサクスに紛れ込んだ旅人や流れ者が潜んでいるはずだ。その者らだけを連れて今回の事件に関する尋問を行うと我が偉大なる大殿が命令を下したのだぞ!」
「尋問?命令だと...?」
「まさかとは思っていたがあの世迷い言を信じてドラゴンの主を探しておるということなのか?...なんと愚かな事を...若造、ひとまず荷物を持ってこっちじゃ...」
ハル老人に導かれたのは
診療館の裏口...非常時以外はあまり使用されない扉であるためその先は生い茂る森の道が続いているという。
「助けて、くれるのですか?」
「ここまで来たお主のようなしぶとい若造を無くすのは実に惜しいと思っての...あやつらに捕まればどんな仕打ちをされるか分からぬ...じゃから...」
そう言うとハル老人はシンの手を強く握りしめた。握りしめる手から伝わるのはハル老人なりの情の厚さを身に染みたのだ
「ハルさん.......ありがとう.....あ、それと...」
「む?....ふふふ、なに、わしの事なら心配無用じゃ。そしてあの子も...あの状態では尋問など到底無理なはず、だからむやみに連れてはいかぬはずがない」
見透かされた憂える思いを
無邪気に払拭してくれたハル老人に
ひとまず安堵するシンは彼に頭を深々と下げ
裏口から森へ駆けていった。
「さて、リンクちゃんの容態...見に行かねばの....あの若造のためにも、な」
ーーー
数十分後...生い茂る道は来た道以上に険しかった
整理もいき届いていない道はもはや獣道も同然...
しかしシンにはそんなこと気にしてなどいられなかった
今はただひたすらにサクスを出ようと抗うのみ
だが、そんな思いとは裏腹に
早くも背後から複数の黒い影が迫り来る
(まさか...もう気づかれたというのか?)
迫る幾多の影はシンの頭上を越え包囲していくと
立ち止まらざるを得ない状況となってしまったシン
じわじわと増える影、顔は黒づくめのせいで全く見えないが、何人か懐から光る刃物をチラつかせていた
(まさか、これが俗に言う刺客というやつか...しかもこんな大勢で俺一人に寄ってたかってくるとはな...)
人数はパッと見て少なくとも十数人
可能性としてはまだ奥にも敵が潜んでるかもしれない
完全に多勢に無勢な状況であるシンだが、今更ここで怯む訳にはいかないと、捨て身同然の覚悟で臨戦態勢に入ろうとしたその時
「...お前たちはそこで下がっていろ」
彼らの背後から静かにそう告げたのは.....
同じ衣を装うも雰囲気がまるで違う
彼らの統率者らしき者が姿を現した
そして統率者は単身、シンに堂々と近づくと
「...こんな大勢の刺客を連れて俺に何の用だ?」
「大殿の命令により、そなたを捕らえに来た...何、心配はいらぬ...彼らは付き添いに過ぎぬ...そなたの相手は...この俺だ。」
統率者がそう告げると同時に刀をシンに突きつけた
無論シンもまた...彼に向けて剣を突きつけた
全身を黒づくめで纏う中で
赤紫色に輝く瞳が
獲物を捕まえんとする烏のように
シンの姿をまじまじと見つめているのだが
(な、なんだ…こいつ?...刀を向けられてるはずなのに
全然殺気を感じない...この違和感...なんなんだ?)
シンの勘は、想像か、あるいは現実か...
はたして…
【終】