第34話 蠢く
文字数 4,747文字
ー グレイ 港町 ー
港町が一望出来る位置にある無人の建物から
船や人々の様子を護衛もつけず
一人で伺う眼鏡の男の元へ颯爽と駆け付けてきたのは
「…オルティナか」
「ハッ…キョウ様、ただいま戻りました」
「思わぬ邪魔が入られたようだな」
「…申し訳ございません」
先日、ブレイネル山で
メイリン暗殺を図った赤髪の女・オルティナ
そしてその暗殺計画自体を企てたのはこの男
キョウ=アルヴァリオ
彼らは始めから手を組んでいた模様で
キョウは淡々とした口調で彼女に次の指令を下した
「お前に挽回する機会を与える。オレンジ色の髪の少女に見覚えはあるか?」
「いえ、会う前に邪魔された故、見ておりません」
「では言い換える…四葉のクローバーのような形をした髪飾りを着ける娘を生かして捕え、私の元へ連れてくるのだ」
「……王女を殺すのではなく、他の娘を、生かして捕らえる…のですか?」
「そうだ」
「…」
どこか不安そうな目で見つめてくるオルティナに対し
キョウは深くため息をついてから、言葉を発した
「メイリン王女と、アクアール陛下…そしてあのファクティスが気にかけるほどの娘…実に興味深いと思ってな…」
「王女だけでなく、
アイツら
も…ですか?いったいなぜ…」「私の方でも調べておくが、お前も、これを機に挽回しろ。私の力になりたいと言うのなら…」
「ですがキョウ様…!」
キョウは無言で彼女の心を鋭い棘で突き刺すような
冷たい目で威圧した
オルティナも、彼を信じて付き従うが故に
それ以上何も言えず、恐怖で震える心を
ひた隠すように頭を下げ返事した
「……承知、しましたっ」
「よし。ではオルティナ。期待しているぞ」
「ハッ…」
シュッ…
「……さて」
オルティナの姿が無くなってすぐ、建物から立ち去るキョウ
リンクを狙う者として、何を企むか…
ーーー
ーアクア海域 船内 ー
出航から数時間ほど経った日中
アクアに到着するのは明日の昼頃になる予定らしく
それまでシン達は一時の安らぎを過ごす中
シンは…変わらず眠り続けるリンクの傍を
離れる事なく看病していた
コンコン…
「!…はい」
ガチャ…
「失礼します。シンさま」
「ミール」
部屋に訪れたのはミール
彼女の傍を離れられない彼のために
厨房から昼食を運んで来てくれたのだ
「ごめんミール。俺が動けないせいで…」
「何をおっしゃいますか。私はシンさまの相棒であり家族なのですよ?これくらい当然の事です!それにシンさま…リンクさまがお倒れになってから、睡眠も食事もろくに取ってませんよね?看病なさる方が元気を無くしては元も子もございませんよ?」
ミールが堂々ととした態度でふんっ!と鼻を鳴らした時
シンの中で不意に笑いたくなる気持ちが込み上げた
「は、ははっ…ミールお前…まるで母さんと瓜二つだ、はははっ」
「ま!笑うなんてヒドイですシンさま!」
「あはははっ…!」
「もぉ~~!」
ミールは小さな体と手でポコポコとシンを叩くが
力が入ってないので痛くはないが、とてもくすぐったかった
張り詰めていた緊張の糸がゆっくりと解れていくかのように…
「ありがとうな…ミール、おかげで気持ちが少しは休まったよ」
「からかっておいて言えるセリフですか?全くもうっ…ふふっ」
ミールのおかげで心を落ち着かせたシンは
改めて運んでくれた昼食をゆっくりと食べ
済んだ後はミールも彼に付き添って
リンクの看病をした
「リンクさま、早くお目覚めになるといいですね」
「そうだな…」
(目を覚ましたら、また君と話がしたい…ドラゴンとかアイツらの事は気掛かりだけど…俺は……君のことが…知りたい……君のことが…………!)
