第33話 決意
文字数 5,394文字
痛みに苦しむ怪我人と彼らを助ける為の治療に勤しむ医師達
そして時には医師達の懸命な治療も虚しく
命を落とした者達への慟哭が個室にまで響いてくる中
リンクは……あの騒動の夜からずっと伏せっていた
(リンク…)
医師の話ではルーファから受けた傷は思ってたよりも深くは無く
数日安静にしていれば回復し包帯も取れるとのことだが
昨日の明け方、リンクの体に異変が起きた
それは、強いストレスによって生じた
吐き気、高熱などの症状であった
医師が来るまでの間、止まらない吐き気で息は荒くなり
熱も徐々に上がってまともに動けず蹲るなど
憔悴しきった彼女の背中を
精一杯さするなどして介抱し続けた
そうして、リンクは医師が処置した点滴によって
吐き気を落ち着かせることが出来た
熱は今も続いてるが、それもじきに回復する
あとは彼女が目覚めるまで、シンは見守り続ける
するとそこへノックして入ってきたのは
「入るぞ」
「!…はい」
ガチャ…
「サイゾウさん」
「…リンク殿は、まだ目覚めぬか?」
シンが静かに頷くとサイゾウは
少し落胆したような声色で「さようか」と呟いた
「………………あの」
「なんだ」
「サイゾウさんは、どう思いますか?」
「何がだ?」
「ファクティスが、リンクを狙った…目的のこと」
「…」
おねえさんの存在は、力は、僕達ファクティスには必要不可欠なんだ
「…奴らにとってリンク殿は
利用価値
の高い存在と見ているのだろう。自分達の、救世主として」「救世主…」
僕はね、可哀想だと…思うんだ。こうまでしないと、おねえさんが救世主であることを世界は理解してくれないなんて…ほんと、カワイソウ
「【救世主】として彼女を利用し、彼女の存在を世界に理解させる?…何のために」
「おそらく、自分達の
「え?」
その言葉に、シンは嫌な予感がした
「それは、どういう意味なんですか?」
「そなたも見たであろう?リンク殿の力は…癒晶石を壊し、ドラゴンに破壊されたサクスを全て修復した…これは
「それで?」
「しかしファクティスからすれば、自分達の財産である癒晶石を破壊されるのは、相当の痛手のはず。だが…」
「だが?」
「その痛手すら凌駕する価値が、癒晶石を全て擲つほどの価値が、リンク殿にある…ということだ」
その言葉に対し、息が詰まるシンは席を立って
サイゾウに迫る
「…待ってくださいっ。じゃあ、アイツらははじめから…リンクの力を覚醒させる為だけに、あの黒いドラゴンが襲ってくるのを、都市が破壊されることも、何の罪もない人達を巻き込んだことも全て…アイツらが仕組んだ
計画
だったのですか?」「確証はござらぬ…だがもし、彼らが本当に
そのつもり
でやったとしたら、これは…憶測にしては充分過ぎるほど信憑性があることに
シンはショックのあまり再び椅子にへたりこんだ
ファクティスは、初めから彼女の力を知ってた上で
彼女の力が覚醒することを知ってた上で
サクスで起きた展開を全て、予期していたのか?
多少の誤差があったとしてもそうでなかったとしても
そう考えなくては辻褄が合わない
なにせファクティスにとって癒晶石は唯一の商売道具
それを破壊され非常な痛手を被られることも
厭わないほどの利益を彼らは確信している
癒晶石という自分達の
リンクという心優しい少女を
救世主として易々とすげ替えるほどに
「…馬鹿馬鹿しい…ほんっと、馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
「それこそが、ファクティスの本性だ。十七年前に起こした乱も、リンク殿を狙うのも…奴らは馬鹿馬鹿しいほど命懸けで牙を向いてきた…自分達の利益と栄光の為だけに」
「クソッ…!!」
今にも叫びたくなるような怒り、悲しみに打ちひしがれるシン。どうしてリンクなのか、どうして、彼女が、都市に住む人達が…そして、サイゾウも、ミールも…どうしてみんな、こんなひどい仕打ちを受けなくてならないのか…あまりにも、あまりにも悔しくて、息が詰まる…
そんな彼の姿を見て、サイゾウは
「シン殿、ひとつ提案がある。そなたの意見を聞きたい」
「…!」
ーーー
ー グレイ ブレイネル山付近の森 ー
夕日が沈みかける頃
ルーファは人気のない森の中でひとり
ある人物と待ち合わせをしていた
待ってる間、木の枝の上で器用にも寛ぐような体勢で
足を伸ばした上で、バランスを保ち座っていた
ただ、あまりにも時間が経ってるのか
何度も退屈のあまり欠伸をする
「ふわぁ~ぁ…待ってるのってしんどいなぁ…人や動物もいないし…つまんないの~…」
ルーファはふと、先日対峙したシン達の姿を思い出した
(あのおにいさん、思ってたよりしぶとい奴だったなぁ…しかも、あの忍とつるんでおねえさんを守るために戦った…途中で現れた…
あの
2人も…)「ルーファ!!」
地上から森中に響くほどの怒声で呼んできたのは
「やぁ姉さん!待ちくたびれたよ~♪」
「アンタって奴は…ほんっとに…こっちはこっちで大変だってのに…分かりづらい場所に指定しないでくれる?」
「僕だって大変だったんだよ~?「わざと負けろ」…なーんて言うエルおじさんの無茶振りに付き合わされたんだからさ~」
「しれっと誤魔化したわねこのっ…チッ」
相変わらず癪に障る物言いに
苛立ちが募って舌打ちするルーリアだが
「…まぁいい……で?
