第46話 その先にあるもの
文字数 3,491文字
そこはとある場所の樹海
陽射しがほとんど入らない暗がりと静寂の中
ルーファはヴォルトスとルーリアと共に
この樹海にあるどこかへ向かって歩いていた
「…~♪~♪」
「口笛吹いて本当に呑気なものねルーファ…あいつらが倒れてる隙にあの女を捕らえる絶好のチャンスだったはず…それなのに」
「あははっまたボヤいてるのかい姉さん?何度も言ったように、僕はあれはあれで十分な成果だよ、おねえさんを捕らえるのはまた次の機会でいいさ」
「しかしながらルーファ殿…今回ばかりは流石にあの方も…」
先日の成果に不服なルーリアとヴォルトス
二人の曇る表情に笑みを零すと
「そんなに心配しないで姉さん、ヴォルトスさん…もう次の作戦は立ててるさ」
「!…作戦って……てかアンタ、その前にあの方にはどう伝えるつもりなの?」
「そんなの…全部言うに決まってるじゃないか♪
特にあの…なんだっけ…セブンズクライス…?
おじさんなら、必ず食いついてくれるさ♪」
自信を持ってそう言い切る無邪気なルーファ
その笑みに隠された次なる作戦とは
ーーー
ー アクア 東の森 ー
サイゾウがナッドに差し出した誓約書
その中に記されているのは
王の危篤状態を伏せる代わりに
癒晶石を報酬として受け取る契約を
ある五人の名義で交わされている、というもの
内容はどうであれ、端から見れば何の違和感もないが
ナッドの意見は違った
「驚いた…全員俺の知らない名前ばかりだ…癒晶石に関わる人間はある程度調べはついてるが…まさか…」
「さよう、この誓約書に名を連ねる者はみな…【偽名】を使ってるのでござる」
「えぇ!?」
まさかの事態にシンとアンが真っ先に叫んだ
「偽名なんて使ったら…約束にならないんじゃ…」
「普通に考えれば然り。だが重要なのはそこではござらぬ」
「え?」
「ここに押されている王の印…もしこれが唯一本物の印だとしたら?」
「!」
「…その誓約に
王が関わっていた
という疑惑が生まれるわけね」ケイが冷静に答えると、サイゾウは納得するように頷くが
「あ、あの…疑惑とは…どういうことなのですか?サクスの王様はたしか…危篤状態だとお聞きましたが…」
「それについては事実で間違いない、が…かような誓約に王が印を押し、
「けどさ、王の印ってそもそも王様が持ってる物なんだよね?他の人がそれを使うことなんて、出来るの?」
「本来なら他の者が使う事は禁じられている」
「なら、どうやって…」
「王様の目を掻い潜って盗んだとか?それとも王様にお願いして押してもらったとか?」
「それは…どっちも無理にも程があるだろ」
「いや、
「内通者?」
内通者、敵地に潜入しあらゆる情報を手に入れ
それを味方に伝達するなどといった役割を持つ者
ナッドの肩書きであったエージェントとサイゾウの肩書きである忍と似た言葉であるが、内通者の場合は「裏切り者」という敵意を示した名として称されている
ナッドとサイゾウの経験上
位の高い人間を味方につけるために近付くことは
非常に困難で危険な任務とされている。
もちろんその人間だけでなく取り囲む周囲の者達にも
バレないよう信頼関係を構築しながら情報を得ていくという
聞くだけで胃がキリキリするような仕事を
こなさなければならないのだ
「では…その内通者が…いつ王様に濡れ衣を着せてもいいように、王の印を押し、誓約書を…作ったのですか?」
「可能性としては十分に高い」
「なんてことを…いったい誰が、このようなマネを…」
「それについては、おおよそ目星はついてる」
サイゾウの推測上
この名義に記されてる五人のうち
一人は【エル・ブリッヂ=サルジア】
昨日アクアを襲撃したルーファ達が属する
ファクティスのリーダーで最も王に信頼されている危険人物
彼が王の印を奪うのも容易いだろうとサイゾウは見ている
もう一人は【フェリオ大統領】
彼はメイリンの父を影から支え、都市の発展に貢献する有能な男とされているが…実は大統領になる以前からファクティスと関わりを持っていたという疑惑を持っている…
そしてもう一人は【キョウ=アルヴァリオ】
若くして卓越した交渉力と社交性で次々と功績を挙げ
トップレベルの大商人まで成り上がった鬼才の男
彼は数年前にフェリオ大統領と知り合い
