第59話 惑う心
文字数 4,477文字
…憎いはずなのに…この世で最も、嫌いなはずなのに…
なのに……どうして…どうして……
…こころが……こんなにも…クルシイノ…?
ーーー
ー ブロンズ宮殿前 ー
王の間にあるバルコニーから騒ぎの動向を見守るシン達
民達の怒りは一向に治まる気配がなく、必死に制止する兵士達に謂れのない妄言と罵倒の嵐を浴びせていた
先日の騒ぎを起こした黒幕リンク=アソワールを処罰せよ
さもなければ、罪人を庇護した罪として我々はガイアの王、ロック=ガーナックを永久に糾弾するであろう
誉れ高き豪傑王よ、罪深き者に至極相応の罰を
まるで自分達の主張が正義であるかのように
声を揃えて歪な御託を並べ立てていた
「えげつな…」
「王様もあの場にいらっしゃったのに…どうしてこんな」
「あの後、何者かが民達を唆したのでござろう…でなければ、かような騒ぎなど起きぬはず」
この騒ぎを起こすきっかけをいったい誰が…?
そして、誰が何のためにリンクを貶めようとしてるのか?
いずれにせよ、彼女の存在を知る者の奸策である可能性が高いと見たシン達はなんとかして、リンクを安全な場所…すなわちガイアの外へ移そうと考えるが…
「はぁ…はぁ…っ」
自身の脳裏に響く「声」によって
激しい頭痛と目眩を起こし動けないリンク
様子を伺うとリンクはシン達に迷惑掛けたくない一心から
弱々しい声で「大丈夫です」と言い
気を張って立ち上がろうとするが
キィィィ…ン!!!!
「ぅうっ!!」
「リンク!」
痛みで再び崩れかけたところをシンが受け止めた
額は既にびっしりと冷や汗をかいており
顔色も徐々に青ざめていた
(リンク…っ)
解決方法が見つからないが、このまま彼女の苦しむ姿を黙って見てるわけにもいかない…シンは意を決するようにリンクを軽々と抱き上げた
「!…シ、シンさんっ…」
「ナッドさん、予定通りリンクをガイアの外へ移します…王様達の手助けしたいところですが、このままここにいたら…」
「シン…わかった。それなら二手に分かれよう…お前はそいつを連れて都市を出ろ、俺はロックの手助けした後にお前達と合流する……他の奴らはどうする?」
シンと同行するのはミール、サイゾウ、ケイ
アンはナッドと一緒に行きたい!と駄々をこねる勢いで主張した。本音としては敵の戦力が未知数なだけにこちらの戦力を分けるのは危険極まりないところであるが…
「民を利用し王を足止めすれば、リンク殿は逃げる他ない」
「だからといって、大所帯で逃げたりでもしたら格好の餌食」
「戦力を分ける事も…向こうは予測出来てるはずだ」
「正に用意周到。私達に選択の余地はないってわけね」
気づいた時には既に四面楚歌
それでもシン達はリンクを守るため、覚悟を決める
「それじゃお前ら、気をつけてな」
「はい!」
「あ…」
突然アンが何かを思い出したように声を上げた直後
こそこそとリンクに耳打ちすると
「…っ!アン、ちゃん?」
「えへへ、じゃあ皆の衆!健闘祈ってるよん♪」
「ア、アンちゃん!」
ニカッと眩しいほどの笑顔を見せた後
アンはナッドと共に走り去っていった
「どうした、リンク」
「…」
密かに伝えてきたアンの言葉にリンクは
不安な表情で胸を痛めていた。
彼女達の間で何を語ったのかは分からないが
詮索することはしなかった
ーーー
「…ようやく彼らが動いたか、さて…次はお前の出番だ、オルティナ……
次こそ
は、しくじるでないぞ?」「御意…」
宮殿の裏口から出ると、裏街道に直結する道を発見したシン達。人の気配がないことを運がいいと言うべきか、怪しいと踏むべきか…どちらにせよ警戒するに越したことはないシン達はリンクの体調を気にしつつひたすら突き進んだ。
