第69話 告白
文字数 5,597文字
不気味に微笑む彼の姿に
キョウは怪訝な表情で警戒していると
「ふふっ…いやだなぁ~何をそんなに警戒してるんです?仮にも僕達は
同盟を結んでる仲
だってのに」「そうだな、仮にも我らは…同盟を結んでいるにも関わらず、こうして四六時中コソコソと我々の動きを監視されるとは…不愉快以外の何ものでもない」
「ありゃあ随分な嫌われようだ~…ま、それだけ僕達はあなたはもちろん、他人の動きには敏感だし、あなたもそれを知った上で僕達と手を組んだ…そうでしょ?」
「危険な輩ほど、傍に置く方がいい。なぜなら、いつ寝首を掻かれそうになってもすぐに対処出来るからな」
同盟を結んだ二人のやりとりとは思えぬほどの
ピリピリと殺伐とした空気が流れるのをソラは感じた
いつの間にか自身の額からびっしりと冷や汗をかく程に
「…ふ、ふふっ…あはははっ…それでこそ同盟を結んだ甲斐があったってもんよ!キョウおにいさん♪」
「そうか……で?結局のところ、お前の要件とは何なのだ?」
キョウがさりげなく質問すると、ルーファが「あ!」と大きな声を出して言うと、何かを思い出したように自分の服のポケットからある物を取り出した
「危うく忘れるところだったよ~…はいこれ!これをお兄さんに渡そうと思ってここに来たんだよ♪」
「それは、癒晶石か?…にしては随分と歪な形のようだが…一体なんなのだ?」
「そうだなぁ…簡単に言うと…おにいさんの欲しいものが簡単に手に入る石…ってところかな♪」
「…!!」
差し出されたのは、光に照らされ神々しくもどこかおどろおどろしい鮮血のような赤色で染まる癒晶石…手のひらに収まる大きさだが、形はよく見る円形の物ではなく、表面がゴツゴツとしてて扱い次第では怪我をしかねないほど所々尖っててかなり歪だった。本来なら、受け取ることなどありえないと考えるキョウだったが…石から漂う狂気さと危ういほどの魅惑な赤に…かくもあっけなく心奪われるのであった
ーー
ー フルクトゥス船内 大部屋 ー
一方、シン達はリンクの口から
改めて彼女自身の生い立ちに耳を傾けた
「あたしは、生まれてすぐに父と母を病気で亡くし、偶然見つけたくれた孤児院の院長であるおばあちゃんがあたしを育ててくれました。おばあちゃんは昔、各地の病院を転々としながら人々を助ける医師でした。そんなおばあちゃんに憧れて…あたしは、十六歳になってすぐに医療学校に入り、本物の医師になる為…旅をしていたところです」
「その各地を転々としてたおばあちゃんが今孤児院にいるのは…」
「孤児院は…おばあちゃんの、もうひとつの夢なんです」
「もうひとつの、夢?」
リンクを育てたおばあちゃんも、実はリンクと同じ
孤児の身であった。医師になった理由も
自分と同じように路頭に迷う子供達や
病気や怪我で苦しむ人々を救いたいとして
長い間、戦い続けてきた
やがて心身の限界を感じる頃になると
おばあちゃんは医師を引退し
現役時代にコツコツと貯め続けてきたお金で
後にリンクや子供達が住まう孤児院を開いた
自分と同じひとりぼっちとなった子供達と共に暮らし
彼らの成長を見守りながら、余生を過ごしたい
それが、おばあちゃんにとって
もうひとつの夢だったのだ
「なるほど…じゃあ、あなたが暮らしていたその孤児院はどこにあるのかしら?」
「ネオンからリーフを経由する道中にある
ユリアーノ山
です…」「えっ?!」
「ユリアーノ山、だと…!?」
その名前を聞いてシンとナッドが一番目を見開かせて驚いた
「シン殿、ナッド殿…何か心当たりがあるのか?」
「あるも何も…ユリアーノ山の近くには…俺の家が…」
「ええっ!?」
人気のない町外れでひっそりと暮らしていたシンとシンの両親の家はリーフ寄りの地にあった。ユリアーノ山への距離はさほど遠くは無いが、あの山にはある
不気味な噂
が「あそこには、獅子殺しの樹海と呼ばれる場所がある」
「し、獅子殺しの、樹海?」
ユリアーノ山の近辺には海のように広く、動物達にとって住み心地の良い樹海が存在する。だが今は、その居場所欲しさに狙う者が大勢いるせいで、縄張り争いが絶えない日々が続き、小動物はもちろん獅子ですら生き残るのも難しいとされることから、人々からは「獅子殺しの樹海」と呼ばれている
そんな場所を越え、山に人間が暮らすなんて…本来なら、ありえないことだ。人間がどんな理由であれ、山に向かおうとすれば、動物達が敵意を剥き出しにして襲い掛かる。それで食い殺されても「自業自得」と言われるのが当たり前なのだから