作戦
はちゃんと成功させたのよね?」「うん、いろいろ予想外もあったけど、いい収穫にもなったよ」
「…みたいね。だってアンタ…顔、いつも以上にニヤついてて気持ち悪いったりゃありゃしないわ」
「あれま、バレちゃったか。さすがは僕の姉さんだ~あははっ」
ほぼ予想通りの報告に心の底からため息を吐くルーリア
しかし、いつまでも彼に流されてはいけないと思い
気持ちを切り替え、ある物を懐から取り出した
「……これ、エル様から次の
指令
よ」差し出されたのは白い封筒
その中にはエルからの指令が記された紙が
入ってるとのことでさっそくルーファは取り出し、読んでみると
「えぇとなになに…へぇ……これはこれは…おじさんも、なんだかんだ言いつつ楽しんでるみたいじゃないか…ねぇ姉さん?」
「さぁ、私はあの方の指令に従うだけよ」
「相変わらずつれないなぁ姉さんは…ん?…待てよ。これって…言い換えれば…
あの人
もそろそろ動かしていいって事かな?」「作戦に必要とあらば、構わないそうよ」
「ん~いいねぇ~これからますます楽しめそうな予感がしてきたよ♪…あは、あははは……っ」
狂気と殺戮を心から愉しむ
少年の次なる策略とは?
ーーー
その夜…
シンの心の中に、ある想いが芽生え始めていた
そなたは、それほどまでに信じてるのだな?彼女の事を
(俺は…)
あなたが無事でいてくれて…本当に、良かった
(俺は…君がいてくれたから…)
シンさんは、本当に優しい方なんですね
(君の優しさがあったから、ここまで来れたんだ)
怪我した時は、いつでも頼ってくださいね
(まだ会って間もないけど、君に頼ってばかりの俺だけど
…俺は………俺はっ…!)
コンコン…!
「…っ……はい!」
突然のノックに動揺しながらも
招き入れたのは
「女王…様」
「こんばんは。お邪魔しますわね」
思いもよらぬ訪問
急いで立ち上がり礼を尽くそうとすると
アクアールは優しい声で「結構ですよ」と止め
椅子に腰掛けると
「…やつれてますわね、リンクさん」
「はい…あれから体調を崩したせいもあってリンクは」
「そして、あなたも」
「え」
そう告げるアクアールの瞳は
何故か、シンに対して申し訳なさそうに潤んでいた
「女王様…」
「…単刀直入に聞きます。リンクさんを、しばらくの間
「…っ!?」
予想もしなかった女王直々の申し出に
シンは驚き過ぎて言葉を詰まらせた
「な、ど、どうして…」
「困惑させていることは百も承知しています。ですが、リンクさんをいつまでもここに留まらせるわけにはいきません」
「何故ですか?」
「あなたも、薄々気づいているのではありませんか?先日の騒動で…リンクさんは…」
「!」
アクアールが伝えたかったこと、それは…
「リンク」と呼ばれる少女が今回の騒動の「元凶」なのではないか?…という噂が屋敷や城だけでなく、街の方にまで出回り始めてるということであった
「それは…」
「長く留まれば留まるほど、民だけでなく、ここにいる重臣が…リンクさんを目の敵にし、最悪の場合、危害を加える可能性が高まるかもしれません…ですから」
「…」
もし、そなたか拙者のどちらかで女王陛下と話す機会があれば、相談してみるがよい。リンク殿を…治療はもちろん身の安全を確保するために、アクアへ移送させられるかどうかをな
少し前に受けたサイゾウの提案を思い出しながら
シンは冷静に答える
「…はい。俺も…その方が良いと思います…ですが」
「心配は無用です。あなた方もぜひ同行していただきますわ。便宜上…私の護衛として、ですが」
「え、護衛…ですか?」
「陛下」
アクアールの傍にずっといたトルマリンが
咎めるような口調で彼女を呼ぶと
「大丈夫ですよトルマリンさん。あくまでも建前ですわ」
「いえ陛下、そういう問題では」
「どの道…私が連れ添った兵の一部は先日の戦いで負傷しています。帰りも安全だとは限りませんが彼らを無理に動かす訳にもいきません…そこで」
「傭兵を雇うといった形で、一緒に行けば…いいんですよね?」
