第19話 叶えたいもの
文字数 3,526文字
戦いの最中に現れた巨大な影は
上空から凄まじい勢いで乱入してきた
少女の叫びでそれに気がついた二人は
咄嗟の判断でそれぞれ後退するが
勢いのある着地で道が抉られたように凹み
瞬く間に吹き飛ばされそうな突風を起こした
そして…
ビキビキ…ビキビキビキビキ…っ
「…っ!!」
「こ、これは…!」
ガシャァァァァァァァァァン!!!
凹んだ場所から地割れが発生した
シンは急いで身動きが取れないメイリンを抱えて
崩れゆく道から離れる一方
女の方は足場が狭いせいで逃げ遅れ
地割れが足元まで到達すると…
「あ、危ないっ!!」
シンは咄嗟に女に声を掛けるが時すでに遅し
女は、抵抗する間もなく落下し
森の中へと消えていった…
思いもよらぬ展開に言葉を失うシンとメイリンだが
「…!」
爪のように鋭く赤い瞳の
モンスターがこちらを向き、目が合った瞬間
恐怖から背筋が一気に凍り
大量の冷や汗が頬を伝った
大柄の人間のような出で立ちの反面
手足や顔は野生の獣そのものなモンスターは
何故か興味を示したかのように
シンとメイリンの元へゆっくりと近づいてきた
ドクンッ…!
(…まずい…どうする…っ)
【第19話】
ヒュン!…ヒュン!!
「…………!!」
突然シン達のいる後方から
モンスターに向かって矢が放たれてきた
しかしそれをいとも簡単に振り払った直後
パァァッ………!!
今度は獣の足元から複数の小さな魔法陣が出現すると
……ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!!
魔法陣から放たれた小岩がモンスターを襲った
いくつか当たったものの
全身から発生する黒い炎がそれを防御したことで
あまり効果を得られなかったが…
「あちゃあ…参ったわねぇ、私の魔法全然効いてないや」
「魔力の装甲か…破るのに手間が掛かりそうでござるな」
「サイゾウさん!アンさん!!」
窮地に立たされたシン達を援護してくれたのは
言葉の割に平然とした態度を取る
サイゾウとアンであった
「おー!シン君!しぶとく生きてたみたいだね♪」
「しぶとい男はとことんしぶといでござるからな」
「ア、アンタら…もう少し言い方ってものを…」
「姫様ーーーー!!」
言葉を遮ったのは
涙目になってメイリンの元へ駆け寄る
執事のシャオルであった
「シャオルっ…そち、ここまで来たというのか?」
「ぜぇぜぇ…当然…です姫様、わた、しは…はぁ…姫様の…執事、です!姫様が向かうところなら、私は…何処へでも、参ります!」
「お……大馬鹿者が…ぐっ!」
「姫様っ!?」
太ももに突き刺さるナイフの痛みに疼くメイリンに
シャオルは「な、なんてことだ…!」と言って一人
顔面蒼白になっていると
「皆さんっ!大丈夫ですか?!」
「り、リンクさん!!」
「!…シンさん!…無事でよかっ…!?」
更に追いかけてきたリンクも現場に到着
しかしその目で見た、モンスターの存在や凄惨な戦いの傷跡など…どれも彼女にとって衝撃的な光景のあまり
困惑した
「こ、これは…いったい、何が…」
緊迫した状況で全員が揃うと、モンスターは
グルルルッ…!!とシン達を軽く威嚇した後
崖を強引かつ乱雑に頂上へ飛び去った
「ま、待てっ!!」
シン達は追いかけようとしたが
山道を壊され、崖を登られてはまともに追いかけられない状況の為、モンスターの姿を見失うまで見守ることしか出来なかった
「さっすがモンスター…簡単に登られちゃどうしようもないわねぇ」
「そして、あれが【噂の元凶】…ということでござるか」
「あれが…この山に棲みつく…モンスター」
(でも、なんだ?…この感じ…何か引っかかるな…)
「姫様!!」
シャオルの声でハッと我に返ったシン達は
即座に後ろを振り向くと
ナイフをゆっくりと慎重に取り除くリンクと
痛みを歯を食いしばるように耐えるメイリンの姿が
ズルッ…ブシュッ!!