今では友人関係になるほど親しく、心から大統領に
信頼されているとのこと
あとの二人は情報があまりにも少な過ぎるため、まだ推測出来ていない。この情報に対し何かを思い出したシン達はざわめき立つ
「キョウ=アルヴァリオってたしか…昨日リンちゃんを暗殺にしようとしたおばさんの…」
「さよう。暗殺を目論んだ理由はともかく…ヴォルトスが奴の脱走を手助けした理由は、少なくともここにもあると見て相違ない」
「キョウ=アルヴァリオとファクティスが…協力し合ってる…」
話が繋がる度、悪い事態が浮かび上がる
彼らが己が利のために協力し合い
王を自分達の盾として利用する非道ぶりに
もはや怒りを通り越して呆れて何も言えなくなった
「誓約書について知ってる話はこれが全てだ」
「サイゾウさん…一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「前に何か考えがあってその誓約書を盗んだと聞きましたが…その考えについて…教えてもらえませんか?」
「…」
サクスで告げられたサイゾウの誓約書に秘められた考えを
今こそ知るべきだと思ったシンは真剣な目でサイゾウに向き合った
「フッ…ここまで来たらもう隠す理由などあるまい、か」
「サイゾウさん」
「よかろう…改めて言うでござるシン殿。拙者は…この誓約書を…マリア…またはネオンの王に渡す為に、サクスを出たのだ」
「!!」
サイゾウが告げたものは
今後のシン達にとって断崖絶壁のように過酷で
先の見えない暗闇が途方もなく続く旅路を
暗示していた
ーーー
ー サクス城内 ー
シン達が話し合いをしてから翌日の昼
伝書鳩を使って届いたルーファからの手紙を
確認していたファクティスのリーダー
エル・ブリッヂ=サルジアことエルは
突然慌ただしくも身支度を整え
早足で城を出ていこうとしたとき
「!」
「おっと!…おや…エル殿ではありませんか」
廊下の曲がり角で呑気に歩いていた青年セシアと
寸前でぶつかりそうになった
「セシア殿…これはこれは…大変失礼しました」
「いえいえ、私の方こそ不注意でしたね。大変申し訳ない…怪我などはしてませんか?」
「え、えぇ…大丈夫です」
どこか白々しい態度のセシアと
焦りから少し息が上がってるエルは
互いに一言詫びると、セシアが
不思議そうにエルの顔色を伺った
「驚きましたね…いつも落ち着いてるエル殿が、そのように慌ただしくしてるとは…何か用事でも?」
「えぇ、そんなところです…セシア殿こそ、相変わらず本ばかりお読みになってるのですね」
セシアが片手に持つ本を見て遠回しに嫌味を放つエル
それに気付いてるのかいないのかは分からないが
セシアは穏やかな口調で受け流すように答えた
「えぇ、実は少し興味深い物が書庫ありましてね…これ…【虹の理】という本でして。冒頭からとても面白い内容で危うくそこで立ち読みしてしまいそうになって……あ、すみません。こんな忙しい時にこんなこと」
「いえ…」
「用事が済みましたら、エル殿も是非読んでみてくださいね」
「えぇ、時間が空き次第…私も読んでみます。では…失礼」
浅いお辞儀をした後、エルは早歩きでセシアを横切り立ち去った…表情に大きな変化はなかったが、態度は明らかに「何か」に焦っている姿をセシアは決して見逃さなかった
「何に慌てているんだろうね…あの男は」
「セシア様」
エルが向かった方向から付き人の青年が
急ぎ足でセシアの元にやってきた
「ここにいらしたのですね」
「何か新しい情報でも?」
「先程、あの男が自室から伝書鳩を飛ばしていました」
「ほぅ?」
伝書鳩を飛ばす以外の情報は惜しくも掴めなかったが
先程見たエルの様子から見て明らかに
ソレと繋がってることをセシアは理解した
「セシア様、外に出てったのなら密偵に動向を探らせますか?」
「無用だ。もうこれ以上、誰も失うわけにはいかない」
「しかし…」
付き人は歯痒そうに唇を噛み締めた
「そなたの気持ちは痛いほどわかる…だが今の私達に出来ることは、ここで奴らの動きを見張ることだけ」
「セシア様…」
「だから…だからこそ…信じるべきではないか?奴の頭の中を埋め尽くす
全てを読み切ることが出来ないからこそ
セシアは信じつつ、予感した
少女・リンクが無事であることと
ずっと沈黙していたエルがこの先何をもたらすのかを…
【終】