第22話 バケモノの涙
文字数 4,117文字
『はい、なんでしょうか?』
『お前は…
『!…帰りたい…ですけど…今の私にはレイリンさまがいますから…!!』
『ミール』
『えへへ…お恥ずかしながら、未だこの暗く淀んだ世界に慣れはしませんが、レイリンさまがいなければ私はずっと、寂しい思いをしていたことでしょう…あの方に、もう二度と会えない…二度と、あの方の成長を見守る事が出来ない…私をこんな姿にした者達が憎い…そう思いながら、きっと』
『…』
『ですが、偶然とはいえ、そんな私の隣に来てくれたレイリンさま…あなたさまに出会えて本当によかった…こんな姿ではなく、元の姿であなたさまと仲良くしたかったけれども…私は…』
『そうか…そう思ってくれるのは嬉しいな。でもミール、忘れないで…
今のお前
には希望があり待っている人がいる…私よりも…ずっと大きな、希望が』『レイリン…さま?』
『そう、お前なら…きっと……』
【第22話】
ー ブレイネル山 神殿 ー
リンクの口から伝えられたのは
メイリンの亡き兄・レイリンと
炎の妖精・ミルファリアの悲しき過去と経緯
なぜふたりがこのような姿で存在しているのか?
「十年前、お兄様と妖精さんはこの姿となる直前の記憶がないまま、鎖に繋がれ、暗く冷たい牢獄のような場所で共に過ごしていたそうです…肩を寄せ合うように…ずっと…」
「兄上…」
メイリンは悲しげにモンスターを見つめた
「ですがある日、おふたりの力が暴走して、その際に牢獄から脱出しました…原因がなんだったのか何一つ分からないまま」
「暴走?」
暴走が収まったのち二人は
恐怖のあまり無我夢中で世界をさまよった
極力争いごとを避けるべく人間達の住む場所を離れる代わりにモンスター達が棲む荒地や野原などといった道を歩いてきた、何度も何度も遭遇しては襲われ、その度にふたりは怪我をし、血にまみれながらも必死に生き延びた。飢える喉と胃を彼らの血肉とささやかな水で潤しながら、必死に、生き延びた
こうして、ふたりは八年の時を経て
このブレイネル山にやってきた
神殿の鳥居に括りつけられた糸の封印が
破られた状態
を目撃して「ん?え!破られた状態って…まさかもうその時からあれって…!」
「はい、そうなんです」
封印が破られていたことに不審を抱いたふたりが
急いで神殿に向かうとそこで
思わぬ事態が起きていたという
「思わぬ事態?」
「……ここにある宝玉の力が弱まっていたそうなのです」
「なんだとっ宝玉がっ!?」
宝玉の弱体化…それが
今回の噴火の根本的原因であった
実はブレイネル山は
グレイで一番高い山で鉱石も豊富に採掘出来る反面
噴火も頻繁に起きやすい山だったのだ
宝玉はそれを制御する為にグレイの初代王が作り出し
その後跡を継いだ王達が魔力を宝玉に注いで力を保ちながら守り続けてきたのだ
そしてレイリン達がそれを目撃してから一年もの間
ずっと宝玉の様子を見守り続けてきた
当初はまだそれほど勢いはなかったが
時間が経つにつれ噴火が激しくなり今に至る
「噴火が激しくなってること分かってるなら、なんで王様達は動いてくれないんだ?」
「動いてくれないのではなく、動けない状態なのだ…父上は…もう既に還暦を越えており、宝玉に注ぐ魔力も、おそらく…不十分なのだ」
メイリンの父である王は既に還暦を越えていた
だからこそ、メイリンは王位を継ぐのを急いだ
魔力は人間の体力と精神を消費するもの
いくら王でも衰えた身体で魔力を注ぐことは
自殺行為も同然、故に次の王が決まってない状態で
そんなことをすれば、より大きな混乱を招くことは
火を見るより明らかだったのだ
レイリン達も少なからずそれを理解した上で
どうにか出来ないのかと試行錯誤してきたが
「私達は、無力だ」
「え?」
「悲しそうな声で、そう仰いました…お兄様と、妖精さんが」
私達は、無力だ
その一言が全てを物語った
宝玉の魔力はあくまでも純粋なグレイの王族の力で
形成されているため、他の魔力を注ぐことは
非常に危険な行為とされている
だからこそレイリンは、自分が今どういう状況なのか、どういう立場にいるのか、改めて痛感した
自分はもうグレイの王子なんかじゃない
自分はもう人間なんかじゃない
自分は…………………バケモノだ
どんなに血を受け継いだ者だとしても
おぞましい力と混在してしまった今の自分は
死してもなお生き延びようとする
卑しくて、汚らわしい…ただの
ただの、バケモノなんだと
残酷な真実を前にレイリンはしばらくの間
暗く淀んだ歪な世界の中で
吼えるように泣き叫び、絶望した
そんなとき__
「妖精さんが、ずっとお兄様が泣き止むまでずっと傍にいてくれたそうなのです」
傍にいた妖精・ミルファリアは
彼の涙を全て受け止めて包み込んだ
それがレイリンにとってどんなに心救われたことか
ミルファリアも、孤独の中で彼と過ごすうちに
理解し、決意した
どんなに無力でも、どんなに情けなくても
どんなバケモノに成り果てようとも
レイリンは、不本意な形で
ひとりぼっちにしてしまった、たったひとりの妹
メイリンが王となってここへやって来ることを
信じて待ち続けることを選んだ
「…!!」
重荷を押し付けてしまった罪悪感はあるものの
兄は妹の底力を心から信じていた
あの子は、泣き虫ではあるが、とても強い子だ
繊細で、優しくて、誰よりも強い…
自分よりもずっと、ずっと…強い、あの子なら
きっと、成し遂げてくれるだろうと__
「そんな、兄上…」
「メイリン様」
リンクはメイリンに向き合って語りかける
「お兄様は、最後にこう仰っていました…」
『メイリン、お前が創る平和な世を楽しみにしているよ』
ポロッ……
「姫様っ…」
「…私の、想い……届いてたのですね…兄上っ」
溢れる想いが涙としてポロポロとこぼれ出した
兄を失ったあの日からメイリンは誓った
【平和な世】…言葉ではありきたりな
表現になったとしても、兄妹にとって
それはとてつもなく純粋で大きな夢だった
その夢を果たせなかった兄の代わりに、いや
兄のために、家族のために、自分が果たしてみせる…!
