第15話 胸騒ぎ
文字数 7,385文字
ー フルクトゥス船内 浴場 ー
「「はぁ~…」」
「気持ちいい~」
「やっぱお風呂っていいわよね~♪」
「本当ですね、今はまだ寒い時期なのであのままフルクトゥスの皆さんに出会わなかったら…今頃あたし達どうなっていた事か…」
「確かに。顔は超強面な船長さんだったけど、嫌な人って感じじゃなかったわね~」
「顔は強面って…もうアン
さん
ってば…ふふっ」アンの一言にリンクが苦笑いしつつ
ツッコミを入れたものの
まだお互いを知らないとあって
どこか距離があるのを察したアンは
何か思いついたようにリンクと
顔が向かい合う正面へ移動すると
「...ねぇ、リンちゃん」
「え、え?リンちゃんってあたしですか?」
「他に誰がいんの~?ていうかその敬語といい呼び方といい、な~んか堅苦しくない?もっと気楽に呼んでよ♪せっかく出会った【友達】なんだからさ~♪」
「!...と、友達っ...い、いいんですか?」
「もっちろん!だって私...ずーっと一人で旅してきたもんだからさ、その、女友達って言うの...前々から欲しかったんだよね~」
「そう、だったんだ…」
先程まで見た明るい雰囲気とは異なり
しみじみとどこか寂しそうに語るアンの姿にリンクは
「アン、ちゃん」
「ん?んん?あれリンちゃん…今、私のこと…」
「その...あたしで、よかったら…とっ…友達に…」
「…!わぁい嬉しい~!ありがとリンちゃん~!!これからよろしくね~♪」
「は、はわっ…うんっ…こちらこそ、よろしくね…!」
「えっへへ~♪」
「うふふふ…」
嬉しそうに笑うアンがリンクに抱きつくと
リンクも彼女につられて笑みがこぼれる
ほんの些細な事でも二人にとっては
今日という日が、特別なものに感じられた
……すると、そこへ
ガララッ!!
「!!!?」
「ふぁあ~~………あ?なんだよ先客いんの………か?」
半ば乱暴に開けられた片引き戸から侵入してきたのは、気だるげに肩を落としながら隠すものも一切隠さないがっちりした体格とやや崩れ気味の青髪が特徴的な男であった
「は?お、おんな?…しかも、二人???」
「き、きっ……」
「う…うおおおおぉ!!なんかよくわかんねぇが久しぶりの女だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「きゃああああああ!!!!!!!」
今日という日が
(いろんな意味で)特別なものに
感じられた二人であった
そして、今に至る__
【第15話】
…そんな経緯から、シンが来るまでの間
アンは武器を構えて男と素っ裸のまま睨み合い
リンクは戦えないため浴場内で避難したまま
三人とも硬直状態となっていた
そんな流れを聞いてシンはひとまず
この目のやり場に困る状況を正すべく
アンと男に大きな布を渡し、話を続ける
「んーやっぱ、どう考えてもおかしいわよねー、仮にも私達はここの人達に勧められて一番風呂にいれてもらったし、そもそも着替えの服がここに置いてあるんだから普通気がつかないはずないわよねー?ね、リンちゃん?」
『へ?…う、うん』
訝しげな顔でアンは男を全力で警戒した
「そうなると…おにいさん…やっぱ私達を覗きにっ...」
「だ~か~らっ!!違うっつってんだろ!!久々に女の裸が見れたのは
ラッキー
だったけどよ、さっきまで俺は寝起きで酒に酔ってた!んで、酔い醒ましにここに来た!それだけだ」「うっわ、さらっとサイテーな事言ったわね…」
野蛮にも程がある言動にシン達は絶句した
「つーか、てめぇらこそこぞってうちに転がり込んで来てなんなんだ?しかも女二人と男が一人の遭難者とか…いいご身分だな」
「いろいろ事情があって、好きで遭難したわけじゃありません…」
「ハッ!ガキんちょが事情ねぇ…ま、俺には関係ねぇが…おい、そこの女二人」
「なにさ?この最低男」
男はアンに視線を戻した
「口は生意気だが、悪くねぇスタイルしてんな…風呂場にいる女も…初々しそうで
食べ応え
がありそうだし…なぁ?暇なら俺と、遊ばねぇか?」『…!!』
「はぁ?ほんと何言ってくれちゃってんの?」
呆れてものも言えない程
図々しくリンクとアンを誘い出す男に、シンは
「うおっ?!」
いきなり男の手を強引に掴んで自分の元に引き寄せた
「て、めぇ!なにしやがるっ!!女に引っ張られるならともかく!男に引っ張られるなんざ...っ!」
それは…殺気にも近い勢いで男を睨むシン。
心做しか腕を掴む手に力が入る
理由などわからない...ただ、あまりにもこの男が
ひどく憎たらしい、そう思えた。
そんなシンに対し男は
「へえ...もしかして、この中にお前の女でもいるのか?」
「なんだと?」
悪戯っぽく挑発する。
「この生意気な女か?それとも、風呂場にいる女の方か?...まさか、二人も手玉にしてんのか?お前、経験なさそうな顔してやるときはやるんだなぁ?」
「ふざけんなよ、この最低野郎が...っ」
「お、やろうってか?言っとくが俺はガキだろうがなんだろうが、手加減はしねぇ主義なんだ。」
まさに、一触即発である。
想定外の事態にその場にいた全員が恐怖する。
当然風呂場越しから耳にしていたリンクも
(け、ケンカ!?...そんな、どうしようっ...!)