「樹海を越えて、山に孤児院を開くなんて…おばあちゃんどんだけ強かったわけ?」
「おばあちゃんが戦う姿なんて、一度も見たことがありません。それに…あたしも孤児院を出て、初めてその噂を街の人から聞かされたんです…」
「孤児院を出た時、彼らに襲われたことは?」
「威嚇されたりはしましたが、襲われたことは一度も…」
「孤児院を出る前も?」
「…」
その質問に対し、リンクは何故か重苦しい表情で沈黙した
何か言いにくいことがあるのだろうとすぐに察知したシンは
半ば無理矢理だが、質問を変える
「と、ところで、どうしておばあちゃんはあの山に孤児院なんて建てたんだ?知ってるかい」
「え…あ、それは…子供達が自由に暮らせる環境にちょうどいいと、昔聞きました…」
「自由に暮らす…ねぇ。危険が傍にあるのに自由とはよく言ったものね」
以前なら信じ難い話だったが
孤児院を出た今のリンクにとって
ケイの言い分が理解出来ることを認めざるを得なかった
暮らしていた場所がどれだけ異質だったのかを
そして、彼女ですら理解不明な事態に
ますます混迷を極めることとなったシン達に
ナッドが一度本来の目的に戻ることを提案する
「…これ以上話が進展しないなら、一旦この話はやめよう」
「ナッドさん」
「そもそも俺達の目的は、マリアの女王に会いに行くことだ。
「…!……分かったわ」
話が終わると、それぞれが部屋を出て散り散りとなる
リンクも一息ついた後、部屋を出ようとしたそのとき
「リンク」
「はい」
ケイが少し控えめな声でリンクを呼び止めた
「その…ごめんなさいね、話を聞こうとするあまり、私…」
「!…気にしないでください、ケイさん。これは…あたしにとっても重要なことなんだと、知らなきゃいけないことだと…あたし、分かってますから」
「リンク…」
気丈に笑ってみせるリンクにケイは胸を痛めた
彼女達のすぐそばで聞いていたシンも
複雑な気持ちを抱いたまま静かに部屋から立ち去るのだった
ーーー
あれから空はすっかり日が沈み夜になり
船内はほとんどの者が寝静まる頃、ナッドはひとり甲板で何かを考え込むような表情で海を眺めていた。リンクに残された疑問、セブンズクライス、癒晶石…何一つ解明されないもどかしさに包まれる彼の背中を静かに見守っていたのは…
「ったく……どこにいても、抜け目のない小僧だな」
「おや、それはそなたも同じでござろう、ナッド殿」
見守ると言っても気配を隠す気はない模様のサイゾウ、呼ばれればあっさりと姿を見せる彼にナッドはやれやれとした感じで肩を落とした
「……さて、質問するなら今のうちだぞ、マリアに着けばこうして二人きりで話す機会はそう無いだろうからな」
「では、遠慮なく聞かせてもらおう…なぜ、リンク殿を問い詰めることをせず、話を終わらせたのだ?」
「簡単さ。アイツは嘘をついていない、だから終わらせた」
リンクの一言一句からは
嘘を感じられなかった
ナッドがそう感じたのには
彼女の仕草や表情にあった
「獅子殺しの樹海についても、アイツは孤児院を出てから街の人間に聞いたと言った時、顔から孤児院に対する戸惑いと…落胆が、僅かに見えた。おそらく今は…アイツが一番この現状に戸惑ってるのかもな」
「やはり、そう見えたでござるか…」
ナッドの言葉を予見していたかのような
サイゾウの口振りに、一瞬だけ首を傾げたが
ほんの少し考えればすぐに答えに辿り着いた
「そうか…お前は確か…アイツに命を救われたんだっけな。同情でもしてるのか?」
「同情などせぬ…ただ…哀れだとは思っている。戦を嫌うリンク殿が、自身の力のせいで争いが起きてるなどという、皮肉にもならぬ現実と…向き合わなくてはならないということをな」
「そうか……そうだな」
二人はシンの口からあの騒動について聞かされた
リンクは血生臭い争いや死体を見て動揺し発狂した上に、メビウスを発動出来ないことにショックを受けるなど、あまりにも戦い慣れしていない、能力云々を除けば、彼女は普通の人間だ
「だからこそ、いろいろと厄介なんだがな」
戦えない人間を守りながら戦うことは
はっきり言って、困難極まりない
今後もこんな調子で行けば
こっちの身が持たないのは火を見るより明らか
今からでも彼女に護身術を身につけさせるという手もあるが
時間があまりにも無さすぎる
「さて、どうしたものか…」
ナッドは深くため息をつくと
サイゾウから少し距離を置いて
煙草に火を着けていると
「ナッド殿……もうひとつ、聞いても良いか?」
「ん、なんだ」
「そなたは…シン殿の父君や、ロック陛下だけでなく、ディーネ船長とも親しい仲でござるよな?」
