第78話 贖罪②
文字数 4,028文字
「およ?サイゾウくん、そんなところで何突っ立って……」
私室にいる二人の様子をこっそり見に来たアンだが
先客?としてサイゾウが腕組みしながら
何も言わずじっと立って聞き耳を立てていた
「…なるほど、サイゾウくんは忍だもんね。立ち聞きなんてお手のもんか」
「…」
「あらら、仕事熱心ね……ふむ、どれどれ~」
アンはサイゾウにお構いなく横切り
シンとリンクのいる私室を覗いてみると
(あれ…二人とも…暗い顔して、どうしたんだろ)
ーー
「食後の運動として…みんなで森の中でかくれんぼを始めました。あたしは隠れる側として木陰に隠れて、いたのですが…いつまで経っても誰も来ず、待ってるうちにあたしは眠ってしまったんです……イノシシに似たモンスターが、現れるまで」
無垢な少女の心に刻まれた悲劇
それはほんの一瞬の出来事であった
「モンスターが、現れた?…どうしてそんな…」
「あたしも最初は何が何だかよく分かりませんでしたが、後々おばあちゃんから聞いた話では…餌に飢えたイノシシのモンスターが人の匂いを察知して森に来たのかもしれない…と、言っていました」
「攻撃されたのか?」
「あたしは、かすり傷だけで…済みました。ソレアおにいちゃんが…あたしを助けてくれた…おかげで……」
偶然探し出してくれたソレアが
息を巻いて突進してくるモンスターからリンクを助けるため
射線から脱するように彼女を突き飛ばすも
ソレア自身は逃げる間もなく、モンスターの突進をまともに食らい
ぶつかる拍子にモンスターの鋭利な牙がソレアの腹部を容赦なく貫通した
さらに、モンスターは牙に刺さったソレアをまるで取り付いたゴミを払うように
何度も何度も顔を振り、最後には地面にグチャッと叩きつけられた肉の音が
静寂な森の中で生々しく響いた
牙が抜かれた後、ソレアの腹部から大量の生温かい血飛沫が
硬直するリンクの全身を濡らし、ソレアの真っ赤な身体と虚ろな目が
彼女を見つめるように横たわる
一方モンスターはこちらを気に掛けることもなく
体勢を立て直すと、再びリンクに牙を向けようとしたその時
「リンク!!ソレア!!」
後方から複数の叫び声が聞こえた
その声に危険を察したのか
モンスターは憤るように唸りながら森の奥へ走り去った
恐怖と悲しみから過呼吸を起こすリンクと
ヒューヒューとまだ微かに息があるソレアを助ける為
院長らは急いで孤児院に戻り、ソレアは治療室で手術を受けるが…
翌日の明朝、ソレアは懸命の治療も虚しく、命を落とすのだった
「おにいちゃんは…死んでしまいました。あたしを、助けたせいで…そして」
少女の悲劇は、それだけでは終わらなかった
ソレアの死を傍で聞いていたもう一人の少女、ミナが号泣した
彼女はソレアと同い年の少女で、言いたいことは物怖じせずはっきりと言えるほど
勝ち気だが、年下のリンクや他の子どもたちの面倒をよく見てくれる強くて優しい少女
そんな彼女はソレアに恋心を抱いていた。ソレアも彼女に想いを寄せていた
同じ境遇の中で、唯一同い年の二人はなんでも話し合える事ができた
辛いときも、悲しいときも、互いに寄り添う関係だからこそ
お互いが、なくてはならない存在へと昇華した……………故に
「ミナおねえちゃんは、おにいちゃんの後を追うように……………自殺しました 」
「な…!!」
ソレアが亡くなってから二日後、ミナは孤児院の屋根裏部屋にある窓から
飛び降り自殺を図った。高さは十数メートル、落ちた先は硬めの砂利道
打ちどころ次第ではあったが、ミナは確実に死ぬために頭から落下する形で墜ちた
その結果、ミナは死亡した。
またしても
リンクの目の前で「君の、目の前でだと?それって…」
「おねえちゃんが駆け足で屋根裏部屋へ行くのを、あたしが偶然見つけたんです。その姿に何故か嫌な予感して、後を追いかけると…おねえちゃんは窓によじ登った状態であたしにこう言いました」
ソレアのいない世界に…もう私が生きる意味なんて、ない
アンタのせいよ
アンタのせいでソレアは死んだ…!
この人殺し!
この人殺し!!
アンタが…死ねばよかったんだ
お前が!死ねばよかったんだっ!!
永遠に苦しめっ…
永遠に、罪を償え!!!!!!!!!
憎悪の籠もった呪いのような言葉を吐き捨てながらミナは自殺した
リンクの幼い手は届くことなく、外で聞こえたドサッと重い落下音が響いてすぐ
一階にいた院長達が、ミナの凄惨な姿に絶叫した
リンクも混乱する思考の中で窓から恐る恐る覗くと
ミナはソレアと同じように血塗れになって倒れていた
現場には、彼女が握りしめて持っていたとされる
【ハートのアクセサリー】が血に汚れ、粉々に砕け散っていた
真昼に輝く陽の光が、リンクに現実を突きつけるように彼女を照らした
リンクはショックのあまり失神した
一週間も寝込むも、二人の死が受け入れられない影響で
そこから数ヶ月の記憶が喪われた
「そのときに、おばあちゃんがあたしに医師の道を示してくれたんです」
「まさか……君が、医師になろうとするのは」
(彼らに罪滅ぼしをするため?)