「はい」
シンの心は、既に決まっていた
「…分かりました。ご同行…させていただきます」
「こちらこそ感謝しますわ。シンさん…アクアに無事辿り着いたら必ずお礼は弾みますので…」
「お気持ちは嬉しいですがその必要はありません」
「え?」
「俺はリンクが、彼女が無事でいてくれたら…それだけで十分な礼です…ですからどうか…!」
「…」
嘘偽りのない想いをアクアールに訴えた
そのあまりにも真っ直ぐな瞳と想いから
彼の人間性を垣間見たアクアールは
クスッ…
「承知しました…では明後日までに移送の準備を致します。護衛のほど…よろしくお願いしますね。シンさん」
「……はいっ!」
シンに軽く一礼をして席を立ったアクアールは
切実な笑みを浮かべながら、部屋を後にした
シンもアクアールの姿がなくなるまで頭を下げ
場が静まると、もう一度リンクに目を向けた
(…リンク……君のことは必ず…俺が守るからっ…だからどうか…一日でも早く、目を覚まして…また元気な姿を…俺達に見せてくれ…)
ーーー
部屋を後にしてからほどなくして
「陛下」
まだ、納得していない様子のトルマリンが
アクアールを呼び止める
「トルマリンさん」
「ひとつ、お聞きしたいことがございます」
「なんでしょうか」
「陛下があの少女を保護する為には、彼らも抱き込まざるを得ないことは重々承知しています…ですが」
「疑っているのですね?彼らのことを」
「とても…言い難いことでしたが」
「構いません。あなたのその慎重さのおかげで今の私があります」
「陛下…」
「それに、あなたが疑ってくれているからこそ…
あの子
も私も必要以上に気を揉まずに済んでますのよ?トルマリンさん」「…!………ふっ…全く、陛下には敵いませんね」
「ふふっ」
「ですが陛下…油断してはなりません。心配なのは彼らだけでなく…もしまた…
あの方
が現れたりでもしたら」「…分かっています。真実とは、現実とは常に残酷なもの…だからこそ、私は向き合います…あの方が、そして彼が…そうしているように」
ーーー
ー グレイ 港広場 ー
翌々日の昼、シン達は約束通り
アクアールの【護衛役】として共に船に乗ることとなった
見送りに来たメイリンに
これまで世話になったことも含めて別れの挨拶をした
「…いろいろと世話になったな。出来れば私の方で治療を施してやりたかったが…私が未熟ゆえ…こんなことに」
「とんでもない。俺達、メイリンさんには感謝してます」
「そうですよメイリンさま!ここには誰一人として悪く思う方などひとりもおりません!!リンクさまも、決してそのようなことは思っておりません!ですから、元気を出してください!」
「そうそう♪みんな元気が一番よ!お姫さん!」
「ふふっ…あぁ…そうだな!私が元気でいなくてはリンクにも兄上にも合わせる顔がない…皆…本当にありがとう、感謝するぞ!」
シン達の励ましの言葉に胸を熱くしたメイリンの目元にはうっすら涙が浮かぶが、体裁としてそれを誤魔化すようにグッと堪え、チラッと横目でサイゾウを見つめると…
「…そち…あまりシン達をからかうでないぞ?」
「姫君の方こそ…また一人で山を登ったりして無茶をされないことを祈るでござるよ」
「こ、のっ…無礼者がぁ!!」
「あわわわ姫様~!!」
「あぁもう!!何去り際にケンカ売ってんだよアンタは!!」
今にもサイゾウに殴り掛かりそうなメイリンと
そっぽ向いて素知らぬフリをするサイゾウの仲裁に
シンとシャオルが必死になって入っていると
出港を合図する汽笛が豪快に聞こえてきた
「…はぁ……シン!ミール!リンクの事…皆の事…しっかり守るのだぞ!これは王女……いや、次の王となる私からの、命令だ!良いな?」
「!……はい、メイリンさんも…どうかお元気で!」
「うむ!!そちたちも!!達者でなぁ!!!」
メイリンの眩しすぎる笑顔を心に刻み
シン達は、女王アクアールと共に
【水の都市ーアクアー】へと目指すのであった
【終】