第18話 狙われる王女
文字数 5,435文字
…分からない
君は、どうしてここに来たの?
…分からない
君に、家族は……いるかい?
…かぞ、く
わたしの、家族
それは____
ー ブレイネル山 入口付近 ー
「はぁはぁ…」
ブレイネル山に向かって突然突っ走る少女を
追いかけて数分、ようやくブレイネル山の
入口付近にまで辿り着いたシンだが
肝心の少女は既にブレイネル山に入り
厳しい道なりであるにも関わらず
休む間もなく必死に登り続けていた
そんな彼女の姿にシンは…
「……女の子って、ほんと…強いんだな」
事情はよく知らないが
並々ならぬ底力を秘める少女
かと言って当てられっぱなしという訳にもいかない
ゆえにシンは、乱れた呼吸をゆっくりと整え
再び少女を追いかける
【第18話】
ー ブレイネル山 二合目 ー
(く…なんの、これしき…っ)
黙々と全力で走り続けてきたとあってか
いつもより身体への負担が大きくなっていた
しかし少女は進む足を止める気はない
何故ここまで必死に走り続けるのか?
その理由は今のところ彼女にしか分からない
(噴火が起きたとなれば早く防がねば…早く…早くっ)
切実に一歩一歩踏みしめる少女の道は
決して容易なモノではなかった
ドスッ!!
「…っ!?なんだ?」
ドスドスドスッ!!
「う、うわっ!?…な、何奴っ?!」
突如、一本のナイフが少女の真横へ飛んできた後
今度は複数のナイフが雨のように降り注いだ
いち早く気配を察知したことが功を奏し
間一髪でナイフを全て避けきった少女だが
疲弊した足元がおぼつかず尻餅してしまう
そしてナイフの持ち主が同じ上空から
飛んでくるように現れ、着地してきたのは
「往生際の悪さはやはり天下一品ですね
王女様
」綺麗にまとめられた赤髪、艶っぽい声色
身体のラインがくっきりと目立つ
黒のキャットスーツを着た女性であった
「…そちは、誰じゃ?…
誰の差し金
でこのような…」「首が落ちれば同じ事ですから…知る必要はありませんよ」
「私が
「うふふ…」
ナイフを片手に
妖しく微笑む謎の女
そして少女は…
ーーー
ー ブレイネル山 一合目 ー
「ぜぇぜぇ…ち、ちょっと皆さん…お待ちくださいぃ…」
「ちょっと~まだ一合目入ったばかりなんだけど?体力無さすぎじゃない~?」
「いやいや、み、皆さんが…体力…ありすぎ、ますって」
最後尾としてブレイネル山へ入ったリンク達
もうじきシンと合流出来そうなところを
一人極端なまでに体力がない青年を
連れ添っているためか、遅れを取っている模様
当初は全員で、彼にこの山を登るのを止めるよう
勧めたが、彼はあの少女をとても心配した様子で
「登ります!」と強気に反対を押し切ったため
リンク達は致し方なくこれを承知した
そしてその結果が、これである
「す、すみません…あんなこと言っておいて、私が…情けないばっかりに」
「自分を責めないでくださいシャオルさん…【王女様】を大切に思うその気持ちさえあれば、すぐに合流出来ますから…!」
「リンク…さん…は、はい!…頑張ります!」
シャオルと名乗る青年
最初会った時、少女と同じように
バイク内の荷物入れに入っていて
素性を確認した際は少女を妹と呼んでいたが
あまりに挙動不審な言動を怪しんだ
サイゾウとアンがそれを鬼のように
息の合ったコンビネーションで問い詰めると
彼は涙目になりながら全てを白状した
まず、少女の正体は
【炎の都市-グレイ-】の第一王女・メイリン
そしてシャオルは彼女の身の回りを助ける
【執事】であった
二人は見聞を広める事を理由に世界を旅していたところを偶然ディーネ達と出会った模様
「色々ツッコミたいところは山ほどあるけど、あの船長さん…ほんっととんでもない荷物渡してくれたわよねぇ…グレイの王女様を船に乗せてた上に、それを初対面の私達に押し付けて煮るなり焼くなりしろだなんてよくもまぁサラッと…」
「そ、それでも船長さんは、私達を助けてくれたのです…それに…私と姫様を…船長さんが助けてくれなかったら今頃私達は…」
「それはまるで…何者かに命を狙われているかのような口振りでござるな?」
「…!!」
「え、なになに?やっぱりまだ何か隠してる感じ?」
再び問い詰めるとシャオルは思わず口篭った
「い、いやあの…そのっ…」
「おにいさん~情報交換は大事なことよ~?ちゃんと話してくれないと私達もどうすっかわかんないよ~?」
「ひ、ひぇぇ…」
あからさまに下衆な笑みを浮かべて問い詰めるアンに
肩を震わせ怯える彼を見て、リンクは
「アンちゃん」
「およ?リンちゃん?」
優しい声色とは裏腹に
表情はひどく切なげにアンを見つめると
彼女は何故かそれ以上反論する言葉が見つからず
むしろ自分が今窘められている事を察したのか
そのまま大人しく身を引いた
「…あ、あの…」