「リンクっ…平気か?」
「は、はい…あの、シンさん……あたし…」
「…シン!!壁際に寄れっ!!!」
いきなり叫んだケイが、後ろを振り向いたと同時に
上空から凄まじい速さで迫ってきたいくつものナイフを
召喚した氷の剣で全て弾き返した
「ナ、ナイフ!?」
「このナイフ…まさか…!」
既に見覚えのあるシンが嫌な予感したが
それもすぐさま当たる結果に…
「……チッ、無駄に勘のいい奴らめ…」
「お前は、オルティナ…!」
再び相見えた刺客、オルティナ
その赤い瞳はリンクに対する強い憎しみと殺意が
赤い炎のようにメラメラと激しく燃えてるように見えた、だが
「リンク=アソワール…貴様を、生け捕りにする…」
「生け捕りだと?殺すの間違いじゃないのか?さっきのナイフも明らかにリンクを狙っただろ…なのに…」
「生きてさえいれば、多少の傷など問題ない」
「もはや、手段を選ばぬということか…なんとも浅はかな」
「なんとでも言うがいい…私はただ、あの方の為に任務を遂行するまでよ…!」
「…」
妙に腑に落ちない様子のケイは剣を持ったまま前に出る
「オルティナ、あなた…この子が憎いんじゃないの?」
「…お前に言う筋合いはない」
「否定はおろか肯定もしないのね…なら、今のあなたはアサシン失格ね」
「なんだと?」
ケイは挑発めいた口調でオルティナに語りかける
「ハッ…力を隠し、民を騙して王座に座ろうとしただけあって、随分とふてぶてしい根性ね。氷の魔女さん?」
「
虚勢
を張るのに精一杯なあなたに言われたくないわ」「…貴様…!」
フツフツと湧き上がる怒りを必死に抑えるオルティナ
その隙にケイはシン達に「先に逃げろ」と言って促した
「ケイさま、何を…!」
「早く行きなさい…こいつは、私が足止めするから」
「ケイさん!!」
「い、嫌です…!ケイさんも一緒に!」
「このバカ!!」
「!?」
ケイは力強く一喝した
「いつまでも甘ちゃんでいるんじゃないわよ…!私は、私達は…仲間として!あなたを守るためにっ…ここにいるの!…なのに、あなたが私達を信じないでどうするのよっ…」
「ケイ、さん…」
「シン!」
「!!」
「早くその子を連れて逃げなさい。あなたも…しくじったらタダじゃおかないわよ…!」
「ケイさん…分かったっ……行こう!」
ケイを信じて走るシン達
リンクは悲痛な声で遠くなるケイの名を叫びながら
華奢だけど強くて逞しい彼女の背中が見えなくなるまで
手を伸ばし続けた…まるでケイが、消えるような気がして
そしてケイは安堵した表情で深くため息を吐いた
(優しいリンク…もっと、強くなりなさい…そうすれば…)
「泣かせるわね…くだらないほどに」
視線を戻すと、オルティナはクスクスと嘲笑っていた
「アサシンのクセしてよく喋るわね」
「正直な感想を言っただけよ。仲間だの…信じるだの…くだらないにも程があるわ」
「あなたの主人にも、そう言えるのかしら?」
「私とあの方の
絆
を、お前達と一緒にしないで」(絆…)
一向に交わらない会話の中でケイはつくづく思う
オルティナは、本当に、哀れな女だと
「無駄話はこれでおしまい、お前を殺し、あの娘を奪う」
「迷走するあなたに殺せるかしら?この私を」
「…いい気になるなよっ…氷の魔女めがっ…!!!」
激昂したオルティナは
おびただしい数のナイフに炎の魔力を纏わせ
ケイに向けて容赦なく放り投げた
剣で弾けるだけ弾き、避けるだけ避けて
相手の動きを見極めるが…
「アハハハハ!どうしたどうした!もうへばってるのか?!氷の魔女も、大したことないわねぇ!!」
「!…ったく…好き勝手に言ってくれるわ、ねぇ!!」