「…っ!」
「リンクさん!」
抜き取ったナイフから鮮血が飛び散った
しかし、リンクはそれに臆することなく
むしろ落ち着いた様子で傷口を消毒したあと
ポシェットから手持ちの布で止血した
「もう少し、ですからね」
「ぅう……っ!……」
メイリンを優しく包むように声掛けしたリンクは
止血している布を固定するため今度は包帯を取り出すと崩れないようにしっかりと巻き上げた
「はいっ…出来ましたよ」
「はぁ、はぁ…す、すまぬ…感謝する…って、そち!血が…」
「え?あ…」
飛び散った血はどうやら顔だけでなく
お腹あたりまで付着していた
「これ、良かったら使ってください!」
「ありがとうございます!」
シャオルは自分のポケットから
小さなハンカチをリンクに差し出した
その後は嬉し涙を流しながら
メイリンを救ってくれたリンクやシン達に
深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べ続けた
……さて、ここからどうしたものか
あれから一同は互いの事情を
改めて明かしたものの
王女と名乗る少女・メイリンは
傷ついてもなお、山に登りたいと言い
シャオルがそれを阻止しようとするも
断固として譲る気は無かった
「なぜそこまでしてこの山を登ろうと…」
「…そち達に申しても何の得にもならん」
「えーここまで来て急にだんまりっすか?お姫さん」
「助けてくれた事には感謝している…だが、この先は【王族】たる私にしか出来ない事だ…だからそち達を、巻き込む訳には…」
「そうは言いますが…王女様、またあのモンスターに出くわしたら、その足で逃げ切れますか?」
シンに痛いところを突かれたメイリンは
思わず困惑した…確かに、あの時は偶然にもモンスターが乱入したおかげで九死に一生を得たが、決して味方とは限らない、下手したら敵同士となることだろう
その事をメイリンは百も承知であるが…
「…それでも、行かねばならぬ…」
「姫様…」
「私は…約束したんだ…
亡くなった
…兄上に…」「お兄さんが、いらしたのですか?」
メイリンは、静かに頷いた
「兄上は…とても優しく賢いお人だった。幼くして王の素質を見出され…早いうちから皆に次の王として期待されていた……患っていた病を…除けばの話であるが」
「病を…患っていたのか」
「元々体も弱く…その知性と聡明さとは裏腹に…途中で患った病は…兄上の体を容赦なく蝕んだ…そして」
兄は…その後健闘もむなしく息を引き取った
わずか十歳というあまりにも
短過ぎる生涯を閉じ、メイリンは、グレイ全体は
彼の死を深く嘆き悲しんだ
「そんな…」
「だから…私が…やらなくてはならないのだ…兄上が叶えられなかった夢を…守るべきこの地を…私が守り、果たさなくてはならないのだと…!」
少女の決意は想像以上に固かった
夢半ばで倒れた兄の想いを叶えるため
少女は、どれだけ辛く悲しい道を歩み
耐えてきたのか?
シンにとって、皆にとって…
それは到底想像がつかないものであるかもしれないが
(王女様…なら、俺は)
何かを決意したようにシンは
いきなり立ち上がったかと思えば
メイリンの前に背を向けたまま膝をついた
「おぶさってください、王女様…目的の場所まで、俺がお連れしますから」
「な、なんだと?そち、正気か?」
不意に不意が重なるシンの言動に
周囲は驚かされてばかりだ
「どうしたの?シン君、急にそんな…」
「俺たちがどうこう言おうと、王女様の気持ちは…決して変わらないのでしょ?だったらもう…止める理由はありません」
「と、止める理由が無いのなら…あなた様が、手伝う理由も無いのではありませんか?」
「そうでもありませんよ…俺も…あのモンスターのこと、ちょっと気になってまして」
「モンスターの事が?」
彼女の事を心配する気持ちもある傍ら
あの時感じたモンスターに対する心の引っかかり…
それはきっと自分の記憶と何か関係があるのだと
推察したシン…サクスにたどり着いてから続く
この心のざわめきを何としても突き止め
真実と向き合いたいし…
「ふ…全くそなたは馬鹿正直でござるな」
「え?」
「確かに、ここまで馬鹿正直なお人好し…初めて見たわ♪」
「…ど、どういう意味ですか」
一瞬、いくつもの疑問符がシンの頭上に飛び交ったが
サイゾウとアンはおそらく、察しがついたのだろう
彼が今何を考えてるのかを…
(俺って…そんなにわかりやすいのか…)
つくづく自分が情けない気持ちと
二人が味方であることの安堵感に揺れたが
一方で気掛かりな事が
「そうだ…リンクさんは…街へ避難した方が…」
「え…?」
「あーそっか、リンちゃんはあくまでも【巻き込まれた】方だから…そこまで付いてくる必要はないわよね」
「そんな…皆さんを放って…あたしだけ安全なところにだなんて…」
「否、リンク殿にはこのまま同行してもらうでござるよ」
サイゾウの思いもよらぬ言葉にシンは耳を疑った
「サイゾウさん…なんで…」
「そなたも聞いて疑問に思ったはずでござろう?彼女がなぜ…
あの場所
に連れ去られ…今ここにいるかを」「…!」
彼が今…真に、向き合うべきものとは?
【終】