「おねえちゃんは…本当におにいちゃんのことが大好きだったんです。将来を誓い合うほどの仲で…あのアクセサリーを【婚約指輪】の代わりとして…大切にするくらいに」
ハートのアクセサリー…リンクがあのとき見せた
悲しげな表情にそんな壮絶な過去が秘められていた事にシンは絶句した
「全部、あたしのせいなんです…あたしが、おにいちゃんと…おねえちゃんの未来を奪った……二人は、幸せになるはずだった……笑顔溢れる、そんな未来を……あたしが…あたしがっ」
「それは違うよ!リンクっ」
「シンさん…」
「確かに、モンスターに出くわした事は、紛れもない不幸だった…けど、だからと言って…君だけが責められる理由もっ、二人が死んでしまった責任も!君一人が全部背負って償う必要なんかないっ!!」
リンクのか細い両肩を抱きながら
シンは無意識に震える声で切実に訴えると
リンクの目が微かに潤んだ
「…ありがとう、ございます…シンさん…やっぱりあなたは…本当に、優しい人ですね」
「そうじゃない。俺はただ…君に、笑ってほしくて…幸せに、なってほしくてっ」
「あの日も、そう仰ってくれましたよね…あたしに…想いを伝えてくださった………あの日」
それはガイアを離れたあの夜の出来事
リンクは…ずっと一人で考えていた
シンの言葉に対し…自分は、どう返すべきなのか?と
「あ、あの時の言葉は、その……」
「最初は…確かに驚きましたね」
「迷惑、だったよな?」
「いいえ……むしろ、嬉しかった。もし、あなたと恋人同士にでもなったら…きっと毎日が楽しくて笑顔の絶えない幸せが続くんじゃないかって…すごく…勝手な話ですが、そんな未来が浮かんできました、本当に、嬉しかったです」
「リンク…」
「だけど、ごめんなさいシンさん…あたしには、あなたの想いに応える資格はありません…たとえあたし一人の責任なんかじゃなかったとしても、目の前で大切な人達を死なせてしまった罪は…決して消えない…だからあたしはこの先…罪を償う為に、医師となって…今を生きる人達を一人でも多く救っていきたい…だから……本当に…………本当に、ごめんなさい…っ…」
今にも消えそうな涙声でそう答えると
リンクは深々と頭を下げ謝罪した
そんな彼女の姿にシンは
(なんとなく、分かってた。君は…そう答えるんじゃないかって…君は、俺なんかよりもずっと優しいから…)
目を逸らしてきた現実が鋭いトゲとなって、心の奥に突き刺さる
彼女の固い信念の中に、初めから自分が入り込む余地なんてなかったのだ
「…わかった。君がそう決意してるなら、俺はもうこれ以上、何も言わない」
「シンさん」
「ただ…一つだけ約束させてくれ」
「なんですか?」
シンは自身の想いを押し殺し、覚悟を示すような真剣な表情で
リンクと目を合わせる
「今の俺と君は…お互いに障害を抱えている。君は君の力を大勢の敵に付け狙われ、俺はまだ戻らない記憶を…真実を探さなくちゃいけない…それを取り除かない限りお互い自分の道を歩む事は…きっと難しいはずだ」
「はい…」
「だから、全てが分かるその時まで、君の歩む償いの道に障害が無くなるその時まで……君を【仲間として】守らせてはくれないか?」
「…!!」
仲間として…
その言葉にどんな意味が込められているのか
その言葉で誰の胸を締めつけてるのか
それはシン自身が一番理解していた
一方リンクは
彼の…仲間としての切実な言葉と願いを前に
ただただ感謝と罪悪感の涙で溢れた
「ありがとうございます…ありがとう、ございますっ…シンさん…あたしも、最後まで精一杯、あなたを支えていきますっ」
「あぁ…俺の方こそ、ありがとうな。これからもよろしく頼むよ……リンク」
「はい…っ」
儚く散る恋心
本当は無理矢理にでも彼女の手を掴みたかった
彼女の心を、癒す存在でありたかった
湧き出てくる醜くて浅ましい未練を押し殺すように
シンは何度も、何度も、何度も…自己暗示をかけるのだった
(これで、いいんだ……これで…っ…)
数分後、サイゾウとアンはどこか沈んだような表情を浮かべながら店内に戻った
「…おや、サイゾウさまにアンさま!シンさま達のご様子はいかがでしたか?」
「少し、表に出るでござるよ」
「え?」
「私も~なんか急に外の空気が吸いたくなってね~」
「えぇ?お、お二人共どうなさったのですか?シンさまに何か起き…ってお二人共~!」
質問に答えぬまま店を出ようとする二人に
ミールが困惑していると
腑に落ちなかったケイが玄関前で仁王立ちし
二人を足止めする
「何のつもりにござるか、ケイ殿」
「それはこっちのセリフよ…あなた、いったい何を隠してるの?」
「別に隠してる事などござらぬ」
「嘘ね。だいたいあなた…他にも隠してる事あるんでしょ?例えば…昨日マリアの霊園に来ていたヴォルトスと…何を話していたのか…とかね?」
「えぇ!?」
「…」
ここに来て急速に不和が生じるシン達
今、彼らの絆が試される
【終】