オドオドと怯え、戸惑いながらも
誰よりも争いを嫌うリンクは
後先考えず勇気を振り絞って二人を止めるべく
片引き戸を開けようとした、そのとき
「お止めください、二人とも。」
「!?」
厳しさが籠る穏やかな声で二人を制止したのは
キャビラであった
「...なんだキャビラかよ…今からケンカおっ始めようってときに、てめぇはいつも…」
「これは全てあなたの非ですよ【ジョー】...彼らは遭難者であり我々の客人でもあります。その客人に怪我はおろか、はしたない真似をするなど言語道断です」
「そーよそーよ♪ジョーってばほんと手が早い上に容赦ないんだから~」
キャビラの後ろにぴったりとくっついていたのは
無邪気に突っ込みを入れるリンドウだった
彼らの登場をジョーと名乗る男は
あからさまに嫌悪した表情を浮かべると
「あーはいはい、俺が悪かったよ。ったく右腕さんとオカマ先生は実に利口だな...おかげで興醒めしちまったよ、じゃあな」
そう吐き捨ててジョーは
そのまま服も着ないで浴場を後にした
ようやく事が落ち着くとキャビラが
シンに深々と頭を彼の代わりに下げた
「キャ、キャビラさん…別にそこまでしなくても」
「いえ…そういう訳には…ただ、今はひとまずみなさんはこのまま浴場で疲れを癒してください。この非礼はまた後ほど改めて…」
「本当にごめんね~…それじゃ」
申し訳なさそうに
頭を低くして立ち去るキャビラとリンドウ
逆に申し訳ない気持ちになる三人だが
彼の言葉に甘えて、アンとリンクは引き続き
風呂場に戻り、その後シンは一人で
ドッと出た疲れをゆっくりと癒すのだった…
二時間後__
コンコン...
「!...どうぞ」
ガチャ...
「あ、キャビラさん」
「...こんな夜更けに申し訳ありません」
「いえ、それは大丈夫ですが…あの」
「先程の船員達の無礼を詫びに参りました...」
キャビラは改めて再び深く頭を下げると
それぞれにお詫びの高価な品を差し出してきた
「え、こ、こんな高い物を…」
「こんなことしなくても、俺達ならもう気にしてないですし、本当に大丈夫ですよ!だからその...頭を上げてくださいっ」
「しかし...」
「もうキャビラ、この坊や達は許してくれてるんだからそれくらいにしなさいなっ!」
どうやら先程共にいたリンドウが
キャビラと再び同行していた模様
「こんばんは、さっきは本当にごめんね。私は【リンドウ】この船で医師をやってるの、よろしくね♪」
「医師...ということはリンクさんと一緒にサイゾウさんを治療してくれたのは...!」
「はい、この先生があの人を助けてくれたんです」
「そうだったんですかっ...ありがとうござい、ま...?」
ふとシンはリンドウに対して妙な違和感が
(あれ?この人…お…女の人?...にしては声が低いような...)
「あら坊や…私の顔に何かついてるかしら?」
「えっ!!あ、いやっその...そういうわけじゃ...!」
ひとり戸惑っている様子のシンを
見兼ねたキャビラが一度咳払いする
「ゴホンッ……シン殿...でしたね...リンドウはよく女性と見間違われる事がありますが...【彼は】れっきとした...【男】ですよ」
「!!!?!!?」
サラッとした口調で飛び出したキャビラの衝撃発言に
シンは言葉も出なくなるほど凍りついた
「あらキャビラ!いきなり何を言い出すのよ!」
「いえ...シン殿がわかりやすいほどに困惑なさっていたので...それで、つい...」
「ん?それってつまり…坊やが私を女性に見えてたっことかしら!?まぁっ!なんてかわいい坊やなのかしらー♪」
ガバァ!!!
