第62話 不安
文字数 4,822文字
宮殿前での騒動が落ち着いた直後
ロックは兵士達に市民の安全確保と
崩れた建物の整理、行方不明者の捜索
重傷を負った者達を医療施設へ運んだりと
ひたすら忙しなく動き出す中
ロックは一人、地面に飛び散った血の痕跡を見ながら
数分前のナッド達とのやり取りを思い出していた
「すまなかったな…こんな事に巻き込んじまって」
気絶してるアンを抱えながら謝罪するナッドに
ロックは鬱屈を晴らすように檄を飛ばした
「何を言う。民の暴走を止められなかったのは王である俺の責任だ。お前達が気にすることはない」
「そうよナッド。今のあなたは…彼らを守らなきゃいけない立場だというのに、私達のことを心配してくれて…申し訳なくもあり、とても感謝してるわ」
「ロック…デイジー…」
二人のはつらつとした笑みに
ナッドは心が軽くなるようにフッと笑うと
「そうだナッド、お前に渡したい物があるんだ…」
「俺に?」
ロックは傍にいた兵士に「持ってきてくれ」と
一言伝えると、兵士は急いで宮殿に戻り
しばらくして再び現れると、その手には
煌びやかな金色の刺繍が入った赤い布で丁寧に包まれた物が
そのままナッドの手元に届けられた
「これはなんだ?」
「広げてみな」
触れた感覚はカチャカチャと音が少し鳴り
剣とほぼ同じ長さの細い棒のような物が、二本
ナッドはそれを薄々理解しながら、慎重に布を広げると…
「!…ロック、お前」
それには、見覚えがあった
生前マクシィが現役時代に愛用していた双剣
ガイアに訪れてからの彼は、ロックと幾度となく手合わせした
敵としてではなく、戦友として、彼と向き合うことが楽しくて嬉しかった日々を過ごした…そしてそれが最後となった日、マクシィが突然ロックにこの双剣を託した。理由は当初「友情の証」として受け取ったが
今となっては…彼の生き様が深く刻まれた「思い出の剣」となってしまったが
「ナッド、これを…シンに返してやってくれねぇか?」
「ロック」
「役に立つかどうかは分からねぇが…これはきっと、マクシィが俺達を繋げてくれた、運命なんじゃないかと思えてな…」
「運命…」
正直ナッドにとって、運命なんて言葉は
いまいちピンと来なかったが
マクシィが遺したこの剣が
もし、シンの役に立つのなら
彼の心にあるわだかまりが剣を通して、少しでも
軽くすることが出来るのなら……
そう考えるナッドは
「ありがとな」と言ってロックから剣を受け取った
そして…
「ディーネ」
「ふん、相変わらず間抜けでお人好しな王だな」
「ははっ…お前さんこそ、相変わらずのしかめっ面だな」
「口の減らねぇとこも相変わらずか、ま…それも悪くないけどよ」
偶然でありながらも懐かしい顔ぶれと再会したロックにとって
交わした言葉はごく僅かでも喜ばずにはいられなかった
次はいつ会えるかなんて、誰にも分からない
マクシィというかけがえのない友を喪ったことで
より寂しさを際立たせるが、それでも…
「二人とも、達者でな」
「お前も、デイジーと元気でな」
「気をつけてね、あなたも、ディーネも」
「…ふっ、言われるまでもねぇ」
ナッドは双剣を包んだ袋をベルトに巻き付け、改めて準備を整えディーネとキャビラの後を追うように立ち去った。
そんな彼らの堂々たる背中を見て、ほんの少しの寂しさと彼らの行く末を応援したいという気持ち、そして…空に怪しく渦巻く赤黒い雲から発する嫌な予感が、よりロックの心を複雑に交差させていくのだった
同じ頃、謎の建物を目の前に未だ反応し続けるリンクの首飾り
光が示すのは彼らを導くものなのか、それとも、踏み入れてはならないという警告なのか…どちらにせよ判断がつかないシン達は頭を抱えた。そんな彼らの姿を見て次第に苛立ち始めたジョーは
「あークソッ!めんどくせぇなぁ!そんなに悩むくれぇならとっとと首飾りごと外しちまえばいいだろうが…!」
と、軽口叩いて首飾りに触れようとした次の瞬間…
バチッ!!!