「ごめんなさいシャオルさん。あたしも、まだ皆さんと会ったばかりなんですが、サイゾウさん達は決して悪気があってあなたを問い詰めたわけではありません…ですからどうか、あたし達を信じて、ゆっくりでいいから話してください…大切な…王女様と、シンさんを…守るためにも」
誰に対しても優しく包み込む声と言葉
月のように嘘偽りのない透き通った瞳に
シャオルは、自然と心に響いたのか
彼女の言うとおり
ゆっくりと深呼吸した後
ようやく重い口を開いた
「私と、姫様は…王位継承権を得るに相応しい者になる事を目的に…見聞を広める旅をしておりました」
「王位…」
「けいしょう、け…ん?…な、何それ?」
「王位継承権…次期王となる
資格
…でござるか」「はい」
「え、えええっ!!?」
言葉の意味を理解したリンクとアンの叫びが
ブレイネル山内で甲高く響くのだった
ーーー
ー ブレイネル山 二合目 ー
同じ頃、少女・メイリンは先ほど現れた女から怒涛の勢いで投げつけてくるナイフの嵐を避けながら必死に山を登っていった。それを女は慌てふためく彼女を見て楽しそうにケラケラと笑っていた
上に登れば登るほど傾斜も
厳しくなるブレイネル山の中で
メイリンの疲弊は
限界にまで達していた
ズルッ!!
「あっ!?」
バタンッ!!
不覚にも小岩に足を引っ掛かけ転倒してしまったメイリン。立ち上がろうにも転倒した勢いで身体はもう一歩も言う事を聞かない
じわじわと迫る女はナイフを手にしながら
彼女を嘲笑う
「はぁ…はぁ…っく、くそっ」
「全く、王女ともあろう者が…無様なものね…」
「だ、黙らぬかっ!!」
「うふふふ…」
(早く、逃げなくてはっ!はやく、逃げ…)
ブスッ!!
「いぃっ!!」
懸命に這いずるメイリンの左太ももに
一本のナイフが容赦なく突き刺さった
「な……き、貴様…うぅ…っ!」
痛みに悶絶する間もなく
グリッ!!…ギチッ!!!!
女は刺したナイフを足で内部に押しこんだ
「っああぁあああぁぁあああああああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「あら、意外と素敵な声出すのね…ゾクゾクするわ」
ギチッギチッ…と
肉を掻くように抉る音と
悲痛なメイリンの嗚咽と叫びが
周囲に響いた
痛めつける快感と狂気で孕んだ瞳で
彼女を見つめる女はどんどん容赦なく
突き刺さるナイフを抉りに抉った。
「ぅううぅ…ぁぁっ…がっ…いぃっ!!」
「王女として生まれたことを…しっかりと悔いなさい」
女はトドメを刺すべく
ナイフを持った手を大きく
振りかぶろうとした
その時…
ビュオオッッ!!!!
後方から無数の風のかまいたちが迫るのに
気づいた女は咄嗟の判断で避けるあまり
少女から距離を離してしまう
「くっ!…なんだ!?」
「…あんた、随分と大人気ないんだな」
かまいたちを放ったのは…シン
少女の悲鳴を聞きつけさらに猛ダッシュしてきた結果
そこに広がる悲惨な光景に怒りを覚え、女を攻撃した
メイリンと女はさらに予想外な展開に
しばし動揺していると
「…ひどいな…だいぶ食いこんでる」
「そ、そちは…いったい…っ」
「今すぐ山を降りたいところだが、先にあいつを追い払わないと…」
「わ、私のことは、いい…!関係ないそちを、巻き込むわけには…!」
「…リンクさんがきっと治してくれる、だから…それまで辛抱してくれっ」
「…!」
シンの太陽のように明るい笑みを前に
何も言えなくなるメイリン
だが、剣を握る手と心中は
既に怒りで染まっていた
「面白い坊やね…そんな無様な王女を助けるだなんて…命が惜しくないのかしら?」
「この子が誰であろうと、アンタが何であろうと関係ない…ただ、あんたみたいな悪趣味な奴を野放しに出来るほど、俺は寛容な人間じゃない…それだけだっ」
「!!…はっ…はは、あはははは…ははははは!!」
「な、なにを、笑って…!」
いきなり大笑いする女に
困惑するメイリンだが、シンは
「…そんな事で…俺を挑発してるつもりか?」
「うっふふふ…あら、ごめんなさいね…坊や…ただ、面白かったの…あなたみたいな正義の味方ヅラしたヤツを見てるとね……可笑しくて…反吐が出るくらいつい…笑えてしまうの…あ…ははは…!!」
どこまでも嘲笑う女
その言葉を紡ぐ静かな艶声は
少女を震わせ
シンの怒りを煽ろうとする
だが、シンはいつになく冷静だった
単なる怒りや癪に障るような言い分の前では
つい明るみに怒りを出してしまいがちだが
この女に対してはなぜか、それが一切ない…
それだけこの女が突き抜けるほど冷酷であるからだろうか
湧いた怒りはもはや通り越してしまった末に
何の感情も湧かない「こんな感情もあるんだな…」と
内心で自嘲するシンであった
スッキリしたように笑い終えた女は
再びナイフを構えシンと相対する
「さて…無駄話はここで終わり。消える準備は出来てるわよね?坊や♪」
……あの、ひ…は
の…ひト…は
……………………シ……………
ーーー
ー ブレイネル山 二合目前 ー
ニゲ…ヤク、ニゲ……ニゲテ…ッ!!
