第53話 生きる理由
文字数 4,042文字
『私に何か御用ですか?』
背後からそう尋ねてきた声の主を見て
警戒のあまり硬直する者と訳も変わらず戸惑う者
そして素直に喜ぶ者と三者三様の反応を見せた
「キョウさん!お久しぶりです!」
「久しぶりだな…ソラ」
男の名は、キョウ
ソラとは面識があるかのように
親しげに挨拶する彼の姿に
段々と顔色が曇るシン達は黙ってその様子を見ていた
「偶然ですね、またここに戻っていたなんて…!」
「ここでも商売をしているのだから当然だ…ま、お前も元気そうで何よりだ」
二人が再会を喜ぶように話を弾ませていると
「ところでソラ、後ろにいる彼らは知り合いかね?」
「あ!そうでした!この人達は、ちょうど俺が倒れているところを助けてくれた旅人さん達なんです!」
「…全く、昔から危なっかしい奴だな、お前は…」
「あ、ははは…」
半ば呆れた表情でソラにツッコミを入れた後
キョウは切り替えたように穏やかな表情で
シン達に接近した
「挨拶が遅れましたね。初めまして、私はキョウ=アルヴァリオ…ここでは………む?そなたら、どこかで見たような顔ぶれであるな」
(!…この人…やっぱり俺達の事知ってっ…)
手に顎をついて首を傾げるキョウに、ソラが「キョウさん…シンさん達のこと知ってるんですか?」と問いかけた直後
「貴殿はもしや…グレイの街でお見かけした、かの有名な商人殿ではござらなかったか?」
「!!」
サイゾウの咄嗟の言葉にシン達が驚いた一方、キョウは
「グレイの街?……あぁなるほど…あなた方はたしか、グレイで開いていた私の店で買い物していた旅の者でしたか」
ほんの一瞬だけを間を置いた後、何かを察したキョウはサイゾウの嘘に
乗っかる
ように答えた。事実を知るシン達はぽかんとした表情で言葉を失った「その説は感謝するでござる…キョウ殿」
「いえいえこちらこそ…にしても驚きました…この険しい砂漠を超えガイアに来ていたとは…旅人という存在は実に興味深い…」
整った顔立ちとは裏腹に「はっはっは…」と砕けた笑みを零す姿はどこか親近感を抱かせるという魅力的な印象であるが、彼の正体を既に理解してるシン達から見れば、それは異様なほど不気味に映った。その証拠に唯一何も知らないソラは彼につられるように笑うと
「あははっ…なーんだ、そういう事だったんですね!キョウさんは本当に顔が広いから!さすがです!」
「ふふふ…まぁな、だが今日は不思議な日だ…お前だけでなく
懐かしい顔ぶれ
とも、こうしてまた会えるとは…まるで君らとは何かしらの縁で繋がってるように感じるな」「…!」
朗らかな口調だが、どこか引っ掛かりのある物言いをするキョウ。そんな彼の艶やかな目線がおぞましいほどに背筋を凍らせた
(…ソラには悪いが、いつまでもこの人の傍にいたら危険な気がする…なんとかしてこの場を離れないと)
嫌な予感が止まらないシンがリンクを庇う形で一歩下がらせたようとしたとき、サイゾウが先手を打つように口を開いた
「では、拙者達はここらでお暇するでござるよ」
「え、もう行かれるんですか?せっかく皆さんでお茶でもしようかと思ったのに…」
「気持ちはありがたいが…急ぎの用を思い出してな」
サイゾウの語尾に合わせた目配せに気づいたシンは
ハッとした表情で、話を合わせた
「あ、そうなんです…!ちょうどついさっき俺達の仲間が他の場所を見に行ってしまって…」
「おや…他にもお仲間が…それでは仕方ありませんね」
傍から見ると不自然なまでに緊張して喋るシンに、キョウは気づいていないのか、それとも流してるフリをしてるのか言葉をそのまま鵜呑みにして「どうぞ、行ってください」と促してきた
「すみません…それじゃ、また」
「失礼する」
「あ…」
無事、シン達はその場を離れる事が出来たが
ソラにとってはまるで避けられてるような
かなり強引で一方的に立ち去る姿として映っていた
「行っちゃった…せっかく仲良くなったのに…」
「気を落とすなソラ…向こうにも事情があってここに留まってるのだろ?なら、またすぐにでも会えるさ」
「!…そう、ですよね」
「あぁ…また、すぐに会えるさ…私達は…」
「キョウさん?」
ーーー
市場を離れてようやく張り詰めていた緊張の糸が解れたシン達は周囲に人気がないことをいいことに大きな声で「はぁぁぁ…」と長いため息をついた
「びっくりしました…まさかあの方が…キョウ=アルヴァリオだなんて」
「ソラさんとは親しげな感じに見えましたが…その…大丈夫、なのでしょうか?」
「…分からない。けど、ソラの母さんの様子を見る限り…ぞんざいな扱いは受けていないと思う…今のところは」
「ぞんざいな扱いを受けておらぬということは人質として扱っている、とも取れるでござるよ」
「それは、どういうことですか?」
サイゾウが『人質』と解釈をするのは…あの男が
単なる親切心であの親子を助けるとは
考えにくいと推測しているからだった
「考えにくい?どうしてですか」
「忘れたか?あの男は一介の商人ではなく、グレイの大統領と親交のある大商人だ…交渉を得意とする者が、言葉巧みに相手を丸め込み、操ることなど造作もないこと…つまり」
「ソラは、母さんを盾にされ、利用されてるかもしれない…ということですか?」
「然り」
推測の上で語ってると知りながらも
どこか納得してしまいそうになるシン
事実、アサシンを使ってメイリンの殺害を目論んだ
ただし、リンクの殺害計画に関しては些か疑問が残るが…
「ソラさんを…助けることは出来ないのですか?」
「今のところ不可能でござろう。拙者達がそれ相応の覚悟と準備をせねば」
「相応の覚悟と、準備?」
今のソラを助ける方法はただ一つ
ソラだけでなく母親の身の安全を確保すること
このガイアで生活することは出来ても
決して潤ってるわけではなかった
むしろ、二人は常に崖っぷちに立たされているのだ
生活費を稼がなくては食べる物もなくなり
治療薬も買えなくなる…そんな危機感と隣り合わせで暮らす二人をこの先、支えることが出来るのか?保証できる自信があるのか?