「痛っ!!」
「ジョーさん!?」
触れる事を拒むかのような電撃がジョーを襲った
初めて起きた出来事にシンとミールだけでなく
肝心のリンクも理由が分からぬまま動揺するばかりで
「ジ、ジョーさま!大丈夫ですか?」
「ってぇ…指どころか腕まで痺れたぜ…っ」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…ジョーさん…あたしのせいでっ… 」
彼に危害を加えるつもりなんて毛頭なかったリンクは…涙目になりながら、何度も何度も謝罪し、痺れが残るジョーの手を診ようとするが…
バッ!!
「!!…あ、あの…」
「べ、別にお前がやったわけじゃねぇんだろ?だったら、いちいち謝ることも、泣くこともねぇよ…!」
「ですが…」
「むしろ、俺が軽率な真似をしてこんな事になったんだ…だからその…悪かった、な」
「ジョー、さん…」
これはまたどういう心境の変化だろうか?
シン達と出会ってからずっと偉そうな態度を取っていたはずの彼が、少し照れくさそうにしてリンクに頭を下げて謝った
思わぬ言動に戸惑いを隠せず目を丸くするリンクとミールの一方でシンは…彼の気持ちをすぐに察知してしまい、余計に頭を抱えていると……
「…こっちから声が聞こえたぞ、くまなく探せっ!」
後方から追手の声が微かに聞こえた
足音が次第に大きくなり、すぐに見つかることが目に見えた
こうなってはもはや選択の余地がなくなったことを
悟ってしまったシン達は
「クソッ…逃げ道を塞がれたも同然か」
「かと言って、この先が安全とも限りません…今はとにかく、用心して進むしかありません」
「よし、行こう」
ジョーを先頭に建物の中に入り
シンもそれに続こうとした直後
ギュッ…
「!」
リンクが、突然シンの服を小さく掴んだ
「リンク?どうしたんだい」
「あ…っ…ご、ごめんなさい…その…」
無意識だったのか、彼女は我に返ったように
掴む手をすぐさま離した
その時の表情には、不安と恐怖が滲み
震え出す手を必死にひた隠そうともう片方の手で包んでいた
そしてそれに気付いたシンは…
「…大丈夫だ、リンク」
「!」
「何があっても、俺が、俺達が必ず…君を守るから…」
「あ、あの…」
「おいお前ら!何してんだ早く来い!」
立ち止まる二人を見て声を掛けてきたジョー
はいはい、とシンは呆れたように軽くため息を吐きつつ
リンクの震える手を導くように優しく引っ張った
「違う、シンさん…あたしは…っ」
小さな声で何かを言いかけるも、それを抑えるように口を閉じたリンク。繋いだ手から伝わるシンの頼もしくも優しいぬくもり。それを知れば知るほど、リンクの心は…何故か、ひどく張り裂けそうになるのを感じた
階段を降りてから数分、背後の光は微々たるものになり
先が見えなくなったところでミールの炎魔法で周囲を照らした
コツコツと足音がコンクリートの壁によって反射し、虚しく吹く風。そして、下に降りるほど漂う謎の悪臭…鼻を摘んでいないと耐えられないほどに匂いは増す中、匂いに当てられたリンクの顔色は再び青ざめ、足取りが次第にフラフラする始末となっていた
「リンク、辛いならもう一度俺の背に…」
「だ、大丈夫…大丈夫ですから」
「リンク…」
「シンさま、私達もこれ以上ここにいては危険です。早く出口を見つけなくては…」
「そうだな。にしてもなんなんだ…この匂い…やけに生臭いぞ」
「生臭い?そんな甘ぇもんじゃねぇよ…こんな腐り切った血の匂いと、あのオカマ野郎がいつも使ってる薬みたいな匂いが混じったモンなんざ…戦場でも嗅いだことねぇよ」
ジョーの意外な分析力と予想外な答えに
シン達は思わず背筋を凍らせた
「ジョーさま、匂いを識別出来るのですか?」
「識別っつーよりも、経験だな…何度も戦場にいると嫌というほど血の匂いに敏感になっちまう…が、ここまでくるとさすがにひでぇもんだな」
ジョーですら嫌悪感を抱くほどの悪臭
いったいどうしたらこのようなモノが存在するのだろうか?