「...っ!!?ぇ...な、何をっ!!」
「あらあら照れちゃうなんてほんとにかわいいのねー♪」
「ててて照れてませんっ!!てか俺、別に可愛くも、ありませんからっ!は、離して、くださ、いっ!!」
(かっ顔に似合わず腕の力が…強いっ...!なんだこの人…!ほんとに医しゃ…い、いたたたた...!!!!)
見た目に反して凄まじい締め付けがシンを襲った
振り解くことは困難で痛みに耐えるのに精一杯であった
「へぇ…このアネゴがサイゾウくんをねぇ…つか、私も女の人かと思っちゃった」
「ん?先生は男の人だよ、アンちゃん」
「え?リンちゃん…もしかして見抜いてたの?」
「???」
真面目な空気から一瞬にして
和やかな雰囲気に包まれた直後…
「おーおー…なんか、さっきと打って変わって楽しそうじゃねぇか」
「!!」
キャビラ達の背後から賑やかな声に
引き寄せられたジョーの姿が
「あっ!さっきの変態覗き男!」
「誰が変態覗き男だ!つーか、あれは単なる事故だ!事・故!...ったく、見た目は悪くねぇってのにそんな口振りじゃちっともそそりやしねぇな」
「こらジョー!女の子に対して下品な上に失礼よ!」
「うっせ!いくら俺でも、好みの一つ二つくらいあるわ!」
「失礼を重ねた上になに開き直っちゃってんのよ、この子ったら…はぁ」
リンドウとキャビラは呆れ返って
深くため息をついた
だがジョーはそんなこともお構い無しに
ズンズンと部屋に乗り込んでくると
シンが彼女達の盾になるような形で一歩下がり
彼を警戒した
「あ?ナイト気取りのつもりか?それとも、さっきの続き…ここでやるのか?」
「呆れた…どこまで煩悩に塗れてんのよこの最低覗き色情魔!」
「てめぇこのアマ…言わせておけばっ…」
「ケ、ケンカはっ…止めてくださいっ!!!!」
恐怖で震えながらも咄嗟に
勇気を振り絞って誰よりも大きな声で
ジョーの前に立ち仲裁に入ったリンク
その行動に対して全員がぽかんと口を開けて
呆然とすると
「リンク、さん…」
「……っ!…あ、す、すみません!…あたしはただ皆さんにケンカしてほしくなくて、つっ、つい…!」
我に返ったリンクからすると
これは想定外の反応だったのか
恥ずかしさのあまり
顔真っ赤にしてオロオロと動揺しながら
必死に弁明した。
すると、興味深そうに「へぇ…」と呟いたジョーは
グイッ!!
「きゃ…!」
いきなり彼女のか細い腕を掴んでは
自分の顔に触れる直前まで引き寄せると
「リンクさん!」
「...」
「ちょっとアンター!リンちゃんに何してくれてんのよー!」
シン達の言葉を気にも止めず
ジョーはじっとリンクの顔から
そのまま首元から下の方まで、じっくりと舐め回すかのように眺めるという謎の行動にリンクの心は
羞恥と恐怖でいっぱいになった…
「あ、あの…なにを…」
「お前が確か…あいつと一緒に風呂場にいた女だよな?」
「え?…は、はい…そうです、けど...それが、なにか…」
「...あぁ、さっきはちとガキっぽいナリしてんなと、思ってたが…こうしてみると…結構悪くねぇな……つか、むしろ
俺の女に
してぇくらいだな」「え……」
「ええええええええ!?!!!」
予想外過ぎる展開に
キャビラ以外、全員が思わず絶叫した
「ジ、ジョー...あなた...本気で言ってるの?いつもは胸の大きな子とかに食いついて
カラダだけの関係
しか持たなかった……あなたが...」「え?!それマジっすか?!アネゴ!?」
「あ、アネゴってあなた...その言い方...じゃなくてジョー!!」
「あ?俺は別に胸だけで女を判断した覚えはねーよ!...選んだ女が偶然大きかっただけだっての!カラダだけの関係は、まぁ否定はしねぇけど…」
「へーーーーーーーーー」
「なんだよその目は...ケンカ売ってんのかてめぇら!!」
アンとリンドウは侮蔑の目でジョーを見つめ
る、ジョーはそんな二人と一気に口論となった。
一方、シンとキャビラは
ドクン、ドクン、ドクン.........
