第48話 サンドル街道
文字数 5,278文字
シン達がアクアを出てから五日ほど経ったある日
ファクティスの長、エルはとある場所で待つ
ルーファ達と合流した
「あ、おじさーん!こっちこっち!」
遠くから無邪気に呼び寄せるルーファ
エルの表情には微塵も変化が見られないが
すたすたと歩く速さに少しだけ緊迫感が醸し出されている
「…お久しぶりですね、皆さん」
「ご無沙汰しておりました。エル様…あの」
「ルーファさんから何もかも聞かせてもらいましたよ」
ルーファは本当に事の詳細を全て文に打ち明かしていた
それを知りルーリアとヴォルトスは「申し訳ございません」と一言告げて深々と頭を下げると
「…お二人共、そんなに自分を責めないでください。まだ我々が負けた訳ではありませんのに」
「それは、どういうことですか…?」
言葉に対して首を傾げる二人に、エルとルーファは不敵に笑う
「エメラル王女…彼女にはまだ、使い道があります」
「しかしながらエル殿…王女はリンク=アソワールを消しかけようとなさいました。今となっては、利用するにはあまりにも危険な代物かと…」
「えぇ、それは確かにごもっともな意見ですヴォルトス殿。しかし彼女の元にはドラゴンに勝てずとも、守るのに申し分ない味方が存在します」
「それは…アクアで私達の邪魔をしたヤツらのことですか?」
微笑みながら頷くエルにルーリア達は
「もしやエル殿、彼らも利用するおつもりで?」
「えぇ、その通りです」
「…お言葉ですが、ヤツらの力はドラゴン以下だとしても、蛆虫のようにしつこく湧いてくるようなヤツらです…!早いとこ始末しなければドラゴンと同様、面倒なことに…!!」
「それなら、蛆虫に相応しい死を与えるまでです」
冷たく低い声でそう語るエルに
ルーリアとヴォルトスは戦慄した
「エル殿」
「リンク=アソワール…彼女に関心を抱くのは、何も私達だけではありません」
「エル様…いったい、何を考えて…」
「ふふっ…」
「!…ルーファ…アンタまさかっ…」
エルは傾いた片眼鏡を掛け直しながら思った
この状況がどれだけシン達の力だけでは変えられない
残酷な現実であるかを
そして、影でクスクスと嘲笑うルーファは…
「僕はただ、面白くなるだろうと思ってやったまでさ♪」
ふたつの微笑みに隠された、狂気__
ーーー
___翌日
「はぁ~…あ!街だぁ~♪」
この数日、川沿いの道を通り抜けた末に辿り着いたのはガイアに進む道の中間地点とされるサンドル街道。いつの頃かこの街は商人達の協力により、旅人にとって必需品となる道具屋だけでなく、遊びに来た観光客を歓迎する宿屋や娯楽が盛んな酒場などが造られたおかげで、ここに暮らす民の生活水準が上がり、小さいながらも非常にありがたい街とされている。
「うわぁ…想像以上に人が多くてすごいな」
「昔は本当にガイアに進む為だけに必要な物資しか置いてなかったからな…俺も久しぶりに来たが、すっかり大きくなったもんだ」
活気づく街並みに感心したところで
シン達は準備が整うまでの間、全員別行動をすることが決まった
「こんな大勢で街を歩いてちゃ逆に目立つからな…俺は見張りも兼ねて野宿する、お前らは宿使ってゆっくり休め」
「え、いいんですか?」
「あぁ」
「なんだか、申し訳ないです」
「気にするな。俺は野宿の方が気楽だし、
「ナッドさん…ありがとうございます」
ナッドの気遣いにリンクが感謝を告げる一方
アンが不服そうに申し立てる
「おじさまー!私おじさまと一緒に寝たーい!」
「お前はシン達と一緒に行くんだ」
「えぇ~!!」
案の定拒否され、プクっと頬を膨らませながら怒るアンは
「分かった!一緒に寝るのは諦めてあげる!その代わり今日は二人っきりで街を楽しみましょ?おじさま♪」
「なんだと?…っ!!」
強引にナッドの左腕を掴んで腕組んだアン
その凄まじい勢いと逃がすまいと言わんばかりに
腕にこもる力強い締め付けで簡単に抜け出すことが出来なかった
「は、離れろこのガキっ…離せってんだ!」
「一緒に寝るの諦めてんだからこのくらい訳ないでしょ?」
「それとこれとは話が違…」
「さぁデートにしゅぱーつ!!!!」
「おい無視するな!離せ!はなせぇ!!」
「…」
拒絶するナッドをズルズルと引っ張って街へと向かったアン
取り残されたシン達はそれぞれ困惑した表情で見送ると
