第75話 夢に現れし者
文字数 4,407文字
シン達が宿屋に集まっていた頃のことであった…
「何、例の娘が既にマリアへ来ていただと?」
「はい。旦那様が仰った、クローバーの髪飾りを着けたオレンジ色の髪の娘が街を散策し最後には宿屋で宿泊した模様」
「その場に他の者はおったか?」
「発見当時では緑の鉢巻きを巻いた背の高い男と小動物らしきものが宿屋まで共に」
「それだけか?」
「はい」
「…」
予想だにしなかった展開にルエンは
持っていたワイングラスを机に置くと
キョウから伝えられたある言葉を思い出す
『あの娘の周りには少数と言えど並々ならぬ強者が揃っている…特に、鉢巻きを巻いた男と黒の忍装束を纏った髪の長い男……この二人にはくれぐれもご注意を』
(どういうことだ?…片方は娘のそばにいて、もう片方は護衛はおろか姿も見せぬとは…)
思いもよらぬ事態に頭を抱えるルエン
しかし敵である彼らの素性が見えない以上
迂闊に攻める事が出来ないと判断し
部下達には現状維持として引き続きシン達の動向を
監視するよう命令しようとした寸前
彼は、ある事を思い出した
「む?…まてよ、おい。奴らはいったい街の【どこ】を散策していたのだ?」
「確か…宿屋に入る前に【雑貨屋】を訪れていました」
「雑貨屋?……もしや、雑貨屋メモリーに来ていたのか?」
「えぇそうですが……何か?」
「……そうか、奴らが………あの雑貨屋に…ククッ…」
突如、薄気味悪い笑みを浮かべるルエン
その心中に秘められた謀略がシン達に容赦なく迫る
ーーー
目を開けると鳥の囀りが間近に聞こえる
体は眠っていたベッドの中ではなく草原の中
頬を撫でるかのように吹く温かいそよ風
夢の中、とは思えない程に
優しくて甘い花の香りが漂う
白い花畑が…再び現れるのだった
(花畑…ここに来たということは)
全てを察したように後ろを振り向くと
そこには【白頭巾の者】が
以前と変わらない静かな佇まいで
シンを見つめていた
(久しぶり…だね)
久々の夢であるにも関わらず
心做しかシンは落ち着いた気持ちで
白頭巾の者に向き合っている
夢のせい…だろうか?
それとも…夢だから…なのだろうか?
しかし、肝心の本人は
ずっと無言のままだ
(…相変わらず、だね。あぁそうだ…この前、俺にくれた四つ葉のクローバーなんだけど………あれってもしかして、リンクのことを指してたのかい?)
以前の夢にて差し出された四つ葉のクローバー
あれからずっと、どういう意味だったのかを
頭の片隅で考えてきたが
どう考えても、これまでシンと関わりの持った人達の中で
四つ葉のクローバーと繋がりがあるのは
リンクただ一人……
彼の推察に対し、白頭巾の者は静かに頷いた
(…やっぱり、そうなんだな…)
答えを聞いてシンはようやく確信した
そして、夢から覚める寸前に見た
白頭巾の者の口元が悲痛で歪む姿
あの姿の意味は、おそらく
(君はリンクのこと、知ってるんだな)
その問いかけに対し、白頭巾の者は軽く俯いた
(…本当は君に聞きたいことが山ほどある。でも、それが厳しいのなら一つだけ教えてくれ)
(……………君は、何者なんだ?)
単刀直入な質問。でも今はこの質問以外、思いつかなかった
自分のことだけでなく、リンクのことも知っている彼は
いったい何者なのか?白頭巾の者は数秒ほど沈黙した後
どこか意を決したかのように、初めて口を開いた
(………あと、みっつ)
(え?…い、今…君……しゃべ……っ!)
初めて聞いた声を
すぐさまかき消すように
突風が吹いた
目も開けられない状況の中
シンは必死に倒れないよう堪えていると
(…あと、みっつの……記………れば……そう、すれ……ば………真実…が………のことも……すべて……………)
(みっつの?真実?…それはいったい…なんだ…俺は、どうすれば……ぐっ!)