「...シン殿、いかがなされた?」
「!...いえ、なんでも...」
否定しながらもシンの顔はびっしりと冷や汗が湧き
誰がどう見ても明らかに動揺していた
けれども、キャビラは…
「…私も、正直驚きましたし初めてでした…彼があんなにも女性の事を
本気
に想ってる姿を見るのは…」「え…」
「あなた方の色恋沙汰に干渉する気はありませんが、これだけひとつ忠告しておきます…ジョーは、喧嘩でも何でも、本気を出すと本当に容赦が無いので…どうか、用心してくださいね」
「っ…」
...なぜだろうか
心臓の音が
息を呑む音が
身体の震えが
すべてが煩わしいあまり
急に何もかも思考が追いつかないでいる。
(...なんだ?なんなんだ、これ...俺、なんでこんなに焦ってるんだ?)
返事も出来ず沈黙するシンに
キャビラは哀れむような瞳で見つめた後
リンドウと共にジョーをリンクからの返事を聞く間もなく引き剥がすような形で引っ張り出し、部屋を後にした。
「リンちゃん、大丈夫だった?」
「う、うん…」
「あーぁ…すっかり変なのに好かれちゃったわね~」
「でも、そこまで悪い人、ではないと思うけれど…」
「リンちゃん…お人好しもほどほどにしなよ~?ねぇシンくん?」
「…」
「おーい!シーンくーん?聞いてるの~?」
「え!う、うん…まぁ…そうだね」
「シンさん?」
「…」
その後、シンは一人眠りにつくことが出来なかった
乱れ打つ鼓動の意味を未だに理解することなく…
翌朝__
一睡も出来ないまま、朝を迎えた
そのとき
ドゴオオオオオオン!!!!!!!
「うわあっ!!!!」
「なっ、なんだっ!?」
突然船に何かに衝突したように船が激しく揺れた
あまりの衝撃に全員飛び起き、落ち着くまで
じっと待っていると今度は多くの
人の声が沸き上がっていた
「な、なに?なにが起きてんの?」
「俺が外へ行って様子を見てくる」
「シンさ………!」
嫌な予感がよぎりつつもシンは剣を携えて
扉を開けた直後…
「敵襲ぅっ!!敵襲だーーーーっ!!!」
カンカンカン...!!!
遠くの廊下から
警告の鐘を走って鳴り響かせて
知らせる船員の姿を目撃した
「敵襲だと…?じゃああの衝撃はまさか…」
「こんな朝っぱらから船を襲うなんて、あっちも暇なのね...で、私たちはどうするの?シン君」
「そんなの決まってる、ディーネさん達を助けるんだ!」
「はぁ~…シンくんもまぁお人好しね~…ま、別に戦えるし、いいけどさ♪」
「よしっ…あ、リンクさんは無理しないでここで…」
「...」
「リンクさん?」
振り向くと、リンクの様子が明らかにおかしい
呼吸を乱して息を荒くし、身体も次第に震えが止まらなくなると、急に後退りした拍子に尻餅をついてしまったのだ
「!...リンクさん!いったいどうしたんだ?!」
「ちょっとリンちゃん大丈...!!」
アンが肩に触れると異常なまでに震えていた
顔面蒼白に虚ろな瞳...まるで何かに怯えているかのような姿に、シンの中で唯一思い当たるのは
「まさか...あの祭での出来事が原因で何か…」
「そ、その………こ...声が」
「声?」
リンクは必死に声を絞り出した。
「声が、聞こえるんです...城に、運ばれてから...き、急に...不思議な、声が...」
「声が、聞こえる?」
「それって誰の声なの?ねぇリンちゃん」
半泣き状態のリンクだが
懸命に言葉を紡いだ。
「...わかり、ません、でも...聞こえるのは一人だけじゃ、ないんです......二人...三人...たくさんの、声がっ…死にたくない…殺さなきゃって………同じ言葉を……何度も...ぅう!!」
息を詰まらせ頭を抱えながら
リンクは気を失ってしまった
「リンちゃん!しっかり!」
「リンクさん!目を覚ますんだ!リンクさん!リンクさん!!!...
...目を覚ましてくれ!!【リンク】っ!!!」
キラッ...
「っ!?」
「今...リンちゃんの首飾りが...」
今、確かに二人は見たのだ
リンクの首飾りが微かに光ったことを
だが特別何かが起きたわけでもない
ちょっとした輝きのはず
なのに……
(なぜだ...リンクの、彼女の首飾りが光っただけなのに...なんでこんなにも胸騒ぎがするんだ?)
リンクの持つ秘密とはいったい...
そして...
救護室にて静かに眠る、あの男は…
「...はぁ...実に寝覚めの悪い朝にござるな」
【終】