ありとあらゆる予感が全て恐怖へと変貌する
リンクの首飾りの光は、その場に似つかわしくないほど
いまだ輝いてるというのに…
そんな状況の中、ようやく階段が終わったと思いきや
再びシン達よりも遥かに大きな扉が目の前に立ちはだかった
「チッ、また扉かよ」
「今更文句なんて言っても仕方ありません。開けましょう」
ガチャ…
(ん?今度は、すぐに開いた?)
頑丈に見えた扉が簡単に開いた
まるで自分達をここに招くかのような不気味な違和感に
額から不意に冷や汗が吹き出るシン
(落ち着け、落ち着くんだ俺…今ここで俺が動揺してたら、またリンクを不安にさせちまう…ゆっくり、深呼吸を)
小さな声で深呼吸したのち、意を決したシンは
ゆっくりと扉を開けた、すると…
「!?…くっ、げほっ…これは…さっきより、匂いがキツい…っ」
「ゔぅ~…く、くさいれすぅ~」
「っ…うっ…」
「…気色悪ぃにも、ほどがあるぜっ…クソッ…」
扉の先には建物の地下とは思えない真っ暗な大広間と
先程まで匂っていた悪臭がここに来てさらに充満していた
(まずい…これ以上ここにいるのは危険過ぎる…)
匂いの原因はまだ分からないが、今彼らが理解出来るのは
一刻も早くここから脱出しないと、命が危ないことを
本能的に感じ取れた。シンは先を急ぐように一歩一歩踏み出すと…
「あ…?なんだこの気配は…」
ジョーは前方から殺気のような気配を感じ取った
それを聞いたシン達は足を止めて様子を伺うと
獣の威嚇する声が聞こえた
しかもそれは、暗がりに輝く赤い光と共に
一つ二つ三つと次第に数を増やし
スタスタと静かな足音が近づくと
「こ、これは…!」
現れたのは、まるで狼のような風貌をしたモンスター
だが本来の狼にしては赤黒く、赤い光に見えたものは
彼らの両目で、血に飢えた狂気を孕んでるかのような輝きを放っていた。
「この者達…まさか、ずっとここに潜んでいたというのですか?」
「ンなこと知るかぁ!来るぞ!」
考える余地もないまま
モンスターは容赦なくシン達に突撃してきた
「…っ!遅せぇ!!」
ジョーは得意の鎖鎌攻撃で、モンスター達を次々と斬り裂いた
一匹としての戦力はあまりにも脆かったのか
モンスターは一撃で即死し、バタバタと一匹ずつリンクの足元まで落ちていった
「っ!?…ぁ、っ…」
モンスターとはいえ、血を流して倒れる様は
リンクにとってあまりにも残酷過ぎる光景だった
先程、刺客達の凄惨な死を目の当たりにしたばかりとあって
彼女の心はもう既に
「い、いや…っ…嫌っ…」
恐怖から身動きが取れなくなってしまったリンク
その隙を突くように彼女の背後にいたモンスターが
飛ぶように接近した
ガオオオオオオォ!!!!
「リンク!!!」
すぐ傍にいたシンがリンクを抱えて攻撃を回避した
その拍子に倒れまたしても隙を狙われるが
「はぁぁっ!!」
ミールが槍でモンスター達をまとめて薙ぎ払った
「シンさま!リンクさま!ご無事ですか?!」
「あぁ、助かったよミール……リンク、大丈夫か?」
「はぁ…っはぁ…ぁ…はぁ…っ」
呼吸がかなり乱れている。冷や汗も尋常じゃない
ただでさえこの酷い悪臭の中にいるというのに
モンスターが大量にいる過酷な戦場で、戦闘経験のない彼女が、平常心を保つのは無理に等しいと言っても過言では無い
(このままじゃ、リンクはモンスターの餌食になる。なんとかして安全な隅まで運ばないと…)
リンクの安全を確保するため、急いで考えを巡らせていたそのとき
「シンさま!背中は私が守りますので、早くリンクさまを…!」
「ミール…!分かった!」
言わずともシンの意向を理解した
ミールは彼らの盾となって槍を構えた
「一緒に来てくれリンク…もう少しの辛抱だからっ」
「シン、さん…」
いつの間にか足腰が立たなくなってしまったリンクを
なんとか支えて隅まで移動した、だが…
「っ!?」
「なっ…!」
そこには、またしても悪夢のような現実が
物陰にひっそりと広がっていた…
「こ…れは、死体…?」
「ひっ…い、や……ゃ……いやぁ……いやぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!」
少女の悲鳴が、大広間に響き渡る
【終】