「…私は、一人で行くわ」
「え?」
「一銭も持たぬそなたが何を申すのだ?」
「!」
サイゾウがケイの目の前で(アクアール達から軍資金として貰った)小銭袋をジャラジャラと音を立てながら見せびらかした
「…ア、アンタ…」
「拙者と共にゆかねば、備品はおろか食事もまともにありつけぬでござるよ」
「だ、誰がアンタなんかと…!」
「あぁそれと、この街には土産物としても有名な【イチゴのタルト】があってな…それをつまみに、二人で語らうというのはいかがでござるかな?」
ケイはイチゴのタルトという魅惑の一言を聞いて思わずドキッとするも、サイゾウからの寒気がするほどの誘いに戸惑い動けないでいると…
「…ふむ、興味がないのであれば致し方ない。一人で食すでござるよ」
何故か残念そうな素振りでケイの横をすり抜けて行ったサイゾウの態度に、ケイは少しばかり?動揺したあと
「ちょ…ちょっと!まだ行かないとは言ってないでしょ!?こ、このっ…待ちなさいよっ!!」
顔真っ赤にしながらサイゾウの後を追いかけるように去って行った
「サイゾウさん、絶対分かっててやったな…」
「そう、ですね…って、あ!シンさま!私たちもお金が…!!」
「ん?…あ、そうだ!俺も一銭も持ってないんだった!?お、おーい!!サイゾウさん!!おー…」
「シンさん!シンさん!腰に袋が…!」
「え!」
リンクが気づいて咄嗟に指さしたのは
シンのベルトに着いている小銭袋
サイゾウ達のやり取りを夢中で聞いてたせいか
全く気がつかなかったシンは呆気に取られる
「い、いつの間に…」
「きっとサイゾウさまの事ですから、事前に用意して下さったのでしょう」
「本当にすごい人なんですね、サイゾウさんって」
「はは…確かに…」
サイゾウの用意周到ぶりに言葉も出なくなったシンは
気を取り直して、リンクとミールと共に
ゆったりとした足取りで街へ入るのだった
ーー
入る前から、人で溢れ返るほど賑わいを見せるサンドル街道
アクアやサクスに比べて質素な街並みであるが、観光客は店に並ぶ商品に心を踊らせ、ここで暮らす人々は幸せを噛み締めてるかのように笑い合い、子供達も楽しそうに走り回っている
まるで故郷のような懐かしさとあたたかさに包まれたその光景にシン達は微笑ましく思いながら店を探し歩く
「参ったな…どこもかしこも満員御礼って感じだ」
「本当ですよね~わたしはもう気になるところがいっぱいです!」
「うふふ…では、先に必要な荷物を買いに行きましょう!この感じですとそっちの方から売り切れてしまいそうですし」
「なるほど、それじゃまず……よし!あの店から行こうか!」
シン達は意気揚々と人混みに沸く店へと乗り込んだ
時折、しつこい押し売りや客同士の取っ組み合いに巻き込まれそうになるのを回避しながら装備品や食材などを確保すると、惹き付けられたようにミールを見つめる子供達と近くにある広場で遊んだりしながらシン達はひとときの安らぎを楽しんだ
……そして、空がすっかり茜色に染まった頃
もう帰る時間が来たと悟った子供達がシン達を見て名残惜しそうな表情を浮かべた。それを見てミールは「明日にはここを旅立ちます」と素直を伝えた上で「またいつか会いましょうね!」と笑顔で力強く言うと子供達はグッと気持ちを抑えたように「うん…!」と答えた直後、迎えに来た親達と共に家へと帰って行った
「おにいちゃん!おねえちゃん!ミール!またね~!!」
「またね~です~!!」
ミールは彼らの背中を見えなくなるまで見送った
「はぁ!とっても楽しかったです!」
「すっかり夢中になってたな、ミール」
「えへへ…子供達が本当に可愛かったもので」
「良かったですねミールさん」
ミールが笑うとこっちまで嬉しくなる
そんなあたたかな気持ちになるシンとリンクは
つられるように一緒に笑っていると
「…」
「どうした、ミール?」
「あ!い、いえっ!なんでもありません!?」
「?」
急に真面目な顔つきこちらを見つめていたミールを不思議に思いつつ、シンは近くの長椅子に置いておいた荷物を持って宿へと向かった
「荷物…これで大丈夫ですかね?」
「はい、保存食に出来る食材も確保しましたので、あとは途中の森で薬草やきのこを拾って…それから…」
「狩りのことなら、これまで通り俺やサイゾウさんに任せて。リンクの作る美味い飯のために俺、がんばるからさっ」