そう心で呟いてるとシンは、急に何を思ったのか
ポケットからある物を取り出した
「おや?シンさま、それは…」
「これは…この前、お前とアンさんを助けてくれた人から貰ったものだ」
「そうでしたか!それで、中身は?」
「まだ、見てない」
「どうしてですか」
「…」
今のお前が必要とする、
真実
の一部だ「分からないけど、少し、怖かった…何だか、嫌な予感がして…」
「シンさま…」
「でも今は、お前が隣にいてくれてるから…その…」
「…!…大丈夫ですシンさま!真実がなんであろうとも、私はシンさまの味方です!」
「…ありがとう」
ミールの優しさで背中を押された気持ちになるシンは
ようやく意を決して包みを開けた、そしてその中身は
ガサッ…
「……っ!!?」
「こ、これは…いったいどうしてっ」
「なんで…なんであの人が…母さんの指輪を…!」
嫌な予感はしても、これは
突然背中に雷が打たれたかのような衝撃だった
記憶が途切れる寸前まで肌身離さず
持っていたはずの母の指輪
探す術もなく当時は落ち込んでいたが…なぜ…彼がこれを持っていたのか?しかも、それだけじゃない
「あれ、シンさま…こちらの指輪は?」
「え…」
他に包まれていたのは、母の指輪と同じ形状の物だが、形自体が変形しボロボロとなり、べったりと付着し乾いた血によって錆びれ無惨となったもう一つの指輪だった
「シンさま…この指輪…もしや…」
「おそらく…父さんの指輪…なのかもしれない」
「で、ではっ…なぜ!あの方がこれを持って…ま、まさか…あの方がシンさまの…!」
「いや、それは多分…違う。あの人、母さんと同じ黒い髪で、黒い目をしてた…仮にあの人がもし俺の父さんだとしたら…俺のこの姿は、この髪の色は、この目の色は、誰と同じものなんだ?」
「あ…!」
混乱の中でシンは必死に考えを巡らせる
彼がもし、シンの親でないのなら
彼自身は何者なのか?なぜこれをわざわざシンに渡したのか?
シンの本当の父親は…いったい、誰なのか?
疑問で頭がいっぱいになる傍ら、シンは…
(たとえもし…俺の父さんがあの人だとしても、そうでなかったとしても…俺は…どうすればいいんだ…どう、向き合い、話をしたらいいんだ…母さんを…ずっと泣かせてきたあの人に対して…俺はっ………)
喜びか、それとも、怒りか
青年の心の片隅に潜む闇が蠢き出す
ーーー
ー グレイ 海岸 ー
ザッザッザッ…
「…全く、どいつもこいつも…物を粗末に扱いやがって」
眉間に皺を寄せ、煙草を荒っぽく吹かして
ボヤきながら海岸に現れたのは
先日シンにあの指輪を渡した男・ナッドであった
彼はシン達が乗り捨て同然に放置されてしまった水上バイクを見つけ、辺りに誰もいない事を確認すると
ポゥ…!
コックピットに備え付けられた
走行速度や使用するエンジン量などが細密に表示される
メーターパネルにナッドが手を翳した瞬間
パネル全体から突然、光が発生した
『アンショウバンゴウハ?』
ピッピッ……
『ショウニン。リベリオン、カイジョ。』
スウゥ…
聞こえてきた
声
に対して、パネルから浮き出た光に暗証番号らしきものを慣れた手つきで打つナッド、すると水上バイクは全身が光に包まれ、散りゆくとそこから一枚のカード
が現れた。そしてそれを手にしたナッドは何事も無かったかのような素振りで服のポケットに収めた「…行くか」
吸っていた煙草を携帯用灰皿で火を消し片付けると
もう1台の放置された水上バイクに乗って
どこかへ向かうように走り出した
ブオォォォォォォォ!!!!!!