微かに聞こえた言葉を残し
白頭巾の者は風と共に姿を消し
シンはそのまま意識を失った
再び瞼を開くと、顔だけでなく体中も冷や汗をびっしりとかいていた
今はまだ冬の月だというのに…と、あまりの寝覚めの悪さから意気消沈するシンは
気分を変えるべく、裏庭にある井戸へと向かった
ーー
外に出ると、雨は既に止んでおり少しひんやりした風が吹いていた
まだ太陽が出て間もない早朝だが
宿屋の厨房は客へのもてなしの準備に勤しんでいる
その中でシンは裏庭の井戸で
一人汗で濡れた体をがむしゃらに洗っていた
心に残る違和感を思い出しながら
(…また、聞き損ねたな……残りの…真実……俺の中にまだいくつもの真実があって、それを見つけろって事なのか?だとしたらそれはいったいどうやって………それに)
シンにとってもうひとつ気掛かりな事は、リンク…
白頭巾の者は自分だけでなく
リンクの事も知っていた
これは紛れもない新事実であるが
結局肝心なことは何一つ分からないままである
(…あの子がもし、リンクと繋がりがあるのなら…リンクも……あの子のこと、知ってるのだろうか?知ってるとしたら、わざわざ俺の夢の中に現れる必要なんて…)
「こんな冷えた時期に外で水遊びとは、誠に元気でござるな、シン殿は」
「…!…サ、サイゾウさんっ」
突然背後から話しかけられて動揺するシン
腕組みをしながらこちらを見ているサイゾウの
「…いつからそこに?」
「つい先程来たばかりだ、そなたこそ…いったい何を考えておるのだ?」
「な、何を、って…汗を洗い流しに来ただけですけど」
サイゾウはゆっくりとした足取りでシンの隣に立つと
「それで、何を考えていたのだ?」
「………サクスを訪れてから、不思議な夢を見るようになったんです」
「戯言を申すのならば、もっとマシな言い分があるでござろう」
「たっ…戯言で済む話ならアンタにこんな話しねぇよ!」
「ほう…?」
いつもより妙に食って掛かってくるシンに
少し興味を引かれたサイゾウは
彼の話に耳を傾けるとシンも再び話を続けた
「四つ葉のクローバー…真実、とな」
「今までは何の言葉も発することなく、俺にいろんな事を伝えようとしてきたのですが、今回は聞いてて少し、違った…曖昧だけど…俺にはまだミールと離れた後の記憶以外の記憶が…隠されてるんじゃないかって…それに、リンクのことも…」
真剣な眼差しで語るシンにサイゾウは黙って頷いた
「サイゾウさん…さっきから俺の話を黙って聞いてくれてますけど…まさか俺の話を信じて…」
「生憎拙者はそなたほど馬鹿正直に夢の話を真に受けてなどおらぬ」
「えっ…だ、だったら…なんで」
「そなたは記憶の手がかりとしてその夢を【信じてる】のでござろう?…ならば拙者はその夢自体が真実か否かを見極め【疑う】のが、拙者の役目でござるよ」
「…!」
それは実に彼らしい姿勢だった
シン自身のことを疑うのではなく
夢に対してあらゆる可能性を考慮した上で
サイゾウは
疑っていた
のだと理解したシンは心が少し軽くなるのを感じた
「はは……ほんっと、サイゾウさんが味方でいてくれて良かったよ…」
「なんだ、今更気付いたのか?」
「う、うるせぇ」
安堵したシンはひとまずこの夢に関する話は二人だけの秘密にすると
サイゾウに提案した
「良いのか?他の者らに伝えなくて」
「みんなに言っても、きっと混乱するだけだと思うので」
「リンク殿にもか?」
「もちろん」
シンは登る朝日を見つめながら呟くように答える
「サイゾウさん」
「なんだ」
「もしもの話ですけど、自分の好きな人が他の人のことが好きだとしたら…サイゾウさんは、どう…思いますか?」