「…!…ありがとうございます、シンさん…でも無茶はしないでくださいね?」
「あぁ」
生きていく為の知恵と力を互いに補い合うシン達
少し前まで自分が狩りはおろか戦うことすら出来ないことに劣等感を抱くリンクだが、シン達と共に旅をするうちに自分が本当に出来る役割と仲間に頼ることの大切さを改めて痛感した。そしてシンも自分に出来ない細やかな配慮をしてくれるリンクに感謝しながら、彼女の為に戦おうと改めて心に決めていたのだ。
以前、ルーファがリンクに対して言い放った
「無知でとても脆い」という言葉を振り払いながら
(そうさ…リンクは…決して弱くなんかないっ…)
ーーー
二時間後、買い物を終えて合流したシン達は
予定通りシン、リンク、アン、ミールは宿に
サイゾウ、ケイ、ナッドは見張り役として野宿に、しかし
「えー!姐さんとサイゾウくんも野宿なのー!?」
「ベッドで寝る気になれないだけよ」
「宿での護衛はシン殿とミール殿で充分だと考慮したまで」
「んん~なぁんか納得いかない~」
「いちいち文句を言うな…ったく」
その後も納得してない様子のアンを
シンとリンクが半ば無理矢理連れていく形で
それぞれ別れて一夜を過ごすのだった
ーー
街灯だけが光る夜更け、サイゾウ達は近くの森で
食事をすませ、焚き火を囲んで静かにくつろいでいると
ナッドがふと、先日話した誓約書に記された詳細不明の二人に対する自身の考えをサイゾウに告げた
「なにゆえそのような話を今更拙者に…?」
「俺も、初めは黙ってるつもりだったが…この数日、シンがお前を心から信頼してる姿を見て気が変わったんだ。お前なら…少なくとも理解してくれるだろう…ってな」
ナッドの本音とも取れる言葉に
少し驚いたように軽く目を見開かせたサイゾウは
「…仮にもエージェントだった貴殿が、そのような理由で信用するとはな」
「そういうお前も…素性も分からない奴の頼み事を義理堅く守ってくれてたじゃねぇか」
「…状況が状況であったゆえでござるよ」
「なら尚のこと、お互い様だな」
どこか嬉しそうに笑うナッドに
はぁ…と呆れてため息を吐くサイゾウ
ぶっきらぼうな二人のやり取りを見て
ケイは「似た者同士ね」と心の中で呟いた
「…ところでお前ら、あの街に何か違和感は無かったか?」
「怪しげなヤツらはゴロゴロいたけど、特に問題なかったわ。あなたは?」
「俺の方もこれといった動きは感じられなかった」
「そう、まぁ…揉め事なんて起きないに越したことはないわね」
「確かにな………ん、おい、どうした?」
ふとサイゾウが何も反応せず
ただぼーっと焚き火を見つめている様子に気づいたナッドが
もう一度呼ぶと、ハッとしたようにこちらを振り向いた
「あぁ失礼…少し余所事を考えてたでござる」
「…そうか」
この街を訪れるまでの間にもサイゾウはふとした時に
ぼーっと考え事をするような仕草を見せる瞬間が何度もあった。しかし、無理に問いとかければ今後の旅に支障が出るのが目に見えたナッドは彼の口から
その答え
が出されるのを待つことにしたそれからまたしばらく瞳を閉じてみたりする三人だが
あまり寝付けない様子の中、サイゾウが突然ケイに質問した
「ケイ殿…ひとつ聞きたいことがある」
「なに」
「そなたはなにゆえ、王になろうと思ったのだ?」
「…!」
ケイは、ほんのわずかな間でも王となった人間
本来、氷の魔力を持つ者は王族であろうとなんだろうと
都市から追放されるか、処刑されるかの二択がアクアのルール。それを分かってた上でなぜ秘密にし、王となったのか…妹のアクアールですら知らないと思われる疑問に、サイゾウが切り込んできたのだ
「…そんな大した理由じゃないわ」
「氷の魔力を秘密にすることは、アクアでは死刑に値する罪。そんな命知らずなマネが出来るのは、並外れた覚悟を持つ者のみ」
「…買い被りすぎよ…私はただ…私と同じ苦しみを持つ民が同じアクアの民として…安心して暮らせる世の中にしてあげたいと…思っただけよ」
自嘲気味にそう語るケイに
サイゾウとナッドは
「安心して暮らせる世の中に…充分立派な理由だと思うが?」
「理由だけなら、ね…でも、結局ダメだった…私が愚かだったの…皆が私を王として認めてくれれば、いずれみんな…氷の魔力を恐れなくなるなんて…甘い夢を見たから…エメラルは…あの子達は…」
夢見る女の手から零れ落ちた、数多の希望
【終】