だが、それは決して間違いなどではなかった
ケイはガイアに来てからずっと本調子ではなかった
夜であれば普段と変わらず動けるが、この凄まじい炎天下で戦うことは彼女にとって大き過ぎるハンデ…しかし、それでもケイはリンクを、大切な仲間を、守るために、生きる為に…ここに立っていた
「どんな困難な状況でも、私は、ここで死ぬわけにはっ…いかない…お前にっ…負けるわけには、いかないんだぁ…!!はぁぁあぁあぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」
ーーー
氷と炎の魔力が衝突する音が背中に響く
自分の為に命懸けで戦うケイ達の想いが心に重くのしかかる
そして、再び何も出来ない自分の無力さを痛感するように
涙となってとめどなく溢れるリンクにシンは…
「リンク…!」
「っ!」
「ケイさんは、大丈夫だからっ…!絶対戻ってくる、俺達は、仲間だからっ…必ず、必ずまた会える!だからリンクも…ケイさんの言うとおり、俺達を信じてくれ!どうかこれ以上、泣かないでくれ…!」
「シンさん…っ…ぅ…うんっ」
シンの励ます言葉が、大きな背中の温もりが
涙で震えるリンクの心を落ち着かせる…
大切な仲間が自分のために身を挺してくれる事が
こんなにも心苦しくて、温かくて、幸せなものなのか
リンクは改めて…それを強く噛み締めた
するとそこへ…
「シンさーーーん!!!」
向かいから両手を振りながら大きな声で呼んできたのは、ソラ
いつの間にかソラの自宅近くまで走ってきたことを理解したシン達だが…
「…待てシン殿」
「サイゾウさん?」
「そなた、彼を見て何か思い出さぬか?」
サイゾウのその一言に、シンは体を強ばらせる
「サイゾウさん…ソラは…」
「…ひとまず、用心するでござるよ」
「………………わかった」
少し躊躇ったのち、そう答えたシンは
複雑な心境を隠すように、緊張した面持ちでソラの元へ歩み寄った
「皆さん、ご無事でよかった!今朝、宮殿の前が大騒ぎになってるから心配でした…!」
「何故、拙者達が宮殿にいると知ってるのだ?」
「それは、昨日キョウさんとまだ市場にいたとき偶然見掛けて…」
今のところソラに不自然な点はない
だがこれ以上うかうかしていられないシン達は
ソラを避けるような素振りで遮ろうとすると
「あ、あの!皆さんどこへ…」
「少し事情があってここを離れることになったんだ」
「離れる?どうして…」
「すまないが、それに関しては秘密でござる」
「もしかして…宮殿の騒ぎと、何か関係があるのですか?」
シンは少し考えると無言で首を縦に振った
「な、なら…俺の家で隠れるというのはどうですか?皆さんを匿うくらいならお易い御用です」
「ソラさま、お気持ちは嬉しいですが…ここにいても見つかるのが関の山…ゆえに私達は、ここを離れるわけで…」
「だったら、だったら…!
キョウさん
の元に行ってください!あの人なら、きっと皆さんを安全な場所に…!」「…それは、無理な願いだ…ソラ」
妙なほど冷静な口調でシンがきっぱりと断った瞬間
その場の空気が一気に凍りついた
「シン…さん…?」
「ソラ…俺は、お前とおばさんに感謝してる…二人のおかげで…少しだけ自分の気持ちの整理が出来た…二人は俺に…家族の大切さを改めて教えてくれた…ありがと」
「ど、どうして…そんなことを言うんです?」
「ソラ………俺はお前と、戦いたくない」
「?!」
明らかに動揺するソラにシンは心から訴える
「家族を想う者として、大事な友人として…俺はお前を失いたくないっ…キョウ=アルヴァリオと繋がるお前と、こんな形で戦いたくない…!!」
「……っ!…」
その想いは、少年の心に届くのか?
【終】