(……シン)
ーーー
ー アクア海域 船内 ー
月が昇る頃…シンはミールに促され
外の空気を吸いに部屋を出た
「…はぁ」
背伸びしてリラックスしてはいるものの、指輪の事やリンクの事で心はずっと目まぐるしく動いている…こんなに悩める気持ちは記憶を失ってまだ間もない頃に似ている
ー自分は本当に何者なのだろうか?ー
まだ完璧に分かったわけではないが前よりは不思議と安堵してる…少しでも自分を知った事でミールという掛け替えのない相棒と再会することが出来、自分を知ろうとして旅に出た事でリンクにサイゾウ、アン…そして他にもいろんな人達と巡り会う事が出来た…
(一人旅してきた頃よりはマシだと思うなんて…俺ってやっぱまだまだ子供なんだな)
馬鹿正直だのなんだのと好き放題に言われてカチンと頭に来る事があったけど、今は何故か不思議と納得している自分がいる
自分一人では気づけなかったこと、知る由もなかったことを
仲間や大切な人達のおかげで一つ一つ知ることが出来た
そしてそれは、今後も変わらない…きっと…
「!……あれ?」
ふと、船が進行する方向に目をやると
自分と同じように潮風に吹かれながら
ひとり海をじっと見渡すサイゾウの姿を見つけた
「サイゾウさん?」
どうしたのかと不思議に思った時には
足は既に彼に向かって進んでいた
「サイゾウさん」
「…シン殿か」
近づいてみると彼の神妙な表情がより鮮明に映った
「こんなところで何してたんですか?」
「別に。海を見ていただけでござるよ…」
「あ…そうですか」
「で?あれからリンク殿の様子はどうなのだ?」
「え?」
またしても突拍子の無い質問に内心驚いたシンだが
「…あ、あぁ…リンクならまだ眠ってます」
「さようか…まぁ、そう易々と治るものではござらぬからな」
相変わらず淡々と喋ってはいるが
表情はいつもより浮かないのが、どことなく分かる
(サイゾウさん…やっぱり、気にしてるのか…今までの事を…)
彼女に対して、ドラゴンのことやファクティスとどう繋がって関係しているかを疑ったことで、どこか距離を置きながら接していたサイゾウ。結果としては、まだ、拭えないものはあってもリンクという「人間性」は潔白であると証明された
あの夜の出来事でもし見方を変えようとしてるのなら…
…というのは全てシンの希望的観測に過ぎない…でも、今目の前にいる彼の表情からは、いつも冷たい仮面の裏に隠していたサイゾウの「本来持つ人間性」が垣間見えたような気がした…
だから…
「リンクは、必ず目覚めます」
「!」
「そして、ドラゴンであれ何であれ、彼女はきっと、誰も恨んだりはしません…みんなを、そして、サイゾウさんのことも」
突然そう語るシンにサイゾウは
「それは…励ましてる言葉のつもりか?」
「え?」
「やれやれ…いつの間にか彼女を呼び捨てするようなそなたにそんなことを言われるとはな」
「そ、そんな言い方しなくても……って、あれ?」
サイゾウに言われシンは、このところ彼女のことを
どう呼び、どう対応していたのかを思い出すと
(え、え?あれ…お、俺、いつから彼女のことを呼び捨てに…?しかも、馴れ馴れしく呼……えっ…えぇぇ~っ!???)
思い出せば出すほど、顔から火が出るほど
恥ずかしくなってはその場で悶絶するように
頭を抱えてウンウン唸るシンの姿を見てサイゾウは
「無自覚、であったか…よほど好いておるのだな、リンク殿を」
「ち、ちち違います!!お、俺はっ…そんなんじゃ…!!」
「顔はとても正直に申しておるが?」
「!!」
「…ふふ、やはりそなたは馬鹿正直でとても愉快でござるな」
「なっ!!…っ…ぜ、前言撤回だ!…この鬼!悪魔!ドS!ちくしょおぉぉぉ~~~~~!!!!!!!!」
しんみりとした雰囲気はどこへやら
悪魔のように微笑むサイゾウを指差しながら大海原の中心で絶叫するシンと…そんな彼を見てどこか楽しそうで、どこか嬉しそうに微笑むサイゾウであった
ー アクア 港広場 ー
翌日の昼…
船は予定通りの時刻で無事アクアに到着した
荷物を抱えて船を降りるとそこには
迎えの馬車が三台ほど用意されていた。
アクアールとトルマリンは王族用の馬車、サイゾウとアンは客人用の馬車。リンクはまだ意識が戻らない状態の為、荷物用の馬車に乗せシンは引き続き彼女の看病に付き添うためミールと一緒に乗ることが決まった
「さぁ参りましょう!シンさま!」
「あぁ…!」
準備を整え馬車は
水の都市アクアの中心核【アクアール宮殿】に向かった
リンクとドラゴン、ファクティス…そして指輪の真相
期待と不安で胸がいっぱいになる彼らの背後には
新たな影が容赦なく迫り来るのだった
【終】