「!…あぁ、それがどうした」
「なら…シュウベエ=シモツキ…この名に聞き覚えはござるな?」
「…!」
そう問いかけるサイゾウの鋭い目は
いつものように飄々とした雰囲気ではなく
シンと同じくらいひたむきで
切なくなるほど、真剣であることに
全てを悟ったナッドは…
「…あの時は、冗談のつもりだったが……サイゾウ…お前…」
「現実と向き合わねばならぬのは、シン殿や、リンク殿だけではござらぬよ…ナッド殿」
ーー
…夜更けがさらに深まった頃
不意に目が覚めるシンは、ぼーっとしながら隣の二段ベットでアンと別々に眠るリンクの姿を横目で見ると、先日の嵐のような出来事を静かに思い出していた
(リンク…)
愛らしい寝顔と普段の純粋であどけない姿からは想像出来ないほどに謎を多く残すリンク…まさか、自分が住んでいた地からそれほど遠くない場所に彼女が暮らしていたなんて、今でも信じられない自分がいた
どうしてリンクがこんな悲惨な思いをするのか…
彼女はただ、夢のために頑張ってるだけなのに
無論それは…彼女自身が一番疑問に抱き
不安に思ってるに違いない
少しずつでもいいから彼女の苦しみをなんとか和らげたいと考えるシンは、結局眠れなくなり、外の空気を吸いに行こうと起き上がったそのとき
「…んん……シン、さん?」
音に気づいたリンクは寝ぼけ眼のまま
立ち上がろうとするシンの名前を呼んだ
「リンク…あ、ごめん…起こしちゃったみたいだな」
「シン、さん…ずっと起きてたの、ですか?」
シンの様子を見て心配になったリンクは
すぐさま起きて、シンの傍に近寄った
「い、いやっ!ちょうど今起きたところだからっ」
「シンさん、宮殿で朝起きた時も顔色が悪かったですよね?まさか、眠れていないのですか…?いったいいつからっ…」
「心配ないよリンク…これは…その……いつものことだ」
「いつもの、こと?…それって…!」
リンクは、シンの生い立ちを思い出した
彼は幼い頃に両親を亡くし、ミールとも一時的に離れ離れになり
挙句の果てには原因不明の記憶喪失となった
長い間、彼は辛く悲しい孤独に苛まれながら
過酷な旅をしてきた
そして今は…何の関係もない赤の他人であるはずの自分を守る為に
彼は血を流し、傷だらけになりながら戦っている
そんな優しい彼が、不眠に陥るなんて
決して不思議な話じゃない、そう思うがゆえに…
「ごめんなさい、シンさん…あたし…あたし…」
「!…大丈夫だよリンク…君のせいなんかじゃない…これは、俺自身の問題だから」
「でも…」
涙目になりながら自分を責めるリンクに、シンは
「心配してくれて、ありがとな…リンク。けど、俺の事ならもう心配はいらない…だからリンクも…今後は自分のことだけを考えて、自分の為にゆっくり休んでくれ…な?」
「…」
いつものように明るく、はつらつとした笑顔で
彼女を励ますシンであったが
リンクにとってそれは全くの逆効果であった
「リ、リンク?」
リンクは意を決するかのような瞳でシンの手を両手で握ると
「シンさん…いつか、あたしにもしもの事が起きた時は………必ず、斬り捨ててください」
「っ!?…な、なにを言って…」
「あたし…皆とようやくここまで来たのに…またあたしの知らない事が増えてしまった…そのせいで、こうして皆さんを不安にさせてしまいました…ファクティスの事も…ドラゴンも、魔法も…全部、全部…」
「リンク…」
リンクはずっと心の中で溜め込んでいた思いと
自身の覚悟をシンに打ち明けた
「ナッドさん達が少しずつ探っていけばいいと仰ってくれましたが…これが、これがもし全て…シンさん達にとって、とてつもない危害を及ぼす結末にでもなってしまったら…あたしはきっと……何もかもが息苦しくて耐えられない……ですから…もし、
最悪の事態
になったら…」「リンクっ」
「必ず、斬り捨ててくださると、約束してくださいっ…そうすればもう、あなたも、誰も、これ以上傷つく必要はありませ…」
「リンク!!」
涙と共に溢れるリンクの切なる願いを
拒むように言葉を遮りながら、彼女を両手で強く抱き締めた
「!…シ、シンさ…」
「斬り捨てるとか、最悪の事態とか……そんなこと…そんなこと言わないでくれッ…俺は……俺は、君が好きだからっ、初めて会ったあの日から…君を、助けたいと思ったっ…君を守りたいと、俺自身がそう望んだんだっ…!!誰よりも大切な…君のことをっ…!」
「え…!」
心に留める筈だった青年の想い
その想いを、言葉を聞いた少女の世界は
先程とはまるで違う光景へと変貌し始める
運命の歯車は、また違う方向へと、回り始めるのだった
【終】