「それは、
過去
の話か?それとも、今
の話…でござるか?」「…そ…それは」
「今の話だとしたら、傷が深くなる前に潔く身を引くが…過去の話だとしたら……拙者は迷いなくその者の心を奪い取るでござろう」
「え…!」
予想外な答えにシンは思わず目を見開く
「ど、どうしてそう思うんですか」
「理由も何も、一握りの可能性があるなら勝ち取りたいと思うのが、男としての性分。まぁ、それはその者よりも自分の方が勝ってると、確信した上での話でござるがな」
サイゾウにしては随分と潔い答えだったことに対し
シンはどこか羨ましさを感じるが
その一方で、共感してしまいそうになる自分がいた
「さて、腹も空いたし、そろそろ皆が起きる時間でござるな」
「あ、あのサイゾウさん!今話したことはっ…」
「もしもの話、なのでござろう?」
「…っ」
「仮に本当の話だとしても、最後に選ぶのはシン殿、そなた自身だ」
「…」
サイゾウは不敵な笑みを浮かべながら宿屋に戻った
結局自分にとって納得出来る答えは見つからなかったが
(選ぶのは、俺自身………)
惑う心の中で果たしてシンは
どんな答えを選ぶのだろうか
ーーー
ー 食堂内 ー
早朝の会話から二時間後
「ごちそうさん」
あまり食欲がなかったのか
シンはいつもより少なめの飯を平らげ
みんなより早く食膳を片付け始めると
「ありゃ、もう食べ終わったのシンくん」
「ん?うん、まぁ」
「浮かない顔してますが、大丈夫ですか?」
「心配ないよミール、ちょっとボーっとしてただけさ」
食膳をカウンターに運ぶため、席を外したシン
誰もが彼を見て異様な違和感が拭えない中
リンクは不安な表情でシンの背中を見つめていると
ガタッ…
「!…リンちゃん?」
「シンさん…!」
シンの後を追うように平らげた食膳を手に
近づいてきたリンク
「リンク………どうした?…俺に何か用かい?」
リンクは緊張した面持ちで言葉を絞り出す
「あ、あの……っ…あたし…あなたに、言わなければならないことが……」
「おーい!!大変だぞ!!!」
いきなり男が大声を上げながらバンッ!と勢いよく食堂の扉を開けてやってきた
「おいおいどうしたんだ?朝っぱらからそんなに慌てて」
「はぁ、今、ちょうどあの【ルエン】の野郎が突然【雑貨屋】に来て、そこの店長と今揉めてるらしいんだよ!」
「なに?あの野郎がここに?しばらく顔見てねぇなと思ったらなんでまた急に…」
その話を耳にした全員がざわつき始める
「ルエン?誰それ?」
「確か…マリアを拠点に置いてる行商人の一人だったな。あまりいい噂は聞かねぇが」
「それより店長さまがそのルエンって方と本当に揉めているのか確かめなければ…!シンさま!」
ミールに呼ばれたとき全てを察したシンは
「雑貨屋に向かおう」
「シンさん」
「ごめんリンク、話はまた後で」
「!…一人で行く気なのですか?」
「大丈夫、ミールと一緒に少し様子を見に行くだけさ。君はみんなと安全な場所で待っててくれ」
「…」
そう言い残すとシンはミールと共に雑貨屋へと急いだ
嫌な予感したナッドとサイゾウもシンの後を追う
「シンさん…」
遠く離れてゆくシンの背中にリンクはひどく胸を締め付けられる思いになった
(シンさん…あなたにもしものことがあったら…あたし……あたしっ…)
バッ!!
「リンク!?」
募る不安に耐えきれなくなったリンクは
シンの元まで一目散に後を追った
ケイとアンも動かざるを得ない状況で宿屋を出た
これは、ただの偶然か?
それとも、またしても夢による警告なのか…?
再び巻き起ころうとしている
波乱の予感にシン達は…
【終】