はっきり言って、今はシン達にそれは不可能なことだ
ただ彼らを助けたいという善意でやっても
彼らがそれで本当に救われるとは到底思えない
だからこそ、サイゾウは警告する
「今はただ…用心せよ」と
「…」
シンはそれ以上何も言えなくなった。優しさだけが全てじゃないことを改めて思い知らされた。リンクも…自分の軽率さ、浅はかさを身に染みるように俯いた。そしてソラが、どんな思いで母親と共に生きてるのかを…
「…ところで、あの方はサイゾウさまの嘘の話に乗っかってあのように仰ってましたが、あれはいったい…」
「あぁ、あれは向こうにとっても都合のいい展開だったからでござるよ」
「え?」
サイゾウ曰く、キョウがあの口車に乗っかってきたのは、グレイで起きた『事件』に自分も居合わせたという
不都合
な真実を、ソラだけでなく周囲にいる者達に聞かせる必要性がないと見たのかもしれない「不都合な真実…じゃあ…あの人はやっぱり…ファクティスと繋がって…」
「堂々と話さぬということは、大統領やファクティスとの関係は内密に行われてることになる…そして、あの襲撃自体も」
「全て、承知の上で…巻き込まれていたというのですか?」
「むしろ、協力してたかもしれぬ…ルーファが屋敷に侵入出来るようにな」
またしても事の重大さに気付かされるシン達
確固たる証拠は今のところ見つかっていないが、あの日の状況を思い返せば、あの少年がたった一人で屋敷を襲うというのは正直困難なはずと見たサイゾウ…だがそれを可能にしたのは、やはり内通者の協力があってこそ。実際アクアでも、姉のルーリアやヴォルトスらを使って大規模な襲撃を行ったのだから…そう考えても何ら不自然な事ではないはず…
「つくづく恐ろしい方々ですね…」
「はい…」
次から次へと疑問が浮かび上がる度
スラスラと意味深に答えていくサイゾウに対して
シンは臆することなく率直に聞いた
「サイゾウさん」
「なんだ」
「どうして、キョウ=アルヴァリオのこと…そこまで知ってるんですか?」
「……それだけ名の知れた男ではあるが、これはあくまでも拙者の想像でござる。さて…勝手に離れた者達とそろそろ合流せねばな」
サイゾウは質問を逸らすようにそそくさと歩き出した
(今、あからさまに話を逸らしたな…)
一歩近付いたと思ったらまた一歩遠くなった…そんな焦れったい距離感に毎回ため息が出るシンだが、悪意があるわけではないと重々理解していた…真面目な話にのみ限られるが
だからこそ、いつかちゃんと仲間として
腹を割って自分に話してほしいと心の片隅で祈るシンは
黙ってサイゾウについて行こうとした
そのとき…
「おいコラーっ!!待ちやがれーー!!!」
いきなり背後から凄まじい怒号と地響きが聞こえてきた
音は次第に近づくにつれて大きく鳴り響き
その形がはっきりと見えてくると
「あれは…」
「あっ!シンくーーーーん!!みーんなぁーーー!!」
「アンさん(ちゃん)!?」
大声出して近づいてきたのは、珍しく切羽詰まった顔でやってくるアンと、彼女を追いかける形で走ってくる男達の姿であった
「うわぁぁぁみんな助けてぇ!!!!」
「え、ちょ、ちょっと!!」
「逃がさんぞ!!このクソガキめが!!」
アンがシンを盾にする形で身をすくめる間に
男達は一瞬でシン達を囲んだ
「ア、アンさん!こんなところで何して…てかこの人達は!?」
「いや…それが……ねぇ」
アンが申し訳なさそうに口ごもっていると
ナタを持った男が毛を逆立てる勢いで説明した
「その小娘はなぁ!俺達の大事な商売用の壺を【割りやがった】んだ!きっちり弁償しねぇと、ただではすまねぇぞ!!!」
「だーかーらー!私は壺を【割ってない】ってのー!!言いがかりはやめてよね!」
シンを板挟みにした状況で始まった
意見の食い違う激しい口論
リンクとミールは恐怖のあまりふるふると口を震わせ
サイゾウは眉間に皺を寄せ、深くため息をつく事態に
(なんだよこれ、どうなってんだよ…!)
【終】