「…っ!!今、また…!」
「…リンク殿?」
またしても聞こえてしまった、三度目の謎の声
だが今回は明らかに違う
それは、まるで自分達に警告しているかのような…
彼女の異変にすぐさま気づいたサイゾウだが
この時はまだ何も知らず…
「いったいどういう事にござるか」
「え?あぁそっか、サイゾウくんにはまだ言ってなかったっけ?…リンちゃん、なんか脳内で声が聞こえるみたいなの…城に連れてかれてから…ずっとね」
「声?城だと?」
代弁したアンの言葉に耳を疑う
不審に思うサイゾウはすかさずリンクに問いかける。
「…アン殿の申したとおり城にいたのか、リンク殿」
「え…は、はい…祭で起きた事件で、怪我でずっと気を失ってましたが…気がついたら、その…」
(…あの事件の後、気を失ってる間に?…そういえば…)
サイゾウがシンを救出した時の事を思い返してみると
そこには男だけでなく女子供も確かにいた
しかし冷静になって思い返すと彼女は確かに
牢獄はおろか、祭りの後…一度も姿を見ていなかったのだ
シンと似たような疑問点であるが
サイゾウの視点は明らかに違った
(…城にいる誰かがリンク殿を必要としていた?誰なのだ…政府か?それとも、ファクティスか?)
彼女に対する雲行きが一気に怪しくなる
だが、本来なら先程のシャオルのように
問い詰めたいところだが
この件はおそらく容易に終わるような
話ではないと悟るサイゾウ
二つの決断が、迫られた
ひとつは、不信に満ちた彼女をこの場で斬り捨てるか
もうひとつは、このまま彼女の動向を監視するか
二つに一つ…
(…今は…やむを得ないか)
猶予のない中で、サイゾウが選んだのは
「リンク殿…その話は後ほど聞こう、ひとまずそなたの言う声の主……どこから来てるか分かるか?」
「!…へ、変だとは、思わないのですか?」
「思わぬ者などいない…だが、仮にもそなたは拙者の命の恩人…容易く無下に扱うほど、底の知れた人間でいたつもりはござらぬ」
「!」
「それに…今ここでそなたに何かすれば馬鹿正直で正義感の強い
あの者が
何をするか分からぬでござるしな」「あの、者…?」
言葉の意味がまたしても理解出来ず
リンクはポカンとした表情を浮かべる
「えーサイゾウくん私はー?」
「そなたは…………いろいろと論外にござる」
「やーんこのいけずー!!」
「あ、あわっ…お待ちください二人とも~!」
【馬鹿正直で正義感の強いあの者】
ハッキリとした答えは出てないが
次第にリンクもその言葉から連想する者が
誰なのか察し始める……
「…ありがとうございます、サイゾウさん…!
……ありがとうございます……………シン、さん…」
これがサイゾウの選んだ答え
この決断が、果たしてどう転ぶのか…
各々はそれぞれの想いを胸に
再び歩き出す
ーーー
ー ブレイネル山 二合目 ー
シンと女の戦いは、想像以上に熾烈な展開となっていた
避けきれない数のナイフでもシンの凄まじいかまいたちで何とか吹き飛ばせるため優位に立ったかと思いきや、女は器用なことに戦闘スタイルを変え、長い足を利用した蹴り技を駆使して肉弾戦に持ち込んできたのだ
シンもまた手足を使って蹴り技を回避し
攻撃に図るも、女の癖の強い見のこなしが
これを回避し戦況は結局、拮抗したまま
そんな彼らの戦いを痛みに耐えながら見つめる少女は
「おのれっ…なぜ、ブレイネル山だけでなく、このようなことが起きて………私は…私は……っ!!」
少女はまたしても異様な気配に気づいた
だが周囲は他に誰もおらず、勘違いか?と思ったが
不意に頭上へ視線を向けると
岩のように大きな黒い影が
戦うシン達の元へ落下するように迫っていた
「!!…避けろ!!避けるのだ!!上ぇ!!!!」
「っ!?」
咄嗟に叫ぶ少女
その声に気づいた女とシンは…
【終】