そんな幼かった少女の心に芽生えた想いは
安らかに眠った、大好きなたった一人の兄に…
ちゃんと………届いていたのだ…
「うぅ……っ…うぅう…あに、うえ…っ」
ずっと張り詰めていた少女の心は
兄のその一言で雪解けのように
ゆっくりと温かく溶かされていくのを感じた
そんな彼女達のやりとりを静かに見ていたシン達は
「お兄さん、大人だね…お姫さんのためにそこまでやるなんて…」
「アンさん」
「私に兄弟なんてものはないから、正直どんな気持ちかなんてわかんないけど…ちょっとだけ、羨ましいかも」
「!……俺も…そう思いますよ…」
「…」
それぞれが感慨深くなる中
リンクがふと、シンに顔を向けて名を呼んだ
「シンさん」
それに気づいたシンは彼女の神妙な顔つきを見て
薄々気づいたようにゆったりとした足取りで近寄ると
「シンさんにも…大切なお話があるのです」
「お兄さんと一緒に居る…妖精のことかい?」
リンクがこくりと頷くと
シンはゆっくりと深呼吸した
「妖精さんは…シンさんの事をご存知だと言っていました」
「俺を…?」
「妖精さんにとって、シンさんは命を救ってくれた恩人であると…仰っていました」
(俺が、あいつの…?)
ドクンッ!
鼓動が再び高鳴る…でもそれは
徐々に己の記憶が浮かぶかのような兆しにも思えた
「それからもうひとつ…シンさん…妖精さんは…」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!!…なんだっ!?」
突如悲鳴を上げたのは…シャオルであった
何事かと思い全員が彼が震えながら指差す方向に
視線を向けると……
「お、お兄様?妖精、さん?」
ヴゥゥッッ…ガァァァッ…ヴァアァァァァ…!!!
苦しみから悶えるように唸り声を上げるふたりの身体は、次第に痛みを感じたように膝を崩して蹲る…だが、その身体から滲み出る謎のドス黒いオーラが不気味にじわじわと増していった
「あ、兄上…?どうしたのですか?……あにう…」
ガァァァァァアッッッ!!!!!!!!!!!
「!!!…わぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」
メイリンが肩に触れようとした瞬間
モンスターの身体は突然起き上がったと同時に
烈風の如き咆哮でシン達を後方にある
壁まで軽々と吹き飛ばしたのだ
「…っ……な、なにが、起きた………!?」
壁に打ち付けられた衝撃に耐えながら
シン達がゆっくりと身体を起こして視線を向けると
そこには…先程までの面影を全て掻き消すほどの
黒いオーラで形作ったより禍々しい鎧と大槍を手に
仁王立ちするモンスターの姿が
殺気を帯びた赤く鋭い眼光でこちらを見つめていた
「う、そ…まじで?」
「お、お兄さん!妖精さん!いったいどうしたのですか!?返事を…!…っ…こ、声が」
ふたりの声はプツンと糸が切れたように
完全に途切れていた
「…へ、返事を…返事を、してくださいっ!!お兄さん!!妖精さんっっ!!!!」
リンクが必死に何度も呼びかけても…
ふたりから返答が戻ってくる事はなかった
「どうして、どうして、こんなことに…」
「これこそが癒晶石の
真の力
でござるよ…シン殿」シンはずっと無言だったサイゾウが突然呟いた言葉に
思わず耳を疑った
「サイゾウさん…それは…どういう」
「リンク殿の話を聞いている内に確信した…レイリン殿と妖精のあの姿は…地下水路にいたモンスターと同じ、癒晶石の力で造られたモノでござる」
「なんだって…!」
サイゾウの確信的な答えに
シンはショックを隠しきれなかった
「なんで、なんであの石があのふたりを…!」
「分からぬ。が…おそらくファクティスの手の者か、あるいは石の存在を知る者が、彼らの体を利用して
何かを
しようとしていたことは間違いない。脱出した牢獄とやらで捕まっていたのが、何よりの証拠となりうるでござろうからな」「そ、そんな…」
淡々とした口調で繰り広げられる
おぞましい推測が
徐々に信憑性を高めていく
「ちくしょう…こんなの、どうすれば…!」
「癒晶石は…現象が異なっていたとしても、バケモノと化させる根源そのものは全て同じ…つまり、あの者達を倒し、石を壊さねば、この戦いは終わらぬ…!」
「…っ!?」
(お兄さんと、妖精を…倒す?…そんな、そんなこと…!)
惨たらしい負の連鎖は留まる事を知らず__
【終】